燐羽実装が待ちきれない人の幻覚   作:たつおのすけ

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第7話

「ワン、ツー……キメ!」

 

 躍動感のある踊り。その完成度は高く――そして、熱を帯びている。

 

 単純なトレースではない。彼女の、彼女だけのダンス。見るものを引き付けてやまない、そんなパフォーマンスだった。

 

「どう?」

「随分……良くなりましたね。いや、本当に……」

 

 賀陽さんが求める〝アイドル像〟を決めてからというもの、彼女のパフォーマンスは、日に日に良くなっていった。

 

 ……いや、それだけでここまで向上するはずがない。そもそも、自分を出すという行為は、誰だって出来ること。彼女は単純に、今までそれをしてこなかったから、手間取ってしまっただけであって。

 

 要領の良い彼女のことだ。案外、時間をかけて慣れてしまえば、こんなものなのかもしれない。……そうなってくると、先日まで慌てふためいていた俺が滑稽なだけなのだが。

 

「……我ながら、感触が良いわ。踊りやすい」

「賀陽さん本来の動きですからね、それが。……さて。ここまで動けるようになったのであれば――やることは一つです」

「――ライブね」

「はい」

 

 遂に、ここまでたどり着いた。期間としてはそう長くはないはずなのに、始まりの日が随分と遠く感じる。

 

「ということで、一通りの準備は終わらせてきました」

「具体的には?」

「ゲストを呼びました」

 

 言うと、彼女は一気に怪訝な顔をする。

 

「……初めてのライブよ? そんな、話題が霞むようなことしていいの?」

「はい。あの二人なら、問題ないかと」

「……二人? ――ちょっと待って、嫌な予感がしてきた」

「ゲストは、月村手毬さんと、秦谷美鈴さんのお二人です」

「なんでよ!?」

 

 まさかの人選に、彼女は目を見開いて叫ぶ。……予想通りだが。

 

「解散ライブの約束は、H.I.Fに負けたらだったはず……よね?」

「いえ。俺が約束したのは、引退ライブです。解散ライブじゃありません」

「……同じじゃない」

「違います。引退はあくまで、賀陽さん個人の話ですから」

 

 嘘は言っていない。約束も守ったままだ。……我ながら、屁理屈だが。

 

「はぁ……じゃあそれでいいわ。……それで? 解散ライブをやるのね?」

「いいえ」

「なんなのよ、もう!」

「『SyngUp!』の曲は、一つたりともやりません。というか、あなたたち三人を、同時にステージに立たせる気はありません」

「……頭痛くなってきたんだけど。なら、私たちを集める理由は、一体なに?」

「決まっています――決着をつけましょう」

 

 決着。その言葉に、彼女はピクリと反応する。……少しは興味があるようだ。

 

「対戦形式……謂わば、対バンです。思う存分、戦っていただければと」

「……二人はあくまで、ただのゲストで、ただの対戦相手――ってこと? なにその詭弁。それに、そこまでする理由はなに?」

 

 理由――聞かれて思い出すのは、ついこの間のことだ。

 

「先日、カラオケに連れていかれた日にですね」

「言い方に悪意を感じるわ」

「……連れていっていただいた日にですね、思ったんです。あなたたち三人には、やはり喧嘩が必要だったのではないかと」

 

 彼女に聞けば、『SyngUp!』の二人とは、現在も気まずい関係性のままだと言う。……アイドル活動云々は置いておくにしても、そろそろ改善すべきだ。

 

「やり口がまどろっこしいんですよ。さっさとお互いの気持ちをぶつけあって、良きライバルへと関係性を修復してください」

「……じゃあ、ライブをする必要はないんじゃない?」

「そこはそれ。折角の良いコンテンツを無視するわけにはいきません。……それに、活動を本格的に再開するにあたって、一区切りは必要でしょう。あなたにも、ファンにも」

 

 そしてもちろん、アイドル活動をしていく上でも、関係性の修復は必要である。

 

「脅迫状。……解散ライブの中止に至ったきっかけです。あれから時間も経ち、ある程度、怒りの熱は収まったでしょうが――賀陽燐羽としてアイドルを続けるにあたって、大きな障害であることに間違いはありません」

「……まぁ、ね」

「ですが――彼らは所謂、反転アンチと呼ばれるものです。あなたたちのことが好きだから……好き過ぎた故に、怒りに変わってしまった」

 

 よくある話だ。彼らは、ただ嫌いだとか、悪意があるわけではない。……だからこそ、しっかりとした区切りが要る。

 

「そこまで過激でない方たちにも、くすぶっているファンは大勢いるはずです。だからこそ――最初に示す必要がある。グループとしては、決別した。もうユニットとして活動する気はないけれど……しかし、良きライバルでもある。そう、明確に宣言すれば、ひとまずの区切りがつきます。あとは、今後の活動で示していけば良い」

「……それでも変わらず、怒りを燃やすファンがいたら?」

「それはあなたの領分ではありません。……というか、俺の領分でもないですね。警察とか、警備員とか、そういう方たちに頑張っていただきましょう」

 

 そこまで過激なファンに怖がっていては、そもそもアイドル活動など出来はしない。

 

 彼女も、そこまで肝の小さい人間ではないだろう。……なんて、ちょっと失礼な考えが伝わったのか、ジトリとした視線向けながら、彼女は頷いた。

 

「……分かったわよ、やるわ」

「はい。……そして、やるからには」

「当たり前よ、負ける気はない。……レッスン、増やしておいて」

「はい。適度に増やさせていただきます」

 

 適度に、を強調して言う。やる気があるのは結構だが、オーバーワークは許されない。

 

 念押しする俺に、彼女は呆れるようにして――その瞳に、炎を宿した。

 

 

 

 

 

 あれから数日後。初星学園校舎――階段付近の廊下で、それは起きた。

 

「……あ」

「……まぁっ」

「うわ……」

 

 ばったりと鉢合わせたのは、『SyngUp!』メンバー三人。……誰からでもなく、全員が何となく避けていたため、高等部に入ってからの、初めての邂逅だった。

 

 ……気まずい空気感のなか、燐羽が最初に口を開いた。

 

「……ウチのから、聞いたわね?」

 

 確認をとると、手毬も美鈴も頷いた。どうやら、本当にやるらしい……と自身のプロデューサーに呆れる燐羽に、美鈴はフッと笑った。

 

「やっと……誰が一番上なのか、はっきりさせられますね」

「ハ……あなた、まさか自分が上だとでも思ってるわけ?」

「さぁ……どうでしょう?」

 

 バチバチと、火花が散るかのような二人の間に――ねぇ、と一言、割って入る声があった。

 

 月村手毬。彼女は、決意を持った表情で――燐羽に向かい合って、言った。

 

「燐羽。……私が勝ったら、ひとつだけ、お願いを聞いてほしい」

「……なに、急に。手毬のくせに、私たちに勝てると思ってるの? ……というか、私にメリットないじゃない、それ」

「まぁ……なら、勝った人が、負けた二人に何でも命令できる――というのはどうでしょう?」

 

 美鈴の提案に、燐羽はニヤリと口角を上げた。

 

「あら、いいの? そんな私に有利な条件出しちゃって」

「有利? しばらくサボってたのに、随分余裕だね」

「サボってたのは認めるけど、忘れてない? 今回は、私のライブ。あなたたちは、ゲストなのよ?」

「……あ」

「……やっぱり、気づいてなかった」

 

 今回は、燐羽のライブだ。演出やセットリストなど、詳細に意見が出来るのは、ホストである彼女に他ならない。

 

 やろうと思えば、二人のパフォーマンスを妨害することだって――なんて、もちろん燐羽にそんなつもりはないが。

 

 いまさら気づいた手毬は、面白いくらいに真っ青になって……しかしそれでも、ふん、と鼻で笑って見せた

 

「い、いいもん。そのくらいのハンデくらいなくっちゃ、勝負にならないし」

「へーぇー。言うようになったじゃない。美鈴は?」

「わたしも、構いませんよ。それに――りんちゃんなら、公平に勝負をさせてくれるでしょうし」

「あ、そっか。そうだよね」

「はぁ?」

 

 何を甘いことを言っているんだ、この二人は……と、思ったは良いものの。燐羽にその意図がない以上、彼女たちの分析は正確だった。

 

 ……皮肉のひとつでも言ってやりたいところだが、今何を言ってもダサいだけだろう。燐羽は仕方がなく、肩をすくめるに留めた。

 

「ま、いいわ。……精々、頑張りなさい」

「うん! 楽しみにしてる!」

「楽しみって……あぁ、もういいわ」

 

 それだけ言って、彼女は止めてた歩みを再開する。……次に会うのは、ステージの上だ。

 

「……負けないわよ」

 

 小さく、しかし確実に、彼女は闘争心を燃やす。そしてそれは、他の二人も同様なのであった。




 今日のプロデュース状況をメモしておこう。

 遂にライブが決まった。
 彼女のパフォーマンスが、今から楽しみだ!
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