ポケモンが存在しない世界にポケモンが現れた 作:名無しのトレーナー
遂にポケモンが現れる日になった。今になって啓示が本当だったのか不安になってくる。そうなったら私は大炎上して両親から勘当されてしまうかもしれない。まあ平常運転だな。
「海は広いな!」
青山が手を広げて潮風を全身で浴びる。ポケモンが大量発生した時にやりたいことは水タイプの捕獲だ。故に水タイプが多く出現しそうな海岸付近で待機している。
しかし水タイプに炎タイプで挑むのは愚策以外の何者でもない。故に協力者として青山を召集したわけだ。
ちなみに緑川くんには重要案件があるので不在だ。本当は相性有利な草タイプの
「たくさんポケモンを捕まえような!」
私たちは東帝大学の教授陣から「捕まえたポケモンを提供して欲しい」という依頼を受けた。ポケモンの研究が進めばポケモンの理解も進む。だから可能な限り捕獲する方針である。
「だけど一部のポケモンは捕まえないようにね」
「もちろんだぜ!」
日本は法治国家なので罪を犯せば罰される。当たり前だが逮捕されるのは避けたい所だ。
そしてポケモンとの共存社会を作るには幾つかの法的なハードルが存在する。例えば『鳥獣保護管理法』によると野生の鳥獣を許可なく捕獲してはならないらしい。ここで言う鳥獣とは哺乳類と鳥類であり、爬虫類や両生類や魚類や無脊椎動物は対象外だ。
要するにコラッタやポッポはアウトだがコイキングやキャタピーなどはセーフだ。まあポケモンはタマゴで生まれるので本当に哺乳類なのかは議論の余地があるが。
「ん?」
突然、私たちのアルセウスフォンが一斉に振動し始めた。それを手に取ると画面に「時空の歪みが発生しそうだ」という表示が出ていた。
やはりレジェアル方式だったか。おそらく歪みからポケモンが排出されるのだろう。
「県内に幾つも発生しているな」
「近場で海に面している歪みは無さそうですね……」
「無いのなら仕方ない。近くの歪みへ行こうぜ!」
これは水タイプの捕獲は後回しになりそうだな。まあ今は水タイプの
というわけで青山が所有している車で時空の歪みへ向かうことにした。
「あれが……!」
目の前には虹色に輝くドームがある。ゲームと同じような見た目だが大きさは段違いだ。これは他にも差異がありそうだ。
「あれって虹か?」
「でも少し様子がおかしくね?」
「近くに寄っても見えたよ」
一般人達は呑気にカメラを構えながら歪みを見物している。避難を呼びかけても信じてくれないだろう。なので彼らを無視して歪み内へ侵入することにした。
「始まったぞ!」
歪みの中心部にある駐車場で待機していると空が紫色に染まり始めた。つまりポケモンが大量発生する前兆だ。
「……いつの間にか周囲に道具が転がってるな」
「落とし物ではなさそうですね」
足元にはオレンジに似た青い色の果実、つまりオレンの実が転がっている。
どうやら、この世界の時空の歪みはゲームのように進化アイテムや換金用のアイテムだけを排出するわけではないらしい。そこら辺は上手くアルセウスさんサイドが調整したのだろう。
「回収しましょ。誰かに取られる前に」
私達は周囲に散らばる様々なアイテムを拾いポーチに入れる。そして歪みから出てくるのは物質だけではない。
「ラッシャイ!」
「あれはイシツブテか」
「哺乳類でも鳥類でもないので捕獲可能!」
「任せろッ!」
青山が放ったモンスターボールがイシツブテに直撃し封じ込める。本人曰く、学生時代は野球部だったらしい。ちなみに私と緑川くんはボールの投げ方を教わったりもした。
そして命中したモンボは数回揺れると「カチッ」という音を立てた。
「捕獲完了!」
「見事な腕前ですね」
「よせやい!」
あのイシツブテはレベルが低かったのか特に弱らせたりしなくてもゲットできた。おそらく他のポケモンも同様だろう。
こんな感じで順調にアイテムを拾いながらポケモンを捕獲していく。しかしモンスターボールの数には限りがあるので全ては捕まえられない。一応、歪みからも排出されているようだが、それでも焼け石に水だ。
「た、助けてぇ!」
突如として誰かが助けを求める声が市街地に響き渡った。……タイミング的にポケモンが関係していない、と考える方が不自然だよな。私たちは無言で顔を見合わせ声のした方向へと走り出した。
「来るなぁ!」
「スピィ!」
そこでは2人の警察官がスピアーに向けて拳銃を発砲していた。近くには何故か逃げようせずカメラを向けている一般人もいる。
ポケモン相手に銃火器を使おうとするなんてパルワールドみたいな状況だ。
冗談はともかくとしてスピアーは明らかに怒り狂っている。
銃弾は命中しているが全く通用していない。弾丸のように速くて硬い【バレットパンチ】ですら威力は40と低火力の技だ。ポケモンからすれば拳よりも遥かに小さい銃弾なんて大した脅威ではないのだろう。
つまりポケモンにはポケモンで対抗するしかないと。
「
「カゲェッ!」
「スピッ!?」
スピアーに超火力の炎技が炸裂する。効果は抜群だ。
「なんだ君たちは!?」
「早く逃げて下さい!」
「しかし民間人を置いていくわけには……」
「スピィッ!」
私たちが問答をしているとスピアーは唸り声を上げる。最終進化のポケモンなだけあって簡単には倒れないか。あの様子だとモンスターボールを投げても弾かれそうだ。
「やるよ!」
「あいよ!」
野生の戦いはバーリトゥード。つまりゲームのように1対1で戦う決まりも無い。というわけで集団でボコボコにしよう。
「
「カゲェ!」
ならば文明の利器に頼るとしよう。私はポーチからサーモグラフィカメラを取り出し煙幕にレンズを向ける。
「2時の方向に攻撃!」
こいつは赤外線で熱を可視化するので煙幕越しでも相手の居場所が丸見えになる。つまりスピアーが暗中模索を強いられるが、私には相手の輪郭が鮮明に浮かび上がって見えている。
つまり敵の目を潰しながら安全圏から一方的に蹂躙できる。これこそが1週間の特訓で編み出したハメ技だ。
「スピィ!」
「
スピアーは自らの不利を悟り、煙幕の外に出ようとするが仲間によって阻止される。そして私たちはチクチクと攻撃を行い確実にHPを削る。
「スピィ……」
少し時間が経ち煙が晴れるとスピアーたちは身体を縮小させ瀕死状態になる。ポケモンという生物はピンチになると体を縮めて危機を脱する。だから殺してはいないはず。とはいえ暫くの間は悪さが出来ないだろう。
「大丈夫ですか?」
「本官たちは無事です。ありがとうございます!」
「あの……その……もしかして貴方たちは!」
警官たちは礼を言う一方で、近くにいた一般人は此方にカメラを向けながら興奮している。もしかすると彼は配信者なのかもしれない。私が言えたことではないが何て命知らずな。
「その……貴方たちに付いて行っていいですか?」
「警官さん、彼を避難させてくれませんか?」
「了解しました!」
私は配信者の提案を断り警察に対処を任せることにした。人に危害を加えるポケモンが現れた以上、足手纏いを連れて探索するのは難しい。それに彼は勝手な行動を取りそうだ。歴戦の配信者である私の勘が告げているのだから間違いない。
「ところで、どうしてスピアーに襲われていたんです?」
「分かりません。本官が来た時には既に凶暴化していました」
年配の警官が事情を説明していると配信者のスマホから「このアホが蜂の怪物に石を投げたせいだぞ」という声が聞こえた。これは視聴者のコメントを合成音声が読み上げたのか。
「今のは本当なんです?」
「えっと……その……ごめんなさい!」
そう言って配信者は脱兎の如く逃げ出す。つまり先に仕掛けたのは人間というわけか。ならスピアーには悪いことをしてしまったな。今回の件で人間に敵意を持たなければ良いのだが。
もしかすると私が世論を煽ったせいで、仲良くしようと言ったせいで、今回のようなことが発生したのかもしれない。
それに今回の件が拡散してしまえば、ポケモンが危険な存在だという世論が形成されてしまうかもしれない。
「拳銃が効かなかったっスね」
そう言って若い警官が震える手で無線機を握りしめる。彼らは今日まで銃が最後の切り札だった世界で生きてきたはずだ。しかし切り札は音の出る玩具に成り下がってしまった。
「これから、どうなるんですか?」
誰ともなく漏れた言葉に答えられる人間はいない。重たい沈黙が現場を支配していた。すると暗い雰囲気を切り裂くようにアルセウスフォンから通知音が聞こえる。なのでアプリを起動して画面を見ることにした。
転生者たちによる広報活動のおかげでポケモンという概念は割と広まっている。加えて私は東帝大学の教授陣と何回かコラボ配信を行ってきた。
そして学生や無職や配信者と違って最高学府の研究者には社会的信用がある。つまり政府からすれば彼らこそが最も信頼できる有識者集団なのだ。
だからこそ緑川くんを大学に待機させておいた。転生者を教授の助手として災害対策本部へと潜り込ませる為に。私よりも遥かに賢い彼なら上手くやってくれるだろう。
「さてと……どうなるかな?」
共生社会を達成する為には政府との連携は必要不可欠。十中八九、政府との交渉は上手くいかないだろう。とはいえワンチャンくらいはありそうなので試してみる。
「ここからが正念場だ」
そう言って私はアルセウスフォンの電源を消して空を見上げた。未だに時空の歪みは終息する様子を見せない。
ポケモンが現れて世界が動き出す。これは序章に過ぎない。なんとかしてポケモンとの共生社会を作り出すのが私たちのゴールだ。