異世界ウォーカー   作:お粥のぶぶ漬け

4 / 7
第4話

十七歳の半ば、装備を刷新したシアン・ウォーカーは、奈落一層へと本格的に移り住んだ。

ここを、自身が十八歳になるまでの修行の地とし、同時に「未来の同郷人」へ繋ぐための聖域とするためだ。

シアンは神結晶の周囲を錬成で削り、整え、自身の工房兼拠点としての機能を整えた。

地上の喧騒が遠のき、聞こえるのは結晶から滴る神水の音と、時折響く魔物の咆哮だけだ。

 

(……あいつがここに来るのは、一年半後か)

 

シアンは、記憶にある「物語」の進行から逆算し、作業を開始した。これから少年が味わう絶望を思うと、一抹の同情を禁じ得ない。だが、自分にできるのは「救い」を与えることではなく、生き残るための「道」を遺すことだけだ。

彼はハジメが水飛沫と共に転がり込むであろう「あの横穴」の入口へと向かった。

横穴の最も目立つ位置に、灯り代わりの緑光石を設置する。そしてその傍らの岩壁に、この世界の人間には決して理解できない、だがハジメにとっては見間違えようのない**「日本語」**を深く刻み込んだ。

 

『我、先駆者。ここは表の迷宮百層のさらに先、奈落一層目なり。

 詳細を知りたければ、横の岩を開けて通路を進むべし』

 

トータスの言語体系とは全く異なる、鋭くも整った漢字とかなの混じった文字列。それは現地人から見れば、何らかの秘儀的な紋章か、あるいはただの幾何学模様にしか見えないだろう。

さらに、その横には一見するとただの岩肌にしか見えないスライド式の石扉を錬成。その表面にも、同じく日本語で「開閉:スライド」と小さく刻み、ハジメだけを導く道標とした。

拠点の中央、石造りの机には一通の手紙と、分厚い手記が置かれている。

これらは今すぐ必要なものではないが、シアンは「その時」に忘れないよう、今のうちに書き認めておいた。当然、これもすべて日本語だ。

 

【手紙の内容】

「これを読んでいるということは、君も日本人かな? 俺は一足先にこちらに来た転生者だ。王国の勇者召喚があるという噂を聞き、もしかしたら同郷の人間がこの地獄に落ちてくるかもしれないと思い、この手紙を残す。

まず理解してほしい。ここは『奈落』だ。上の階層へ戻る階段は存在しない。進むなら、下りるしかない。

生き延びたければ、目の前にある『神結晶』と『神水』を利用しろ。そして、魔物の肉を食え。

メリットは、魔物の技能を得て、人外の強さを手にできること。デメリットは、死ぬほど痛いし、人間を辞めることになる。

覚悟があるなら進め。俺は、召喚の噂で騒がしくなっている今、この拠点を離れて先の階層を攻略しに行く。いつか、下の方で会えることを楽しみにしているよ」

 

手紙の横には、一冊の本――「錬成師用の手記」を置く。

表紙には日本語で『錬成師のみ開くべし』と刻印されており、鍵穴も金具もない。シアンが自身の魔力で結合させたもので、一定以上の錬成技術を持つ者が内部の構造を直接操作しなければ開かない仕組みだ。

中には、シアンが九年かけて開拓した抽出・圧縮・精密錬成といった派生技能の理論と訓練法が詳細に記されている。

机の脇の立方体の箱には、抽出錬成で純度を高めたタウル鋼、照明用の緑光石、火種や爆発物として使える燃焼石を補充した。

 

「……よし。これで俺がいつここを去っても、あいつは迷わずに済むはずだ」

 

シアンは自室となった工房を見渡した。

これからの一年半、彼はこの奈落一層を「庭」として、さらなる自己強化に励むことになる。

十七歳のシアン・ウォーカー。

彼は自ら用意した「未来への遺産」の傍らで、静かに、そして苛烈に自らを磨き続けた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。