クラスメイトが殺された。確か、名前は
思うところがないでもないが、死んだ人間はただ死んだだけであって、それは過去のことであって、つまり今ではない。今死んだというのなら、それなりに悲しんでみせたかもしれないが、昔に死んだ人のことなど、思い出すことすら難しいだろう。
「……」
立ち入り禁止とされている死体発見現場の体育倉庫にて、私は黙祷していた。一応、最低限の礼儀というヤツだ。黙祷に意味があると思っているわけではない。あんなのに意味なんてない。だって、黙っていても、なにも伝わらないじゃないか。そして、伝わったとしても、死人が生き返ることはない。
少なくとも、災害で死んだ人に捧げるのは黙祷ではないだろう。折り鶴ぐらい嬉しくない。
まあ、それも過去のことか。
「……ふう」
黙祷を終え、合わせていた手を離す。無意味な時間だったが、これも礼儀作法なので仕方ない。多分、そういう類に含まれるものだろう。黙祷っていうのは、要するにマナーだ。黄色信号では渡らないとか、そういう当たり前のマナー。礼儀とマナーって、同じ意味だから。
「それにしても……」
変な状況である。
実は、この事件には容疑者がいないのだ。
どういうことか説明する。まずは、事件の詳細を語ろう。
犯行は、十五分しかない中休みの間に起きたらしい。というのも、抱擁ちゃんは二時間目まで授業に出席していたらしいのだ。そして、中休みの最中にどこかへ行って、そのまま三時間目の授業に帰ってこなかったらしい。授業が始まっておよそ五分。不審に思った
どうして体育倉庫で死体を見つけられたのかというと、先生は中休みの間、体育館で児童たちを見守っていたらしいのだ。そのとき、その集団に紛れている抱擁ちゃんの姿も確認していたらしい。先程かららしいばかりだが、又聞きなのだからしょうがないだろう。
そして、前例があった。昔、児童のひとりが中休みの間に体育倉庫に侵入して、そのまま寝てしまったらしい。その後、結構な大騒ぎになったんだとか。
だから、先生はまず最初に体育館へ向かった。体育倉庫は、体育館の奥にある。それから体育倉庫を確認すると、まさかの死体発見というわけである。騒ぎになったとき、私も興味本位で体育館を覗いたが、見えたのは死体ではなくショックで倒れている先生だった。それと、数人の先生。その人たちも大慌てで、なんだか面白いことになってるなと思った記憶がある。まぁ、たった一日前のことなんだけど。
まさか、人が死んでいるとは思わなかった。あの後、私たちは事情聴取を受けることもなく帰された。数人の生徒は残されていたから、多分その人たちは何らかの関係があった人なのだろう。知らないけど。
まぁ、それが事件の詳細だ――そしてここからが、推理小説ポイント。
事件当時、現場は密室状態にあった。私たちの担任である佐紀先生が、隣のクラスの担任である
これだけ時間が絞れているのに、容疑者がいない理由――は、とある男の子の証言にある。
男の子――クラスメイトの
「ぼくはひとりで三時間目のチャイムが鳴るまで体育館にいたけど、体育倉庫には誰も入ってなかったよ」
らしい。ん? と思ったそこのあなたは、一旦その違和感を我慢してほしい。
とりあえず、話を進めようと思う。その男の子は、実際に授業に遅刻してきている。肋木から下りれなくなっていたらしい(頑張って下りた)。授業でも使わなくなったアレが撤去される日も近いだろう。秋晴くんが肋木を登っていたことは、中休みに体育館で遊んでいたほぼ全員が認めている。
そして、その秋晴くんが言ったのだ――体育倉庫には、誰も入っていなかった、と。とはいえ、ずっと体育倉庫のほうを見ていたわけではないし、三時間目が始まる前の五分間と、先生ふたりが見守っていた十分間の隙間――ほんの隙間に、若干のラグがあったことは決めつけてしまってもいいだろう。
一分にも満たない間に、抱擁ちゃんが体育倉庫に侵入した。それは確かだと言える。
では、犯人はどうやって体育倉庫で抱擁ちゃんを殺したのか?
みんなはこう思ったかもしれない。これ、秋晴くんが犯人じゃん――と。だけど、それは違う。
まず、私たちがまだ小学三年生であることを忘れないでほしい。小学三年生で、女子よりも発育が遅い男子である秋晴くんが、たった五分間(実際はもっと少ない)で、抱擁ちゃんを殺害できるだろうか。
ちなみに言ってなかったが、凶器は体育倉庫にあったダンベルである。どうして小学校の体育倉庫にダンベルがあったのかと言われても、いち児童である私には分からない。でも、先生が使っているところを何度か見たので、あれはきっと先生用のものなのだろう。意外と、先生の個人的な持ち物が多いのだ。私の小学校は。
ちなみに、先生のアリバイは一応保証されている。体育倉庫に向かうには、第二体育館の前を通らなければいけないのだけど、その第二体育館には六年一組の児童が集まっていた。あと、体育の先生もいた。三時間目の授業が体育で、バレーをする予定だったそうだ。どうして第二体育館なのかというと、バレーボールが第二体育館の正面にある体育倉庫にしか置いてないからである。どうして普通の体育館(第一体育館?)にバレーボールがないのかというと、昔、昼休みに第一体育館でバレーボールを使っていた児童が悪戯で先生にボールを投げつけたせいで、昼休みにボールを使うことが禁じられたからである。通常、第二体育館もその正面にある倉庫も授業でしか使えないように休み時間は鍵がかかっているのだ。
ああ、面倒な説明が面倒だ。
三時間目前の五分の間に第二体育館の前を通って体育館へと向かった先生は、ひとりもいない。それは六年一組の児童の一部と体育の先生が証言している。
なら、最初から体育倉庫に潜んでいた、という説。も、第二体育館にいたみんなによって否定される。佐紀先生と思遣先生以外で、体育館から第二体育館の前を通った先生はいない。そう証言されている。
もちろん、その証言がどこまで信用できるのかは不明である。そもそも、人間なんて信じてはいけないのだ。だけど、辻褄が合う。佐紀先生、思遣先生、体育の先生(名前が分からない)の三人以外の先生には、別の場所にいたというアリバイがあるのだ。
じゃあ、学内の人間ではない――なら、学外の人間じゃない? という説には賛成できる。だが、それは違う。
その学外の人間はどうやって侵入して、どうやって脱出したのか? 三時間目が始まってから、佐紀先生が死体を発見するまでは、およそ六分――いや、無理でしょ。
そもそも、体育館内の人の動きなんて、予想不可能である。犯人が学外の人間である場合、計画的犯行という線はないだろう。秋晴くんが肋木を下りれなくなってしまう可能性を誰が考える?
という、これらの情報。
さて、犯人はだーれだ?
実を言うと、私は犯人を捕まえたいと思っている。不可能犯罪だろうと、犯人がいることは事実なのだ。この小学校はもうすでに『殺人現場』になってしまった。人殺しが身近になった以上、自分の身を守るためにも、さっさと犯人を見つけたいと思うのは人間としては自然な行動だ。不自然であろうとも構わないが。
「……犯人を捕まえるだなんて、そんなことできるの?」
「できる。いや、捕まえるのは別に私たちじゃなくてもいいんだけど」
「そ、そうなんだね……」
ずっと不安そうにしているこちらの女の子は、今回の犯人探しで協力を名乗り出てくれた、私の友達である。名前は
アンちゃんは優しいので、私のことを心配してくれたらしい。だからこんな危なそうなことに、不安そうな女の子が協力してくれているのだ。だからこれは心配じゃなくて、不安なのだろう。
「犯人の見当は付いてるの?」
「いや、全く。今から考えるから、知恵を出して」
「えぇぇ……」
えぇぇって。アンちゃんに頭脳面の活躍を期待しているわけではないけど、不満そうな反応はしないでほしい。これじゃ不安ちゃんじゃなくて不満ちゃんだ。マンちゃんって呼んでやろうかな。
まぁ、いい。どうせ結局は私が考えるのだ。
「……」
とはいえ、情報がない。あるにはあるけど、まだ足りない。さっきはわざわざ警察たちを外に誘導してまで現場検証をしたけど、それは完全に無意味だった。無意味無収集。事件が無味無臭だ。
おそらくだけど、このまま放っておけば、いつしか警察は犯人を捕まえるのだろう。犯人が何かしらのトリックを使ったことは間違いないはずで、トリックを使ったということは、トリックで隠さなければならないことがあるということで、それを暴けば犯人が分かるのだろうけど、そのトリックがなんなのかは何ひとつ分かっていない。
そもそも、トリックがあること自体確定はしていないし。
「……犯人はずっと最初からダンベルを持って体育倉庫に潜んでいた。そして、手紙かなんかを使ってそこに抱擁ちゃんを呼び出し、殺した――というのは筋が通るけど、それだと学内の人間じゃ不可能だよね」
期待はしていないが、一応アンちゃんに意見を求めることにした。さっき説明した情報を集めてくれたのは主にアンちゃんなので、私の話している内容についてはばっちり理解しているはずだ。
アンちゃんは顎に手を当てて、軽く推考する素振りを見せてから、不安そうに言った。
「……いや、そんなことはないんじゃない?」
「そう?」
「だって、体育館から外に出られるなら、佐紀先生たちが教室に戻る隙を見計らって、人ごみに隠れて外に出ることはできるから……えっと、正面玄関から中に入ればいいだけじゃない?」
期待していた以上には、筋の通った意見だった。確かに、今は夏だから、体育館の避難ドアも開きっぱなしだった。それなら、犯人が自由に出入りできるかもしれない。
しかし、それは間違っている。
「なら、アンちゃんが体育倉庫に入った時間は、それ以前ってことになっちゃうでしょ。それだと破綻しちゃうし、そもそも正面玄関には鍵がかかってるから」
「あ、確かに……」
でも、その仮説は検討に値する。なぜなら、外から体育館に出入りした犯人が学内の児童、あるいは教師である可能性がなくなったとしても、学外の人間である可能性は未だ残っているからだ。
「でも、学外の人間なら、色々と問題があるんじゃない? たとえば、もし三時間目に体育館を使用するクラスがあったら、もうアウトなわけだし」
「そこらへんは、無視しても大丈夫。犯人がこの小学校出身の人間だったのであればね」
「あ、そっか」
火曜日の三時間目に、体育館を使うクラスはいない――それを知っていたのであれば。
とはいえ、穴がないわけではない。というか、ありすぎて困るぐらいだ。
「つまり、犯人は最近卒業した中学生に絞れる」
「カリキュラムが変わるから?」
「そう」
もしもそうだとしたら、これは厄介だ。私たちの力だけじゃ、犯人を捕まえることはできない。
まぁ、この推論を警察に伝えて、あとは全て任せるでもアリではあるか。
自分を守るためなのだ。犯人を捕まえて、褒められたいわけじゃあない――ない、はず。
「……」
私は、できないことが嫌いだ。いくら小学生離れしていたって、小学三年生の女の子にできることは限られる。たとえ犯人が若い中学生だったとしても、私たちにとっては強敵だ。負けイベントだ。
負けイベは嫌いだ。負けたくないから。
できないことが嫌いだ。失敗したくないから。
物事を続けることが嫌いだ。だって、続けていく内に、『もういいか』と思ってしまうから。
犯人を捕まえるだなんて、絶対に時間がかかる。一日二日でできることではない。続いてしまう、物事が。
もし今日できなければ、明日には私は諦めてしまう。長年じゃない、たった十年かそこらの私の経験が、すでにそう物語っている。
でも、私はこのままでいたくない。
そんな自分が嫌だ。
変わりたい。
変えてほしい。いや、変えたい。
自分を、変えたい――
「……ほたるちゃん?」
「ん」
けど、それは今じゃない。
私の身勝手なエゴに、無関係なアンちゃんを巻き込むわけにはいけない。
そんなのに付き合わせるだなんて、心配してくれる人に対して非常に不義理だ。いけないことだ。私はいけない子ではないので、いけないことはしない。兄にもそう躾られている。
だから私は、この事件から完全に手を引いた。警察にアンちゃんと立てた推論だけ(匿名で)伝えて、残りは全て任せることにした。
小学三年生としては、かなり自分を抑えたほうなんじゃなかろうか。大人の立ち振る舞いである。いや、大人というなら、そもそも最初から犯人を捕まえようだなんて思わないか。
少なくとも、それは私たちの役目ではない。
そもそも、校内に犯人がいないと分かった時点で、私は手を引くべきだったのだ――いや、手を引いたんだけど。校内に犯人がいないと分かった時点で。
その時点で、危険はほとんどないと言ってもよかった。
……しかし、本当にそうだろうか?
私の推論に、穴はなかっただろうか?
正直、あまり自信が持てない。だけど別に、わざわざそれを考え直したりはしない。
そんなことをしても、意味がないと分かっているから。
私は、推理小説みたいな名探偵にはなれない。
そして、一生変われない。
今変われなかったのだから、いつか変われるだなんて思っちゃダメだ。
私はずっと同じだ。
そして、いつか忘れる。このことも。
この嫌な気持ちも、今だけだ。
私は今を生きている。
過去を見ずに、未来から目をそらす。
私は今だけを生きている。