【南雲視点】
どれほどの時間が経っただろう。
外から響く魔物の咆哮と、腹の底から湧き上がる、内臓を焼くような飢餓。
僕は、机の上に置かれたウォーカーさんの手紙を何度も読み返していた。
(……このまま、ここで『無能』のまま食い殺されるのか?)
嫌だ。それだけは、絶対に。
たとえ魔物を食べて姿が変わっても、日本に帰った時に家族に拒絶される恐怖があっても。それでも生きて帰って、自分の目で確かめなきゃいけないんだ。
「……見ててください、ウォーカーさん。僕も、そっちへ行きます」
僕は、自分をこの深淵に追い詰めたあの蹴り兎の肉を、震える手で口に運んだ。
「――ッ!? あ、が、あぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
内臓を煮え湯で洗われるような、凄まじい激痛。細胞の一つ一つが強制的に作り変えられていく。僕は神水をがぶ飲みし、死の淵で何度も踏みとどまった。
髪は白く染まり、瞳には鋭い光が宿る。気弱だった「僕」という殻が、漆黒の生存本能によって塗り潰されていく。
数日後。変容を終えた僕は、机の上の**「錬成師用の手記」**を貪るように読み耽っていた。
そこには『精密錬成』や『圧縮錬成』という概念が記されている。けれど、読んだだけで使えるほど甘くはなかった。
「……くそっ、形が崩れる。これじゃ、ダメだ」
ウォーカーさんが遺してくれた最高純度のタウル鋼。その欠片を使い、僕はひたすら錬成を繰り返した。手記にある派生技能の感覚を意識しながら、通常の錬成を極限まで研ぎ澄ましていく。
数百、数千回。ネジ一巻、スプリングの弾力。指先に魔力を集中し、物質の微細な構造を制御する感覚を掴むまで、僕は狂ったように部品を作り続けた。
そして、ようやくその感覚を掴む。
「……これだ。これが、精密錬成……!」
習得した技術を注ぎ込み、僕は「牙」を組み上げていく。
大型リボルバー**【ドンナー】。そして対となる【シュラーク】**。
銃にはあえて圧縮錬成を使わなかった。手記には強度の向上が記されていたが、このサイズの銃身を圧縮すれば、重すぎて咄嗟のエイムが遅れる。精密な機構を維持しつつ、扱いやすさを優先した。
代わりにもう一つの武装――「剣鉈」には、全神経を注いで圧縮錬成を施した。
重さは増すが、その分、一撃の破壊力と魔物の骨を断つ強靭さが手に入る。
(基本は右手にドンナー、左手に剣鉈だ。銃で牽制し、近づく敵はこの重い鉈で叩き切る。リロードの隙は、この鉈が守ってくれる。……シュラークは、いざという時の予備件切り札だ)
それは手記の模倣ではない。先達が遺した素材と知識を使い、地獄のような試行錯誤を経て掴み取った「僕だけの生存の形」だった。
「……よし。行こう」
僕はウォーカーさんの手紙を丁寧に畳んで懐にしまった。
到達すべき道標を遺してくれた「先達」への尊敬を胸に、僕は工房の扉を開ける。
右手に精密なドンナー、左手に重厚な圧縮剣鉈。
僕は、ウォーカーさんが進んだであろう、暗い奈落の奥底へと力強く踏み出した。