よし、スカウトに行こう。
チャイムを押す。……反応はない。
ここは、初星学園寮。トップアイドルを目指す、初星学園アイドル科の生徒たちが暮らしている。
チャイムを押す。……反応はない。
当然、基本的には男子禁制。スカウトしにいくにせよ、学園内の方が面倒が少なく、わざわざ寮まで足を運びに行く必要はない、というのがセオリーである。
チャイムを押す。……反応はない。
実際問題、寮長だという三年の生徒に、不審者と間違えられる小さな事件も起きた。しっかりと説明すると、納得してもらえたが。
チャイムを押す。……反応はない。
では何故、そのようなリスクを取ってまで、寮を訪れたのかといえば……当人が寮にしかいないから、としか言いようがない。
チャイムを押す。……反応は――
「……何回押す気? そろそろ諦めてくれないかしら」
そう言って出てきたのは、不愉快そうに顔を歪めた少女。プロデューサーとして、最も〝勝てる〟と踏んでいる少女。
彼女の、名は――
「賀陽燐羽さん、ですね?」
「そうだけど。何の用? というか、あなた誰?」
「こういうものです」
名刺を渡すと、彼女は薄く笑ってから、俺の方へと視線を戻した。
「へぇ……それで?」
「あなたをプロデュースさせてください」
直球に言う。スカウトされた者の反応は、そう多くのパターンがない。
例えば、驚く。こんな私に、と自信のない者は、このパターン。
例えば、鋭く相手を見やる。既に実績があったり、実力の高いアイドルは、相手がどんなプロデューサーなのか、自分をどうプロデュースしていくつもりなのか、品定めをする。
しかし彼女は、どちらでもない。
「ぷっ……アッハッハ! 凄い、初めて見た! あなたレベルの、『見る目のないプロデューサー』!」
彼女は笑った。涙まで浮かべて、ただただ笑った。
……暫く、収まるのを待つ。彼女は少しすると、目尻の涙を拭き取って――その笑顔が、一瞬にして消える。
「もう少し、下調べした方がいいわよ。大方、『SyngUp!』の実績だけ見てきたんだろうけど……アレは手毬のワンマンユニット。しかも、私のせいで解散したのよ? 誰がそんな、実力もない疫病神みたいな女と、トップアイドル目指そうってのよ」
「俺です」
「……ハァ?」
不快そうに顔を顰める彼女から、絶対に目を離さない。
ここが、スカウトの正念場だ。真っ直ぐと見つめて、俺は言う。
「まず、訂正から。『SyngUp!』は決して、月村手毬のワンマンユニットではありません。実力以上のパフォーマンスを発揮し……そしてそのまま沈もうとしている月村さんを、賀陽さんと秦谷さんが上手く調整して形にする。そういうユニットです」
「……知ったような口を」
「知っています。全て見ましたから。解散理由も……賀陽さんのせいとは言えないでしょう。月村手毬の炎上を、自身に誘導し、彼女を守ったと見るべきです」
「……あぁ、そう。ホントに見る目ないんだ、あなた」
呆れた、と逃げようとする彼女を、逃がしてはならない。このタイミングだ――と、俺は用意してきたワードを放り込む。
「
ピクリ。やはり、彼女は反応した。
「私はねぇ……約束を破るやつが、大……っ嫌いなの。……できもしない約束を、するものではないわ」
「奇遇ですね、俺もです」
「……まさか、本気で言ってるの?」
「もちろんです」
「……なら、訂正。あなた、見る目がないだけじゃなくて、頭もおかしいのね」
「そうですか? 俺は純粋に、トップアイドルになれる人材を、スカウトしているだけなのですが」
少なくともこれで、俺が気楽な気持ちでスカウトに来てないことは伝わっただろう。彼女はまた、渋い顔で言う。
「私、もうアイドルはやめるの。残念だったわね」
「いいえ。本当に辞める気なら、もうこの学園にはいないでしょう。なにか心残りが……そう例えば、ファンとちゃんとしたお別れができていない、とか」
「……チッ!」
図星のようだ。……最後に、もう一押し。
「では、もうひとつ約束をしてみますか」
「……なにかしら」
「H.I.Fで優勝できなかったら、盛大な引退ライブをしましょう。そして、それに至るまでの全てを、俺が手助けします」
「はぁ……? 始まる前から、引退の話?」
「えぇ。……といっても、現実には起きない、仮定の話ですが」
「優勝できるわけないでしょ。……十王星南、天夜燕。他にも強敵がわんさかいるなかで、私が勝つなんて、あり得ない」
「なら、引退ライブのための、ちょっとした寄り道だとおもっていただければ構いません。……やりたいでしょう? ファンとの、きちんとしたお別れのライブを」
トップアイドルを目指す――なんてゴールを提示したところで、彼女が動かないのは分かっている。なら、別の魅力的なゴールを提案するだけだ。
「……私が引退のためにわざと負ける、とは思わないわけ?」
「それでも構いません。ファンの前で手抜きのパフォーマンスをするような人間なら、こちらから願い下げですので」
「……言うじゃない」
そう言って彼女は、微かに笑う。それは、俺に初めて見せた、嘲りでない笑みだった。
「いいわ。口車に乗ってあげる。――約束、破らないでちょうだい」
「はい。必ずトップアイドルにしてみせます」
「そっちじゃないわよ」
分かってるでしょ、と言う彼女に、笑顔で返す。
もちろん、分かっている。彼女が欲しいのは引退ライブだけということも――最後にはきっと、共にトップアイドルを目指すのだということも。
「……まぁいいわ。精々――私を失望させないことね」
なんとかスカウトには成功できた。
これから、少しずつ信頼を得ていこう。