燐羽実装が待ちきれない人の幻覚   作:たつおのすけ

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第8話

「これ、セトリ?」

 

 事務所に置いてあった一枚の紙をしげしげと眺めて、彼女は言った。

 

 ちょうど今日、その話をしようとして置いておいたのだが……随分と目敏く見つけるものだ。

 

「そうです。まだ仮ですが。何か要望があれば、是非」

「そうねぇ……」

 

 手にとって、暫く無言で彼女は眺める。……ふと、俺に紙を見せ、ある一点を指差した。

 

「これ、手毬が連続で歌ってない?」

「あぁ、はい」

「無理でしょ。……もしかして、そうでもしなきゃ私が負けると思ってる?」

 

 不愉快そうに歪める彼女の顔には、ハンデなんか要らない! なんて文字が書かれているかのようだった。

 

 ……少しだけ、笑ってしまう。

 

「なに笑ってるのよ」

「いえ……意見を求めたときに、真っ先に月村さんの心配から入るのが、賀陽さんらしいな、と」

「……別に。倒れられでもしたら、困るのは私ってだけでしょ」

 

 確かにそうかもしれないが……いや、やはり照れ隠しだろう。

 

 だが、彼女に何と言われようと、これはハンデでも、策略でもない。なにせ――

 

「それ、月村さん側からの提案なんです」

「……はぁ? なにやってんのよ、あの子は……!」

「しかし、判断としては間違っていないかと。間に別のアイドルを挟んで観客席の空気を変えられるくらいなら、自分が連続してパフォーマンスした方が、間違いなく盛り上げられますから」

「そんな体力、あると思ってる?」

「はい」

 

 深く考えるまでもなく、頷く。しかしその判断は、彼女にとって信じられないものらしい。

 

「……正気なの?」

「賀陽さんだって、見たでしょう。あのライブ。彼女は、自身の弱点を、克服しつつある」

「……随分、買ってるのね、手毬のこと」

「そうですね。個人的にも、かなり推しているアイドルです。成長速度が著しいですし――H.I.Fも狙えるかと」

 

 淡々と言うと、彼女は珍しく、不安げな……まるでそう、捨てられる子犬のような顔で――

 

「……浮気?」

「え゛」

「……ぷっ、酷い声」

 

 思わず、声が出た。……彼女は俺のリアクションに、満足そうに笑ってから、ニヤニヤと口角を吊り上げる。どうやら、からかわれたらしい。

 

「図星なんだ。……あの子もプロデュースする気?」

「ち、違います。ちょっと驚いただけで。というか、常人には無理ですよ。『SyngUp!』を二人以上同時にプロデュースするのは……」

「どういう意味よ」

「そのままの意味ですよ!」

 

 想像しただけでも悪寒がする。どう考えても、身体も精神も保つはずがない。

 

「……まぁ、いいわ。私との約束を破らないなら、それで」

「無論です。……いや、本気で。勘弁してください」

 

 寒気を抑える俺を見て、彼女はまた笑う。……随分と機嫌が良い。

 

 理由は不明だが、ありがたいことだ。この調子のままで行けば――きっと、彼女たちにも、勝利を納めることができる。そんな希望を抱いて。

 

 

 

 

 

 ――そして、ライブ当日。

 

 控え室に集まるのは、当然――『SyngUp!』の三人だ。

 

「調子はどーお、手毬?」

「別に、絶好調だよ。……燐羽こそ、久々のステージで鈍ってるんじゃない?」

「それこそ、絶好調だけど?」

 

 顔を合わせた途端、火花が散る。……闘争心があるのは、良いことだ。彼女にとっても、良い刺激になるだろう。……多分。

 

 ひとまず、挨拶はしておかなければならない。バチバチという音すら聞こえてきそうな控え室にそっと入って、俺は声をかけた。

 

「お二人とも、本日はありがとうございます」

「いえ……良いタイミングで、機会をいただけました」

「私たちに声かけるなんて、センスあるよ、あなた」

 

 と、返事は返してくれるが、彼女たちの意識はもう、お互いとステージにしか向いていない。

 

「燐羽、約束、忘れてないよね?」

「当然。あなたこそ、後から負けて、泣きべそかかないでよ」

「誰が!」

 

 そしてすぐに、挑発のし合いに戻る……のだが、なんだか聞きなれない話題が入っている。

 

「……約束とは?」

「勝った人が負けた人に、何でも言うことを聞かせられる……と、そんな賭けをしているんです、わたしたち」

「……なぜそんなことに?」

「手毬が言い出して、美鈴が乗っかったのよ」

「な――燐羽だって、乗り気だったくせに!」

 

 ……なるほど。これはもしかしたら――マズいことになったかもしれない。

 

 うんうんと唸る間に、そろそろライブが始まる。……トップバッターは――

 

「……とりあえず、会場、あっためて来てあげるよ。……燐羽、美鈴、ちゃんと見ててよね」

「はいはい、行ってきなさいな」

 

 月村手毬。これも、彼女からの打診だ。やはり彼女は、賀陽さんや秦谷さんの影響が、限りなく少ない状態で、ステージに立ちたいらしい。

 

「さて――私たちも、準備しましょうか」

「……そう、ですね」

 

 そして、ライブが始まったということは、賀陽さんの出番もそろそろだ。

 

 ……一抹の不安はある中、俺はひとまず、目の前のことに集中するのだった。




 今日のプロデュース状況をメモしておこう。

 『SyngUp!』三人の勝負。

 ……どうなるだろうか。
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