燐羽実装が待ちきれない人の幻覚   作:たつおのすけ

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第5話

 レッスン室で、彼女は踊る。完成度は、贔屓目に見ても高く、そして――

 

「……どう?」

「普通に『賀陽継』です」

「……そうよね。私もそう思うし」

 

 ――先日から、あまり進歩はしていなかった。

 

 上手くはなっている……多分。厳密に言えば、賀陽継と若干違う……気もする。

 

 しかし。姉からの脱却を受け入れ、真剣にレッスンを始めた割には、大して変わっていない……というのが、実情だった。

 

「……ねぇ」

「はい」

「素直に、自分を表現すれば良い――そう言ったわよね?」

「……はい」

 

 彼女の心理的な問題は、ひとまず解決した。だからあとは、ただ彼女自身を表現すればいい。

 

 問題が生まれるとすれば、技術的、身体的な壁だけ――と、思っていたのだが。

 

「……自分を表現、ってどうやるのかしら」

「まさか、こんなところに壁があるとは……っ!」

 

 完全に予想外だ。

 

 人間、誰しも模倣から始める。憧れに近づきたくて。憧れになりたくて。

 

 そして、完全には模倣できずに……しかし、そこからオリジナリティが生まれる。

 

 だが、ここにはいる。なまじ、完全に模倣が出来てしまう故に――一匙(ひとさじ)のオリジナリティすら、必要なく生きてきたアイドルが。

 

「参ったわね……」

「……ひとまず、ファンの客観的な意見を見てみますか」

 

 彼女のことをずっと見ているファンなら、もしかしたら彼女本人よりも、『賀陽燐羽』を分かっているかもしれない。

 

 参考になれば、と思い、SNSでの賀陽さんの評判を、軽く調べてみる。

 

『今日の燐羽様、さすがにクール過ぎて死ぬ』

 

『月村手毬の影に隠れてるけど、賀陽燐羽も実力安定し過ぎててエグい』

 

『燐羽ちゃんってMCとパフォーマンスのギャップすごくない? いや、良いんだけど、ちょっと作りものめいてるっていうか……』

 

「だそうですが、どう思いますか?」

「どう……と言われても」

「例えば……やはり、クールでカッコいい、という意見が多いようです。そういう方向に寄せていく、という手もありますよ」

「クール……ねぇ……」

 

 あまりピンときている様子はない。この線は無しだな……と思うと同時に。

 

「――いずれにせよ。まずは方針を決めるべきでしょうね」

「方針って……どういう?」

「どのようなアイドルになりたいか。ファンに対して、どんな姿で見られたいか、ということです」

 

 アイドルは皆、本人の目指す〝像〟がある。コンセプトと言い替えても良い。

 

 ――例えば。

 

「月村さんは、正しく月のようなアイドルです。……夜に輝く月。美しく、そして、いつか墜ちてくるのではないかと思ってしまうほどに近く、大きい。それ故に――目が離せない」

 

 本人が意図しているかは別として、彼女はそういうアイドルだ。

 

 否が応でも溢れでる、彼女という人間的な魅力。彼女をプロデュースしていれば、少なくともこんなことは考えなくても済んだだろう。……代わりに他のところで頭を悩ませそうだが。

 

「……そうね。……なら、美鈴は夜空そのものかしら。月ごと世界を包み込んで、離さない。どこを見たって星空が輝いていて――美しいけど、独善的」

 

 どうやら彼女にも、俺がどういうものを決めたいのか、伝わったらしい。

 

 秦谷美鈴は、確かにそうだ。そしてこちらは恐らく、彼女が自覚し、そうあろうとしているコンセプト。

 

 賀陽さんに必要なのは、これだ。トップアイドルがどうとかではなく、自身の〝像〟としてのゴールを決め、そこに向かって進む。……闇雲に自分探しをするより、よほど建設的だ。

 

 ――そして。この二人を分析するのであれば、彼女にも触れなくてはならない。

 

「賀陽継は、太陽ですね。明るく輝き、世界を照らす。見るものの心に火を灯す――正に、王道のアイドル」

「暑苦しいだけよ、あんなの」

 

 照れ隠しか、つっけんどんな言い方をする彼女だが、特に異論はないらしい。

 

 素直になれば良いのに、とは思うが、言うと怒られそうなので黙っておく。

 

「では、最後。あなたは――『賀陽燐羽』は、どうなりたいですか?」

 

 して。重要なのは、ここだ。他のアイドルがどうだのは、参考程度のもの。

 

 彼女がどうしたいか。彼女がどうなりたいか。『賀陽燐羽』のゴールを、どこに据えるか。

 

 それは、プロデューサーが決めることではない。彼女自身が、答えをだすべきだ。

 

 ……長い沈黙。そうして、彼女はようやく口を開き――

 

「……そうね。少し……考えてみる」

 

 ひとまず、保留を選ぶのだった。




 今日のプロデュース状況をメモしておこう。

 まさかの壁にぶつかったが……
 彼女なら、きっと大丈夫だ。
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