レッスン室で、彼女は踊る。完成度は、贔屓目に見ても高く、そして――
「……どう?」
「普通に『賀陽継』です」
「……そうよね。私もそう思うし」
――先日から、あまり進歩はしていなかった。
上手くはなっている……多分。厳密に言えば、賀陽継と若干違う……気もする。
しかし。姉からの脱却を受け入れ、真剣にレッスンを始めた割には、大して変わっていない……というのが、実情だった。
「……ねぇ」
「はい」
「素直に、自分を表現すれば良い――そう言ったわよね?」
「……はい」
彼女の心理的な問題は、ひとまず解決した。だからあとは、ただ彼女自身を表現すればいい。
問題が生まれるとすれば、技術的、身体的な壁だけ――と、思っていたのだが。
「……自分を表現、ってどうやるのかしら」
「まさか、こんなところに壁があるとは……っ!」
完全に予想外だ。
人間、誰しも模倣から始める。憧れに近づきたくて。憧れになりたくて。
そして、完全には模倣できずに……しかし、そこからオリジナリティが生まれる。
だが、ここにはいる。なまじ、完全に模倣が出来てしまう故に――
「参ったわね……」
「……ひとまず、ファンの客観的な意見を見てみますか」
彼女のことをずっと見ているファンなら、もしかしたら彼女本人よりも、『賀陽燐羽』を分かっているかもしれない。
参考になれば、と思い、SNSでの賀陽さんの評判を、軽く調べてみる。
『今日の燐羽様、さすがにクール過ぎて死ぬ』
『月村手毬の影に隠れてるけど、賀陽燐羽も実力安定し過ぎててエグい』
『燐羽ちゃんってMCとパフォーマンスのギャップすごくない? いや、良いんだけど、ちょっと作りものめいてるっていうか……』
「だそうですが、どう思いますか?」
「どう……と言われても」
「例えば……やはり、クールでカッコいい、という意見が多いようです。そういう方向に寄せていく、という手もありますよ」
「クール……ねぇ……」
あまりピンときている様子はない。この線は無しだな……と思うと同時に。
「――いずれにせよ。まずは方針を決めるべきでしょうね」
「方針って……どういう?」
「どのようなアイドルになりたいか。ファンに対して、どんな姿で見られたいか、ということです」
アイドルは皆、本人の目指す〝像〟がある。コンセプトと言い替えても良い。
――例えば。
「月村さんは、正しく月のようなアイドルです。……夜に輝く月。美しく、そして、いつか墜ちてくるのではないかと思ってしまうほどに近く、大きい。それ故に――目が離せない」
本人が意図しているかは別として、彼女はそういうアイドルだ。
否が応でも溢れでる、彼女という人間的な魅力。彼女をプロデュースしていれば、少なくともこんなことは考えなくても済んだだろう。……代わりに他のところで頭を悩ませそうだが。
「……そうね。……なら、美鈴は夜空そのものかしら。月ごと世界を包み込んで、離さない。どこを見たって星空が輝いていて――美しいけど、独善的」
どうやら彼女にも、俺がどういうものを決めたいのか、伝わったらしい。
秦谷美鈴は、確かにそうだ。そしてこちらは恐らく、彼女が自覚し、そうあろうとしているコンセプト。
賀陽さんに必要なのは、これだ。トップアイドルがどうとかではなく、自身の〝像〟としてのゴールを決め、そこに向かって進む。……闇雲に自分探しをするより、よほど建設的だ。
――そして。この二人を分析するのであれば、彼女にも触れなくてはならない。
「賀陽継は、太陽ですね。明るく輝き、世界を照らす。見るものの心に火を灯す――正に、王道のアイドル」
「暑苦しいだけよ、あんなの」
照れ隠しか、つっけんどんな言い方をする彼女だが、特に異論はないらしい。
素直になれば良いのに、とは思うが、言うと怒られそうなので黙っておく。
「では、最後。あなたは――『賀陽燐羽』は、どうなりたいですか?」
して。重要なのは、ここだ。他のアイドルがどうだのは、参考程度のもの。
彼女がどうしたいか。彼女がどうなりたいか。『賀陽燐羽』のゴールを、どこに据えるか。
それは、プロデューサーが決めることではない。彼女自身が、答えをだすべきだ。
……長い沈黙。そうして、彼女はようやく口を開き――
「……そうね。少し……考えてみる」
ひとまず、保留を選ぶのだった。
今日のプロデュース状況をメモしておこう。
まさかの壁にぶつかったが……
彼女なら、きっと大丈夫だ。