「これ、セトリ?」
事務所に置いてあった一枚の紙をしげしげと眺めて、彼女は言った。
ちょうど今日、その話をしようとして置いておいたのだが……随分と目敏く見つけるものだ。
「そうです。まだ仮ですが。何か要望があれば、是非」
「そうねぇ……」
手にとって、暫く無言で彼女は眺める。……ふと、俺に紙を見せ、ある一点を指差した。
「これ、手毬が連続で歌ってない?」
「あぁ、はい」
「無理でしょ。……もしかして、そうでもしなきゃ私が負けると思ってる?」
不愉快そうに歪める彼女の顔には、ハンデなんか要らない! なんて文字が書かれているかのようだった。
……少しだけ、笑ってしまう。
「なに笑ってるのよ」
「いえ……意見を求めたときに、真っ先に月村さんの心配から入るのが、賀陽さんらしいな、と」
「……別に。倒れられでもしたら、困るのは私ってだけでしょ」
確かにそうかもしれないが……いや、やはり照れ隠しだろう。
だが、彼女に何と言われようと、これはハンデでも、策略でもない。なにせ――
「それ、月村さん側からの提案なんです」
「……はぁ? なにやってんのよ、あの子は……!」
「しかし、判断としては間違っていないかと。間に別のアイドルを挟んで観客席の空気を変えられるくらいなら、自分が連続してパフォーマンスした方が、間違いなく盛り上げられますから」
「そんな体力、あると思ってる?」
「はい」
深く考えるまでもなく、頷く。しかしその判断は、彼女にとって信じられないものらしい。
「……正気なの?」
「賀陽さんだって、見たでしょう。あのライブ。彼女は、自身の弱点を、克服しつつある」
「……随分、買ってるのね、手毬のこと」
「そうですね。個人的にも、かなり推しているアイドルです。成長速度が著しいですし――H.I.Fも狙えるかと」
淡々と言うと、彼女は珍しく、不安げな……まるでそう、捨てられる子犬のような顔で――
「……浮気?」
「え゛」
「……ぷっ、酷い声」
思わず、声が出た。……彼女は俺のリアクションに、満足そうに笑ってから、ニヤニヤと口角を吊り上げる。どうやら、からかわれたらしい。
「図星なんだ。……あの子もプロデュースする気?」
「ち、違います。ちょっと驚いただけで。というか、常人には無理ですよ。『SyngUp!』を二人以上同時にプロデュースするのは……」
「どういう意味よ」
「そのままの意味ですよ!」
想像しただけでも悪寒がする。どう考えても、身体も精神も保つはずがない。
「……まぁ、いいわ。私との約束を破らないなら、それで」
「無論です。……いや、本気で。勘弁してください」
寒気を抑える俺を見て、彼女はまた笑う。……随分と機嫌が良い。
理由は不明だが、ありがたいことだ。この調子のままで行けば――きっと、彼女たちにも、勝利を納めることができる。そんな希望を抱いて。
――そして、ライブ当日。
控え室に集まるのは、当然――『SyngUp!』の三人だ。
「調子はどーお、手毬?」
「別に、絶好調だよ。……燐羽こそ、久々のステージで鈍ってるんじゃない?」
「それこそ、絶好調だけど?」
顔を合わせた途端、火花が散る。……闘争心があるのは、良いことだ。彼女にとっても、良い刺激になるだろう。……多分。
ひとまず、挨拶はしておかなければならない。バチバチという音すら聞こえてきそうな控え室にそっと入って、俺は声をかけた。
「お二人とも、本日はありがとうございます」
「いえ……良いタイミングで、機会をいただけました」
「私たちに声かけるなんて、センスあるよ、あなた」
と、返事は返してくれるが、彼女たちの意識はもう、お互いとステージにしか向いていない。
「燐羽、約束、忘れてないよね?」
「当然。あなたこそ、後から負けて、泣きべそかかないでよ」
「誰が!」
そしてすぐに、挑発のし合いに戻る……のだが、なんだか聞きなれない話題が入っている。
「……約束とは?」
「勝った人が負けた人に、何でも言うことを聞かせられる……と、そんな賭けをしているんです、わたしたち」
「……なぜそんなことに?」
「手毬が言い出して、美鈴が乗っかったのよ」
「な――燐羽だって、乗り気だったくせに!」
……なるほど。これはもしかしたら――マズいことになったかもしれない。
うんうんと唸る間に、そろそろライブが始まる。……トップバッターは――
「……とりあえず、会場、あっためて来てあげるよ。……燐羽、美鈴、ちゃんと見ててよね」
「はいはい、行ってきなさいな」
月村手毬。これも、彼女からの打診だ。やはり彼女は、賀陽さんや秦谷さんの影響が、限りなく少ない状態で、ステージに立ちたいらしい。
「さて――私たちも、準備しましょうか」
「……そう、ですね」
そして、ライブが始まったということは、賀陽さんの出番もそろそろだ。
……一抹の不安はある中、俺はひとまず、目の前のことに集中するのだった。
今日のプロデュース状況をメモしておこう。
『SyngUp!』三人の勝負。
……どうなるだろうか。