エルフの義妹とSF研⭐️これは全てのSF愛好者へ捧ぐ文芸ジャンル戦争の物語だ!   作:やまもりやもり

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第一章 僕の妹はエルフかもしれない
第1話 場違いな妖精


「父さんな、再婚しようと思うんだけど、隆史はどうだ?」

 

 珍しく早い時間に帰ってきた父さんが突然そんな言葉を切り出してきた。

 なるほど、この二人には広すぎるマンションに引っ越した意味がやっと分かった。こんな時まで黙ってるなんて、いつもの父さんらしい。

 

「まあいいんじゃない。父さんの好きにすればいいと思うよ」

 

 考えてみれば母さんが亡くなってもう十年になる。僕も高校生だし、父さんのこの新しい門出をむしろ積極的に祝ってあげないと。

 それに恥ずかしそうな父さんなんて初めて見た。ちょっとニンマリしてしまう。

 

「ありがとうな隆史。実はそう言ってくれると思って、もう籍も入れてあるんだ」

「え? あ、そう……なんだ。おめでとう、父さん」

 

 ていうか、つまり僕の新しい母さんなんだよな。

 好きにすればいいとは言ったけど、ちょっと早すぎじゃない?

 

「そうだ隆史、言い忘れていたが、先方には娘さんがいてな。お前と同じ高校に入学するから」

 

 毎度のことだったんだけど、大事な話を父さんは事後承認でぶち込んできた。

 ここで僕はようやくこの状況を理解した。つまりそれって、

 

「もしかして、僕が女の子と一緒に住むってこと?」

「駄目か?」

 

 ちょっと待って! どんなレア事態だよ!?

 親の再婚で女の子と住むとか、マジかよ本当にあるんだ。

 

 実は僕の本棚の七割はSFなんだけど、残りはラノベでその半分が義理の妹ラブコメだったりする。それがまさか現実になるなんて、そんなのがダメなわけないじゃないか父さん!

 

「いいよ、父さん」

 

 真面目な顔で答えたところで気がついたけど、妹と決まったわけじゃなかったよ。

 

「ちなみに聞くけど、その子ってひょっとして年上だったりする?」

「いや、お前の一つ下の学年だが……」

 

 ――よっしゃぁ!! 引いた! S・R!!――

 

「……そうそう、母親の方はまだちょっといろいろあって、こっちに来るスケジュールは調整中なんだ。娘さんの方はもうじき……」

 

 ピンポーン!

 

「……来た」

 

 やっぱりちょっと早くない? 父さん。

 

 まず目に入ってきたのはキラキラとした新緑のような大きな瞳。好奇心を浮かべて部屋の中を興味深げに見まわしてから僕と目が合う。

 異世界から迷い込んできた場違いな妖精のように、彼女はマンションの玄関に佇んでいた。

 

「やあいらっしゃい、ようこそ。こっちは息子の……」

「初めまして! 隆史兄さんですよね。お話は聞いてました」

 

 父さんの低い声に被るように、清らかな花のような声が耳に入ってくる。

 緑がかって見えるほどの透き通った白い肌、整った顔立ち、薄茶の髪から突き出た尖った耳。口元は控えめに微笑んでいる。

 

 僕の家にやって来たのは、SSR級の美少女だった。

 

 小柄で華奢で中学生ぐらいに見えなくもない女の子だけど、ふっくらと制服のブレザーを押し上げている胸は高校生を物語っているよう。

 薄茶色のボブカットの髪は、春風みたいに軽やかでなんだか触れてみたくなる。

 

「えっと、はじめ、まして、みたいな……」

 

 そんな人間離れした美少女を前にしてリビングに立ち尽くし、僕は思わず言葉に詰まってしまう。どうしよう、こんな子が妹とかやばい、緊張する!

 というか人間離れしすぎていて、まるでアニメに出てくるエルフみたいだ。妙にリアルな肌の質感の突き出て尖った耳とか。

 

 いやしかし変な疑問は脇に置いて、まずは兄としてきちんとしなければ。

 

「えーどうも初めまして。隆史です。これからは兄妹だから仲良くしようね、えっと……」

「あ、私の名前ですよね」

「うん」

「よろしくお願いします。£¶µƒµñΩΩµ∫Ωです!」

 

 いま……なんて言った?

 

「隆史、£¶µƒµñΩΩµ∫Ωのことは学校でも面倒見てやってくれよな」

 

 父さん発音うまいな。

 

「ちょうど制服も出来たんです。かわいいでしょ、えへっ」

 

 紺色の制服を着た美少女がフローリングの上でクルっと回る。

 ひざ上丈のスカートが風のように翻る。

 

「あっ、うん、似合ってるよ。えーっと」

 

 さっきから現実感が薄く違和感が半端ない。っていうか、名前はえっと。

 

「あのさ、提案なんだけど、学校でみんなが呼びやすいようにニックネーム付けるとかどう?」

「なるほどね。どんな呼び名がいいかな、兄さん?」

 

 彼女は一歩近づいて上目遣いに僕を見てくる。吸い寄せられるように目が釘付けになってしまう。こぼれ落ちそうな大きなみどりの瞳がふわりとほほ笑む。

 心がドキンとする。

 なぜか感じてくる恥ずかしさで、胸が締め付けられるよう。息が苦しい。なんだろう、この感覚……そうだ、思いついた!

 

「えっと……、もえ、とかどうかな? 漢字だと萌萌」

「うん、それかわいいかも」

「よかった」

「では兄さん、萌萌(もえ)をよろしくお願いします、えへっ」

 

 新しい妹はその顔いっぱいに笑顔を浮かべて僕を見ている。僕も慣れないながらに精一杯の笑顔を作ってみせた。

 

「こちらこそ、よろしくね! 萌萌(もえ)

 

 

 ・・・

 

 

 いやーでも僕にも妹か。それにしてもかわいかったな。

 

 目を閉じると浮かんでくるのは、できたばかりの妹の大きな澄んだ瞳。一つ屋根の下にあの美少女がいるかと思うと眠れなくなってきた。

 元気で、素直で、かわいくて、ラノベに出てくるような妹だ。ちょっとエルフっぽいけど。

 

 家族なんだし大事にしないとな。でも家族とか、ちょっとこそばゆい。緊張しちゃう。なんだっけ、名前はえっと……まあ萌萌(もえ)でいいか。

 

 眠れないまま布団を抱きしめてゴロゴロしていたら、つい喉が渇いてしまった。

 

 そっと廊下を歩いてダイニングに入ろうとしたところで、中から柔らかい光が漏れていることに気付いた。

 僕は半開きの扉から中の様子をうかがう。

 

『何だろう?』

 

 見慣れたはずのダイニングは、あたかも神聖な森を感じさせる清浄な光に包まれている。そして、白い寝間着姿の少女が、一人で座っていた。

 

 そこにいたのは妹の萌萌(もえ)だった。

 

 といってもさっきの元気な妹とは違う、木で作られたダイニングテーブルの前に座っているのは、か細く儚げな少女の姿だ。

 卓上に置かれた小さな植木鉢には、ミニチュアのような木が植わっていて、柔らかな光を放っていた。

 

「お母さん……」

 

 そんな声が微かに聞こえたような気がする。

 あー、見ちゃいけなかったかな。

 後ずさろうとした僕は、うっかり身体を扉にぶつけてしまった。

 

「誰?」

 

 萌萌が立ち上がってこちらを見ている。

 ちょっと間が悪かったけどしょうがない。不可抗力だよな。

 

「いや、僕。隆史」

「なんだ、兄さんか」

「きれいだね、それ」

 

 下から照らしている小さな木を僕は指さす。

 緑がかった光が、呼吸のように柔らかく明滅する。

 

「うん。そうでしょ」

 

 少し緊張していた萌萌の顔が緩んだ。

 寝巻の袖で妹が目を拭っているのは、見ないふりをする。

 

「これはね、世界樹なの。その最後の一つ。ようやく芽を出してきたところ」

「へー、すごいね」

 

 まずい……せっかく妹が話をしてくれているのに、気のない返事をしてしまった。

 困った。なにか他に話題はないか。

 

「そういえば、萌萌のお母さんっていつ来るの?」

 

 その何気ない質問を発した瞬間に、僕は失敗を悟った。

 妹の眼から涙があふれ出てくる。

 光に照らされた白磁の頬を、涙の雫が伝って流れ落ちていく。

 

 僕はもうどうしたらいいのか途方に暮れてしまう。女の子が泣いているなんて、幼稚園のころから経験がないのだ。

 

「ごめん、ごめんね」

 

 そうだよな、遠いところから来て一人だけで寂しいんだよな。レアだのSSRだの、馬鹿かよ、僕。

 妹を泣いたまま放っておいて、なにが兄妹で仲良くだよ。

 大事にするって決めたじゃないか!

 

「えっとさ、僕は萌萌のおにいちゃんだからさ。頼りないし、力になれるかどうかわからないけど……」

 

 なにをすればいいのかわからないまま、妹の前まで来てしまった。

 

「でもさ、僕は精一杯、萌萌のおにいちゃん、を頑張るから」

「おにいちゃん?」

 

 涙であふれた緑の瞳が僕を見上げてくる。

 妹の柔らかな髪の上から、その頭にそっと触れる。

 

「そう、おにいちゃん。だから困ったら頼って欲しい。僕たちは家族なんだから」

「家族……」

 

 精一杯の言葉はかけてみたけど……

 

「……ぐすっ……」

 

 あーまずい、泣かせちゃった。何やってるんだよ僕。

 

「それじゃ、僕は寝るね」

「……おにいちゃん……」

 

 突然、目の前の妹が僕にしがみついてきた。

 シャンプーの匂いが鼻腔をくすぐってくる。

 

「あのさ萌萌」

 

 いやちょっと、この展開は予想してなかった。

 どうしたらいいかわからない僕は、彼女の頭に手を置いたまま途方に暮れる。

 

「おにいちゃん、私の名前は£¶µƒµñΩΩµ∫Ωだよ」

 

 頬を濡らした妹は、懸命に顔を上げて僕に笑顔を見せてきている。

 脇に置かれた世界樹の芽が発する光は、そんな僕たち兄妹を柔らかく包み込んでいた。

 

 

【挿絵表示】

 

 




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