燐羽実装が待ちきれない人の幻覚   作:たつおのすけ

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第6話

 ――カァン。

 

 甲高い、良い音が響く。一定のテンポで響くその音は――ボールをバットで打ち返す音である。

 

「なるほどね……ふっ!」

 

 ――カァン!

 

 ここはバッティングセンター。打席に入っている賀陽さんは、少し前まではただ当たるだけだったはずなのに、段々とバットの芯で捉える回数が増えてきていた。

 

 ……良く見ると、彼女の視線は、忙しなく他の打席へと動かされている。周りで打っている別の客の動きを、模倣しているらしい。

 

 なんとも器用なものだ……と感心していると、規定の球数が終わったらしい彼女が戻ってきた。

 

「ふぅ、中々、良い運動になるわね」

「……それは素晴らしいことですが――なぜ、ここに?」

 

 始まりは今日、事務所にいたとき。普段通りの俺に、唐突に投げ掛けられた一言。

 

『ちょっと付き合いなさい』

 

 それだけで俺は今、ここまで連れてこられている。……理由は、依然として不明なままだ。

 

 一方で、当の本人は悪びれる気はないらしい。

 

「ちょっとした気晴らしよ。いいでしょ、別に?」

「……えぇ、まぁ。付き合うのは構いませんが。それにしても、急すぎるというか」

「構わないのね?」

 

 ……まずい。なにか、大きな失言をした。その証拠に、彼女の口角は、ニタリと吊り上げられている。

 

「いや、あの……」

「構わないのよね?」

「……はい」

「じゃ、次」

 

 彼女は行き先も告げずに、それだけ言ってバッティングセンターを後にする。……着いていくしかないようだ。仕方がなく、俺は彼女の後を追うのだった。

 

 

 

 ――連れられて来たのは、天川駅にほど近い洋服店。手頃な値段で、学生に人気の店だった。

 

 何も言わないまま――正確には、独り言を呟いてはいるが――服を選び、俺に渡す。時折、試着室に寄って……見せるでもなく戻ってくる。

 

 ……そろそろ、聞いても良いだろうか。

 

「あの……」

「なに」

「無言なのが怖いのですが」

 

 恐る恐る尋ねると、彼女は手に持っている二着を俺に見せた。

 

「じゃあ、どっちが似合ってる?」

「そ、そうですね――」

「ま、あなたがどっちを選ぼうが、私の中では決まってるんだけど」

「…………」

 

 やっと俺にも役割が――と思いきや、ただ弄ばれただけ。……なんとも単細胞な、と自分が恨めしくなる。

 

「プロデューサー科には、ファッションの授業もあるんです。少しは役に立てるかと思うのですが」

「知らないわ、プライベートの買い物だもの。私の好きなものを買うだけよ」

「それは――まぁ、おっしゃる通りで。……では、なぜ俺は誘われたのでしょう」

「分からない?」

 

 見せていた二着の内、どちらか――ではなく、両方を俺に渡した彼女は、両手一杯の洋服を持つ俺を見て、言う。

 

「重いでしょ、荷物」

「あぁ、はい……」

 

 なんとも単純明快な理由だった。……荷物持ち。まぁ、うん。妥当なところか。

 

「あと、最低でも三ヶ所は回るから」

「……おまかせください」

「あら、殊勝ね」

 

 この後の重労働を想像する。……人生、諦めが肝心である。遠い目のまま、俺は彼女に着いていった。

 

 

 

 三ヶ所……どころか、六ヶ所も回った後。ショッピングがようやく終わり、ヘトヘトの俺が連れてこられたのは――

 

「ここで最後よ」

「ここ、ですか……」

 

 ――カラオケボックス。手慣れた様子で中に入った彼女は、歌を歌うわけでもなく、ただ懐かしそうに目を細めた。

 

「あれから、色々考えて――それで、思い出したの」

「……ええっと?」

「だから……なんというか……初心? みたいな?」

 

 少しだけ頬を赤く染めた彼女は、この小さな部屋を見渡して、ゆっくりと語り出す。

 

「……アイドルに――『賀陽継()』に憧れた瞬間の、あの頃。具体的には、中等部に入って、本格的にレッスンが出来る前かしら。……よくこうして、カラオケに来ていた」

 

 きっとそれは、誰にでもある始まりの、普遍なひとつに過ぎない。しかし、彼女にとっては、何よりも大切な思い出のはずだ。

 

「あの頃、私はどんな気持ちで歌っていたんだろう。私はどうなりたかったんだろう。どんな未来を望んでいたんだろう……ってね」

「それで、結論はでましたか?」

 

 ――彼女は頷く。

 

「……笑ってるのが、嬉しかった。『賀陽継(アイドル)』が笑って、つられるように(ファン)が笑う。……そういう関係を、とても美しいと思った」

「それは……良い理由です」

 

 それが、彼女の原点。彼女の始まり。……正直、彼女らしくはない。想像していたものよりも、かなり王道だった――だが、良い理由だ。これ以上ないくらいに。

 

「では、そこを元に、これからのことを――」

「――ヌルくない?」

「……はい?」

 

 ここから、再始動だ――となっていたところに、謎の待ったがかかる。

 

「ヌルい。今の私が考えるなら、そんなアイドル像、ヌル過ぎるわ」

「……ええと」

「だって、考えてもみなさいよ」

 

 彼女は俺の方を指差した。

 

「こうして、買い物に付き合わせたって、笑顔でしょ?」

「いや、あの。全く笑っていなかったのですが」

「ウソ。楽しそうだったわよ、なんだかんだ言って。……あの子たちもそう。アイドル魂注入――なんて言ってはたいてやっても、キラキラして笑うのよ?」

「それは――まぁ、その、はい」

 

 そういう層がいるのは、否定しないが。そして、それも彼女の魅力のひとつであることも、間違いようがないのだが。

 

「だったらやっぱり、アイドル()が笑うからファンが笑うだなんて、生ヌルい。ファンなんて、勝手に笑っていれば良いのよ」

 

 ……さっき、自分でも思ったじゃないか。彼女らしくない、と。

 

 今、彼女が求めているのは、らしさだ。彼女の行き着く先。彼女らしい、アイドルとしての最終到達点。

 

「ファンを照らしてあげる? そんなの傲慢だわ。だってあの子たちは、既に自分で光ってる。だから私は――それを、圧倒的な光で塗りつぶす。……知ってる? 太陽の光って、見続けると失明する可能性すらあるのよ?」

 

 で、あれば。たしかに王道ではないが、こちらのほうが、どう考えても、らしい。

 

 ……まぁ、内容が内容だけに、苦笑いを浮かべるのは許してほしいが。

 

「……なんというか、過激ですね」

「そ? でも、今決めたわ。私はそういうアイドルになる」

「そうですか」

 

 不敵に笑う賀陽さんに、迷いはない。

 

 光で塗りつぶすアイドル。それはきっと、鮮烈に人々の視界を、心を奪う。

 

 ともすれば、月村手毬よりも危うく。ともすれば、秦谷美鈴よりも独善的だ。

 

 ……悪くない。そんなアイドルを――『賀陽燐羽』を、俺は見てみたい。そう、素直に思った。

 

「道理で、『SyngUp!』は解散したわけです」

「……どういう意味よ」

「だって、こんなに我の強い三人が集まって……にもかかわらず、月村さん一人を主軸に据えるなんて。いずれ破綻していたに違いありません」

「……否定できないのが、辛いところね。実際、解散しちゃったし」

 

 真正面から喧嘩でもすれば、まだ良かっただろうに。なまじ、賀陽さんと秦谷さんが引いたから、グループとしての体裁すら保てなくなったのだ。

 

 ……いや、ぶつかり合ってたら、それはそれで崩壊か。あり得た世界を想像して、少し震える。

 

 寒気を覚える俺に怪訝そうな目を向けてから、賀陽さんは伸びをして、立ち上がった。

 

「さ、方針も決まったことだし、帰りましょ」

「え、もう帰るんですか?」

「なによ。……もう用事は済んだわ」

「せっかく来たんです。一曲歌ってはいかがですか」

「なんでわざわざ……いやでも、確かにもったいないかしら」

 

 一瞬だけ、顎に手を当てて考える仕草を取った彼女は、ここにきてようやく、カラオケを本来の用途で使うことにしたらしい。

 

「じゃあ、一曲だけ。私の――『賀陽燐羽』としての、初めての歌よ。心して聞きなさい」

 

 慣れた手つきでデンモクを操作してから、彼女はマイクを手に取る。

 

 前奏が始まる、その前に。彼女は(ファン)に向かって、何かを宣言するかのように、曲名を言った。

 

「――『初』」

 

 観客は一人だけの、小さな小さなライブ。しかし俺は、この日を生涯忘れることはないだろう。

 

 叫ぶような歌声は、音程が僅かにずれている。加えて、テンポも安定していない。最初に見せてもらったものよりも、数段落ちる完成度だ。

 

 しかしそれでも――彼女自身の声で歌った『初』は、今まで歌ったどんな曲よりも魅力的で、俺の心を震わせるのであった。




 今日のプロデュース状況をメモしておこう。

 彼女らしい、良い歌声だった!
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