燐羽実装が待ちきれない人の幻覚   作:たつおのすけ

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第4話

 事務所に入った瞬間、機嫌の悪そうな賀陽さんが、目だけで俺の方を見た。

 

 先日から、彼女の調子はずっとこうだ。不機嫌そうに、しかし約束をすっぽかすような真似はせず、律儀に事務所には来てくれる。

 

「で、何の用?」

「……ちゃんと、今日の予定は空けていただいてますよね?」

「えぇ。……だから、何をさせられるのかって聞いてるんだけど」

 

 予め内容を教えてしまっては、断られる可能性があった。……何か仕掛けられる、というのは彼女も感じ取っているようだが、それでもちゃんと事務所に来てくれるのは、最低限の信頼はしてくれているのだろうか。

 

 俺は嫌そうな顔の彼女の目の前に、二枚のチケットを出した。

 

「ライブに行きます」

「ライブ? ……ちょっと待って、それって」

「おや。やはりご存知でしたか」

 

 今日という日。わざわざ賀陽さんを誘って行くライブ……誰のライブかなんて、分かりきっていた。

 

「月村さんが、ソロライブを行うようです。見に行きましょう」

「いやよ。なんだ私が……」

「でも、知っていたってことは、気にしていたのでしょう。ほら、恥ずかしがらずに」

「誰が恥ずかしがってるって? いい加減にしてちょうだい!」

「……本当に行かないのですか? 残念ですね。折角、最前列の特等席を用意してきたのですが」

「私には関係ない」

 

 おや、意外と強情だ。なんだかんだ、気になっているだろうに。

 

 仕方がない、奥の手を使うとしよう。

 

「そうですか。……あんな良い席が空席なんて、もし月村さんがステージ上から見たら――」

「あぁもう、行くわよ! 行けばいいんでしょ!」

 

 あっさりと彼女は籠絡される。やはり、良心に訴えかけるのか、賀陽さんの性格的に、最も効果的なのだ。

 

 渋々……という割には、楽しげにライブの準備を始める彼女に苦笑いを浮かべてから、俺たちは会場に向かうのだった。

 

 

 

 

「いやぁ……すごかったですね」

「すごいとか、そういう次元? 私、途中から本当に、胃が……」

「何回、倒れてしまうかと……はらはらしっぱなしでしたね」

 

 昼頃から始まったライブが終了して。外に出た頃には、空には既に、赤みがかかっていた。

 

 会場を後にする俺たちの顔は、何故か疲労一色だ。……あんなに危ういとは、月村手毬というアイドルは、想定以上に問題児なのかもしれない。

 

 だが――良いライブだった。それだけは、間違いない。

 

「うかうかしていられませんよ、憧れの賀陽燐羽さん」

「……誰から聞いたのよ、それ。……まぁ、何故か憧れられてるのは、そうらしいけれど」

 

 満更でもなさそうに、彼女は言う。……いや、本人は否定するだろうけれど。それでも俺の目には、間違いなくそう映った。

 

「月村手毬はユニットから脱却して――謂わば、羽化しつつある。このまま行けば……蝶の真似事をするだけの蛹を、彼女は越えます」

「……かもね。……なに、悔しかったらレッスンしろって?」

「いえ。悔しいなら、想定以上の効果ですが……俺が言いたいのは、月村手毬は、憧れの賀陽燐羽を越えるとき、一瞬たりとも手を抜くことはない、ということです」

 

 彼女は何も言わない。なら、俺はさらに続けるだけだ。

 

「憧れは越えるものです、賀陽さん。思い出に耽って、真似事をするだけなんて、そんなの憧れですらない」

 

 彼女はまだ、何も言わない。

 

「あなたが越えるんです。賀陽継を、あなたが。越えられるんです、あなたなら!」

 

 何も言わない彼女は――ようやく、小さく口を開いた。

 

「手毬のやつ、ギリギリだったけど――本っ当にギリギリだったけど、一人で歌いきれるようになってた。……手毬のくせに、生意気」

「はい。あなたに勝つためですよ」

「……相変わらず、真っ直ぐで……最悪」

 

 賀陽燐羽は、空を見る。夕暮れから、夜に向けて日が落ち出した空に――月は、薄くも確実に、輝いていた。

 

「あーあ。……なんで、負けたくないって思うのかしらね」

 

 月を見る。いや――睨み付ける。太陽は今、この瞬間……月を敵と決めた。

 

「……教えなさい。『賀陽燐羽』としてステージに立ったら、あの子に勝てる? あの子の――憧れでいられるかしら」

「……いいえ」

 

 否定をすると、彼女は目を伏せる。だが、俺が言いたいのは、そうではない。

 

「負けたとしても、憧れは、憧れのままですよ。それは、変わりません。あなたが何もしなくても、賀陽燐羽は、月村手毬の憧れであり続けるでしょう」

「……そういう、ものかしら」

「はい。きっと、賀陽継(お姉さん)を超えても、彼女はあなたの憧れで居続ける。それと同じです。……でも」

 

 でも。そんなことよりも、大事なことがある。

 

「――どうせなら、勝った方がカッコいいですよ」

 

 折角、憧れているのだ。折角、憧れられているのだ。

 

 憧れを超えて、そして、越えられない憧れのままで居てやればいい。

 

 正しいとか、間違ってるとか、そういうんじゃなく。

 

 それはきっと、カッコいい。

 

 ……彼女は目を丸くして、俺を見た。

 

「ふぅん……確かに。初めて、あなたと意見が合ったわ」

「なによりです」

 

 日が落ちるのは、一瞬だ。ものの数分で、まだ赤かった空が、黒だけで塗りつぶされる。

 

 でも、明日にはまた昇る。太陽は、また人々を照らすのだ。俺はそれを、知っている。

 

「あぁ、もう。……ほんと、最悪」

 

 そう言う彼女は、どこか楽しげで、笑っているようにさえ、見えた。




 今日のプロデュース状況をメモしておこう。

 ようやく、スタートラインに立てた。
 ここから、気を引き締めて行こう!
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