ポケモンが存在しない世界にポケモンが現れた   作:名無しのトレーナー

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揺れる炎

 記者会見を翌日に控えた夜のこと。私たちは人気のない砂浜を歩いていた。この場には潮の匂いと波が砕ける音だけがある。

 人がいない理由は単純だ。この一帯で時空の歪みが確認されたからである。ポケモンの出現が報じられて以降、一般人は危険地帯に近寄らなくなった。そもそも夜の砂浜に来る人間自体が少数派ではあるけれど。

 

 そんな場所に来た理由は1つ。水タイプのポケモンを捕まえるためだ。

 つまりヒトカゲ(ルトラ)が不注意でボヤ騒ぎを起こした際の消火要員である。役割ありきで迎え入れるのは本意ではないが安全には代えられない。

 まあ昔のシリーズでは秘伝要員とかがいたわけだけど。……ここはゲームじゃなくて現実だから混同するのは違うか。

 

 明日になれば記者会見が始まる。転生者のリーダーとして表に出れば、取材対応、書類、調整事、雑務に追われて身動きが取れなくなるのは目に見えていた。そうなれば野生のポケモンを捕まえる余裕なんてなくなる。だから無理をしてでも動くことにした。

 それに記者会見で野生のポケモンを実際にゲットできることを示すのは、支持者や世間へのアピールとしても重要なはずだ。またヒトカゲが危険だと記者に指摘された時、水タイプで対策していると主張できる。安全面と実績の両立。それを今夜のゲットで証明しなければ。

 

「今は大事な時期なのに付き合わせちゃってごめんね」

 

 私は隣を歩く緑川くんと青山に謝罪をする。今すぐにでも日本ロケット団の設立準備をする必要があるのに個人的な事情で彼らを巻き込んでしまった。

 

「気にすんな。困った時はお互い様だからな」

 

「ですね」

 

「ダネ!」

 

 青山の言葉に緑川くんとフシギダネ(フッシー)が同調する。もちろん私たちの足元にはそれぞれの相棒が寄り添っていた。

 これは凶暴なポケモンへの備えでもあるが人間への備えでもある。警察は各地の対応に追われ治安が揺らいでいる。実際、一部地域では略奪が起きているとのことだ。

 それに私は有名人で美人なので狙われる可能性は決して低くはないだろう。

 

「……そういえば」

 

 すると緑川くんが思い出したように口を開く。

 

「アルセウスフォンには他の転生者とポケモンを通信交換できる機能がありましたよね。それを使えば水タイプを持っている他地方の転生者とトレードして確保する、という手もあるのでは?」

 

 確かに正論だ。実際、水タイプをゲットできなかった転生者たちは通信交換を利用している。

 

「それはそうなんだけどね」

 

 私は少しだけ言葉を選んでから続ける。

 

「やっぱり自分で捕まえた方が愛着が湧くでしょ?」

 

 半分は本音で半分は建前だ。他人から回ってくる個体は“余り物”の可能性が高い。誰だって有望な個体は手放さない。だからこそ自分でゲットする。

 そんな打算を口に出すつもりはないけれど。

 

「身勝手な理由でしょ?」

 

 自嘲気味にそう付け足すと緑川くんは小さく首を振った。

 

「そんなことはありませんよ。生き物の命を預かる以上、中途半端な気持ちで手に入れるのは良くないですから」

 

 真っ直ぐな答えだった。そりゃあ日本ロケット団の団長である私の言葉を真正面から否定できるわけないよね。けれど、それを差し引いても今の言葉が彼なりの本心であることくらいは分かる。

 

「で、どんなポケモンをゲットするつもりなんだ?」

 

 すると青山が気軽な調子で尋ねてくる。

 

「ヒトデマンだね」

 

 アルセウスフォンに搭載されているポケモン図鑑によればヒトデマンは夜の砂浜に生息しているらしい。今の時間と場所は、その条件に合致している。

 

「進化系のスターミーはエスパー複合だからね」

 

 アニポケの【サイコキネシス】、つまりエスパー技は応用力が高い技だった。相手を吹き飛ばすだけではなく、物体を自在に操ることで状況そのものを支配できる。戦術の幅という面では他の技とは一線を画している。

 

「ん?」

 

 そう言って私は暗い海の方へと視線を向ける。波打ち際、黒く沈んだ海と砂の境界に、不自然な光があった。

 最初は漂着したガラスか何かだと思った。だけど違う。赤い。しかも単に光っているだけではなく鼓動している。

 ゆっくりと近づく。砂を踏みしめる音がやけに大きく響く。

 

 それはヒトデマンだった。しかし私の知っている個体とは明らかに違う。異様なまでに巨大な体躯。五本の腕は岩のように太く、そして中心のコアは異常なほどに赤く輝いている。

 

「もしかしてオヤブン?」

 

 共生社会を作れと命令しておきながら人間に敵対的な個体を呼び寄せるとかアルセウスは何を考えているんだ?

 それはともかくとして勝てるか怪しいな。私の目的はあくまで水タイプのゲットなので無理に強敵へ挑む必要はない。もっと穏やかで弱い個体を探すという選択肢だってある。

 けれどオヤブンは戦力としては計り知れない価値がある。今後の行動範囲、安全性、発言力、全てが変わる可能性すらある。

 

「どうする?」

 

 私は自分に問いかけるように呟く。足元ではフシギダネ(フッシー)が小さく身構え、ゼニガメ(ドナテロ)はじっと相手を見据えている。少し離れた位置でヒトカゲ(ルトラ)も尻尾の炎を揺らしながら低く唸った。

 どうやら戦う気は十分にあるらしい。こちらには草タイプがいる。しかも数でも勝っているので分は悪くない。

 そう思っても心臓の鼓動は早くなる。夜の海と砂浜に響く波の音が緊張感を増幅させていた。

 

「……やろうか!」

 

 声と同時に一歩を踏み出す。次の瞬間、ヒトデマンの赤いコアが強く脈打ち夜の闇を裂くように光が弾けた。どうやら相手も戦う気のようだな。

 放たれたのは【スピードスター】、回避も防御も許さない必中の一撃である。無数の光弾が尾を引きながらこちらへ殺到する。それは

 

「【やどりぎのタネ】で縛って下さい!」

 

 フシギダネ(フッシー)の背から放たれた種子が弧を描きヒトデマンの体表へと絡みつく。ゲームでは相手に種を植え付けて体力を奪うだけの技だった。しかし私たちの世界ではアニポケのように蔓で相手を拘束することもできる。

 いわば“継続ダメージ”と“足止め”を同時に成立させる複合技。使いこなせれば戦況そのものを支配できる極めて強力な一手だ。

 

ヒトカゲ(ルトラ)、【ひのこ】で迎撃!」

ゼニガメ(ドナテロ)、俺たちも続くぞ!」

 

「カゲッ!」

「ゼニィ!」 

 

 火炎と水流が交差し迫りくる光弾を辛うじて相殺する。こちらの攻撃を押し通して本体へ届かせるつもりだったが思うようにはいかない。

 

「ヘアッ!」

 

 次の瞬間、ヒトデマンの巨体が唸り声を上げて回転する。これにより絡みついていた蔓と種子が遠心力で弾き飛ばされ拘束は一瞬で解かれた。

 これは【こうそくスピン】か。確かバインド状態から抜け出して素早さを上昇させる技だったはず。やはりオヤブンなだけあって一筋縄ではいかないか。

 

「【えんまく】を使って!」

 

「カゲッ!」

 

 ヒトカゲ(ルトラ)が口から濃密な煙を吐き出す。黒い煙は一気に広がり、ヒトデマンの姿を覆い隠した。これにより相手は視界を封じられた。

 そして私たちはサーモグラフィーカメラを構えた。煙の中でも熱源は誤魔化せない。さあ反撃の時間だ。

 

「「「総攻撃!」」」

 

 三方向から【つるのムチ】がしなり【みずでっぽう】が奔り【ひのこ】が煙を裂いて突き進む。そして煙の中から鈍い衝撃音が聞こえた。つまりクリーンヒットだ。

 しかし確実な手応えは裏切られる。黒煙を突き破るようにヒトデマンが飛び出してきた。

 本来なら煙の外に出る前に止めるつもりだった。しかし先ほどの【こうそくスピン】で素早さが上昇している。捕捉も迎撃も間に合わない。

 

「来るっ!」

 

 ヒトデマンのコアが脈打つと圧縮された【みずでっぽう】が放たれた。一直線の暴力が空気を裂いて迫る。

 

「押し返せ! 総攻撃!」

 

 自慢の相棒たちによる三位一体の迎撃。今度こそ貫く。そう思った。しかし相手の水流は止まらなかった。

 ぶつかったはずの攻撃が逆に呑み込まれていく。圧力も、質量も、桁が違う。

 

「……嘘、でしょ」

 

 次の瞬間。轟音と共に視界が弾け飛び身体が宙へと投げ出される。砂浜を転がり叩きつけられて息が強制的に吐き出された。だけど不思議と痛みは感じない。

 

「がはっ!」

 

 肺が空になり思考が白く飛ぶ。

 違う。今まで戦ってきた相手とは全くの別物だ。

 徒党を組んでも、策を弄しても、この存在の前では無力。

 アルセウスから授かった頑丈な身体がなかったら間違いなく死んでた。

 ポケモンは怖い生き物。

 それを知識ではなく実感で理解した。

 

「ヘアッ!」

 

 そしてヒトデマンは止まらない。空へと体を向けて【スピードスター】を放った。放たれた光弾は上空へと散り軌道を描いて私たちへと降り注ぐ。まるで逃げ場を封じる檻のように。

 逃げないと。だけど身体が動かない。恐怖で思考が凍りついている。

 

「カゲ?」

 

 近くでルトラが戸惑うように声を上げる。次の指示を求めている。

 出さなきゃ。分かっているのに言葉が出てこない。

 

 その間にもヒトデマンは次の動作へ移っていた。再びコアが脈打ち【みずでっぽう】を放つ。圧倒的な威力を誇る奔流が地面ごと薙ぎ払うように迫る。

 

 上空からは【スピードスター】。正面からは【みずでっぽう】。つまり同時攻撃だ。迎撃に必要なのは前者に2体。後者に3体以上。

 

 合計、六体以上。

 決定的に足りない。

 無理だ。詰んだ。

 

「カゲッ!」

 

 鋭い声と共にヒトカゲ(ルトラ)が私の前へと躍り出た。その小さな背には燃え上がるような赤いオーラが纏わりつく。つまり【もうか】が発動した。

 さっきの直撃で体力は限界近い。だからこそ炎は一層強く燃え上がっている。だけど少し強くなっただけでは勝てない。

 

 そう思った瞬間だった。彼の身体は白く輝き夜の砂浜を照らす。急速に輪郭が変貌していく。体躯は膨張し、爪は鋭さを増し、頭部には1本の角が生えた。そして光が弾け飛ぶと同時に熱風が周囲の砂を巻き上げた。

 

「リ……ザァッ!」

 

 低く重い咆哮が耳を貫く。つまりリザードに進化したのだ。尻尾の炎は以前よりも激しく燃え上がり青白い火花さえ混じっている。

 

「凄い……!」

 

 思わず声が漏れてしまった。しかし感嘆に浸る暇はない。

 ヒトデマンは逆境での進化に危機感を覚えたのか、中心のコアを激しく明滅させて【みずでっぽう】を放つ。

 

「避けて!」

 

 しかしリザード(ルトラ)は私の指示を無視して炎を吐き出す。それは【ひのこ】と呼ぶには余りにも暴力的だった。濃密な炎が一直線に走り真正面から水流と衝突する。

 

「今です!」

 

「上だ、落とせ!」

 

 緑川くんと青山の声が重なる。

 上空から降り注ぐ【スピードスター】へフシギダネ(フッシー)ゼニガメ(ドナテロ)が応じる。蔓が空を裂き、水流が弾け、光弾を次々と叩き落としていく。

 なんとか凌げた。

 

「一度、下がって!」

 

 相棒に向けて叫ぶ。今は味方と合流して態勢を整えるべきだ。

 しかしリザード(ルトラ)は振り返りもしない。そのまま一直線にヒトデマンへと突っ込んでいく。

 そして不意に顔を上げた。次の瞬間、口元から放たれたのは【スピードスター】だった。夜空へ散った光弾が先ほどと同じ軌道で相手に襲い掛かる。

 

 この技はリザードがレベルで習得しなかったはず。確か技マシンで覚えるはずだ。つまり戦闘中に見様見真似でヒトデマンの技をラーニングした?

 

 そう思っているとリザード(ルトラ)は再び口を開き炎を吐き出す。今度は一直線にヒトデマンへと。

 空からは【スピードスター】、正面からは超火力の【ひのこ】。つまり同時攻撃だ。これは少し前にヒトデマンが見せた戦法そのものだ。

 しかも、より速く、より荒々しく、より暴力的に再現している。学び、盗み、そして即座に自分のものにしている。戦って強くなるという次元ではない。戦いそのものを吸収している。自分の相棒だというのに思わず背筋が冷えてしまう。

 

 もちろんヒトデマンが対応できるはずがなかった。頭上から降り注ぐ光弾に意識を割いた瞬間、正面から灼熱が突き刺さる。回避も、防御も、間に合わない。

 攻撃が命中したことで赤い巨体が揺らぎ砂浜へと叩きつけられる。これによりコアの輝きが明らかに弱まった。

 

「スゲェ……!」

 

 青山の声が震える

 

「ですが、このままだと倒してしまうのでは?」

 

 緑川くんの言葉に我に返る。

 目的は撃破ではなくゲットだ。

 

「待って!」

 

 私は叫びながらモンスターボールを取り出す。当然、リザード(ルトラ)は指示を無視した。このままじゃ相手を倒してしまう。

 喉の奥がひりつく。迷っている時間は無い。私は一歩だけ踏み込み息を止めて狙いを定めた。そして腕を振り抜く。放たれたモンスターボールは弧を描き吸い込まれるようにヒトデマンへと叩きつけられた。これにより巨体が光に包まれ収容される。

 

 夜の砂浜にコトリとボールが落ちた。

 次の瞬間、ボールが小さく揺れる。

 

 1回目。

 呼吸が止まった。

 

 2回目。

 誰も声を出さない。

 

 3回目。

 カチリと乾いた音が夜の浜辺に静かに響く。

 

「ゲット成功!」

 

 緊張の糸が切れた私はその場にへたり込んだ。オヤブン個体のヒトデマンという途轍もなく強大なポケモンをゲットできた。こいつなら明日の記者会見での「実績」としては十分だろう。

 

「リザ、リザッ!」

 

 するとリザード(ルトラ)が歩み寄り大きな鼻面を私の頬に寄せてくる。その肌触りは以前より硬く、そして温かかった。

 

「ありがとう、貴方のおかげで助かった」

 

 何度か指示を無視されたわけだが私を見限ったわけではないようだ。嬉しそうに喉を鳴らす彼を撫でながら私はモンスターボールを拾い上げる。

 

「そんじゃ、出て来い!」

 

 私はモンスターボールを開いた。白い光が砂浜に広がり星形の身体が現れる。

 

「ヘァ……」

 

 ヒトデマンは先程までの激闘が嘘のように力の抜けた声で応えた。さっきバトルしたばかりでダメージが残っているのか些か元気がない。

 

「今後ともよろしく!」

 

 とりあえず挨拶から始めよう。するとヒトデマンは一瞬だけコアを明滅させてから小さく頷いた。意外と【すなお】だな。

 言うことを聞かない、という最悪の事態にはならなそうで胸を撫で下ろす。昔のポケモン本編では自分でゲットしたポケモンはアルセウスやミュウツーでも必ず言うことを聞いてくれた。しかし今世はゲームではなく現実だ。その「都合のいい仕様」がそのまま通用するとは思えない。

 そんなことを考えていると……。

 

「リザァ……!」

 

 低く唸る声が背後から響いた。振り返ると、リザード(ルトラ)がヒトデマンを睨みつけている。まあ先ほどまで戦っていた相手だから気持ちは分からないでもない。だけど仲間になったのだから仲良くして欲しい。

 

「ヒトデマンを威嚇しないで」

 

 私が止めに入るも彼は一歩前に出て、喉を鳴らしたまま視線を外さない。

 

「……止めて!」

 

 2度目の制止で、ようやくリザード(ルトラ)は不満そうに鼻を鳴らし、ゆっくりと視線を逸らす。その刹那、私の胸の奥に冷たい風が吹き抜ける。

 ヒトカゲの頃なら1度目の制止、それも「命令」ですらない私の呟きに近い言葉にさえ真っ直ぐに応えてくれていた。

 でも今は違う。確かに彼は私の言葉に従った。けれど、そこには「拒絶の余白」があった。

 

 傲慢になっている。そんな言葉が頭をよぎる。進化によって力を得た結果、精神の在り方まで変化した。そんな前例を私は知っている。

 サトシのリザードン。進化したことで命令を聞かなくなった個体だ。

 もしもリザード(ルトラ)が同じ道を辿ったら? 命令を聞かず、力を振りかざし、制御不能になった未来を想像して思わず身震いした。

 

 彼が私を守る為に進化したことも理解している。それなのに醜い想像が胸の奥で澱のように溜まっていく。私は無意識に拳を握りしめた。

 強くなるという変化は何よりも頼もしい盾を得ることと同義だったはずだ。だけど私の目の前にいるのは制御を誤れば誰よりも鋭い刃に変わる「暴力」そのものだった。

 

「……大丈夫だよね」

 

 自分に言い聞かせるように呟きながらリザード(ルトラ)の燃える尻尾を眺める。揺れる炎は今までよりも力強く、そして以前よりも気まぐれに見えた。




 ヒトデマンを手持ちにしたメタ的な理由は3つあります。
 まずは消化要員、つまり水タイプだからです。
 次に石進化、つまり好きなタイミングで進化できるポケモンだからです。レベル進化するポケモンが何体もいたら処理が大変ですからね。
 最後に主人公のハンドルネームは「ドラゴン☆プリンセス」なのでドラゴン(リザード)とプリンセス(赤城竜姫)を繋げる☆としてヒトデマンを選びました。
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