「ワン、ツー……キメ!」
躍動感のある踊り。その完成度は高く――そして、熱を帯びている。
単純なトレースではない。彼女の、彼女だけのダンス。見るものを引き付けてやまない、そんなパフォーマンスだった。
「どう?」
「随分……良くなりましたね。いや、本当に……」
賀陽さんが求める〝アイドル像〟を決めてからというもの、彼女のパフォーマンスは、日に日に良くなっていった。
……いや、それだけでここまで向上するはずがない。そもそも、自分を出すという行為は、誰だって出来ること。彼女は単純に、今までそれをしてこなかったから、手間取ってしまっただけであって。
要領の良い彼女のことだ。案外、時間をかけて慣れてしまえば、こんなものなのかもしれない。……そうなってくると、先日まで慌てふためいていた俺が滑稽なだけなのだが。
「……我ながら、感触が良いわ。踊りやすい」
「賀陽さん本来の動きですからね、それが。……さて。ここまで動けるようになったのであれば――やることは一つです」
「――ライブね」
「はい」
遂に、ここまでたどり着いた。期間としてはそう長くはないはずなのに、始まりの日が随分と遠く感じる。
「ということで、一通りの準備は終わらせてきました」
「具体的には?」
「ゲストを呼びました」
言うと、彼女は一気に怪訝な顔をする。
「……初めてのライブよ? そんな、話題が霞むようなことしていいの?」
「はい。あの二人なら、問題ないかと」
「……二人? ――ちょっと待って、嫌な予感がしてきた」
「ゲストは、月村手毬さんと、秦谷美鈴さんのお二人です」
「なんでよ!?」
まさかの人選に、彼女は目を見開いて叫ぶ。……予想通りだが。
「解散ライブの約束は、H.I.Fに負けたらだったはず……よね?」
「いえ。俺が約束したのは、引退ライブです。解散ライブじゃありません」
「……同じじゃない」
「違います。引退はあくまで、賀陽さん個人の話ですから」
嘘は言っていない。約束も守ったままだ。……我ながら、屁理屈だが。
「はぁ……じゃあそれでいいわ。……それで? 解散ライブをやるのね?」
「いいえ」
「なんなのよ、もう!」
「『SyngUp!』の曲は、一つたりともやりません。というか、あなたたち三人を、同時にステージに立たせる気はありません」
「……頭痛くなってきたんだけど。なら、私たちを集める理由は、一体なに?」
「決まっています――決着をつけましょう」
決着。その言葉に、彼女はピクリと反応する。……少しは興味があるようだ。
「対戦形式……謂わば、対バンです。思う存分、戦っていただければと」
「……二人はあくまで、ただのゲストで、ただの対戦相手――ってこと? なにその詭弁。それに、そこまでする理由はなに?」
理由――聞かれて思い出すのは、ついこの間のことだ。
「先日、カラオケに連れていかれた日にですね」
「言い方に悪意を感じるわ」
「……連れていっていただいた日にですね、思ったんです。あなたたち三人には、やはり喧嘩が必要だったのではないかと」
彼女に聞けば、『SyngUp!』の二人とは、現在も気まずい関係性のままだと言う。……アイドル活動云々は置いておくにしても、そろそろ改善すべきだ。
「やり口がまどろっこしいんですよ。さっさとお互いの気持ちをぶつけあって、良きライバルへと関係性を修復してください」
「……じゃあ、ライブをする必要はないんじゃない?」
「そこはそれ。折角の良いコンテンツを無視するわけにはいきません。……それに、活動を本格的に再開するにあたって、一区切りは必要でしょう。あなたにも、ファンにも」
そしてもちろん、アイドル活動をしていく上でも、関係性の修復は必要である。
「脅迫状。……解散ライブの中止に至ったきっかけです。あれから時間も経ち、ある程度、怒りの熱は収まったでしょうが――賀陽燐羽としてアイドルを続けるにあたって、大きな障害であることに間違いはありません」
「……まぁ、ね」
「ですが――彼らは所謂、反転アンチと呼ばれるものです。あなたたちのことが好きだから……好き過ぎた故に、怒りに変わってしまった」
よくある話だ。彼らは、ただ嫌いだとか、悪意があるわけではない。……だからこそ、しっかりとした区切りが要る。
「そこまで過激でない方たちにも、くすぶっているファンは大勢いるはずです。だからこそ――最初に示す必要がある。グループとしては、決別した。もうユニットとして活動する気はないけれど……しかし、良きライバルでもある。そう、明確に宣言すれば、ひとまずの区切りがつきます。あとは、今後の活動で示していけば良い」
「……それでも変わらず、怒りを燃やすファンがいたら?」
「それはあなたの領分ではありません。……というか、俺の領分でもないですね。警察とか、警備員とか、そういう方たちに頑張っていただきましょう」
そこまで過激なファンに怖がっていては、そもそもアイドル活動など出来はしない。
彼女も、そこまで肝の小さい人間ではないだろう。……なんて、ちょっと失礼な考えが伝わったのか、ジトリとした視線向けながら、彼女は頷いた。
「……分かったわよ、やるわ」
「はい。……そして、やるからには」
「当たり前よ、負ける気はない。……レッスン、増やしておいて」
「はい。適度に増やさせていただきます」
適度に、を強調して言う。やる気があるのは結構だが、オーバーワークは許されない。
念押しする俺に、彼女は呆れるようにして――その瞳に、炎を宿した。
あれから数日後。初星学園校舎――階段付近の廊下で、それは起きた。
「……あ」
「……まぁっ」
「うわ……」
ばったりと鉢合わせたのは、『SyngUp!』メンバー三人。……誰からでもなく、全員が何となく避けていたため、高等部に入ってからの、初めての邂逅だった。
……気まずい空気感のなか、燐羽が最初に口を開いた。
「……ウチのから、聞いたわね?」
確認をとると、手毬も美鈴も頷いた。どうやら、本当にやるらしい……と自身のプロデューサーに呆れる燐羽に、美鈴はフッと笑った。
「やっと……誰が一番上なのか、はっきりさせられますね」
「ハ……あなた、まさか自分が上だとでも思ってるわけ?」
「さぁ……どうでしょう?」
バチバチと、火花が散るかのような二人の間に――ねぇ、と一言、割って入る声があった。
月村手毬。彼女は、決意を持った表情で――燐羽に向かい合って、言った。
「燐羽。……私が勝ったら、ひとつだけ、お願いを聞いてほしい」
「……なに、急に。手毬のくせに、私たちに勝てると思ってるの? ……というか、私にメリットないじゃない、それ」
「まぁ……なら、勝った人が、負けた二人に何でも命令できる――というのはどうでしょう?」
美鈴の提案に、燐羽はニヤリと口角を上げた。
「あら、いいの? そんな私に有利な条件出しちゃって」
「有利? しばらくサボってたのに、随分余裕だね」
「サボってたのは認めるけど、忘れてない? 今回は、私のライブ。あなたたちは、ゲストなのよ?」
「……あ」
「……やっぱり、気づいてなかった」
今回は、燐羽のライブだ。演出やセットリストなど、詳細に意見が出来るのは、ホストである彼女に他ならない。
やろうと思えば、二人のパフォーマンスを妨害することだって――なんて、もちろん燐羽にそんなつもりはないが。
いまさら気づいた手毬は、面白いくらいに真っ青になって……しかしそれでも、ふん、と鼻で笑って見せた
「い、いいもん。そのくらいのハンデくらいなくっちゃ、勝負にならないし」
「へーぇー。言うようになったじゃない。美鈴は?」
「わたしも、構いませんよ。それに――りんちゃんなら、公平に勝負をさせてくれるでしょうし」
「あ、そっか。そうだよね」
「はぁ?」
何を甘いことを言っているんだ、この二人は……と、思ったは良いものの。燐羽にその意図がない以上、彼女たちの分析は正確だった。
……皮肉のひとつでも言ってやりたいところだが、今何を言ってもダサいだけだろう。燐羽は仕方がなく、肩をすくめるに留めた。
「ま、いいわ。……精々、頑張りなさい」
「うん! 楽しみにしてる!」
「楽しみって……あぁ、もういいわ」
それだけ言って、彼女は止めてた歩みを再開する。……次に会うのは、ステージの上だ。
「……負けないわよ」
小さく、しかし確実に、彼女は闘争心を燃やす。そしてそれは、他の二人も同様なのであった。
今日のプロデュース状況をメモしておこう。
遂にライブが決まった。
彼女のパフォーマンスが、今から楽しみだ!