アストリピュア 作:ミモザ
誤字、脱字などは教えていただけると幸いです。
俺の名前は雛森かなえ。どこにでもいる、少しばかりゲームに熱中しすぎているだけの中学生だ。
その日も、何の変哲もない一日だった。 朝、目覚まし時計の音に悪態をつきながら起き、学校へ行く。休み時間には友人と新作アニメの作画や、昨日クリアした高難易度クエストの攻略法について熱く語り合う。退屈な授業をやり過ごし、帰宅してからは真っ先にPCの電源を入れる。母さんに呼ばれて夕食を摂り、風呂に入り、深夜までゲームのランクマッチに興じた後、泥のように眠る。
それが俺の日常であり、
しかし、次に目を開けたとき、視界に飛び込んできたのは見慣れた天井ではなかった。
「……え?」
声が、妙に響く。 そこは、徹底的に白かった。床も、壁も、天井も、すべてが均一な白。あまりに純粋すぎるその色は、網膜を刺すような鋭さを持っている。 最初は夢だと思った。だが、頬を抓れば痛いし、呼吸をするたびに肺に流れ込む空気は、妙に無機質で冷たい。
視線を巡らせると、この空間には微かに境界があることに気づく。壁と床の境目、角と角を繋ぐ細い黒い線。それがあるおかげで、かろうじてここが無限の虚無ではなく、ある程度の広さを持った箱の中であることを認識できた。
「なんだよ、これ……。ドッキリか?」
立ち上がろうとしたが、足に力が入らない。ただの夢なら、早く覚めてくれ。そう念じながら自分の腕を抱きしめたとき、どこからともなく音が降ってきた。
「ようこそ。アストリピュアへ」
その音は、男のようでもあり、女のようでもあった。あるいは老人のようでもあり、幼子のようでもある。感情を排除した機械的な響きだが、その奥には底知れない意志が潜んでいるような、声とすら表現したくない生理的な不快感を伴う音。
「貴方は数多くの人類の中から、『プレイヤー』に選ばれました」
プレイヤー。その単語に、ゲーム好きとしての俺の脊髄が反応する。だが、続く言葉はゲームのワクワク感とは程遠い、残酷な現実だった。
「その祝福を胸に、度重なる困難を撃ち破ってください。現在のプレイヤー人口は、一億人です」
一億。でかすぎて実感が湧かない数を、さらっと告げられる。
「プレイヤー人口が最後の一人となった時、その者には望むものを授けましょう。富、名声、あるいは世界の理の改変。すべては貴方の双肩にかかっています」
脳が情報の処理を拒絶し始める。強制的に参加させられ、それを祝福と呼ぶ音の主の狂気に、背筋が凍りつく。
「最初に行われるのは『100人サバイバル』です。準備期間は7日間。貴方の活躍をお祈りしています」
一方的な宣告が終わると、音は不意に途切れた。代わりに、俺の目の前の空間に、ホログラムのような赤い数字が浮かび上がる。
【 168:00:00 】
一秒、また一秒と、無情に数字が削られていく。168時間。つまり、ちょうど八日……いや七日間か? くそッ…!こんな計算もできなくなってる。何が起きている? 100人サバイバル?一人が勝者? 混乱に支配された俺は、ただその場に蹲るしかなかった──────。
どれだけの時間が過ぎただろうか。 空中に浮かぶ数字は、すでに【 142:35:12 】を示していた。 約25時間。丸一日以上を、俺はこの白い箱の中で、ただ震えて過ごしたことになる。
ようやく指先の震えが弱まり、なんとか思考が回り始めたので状況の整理を始めた。
俺は、正体不明の存在によって、この《アストリピュア》なる場所に強制連行された。音の主が嘘をついていないのなら、他にも同じように隔離されている人が、俺含め一億人も居ると言うことだろう。
「一億人が100人ずつに分けられるってことは……グループは100万個か」
呟いた自分の声が、やけに理屈っぽくて気持ち悪い。 これはゲームだ。そう思いたい、思わなければ、心が粉々に砕けてしまいそうだった。俺がこれまで遊んできたゲームなら、負けても次の試合を始めるだけだ。だが、これは現実だ。負ければどうなる? 「最後の一人に望むものを授ける」という言葉の裏には、「それ以外は消去する」という含みがあるようにしか思えない。
「ふざけんなよ……。なんで俺なんだよ」
俺はただの中学生だ。スポーツ万能なわけでも、格闘技を習っているわけでもない。ただ画面の中でキャラクターを操作するのが得意なだけの、ひ弱な人間だ。それなのに、これから殺し合い——あるいはそれに類する事をさせられるのか?
空腹を感じないのも不気味だった。喉も乾かない。 この白い空間が、俺の肉体を維持しているのか、あるいは精神だけをここに閉じ込めているのか。
壁の黒い線をなぞってみる。冷たくも熱くもない。 逃げ場はない。扉も窓もなく、ただ刻一刻と死へのカウントダウンが進むだけ。
そんな絶望の中、ふとカウントダウンの数字の下に、小さなアイコンが表示されていることに気づいた。 震える指で、それに触れてみるとパッ、と目の前にウィンドウが広がった。
「これは……」
身を乗り出して確認する。どうやらこれが、俺に与えられた抗う手段らしい。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【
【アサルトセット】 タクティカルナイフ、自動拳銃(予備弾倉2)、防弾ベスト。
【スカウトセット】高倍率双眼鏡、サーマルセンサー、迷彩ポンチョ。
【サバイバルセット】 大型バックパック、7日分の保存食、浄水器、多機能マルチツール。
【メディカルセット】 止血帯、抗生物質、鎮痛剤、簡易手術キット。
【エンジニアセット】 指向性対人地雷、ドローン、万能工具キット。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
銃とナイフのセット、偵察向けっぽい装備、食料と道具一式、医療品、……地雷?は?何だこれ…
ふざけてる……。あまりにも露骨な、殺し合いの道具。どれかを選ばなくてはいけないのか…?
震える指先が、どれをを選ぶべきか迷い、空中で彷徨う。俺は中学生だ。銃なんて撃ったこともなければ、ナイフで人を傷つけたこともない。《アサルトセット》を選んだところで、使いこなせる自信なんて微塵もなかった。
「……生き残るためには、見つからないのが一番か?」
隠密ができそうな、迷彩ポンチョのある《スカウトセット》か、逃げ回り、餓死などをしないようにするための《サバイバルセット》か。 究極の選択を迫られ、じっとりと嫌な汗が背中を伝う。 だが、その時だった。
「……っ!? なんだ、これ」
急に、右手の甲が焼けるように熱くなった。 見れば、皮膚の下で何かが蠢いている。血管が青白く発光し、幾何学的な紋様が浮き上がっては消えていく。それと同時に、脳内に濁流のような情報が流れ込んできた。
『——個体識別名:ヒナモリ・カナエ。
あの不気味な音ではない。もっと冷たく、脳に直接響くシステムメッセージのような感覚。 俺の意思とは無関係に、右手が勝手に動く。指先から淡い光の粒子が溢れ出し、目の前の空間を侵食していく。
「
気づけば、目の前にあった五つのスターターキットのパネルが、俺の放った光の粒子に包まれてバグったように激しく乱れていた。 本来なら一つしか選べないはずの選択肢が、歪み、混ざり合い、一つに収束していく。
『
『スターターキットの再構築を実行……完了しました。』
光が収まったとき、そこにあったのは五つのパネルではなく、一振りの《真っ黒な短剣》と、奇妙な《銀色の指輪》だけだった。
「選ぶ前に、勝手に書き換わった……?何だこれ……?これが俺の力なのか?」
恐る恐る短剣に手を触れる。その瞬間、自分の魂がその刃に吸い込まれ、馴染むような、奇妙な全能感に包まれた。 どうやら、このアストリピュアという世界は、物理法則だけで支配されているわけでは無いらしい。一億人のプレイヤー全員に、何かしらこうした異能が与えられているのだとしたら。
戦慄した。 これから行われるのは、ただのサバイバルじゃない。きっとそれは、化け物同士の殺し合いだ。
空中を浮遊する数字は、今や【 140:00:00 】。残り約六日間。 俺は手に入れた短剣を握りしめた。冷たい鉄の感触だけが、俺がまだ生きていることを教えてくれる。
「やるしかないんだ……。やらなきゃ、死ぬ」
混乱の時期は終わった。 震えはまだ止まらない。だが、その理由はもう恐怖だけではない。 自分の内に眠る未知の力への高揚が、醜くも、確かに芽生え始めていた。
サバイバル開始まで、あと140時間。 俺は、地獄へのカウントダウンを凝視し続けた。
【現在の所持品】
New《真っ黒な短剣》
New《銀の指輪》
【残り時間:140時間00分】