ポケモンが存在しない世界にポケモンが現れた   作:名無しのトレーナー

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 本当に今更ですが赤バーになりました。皆さまの応援のおかげです。


BBQパーティー

 今日の天気は快晴。雲ひとつない青空が広がる絶好のアウトドア日和である。

 おもむろに視線を上に向けるとオニスズメの群れが横切っていった。歪みが2度も発生したせいかポケモンの数は明らかに増えている。もう、こういう光景にも慣れてしまった。

 

「それじゃあ……始めよっか!」

 

 私がそう言うと場の空気が少しだけ柔らぐ。今日は青山、緑川くん、そして彼らのポケモンたちとBBQパーティーを開くことにした。死ぬほど忙しい状況にも拘わらず開催した理由はいくつかある。

 

 1つ目の理由は必死に働いている彼らを労う為だ。青山は現地でポケモンの捕獲と討伐。緑川くんは事務処理をしながら木戸教授たちの研究を手伝っている。

 

 2つ目の理由はリザード(ルトラ)ヒトデマン(ニシキノ)の距離感を少しでも縮めたかった。彼らの相性が悪いのは分かっているし、仲良くするのを強制するつもりはない。だけど対立を放置するのも違うだろう。

 

「「「乾杯!」」」

 

 皆で声を揃えてジョッキを鳴らしビールを流し込む。喉を通る冷たい感覚が休んでいるという実感をくれた。そしてリザード(ルトラ)がコンロに着火し肉と野菜を焼き始めた。

 

「竜姫ちゃん、最近大丈夫か?」

 

 すると青山が真剣な表情で私の方を見る。

 

「俺たちの中で一番働いてるぞ。いい加減、休んだ方がいいんじゃないか?」

 

「大丈夫!」

 

 私は即答し笑顔を作る。たぶん元気そうに見えたと思う。かつては配信者だったので自分を騙すのは得意だ。

 ぶっちゃけ大丈夫じゃない。頭は常にフル回転で身体はずっと重い。眠っていても考え事が止まらない。それでも止まれない。

 

 ポケモンとの共生は必ず達成しなくてはならない。アルセウスからの命令に無視するのは怖いという感情も確かにある。

 だけど、それ以上に大好きなポケモンたちが人間と対立する未来を見たくない。恐れられて、排除されて、管理されて。そんな結末だけは何としてでも回避しなければ。

 ……完全に前世の私情で動いているな。まあ今世の私としても今より有名になれるので悪い気はしないが。

 

「それよりもさ、緑川くんはフッシーをフシギソウに進化させたんだね」

 

「ええ、進化すれば単純に強くなりますからね」

 

 そう言って緑川くんはテーブルの下でジュースを飲んでいるフシギソウ(フッシー)に視線を落とす。その隣ではヒトデマン(ニシキノ)が踊っている。

 

「このままフシギバナを目指すのか?」

 

 すると青山がビールを飲み干してから問いかけた。

 

「いいえ、これ以上は進化させる予定はありません」 

 

「ほう?」

 

「フシギバナは2mを超える巨大なポケモンですからね。飼育の手間を考えると進化させるのは現実的ではないかと。ですが最低限の強さも欲しいので1回だけ進化することにしました」

 

 確かにゲームの世界じゃないんだし無理に最終進化させる必要はないか。誰もが戦いを望んでいるわけではないのだ。

 

「それに今くらいが可愛いですしね」

 

「ダネェ!」

 

 緑川くんの言葉にフシギソウ(フッシー)が続く。もうフシギダネでは無いのだから鳴き声は「ダネェ」ではなく「フッシ」か「ソウ」だろう。

 

「……どうやら進化前の癖が抜けてないみたいだね」

 

「「あははは!」」

 

 笑い声が一斉に弾けた。そして今度は緑川くんが青山を見る。

 

「そういえば、青山はゼニガメ(ドナテロ)を進化させないんですか?」

 

「するつもりはないな。デカくなったら狭い場所で戦い辛くなるし。それにゲームでは進化前のポケモンの方が技を覚えるのが早かったろ?」

 

 サトシのドダイトスみたいに重量級になると小回りが利かなくなるパターンもあるので進化させない選択肢は悪くないと思う。

 

「ところで竜姫ちゃんどうなんだ?」

 

 青山が軽い口調で聞いてくる。つまりリザード(ルトラ)をリザードンに進化させるかどうかということか。彼は遠くでゼニガメ(ドナテロ)たちとフリスビーで遊んでいる。今なら話を聞かれることもないだろう。

 

「リザードンになった方が空も飛べるし進化した方が良いと思う。だけどサトシのリザードンみたいに進化して命令を聞かなくなった時が怖くて……」

 

 それを聞いた2人は真剣な表情になる。宴会中だというのに空気を重くしてしまった。そう思っていると青山はニヤリと笑う。

 

「まあ竜姫ちゃんは優秀なトレーナーだから大丈夫だろ!」

 

「……彼らはアルセウスから授かったポケモンですからね。そこまで気難しいとは思えません」

 

 青山の意見は論外として緑川くんの意見は筋が通っている。だけど万が一を考えると進化させたくない。

 

「それにゼニガメ、フシギソウ、リザードンが揃えばスマブラのポケモントレーナーみたいになるしな!」

 

 青山がそんな冗談を言った、そのタイミングだった。コンロの上で焼けていた肉からジュワッと脂が落ちて香ばしい匂いが一気に立ち上る。

 

「あ、そろそろ焼けたみたいだね」

 

 私がそう言うと、青山は立ち上がって遠くを見渡す。

 

「おーい! お前ら! ご飯の時間だぞー!」

 

 その声に反応してフリスビーを追いかけていたゼニガメ(ドナテロ)がぴたりと動きを止める。少し遅れてリザード(ルトラ)も声に気づいたようで2匹はワチャワチャしながら戻ってきた。……可愛い。

 その様子を見ていた緑川くんが、ふと眉をひそめる。

 

「ポケモンに人間の食べ物を与えてもいいんですか?」

 

 緑川くんが当然の疑問を口にする。

 確か犬や猫にタマネギやチョコレートを与えるのは危険だったはず。ポケモンは強靭な生物だから大丈夫だとは思うが万が一があるかもしれない。だから私は人間用の味付けがされた肉や野菜は与えないようにしている。

 

「まあゲームではカレーとかサンドイッチ食わせてたし大丈夫だろ」

 

「それはそうなんですが……」

 

「そんなに心配ならオレンの実を食べさせるのはどうだ? これはポケモンの世界の果実なんだから危険性もないだろ」

 

 そう言って青山がコンロの近くに置いてあるクーラーボックスを開けた。その中には各種木の実が入っている。

 というわけでポケモンたちには木の実を与えることにした。そして私と緑川くんは紙皿に肉と野菜を取り分ける。

 

「それじゃあ頂きましょうか」

 

 そう言って、私は箸を取った。備長炭で焼かれた肉から立ち上る脂の香りが空っぽの胃を容赦なく刺激する。

 無言で食べ続けるのも味気ないな。それなら最近起きた話でもするとしよう

 

「この前、停電を引き起こしたコイルの対処を行った時のことなんだけど……現場に到着したらポケモンを連れた少年がいてさ」

 

 肉を頬張り熱と旨味を飲み込んでから口を開く

 

「飛行タイプのポッポで電気タイプのコイルに挑もうとしてた」

 

「相性、最悪じゃないですか……」

 

 それを聞いた緑川くんがドン引きする。ちゃんとタイプ相性は公開しているんだから事前に調べて欲しいよね。

 

「それは寸前で止めたから良かったけど……少し遅れてたら大怪我じゃ済まなかったと思う」

 

 これはこれで楽しい時間を壊す話だった。まあ言っちゃったものは仕方ないので最後まで続けるとしようか。

 

「きっと、ああいう人は他にもいる。善意と勢いだけで動いて知識が追いついてない人たち」

 

「確かに暴れるポケモンの対処を行っている時に似たようなのを見たな。相手の弱点や性質も分かってなくて下手したら全滅してた連中だ」

 

 青山の言葉で空気が一段重くなる。すると彼は箸を置き少しだけ身を乗り出した。

 

「それなら各地の自警団と提携しようぜ」

 

「……提携ですか?」

 

 警察がポケモンを手持ちに出来ない以上、野生のポケモンやポケモンを悪用する犯罪者の対処は民間人が行うしかない。実際、日本各地では既に自警団が生まれ始めている。

 

「俺たちが指導してから名前を貸す。その代わりに治安維持を任せるんだ。勝手に動かれるより管理下に置いた方がマシだろ?」

 

 つまり日本ロケット団を頂点として無数の自警団を傘下にする構図か。そして知識と公認を与える代わりに忠誠と役割を課すと。要するに前時代的な封建制を復活させるわけだ。

 しかし行政が機能不全に陥っている以上、誰かが秩序を作るしかない。問題は、その秩序が本当に正しいままでいられるのかだな。

 

「もしも彼らが暴走したら名前を貸した僕らが責任を取るんですよ。本当に信用できるんですか?」

 

「それは承知の上だ。でも組織を大きくしなきゃ共生社会なんて実現しないぜ」

 

 2人の意見が割れている。ここは彼らの上に立つ者として私が判断を下すべきだろう。

 

「各地の自警団を傘下にするって意見自体には、私も賛成」

 

 そう口にすると青山が小さく目を見開き緑川くんは僅かに眉をひそめた。

 

「勝手に動かれて事故を起こされるよりは管理下に置いた方がいい。でも信用できないって気持ちも分かる」

 

 緑川くんが静かに息を吐いた。少しだけ肩の力が抜けたように見える。

 転生者専用掲示板では1つの案が出ていた。感情を読む能力を持つポケモンに協力してもらい悪意を持つ人間を事前に弾くべき、という意見だ。

 しかし在野の自警団の数は多すぎるので全員を精査するのは不可能だ。それにポケモンにも負担がかかるし善意で始めた人間が途中で歪むことだってある。

 

「だから提携する自警団に日本ロケット団の人間を派遣するのはどうかな?」

 

「派遣、ですか?」

 

「そう。私たちの側の人間が知識を教えながら監視をする」

 

 教えるだけじゃない。見張るだけでもない。肩を並べて現場に立ち、判断を共有し、ズレが出た瞬間に止められる距離にいる。それなら暴走の芽は小さいうちに摘めるはずだ。

 

「……責任は重くなりますよ」

 

「分かってる。でもね……」

 

 私は緑川くんに向けてニコリと笑ってみせた。たぶん余裕のある笑顔じゃなかったと思う。

 

「誰も責任を取らないまま壊れていく世界よりはマシでしょ」

 

 炭が爆ぜ肉の脂が落ちて小さな火が上がる。その揺れる炎を見つめながら私は思った。

 この判断が正解かどうかは分からない。だけど立ち止まったままじゃ何も守れない。

 

「ま、難しい話は後にして今はBBQパーティーを楽しみましょ!」

 

「ええ!」

 

「おう!」

 

 その後は肉と野菜を食べて、共に笑って、他愛ない話をしながらBBQパーティーを楽しんだ。

 ポケモンたちも思い思いに過ごしていたが、リザード(ルトラ)ヒトデマン(ニシキノ)の間には、どこか微妙な距離が残ったままだった。

 露骨に睨み合うわけでも争うわけでもない。ただ視線が合わない。互いに一歩引いたまま交わらない空気。それでも場の雰囲気を壊すほどではなく、やがて炭は白くなり、コンロは空になり、空はオレンジ色に染まっていった。

 

 自宅のマンションに辿り着いた頃には身体の芯まで疲れが染み込んでいた。建物の周囲にはマスコミが数人張り付いている。つまり社会が私を“象徴”として消費しようとしているわけだ。

 なので私は声をかけられる前にエントランスを駆け抜けた。正直、今日はもう何も答えたくなかった。部屋のドアを閉めて鍵をかけた瞬間、ようやく外の世界と切り離された気がした。

 

「……疲れたぁ!」

 

 そう声に出した途端、張り詰めていた身体の緊張が一気に解けた。靴を脱ぎ、リビングへ入るなりポーチをソファに放り投げる。

 頭の中では、今日交わした会話が渦を巻いていた。判断。責任。組織。共生。どれも簡単に答えの出るものじゃないのに、考えないわけにもいかない。

 

リザード(ルトラ)ヒトデマン(ニシキノ)。今日は楽しかったね!」

 

「リザッ!」

 

「ヘアッ!」

 

 広報活動、転生者オフ会、ポケモンバトル×3、記者会見、組織運営。気がつけば、ずっと何かに追われるように働き続けていた。せっかくのBBQパーティーでも考え事ばかりしてたし。

 せめて一息つこう。どうせ休んでも頭は止まらないんだけど。それでもコーヒーくらいは飲みたかった。そう思ってキッチンへと向かおうとした瞬間だった。

 

「……あれ?」

 

 床が傾く。世界が歪む。距離感が壊れる。

 足元の感覚が消え、重力の方向が分からなくなる。

 身体が自分のものじゃなくなる。

 

 手を伸ばそうとした。でも指先に力が入らない。

 まるで深い水の底に沈んでいくみたいだった。

 

 音が遠のく。匂いが消える。思考がほどける。

 世界が、静かに、優しく、闇に溶けていく。

 

 そして唐突に全てが途切れた。

 意識も、感覚も、存在の輪郭さえも。

 私は静かに意識を手放した。




 話のストックが切れたので更新ペースが落ちます。
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