投稿後のページを開くと何故か段落がなくなって読みにくくなってしまいました
修正もめんどくさいのですみませんが了承の上で今後も読んで頂けると嬉しいです
意識が覚醒したとき、視界に映ったのは見覚えのない、煤けた石造りの天井だった。
鼻をつくのは古い羊皮紙と、安っぽい石鹸の混じったような、どこか懐かしくも貧しい匂い。
「……ここ、は」
声に出そうとして、自分の喉がひどく幼いことに気づく。視界に入った手は驚くほど小さく、白く、そして僅かに震えていた。
混乱する頭を整理しようと試みるが、まず流れ込んできたのは「シアン」という名の少年の断片的な記憶だ。ここはハイリヒ王国、その片隅にある名もなき孤児院。
そして、その地名や、年上の少年たちが憧憬を込めて語る「勇者」や「オルクス大迷宮」という単語を聞いた瞬間、俺の背筋に凍り付くような衝撃が走った。
(『ありふれた職業で世界最強』……だと?)
死ぬ直前まで読んでいたライトノベル。理不尽なクラス転移、裏切り、奈落の絶望、そして狂った神による遊戯。その凄惨な物語の舞台に、俺は放り出されたのだ。
俺はこの世界の行く末を知っている。このまま平和に暮らしていても、いずれ狂信的な教団や魔人の侵攻、あるいは神エヒトの気まぐれに巻き込まれ、蟻のように踏みつぶされる未来が待っている。
「……笑えないな。南雲ハジメのような不屈の精神を、今の俺が持っている保障なんてどこにもない」
鏡を覗き込むと、そこには黒髪に僅かに銀が混じったような不思議な色合いの瞳を持つ、5歳程度の子供がいた。幸いなことに、体格は周りの子供たちより一回り大きい。俺は覚悟を決めた。この世界で生き残るため、まずは何よりも強固な「器」を鍛え上げる。
幸いにして、俺の年齢は5歳。現代知識で言うところの**「プレゴールデンエイジ」**の真っ只中だ。
神経系が急激に発達し、運動能力の基礎が形成されるこの時期。この世界の住人が「レベル」や「天職」という結果に甘んじている間に、俺は「基礎代謝」と「身体操作」の限界値を、生物としての根源から引き上げてやる。
俺は自分に「先祖返り」のような特別な資質があるとは微塵も期待しなかった。この世界において、魔力操作は生まれ持った才能か天職を得ることで解放される特殊技能だ。それを持たない今の俺には、体内の魔力はただの重い澱(おり)でしかない。
「魔法が使えれば……」などという淡い期待は捨てた。俺にできるのは、10歳でステータスプレートを得るまでの間、魔力などなくても戦える「最強の凡人」としての肉体を作り上げることだけだ。
それから5年。シアンの生活は孤児院の中で「異常」と目されるようになった。
夜明け前、他の子供たちが眠っている間に起き出し、院の裏手にある森で泥にまみれる。
単なる筋トレではない。プレゴールデンエイジ、そしてゴールデンエイジの特性を活かすため、多種多様な動きを取り入れた。
木登りによる全身の連動、不安定な岩場での片足立ちによる体幹の構築、小石を正確に的に当てることで磨く空間把握能力。さらには、現代の格闘技の理論を思い出しながら、効率的な力の伝え方を反復練習した。
「おい、シアン。またそんなところで暴れてるのか? 少しは手伝いをしろよ」
院の世話役の少年が呆れたように声をかけてくるが、シアンは構わず、丸太を担いだままスクワットを繰り返す。
彼の狙いは、単なる筋肉ではない。将来的にステータスという「数値」が乗った際、それを100%、あるいはそれ以上の出力で扱えるだけの「神経系と骨格」の構築だ。
10歳になる頃には、シアンの体つきは同年代の子供とは比較にならないほど引き締まっていた。魔力を使えないという制約が、逆に彼を「純粋な物理の極致」へと向かわせたのだ。
そして、運命の日がやってきた。
ハイリヒ王国の法に基づき、十歳を迎えた孤児は「成人」と見なされ、院を去らねばならない。
「シアン、これがお前の身分証代わりだ。外で野垂れ死ぬんじゃないよ」
院長から手渡されたのは、冒険者ギルドへの紹介状と、登録費用としての僅かな銀貨。
シアンは無言でそれを受け取り、一礼して院を後にした。
ギルドの重厚な扉を潜ると、酒と汗、そして錆びた鉄の匂いが混じった空気が鼻をついた。
シアンは臆することなく受付へと歩み寄る。受付の女性は、シアンの顔を一目見て、次いでその立ち居振る舞いに目を見張った。
「新規登録ですね。まずはこの書類に氏名と、あれば家名を記入してください」
差し出された羊皮紙の束。
シアンは羽根ペンを手に取り、少しの間、思考を巡らせた。
孤児である俺に家名などない。だが、これからこの狂った世界を、自らの足で歩き続けなければならない。神に与えられた運命ではなく、自分の意志で、どこまでも。
(……歩く者。ウォーカーか)
かつて読んだ物語への敬意か、あるいは自分への戒めか。
彼は力強い筆致で、自らの名を書き記した。
『シアン・ウォーカー』
書類を受け取った受付嬢は、「珍しい名ね」と小さく呟きながら、次に銀色の無機質な金属板と、一本の鋭利な針を差し出した。
「では次に、プレートの登録を行います。その針で指先を突き刺し、血をプレートの表面に擦り付けてください。あなたの魂の情報が、そこに刻まれます」
シアンは躊躇うことなく針を取り、自らの親指の腹に深く突き立てた。
じわり、と溢れ出す赤い血。彼はそれをプレートの表面へ、円を描くように丁寧になすりつけた。
(――頼むぜ、俺の五年間。無駄じゃなかったと証明してくれ)
プレートに血が染み込む。その瞬間、今まで俺の意志を頑なに拒絶していた体内の「熱」が、堰を切ったようにプレートへと流れ込んだ。
今まではただそこにあるだけだった魔力が、初めて俺の神経と繋がり、産声を上げたような感覚。
プレートが淡い光を放ち、血が吸い込まれるように消えていく。代わって浮かび上がった文字を、シアンは食い入るように見つめた。
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シアン・ウォーカー 10歳 男 レベル:1
天職:錬成師
筋力:80
体力:70
耐性:60
敏捷:70
魔力:150
魔耐:100
技能:錬成・魔力操作・隠密・言語理解
固有魔法:昇華
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(――勝った)
シアンは、心の中で小さく拳を握った。
レベル1の平均的な成人男性の能力値が「10」前後とされるこの世界で、この数値は異常を通り越している。特に「筋力80」。
期待はしていなかった。だが、俺が血の滲むような思いで作り上げた器に、この世界の「血」の恩恵――先祖返りの資質が重なったのだ。
そして何より、「魔力操作」の技能。
今までただの重荷でしかなかった魔力が、今は自分の手足の延長のように感じられる。さらに固有魔法『昇華』。原作のハルツィナ樹海で得られるはずの神代魔法が、最初から俺の魂に刻まれている。
「な、……え? これ、間違いじゃないわよね?」
受付嬢の声が震える。レベル1で魔力150、そして何より見たこともない固有魔法の記載。
シアンは無言でプレートをひったくるように受け取り、懐にしまい込んだ。これ以上の注目は危険だ。今の自分はまだ、強力なエンジンを積んだだけの子供に過ぎない。
(天職は「錬成師」。原作の南雲と同じだ。だが、俺には彼が奈落で手に入れた最強の魔法が、最初から備わっている。これなら……戦える)
孤児院を出て、最初に向かうべき場所は決まっている。
オルクス大迷宮の街、ホルアド。
そこには、自分をさらに高めるための素材(リソース)と、そしていつか出会うであろう「あの男」が落ちる場所がある。
「まずは、この体の性能を試させてもらおうか」
十歳の少年は、大人たちの好奇の視線を背に、迷宮の街へと続く道を歩き出した。
その歩みは力強く、地面を噛み締めるたびに、鋼の意志がより一層強固に錬成されていくのを感じていた。