エルフの義妹とSF研⭐️これは全てのSF愛好者へ捧ぐ文芸ジャンル戦争の物語だ!   作:やまもりやもり

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第10話 魂を喰らう魔道具

 翌日の水曜日の放課後。今日は買い物のために妹と昇降口で待ち合わせだ。

 

「おにいちゃんお待たせ」

「来たか、萌萌」

 

 もちろん妹は制服姿の地味な眼鏡っ子姿になっている。これから二人でスマホケースを買いに行くのだ。ついでに夕食の買い物もするかな。肉じゃがでも作って……

 

「ギギ、お前! ギ!」

 

 背後から何かが軋むような声が聞こえた。

 振り返ると、そこに立っていたのは座間君だった。

 

 しかし彼の姿は昨日のとはまるで別人だった。その肌はまるで腐った果実のように黒ずんで、油ぎった光を放っている。

 落ち窪んだ眼窩からは血走った目が爛々と輝いていて、狂気を孕んだ視線が僕と妹を貫く。

 

「なんだよ……座間君、だよ、な?」

「お前じゃない、そこの女だグギギギギ」

 

 彼の手は奇妙にカクカクと動いて萌萌を指す。

 その口から発せられる声は錆びついた機械が軋むような耳障りで、不気味な音に歪んでいた。

 

「ちょっと待てよ、僕の妹に何の用だ」

 

 僕は妹を後ろ手に庇うと一歩前に出る。

 しかし様子のおかしい座間は萌萌をギョロリと睨み、軋んだような言葉を発する。

 

「そこの女、お前、エルフだろギギ。ようやく見つけたぞギギギギギギ!」

「萌萌、様子が変だ。逃げろ。早くっ!」

 

 後ろからパタパタと走る音がした。

 上履きの妹が駆ける音が廊下に響く。すかさず僕も振り向いて全力で走り出す。

 

「ギギ逃がすかぁ! グギギギギギー」

 

 僕らを追う古木を擦り合わせるような声が、学校の廊下にこだまする。

 

 

 ・・・

 

 

 ついに屋上に追い詰められてしまった。

 頭上の空は曇り、冷たい風が吹きすさんで耳元でヒュゥと音を鳴らす。

 

 無機質なコンクリートの上で、金網を背にして妹を庇って立つ僕に、ぬらりと黒光りする座間が迫り、鋭利な爪の先を刃物のように突き出してくる。

 

「逃げ道はないぞギギギ! これでエルフを捕まえて、俺もファンタジー研の幹部だ! ギギギギ!」

「ちょっと待てよ座間。この子がエルフに見えるのかよ」

 

 泣きそうな僕の声に奴の血走った目がギョロっと動く。

 その瞳孔が怪しい赤い光を放つ。

 

「そうだ、俺には判るのだギギ! 俺は偶然拾った魔道具によって、チートスキル『鑑定』を手に入れたのだ。認識阻害程度の魔法なぞ、俺には効かないのだよギギギギギ!」

 

 喜びに満ち溢れた邪悪な顔で、座間は叫んだ。

 

「どうしたんだよ、座間。お前、そんなやつじゃなかっただろ」

「おにいちゃん……えっと……」

「萌萌は危ないから下がってろ」

「ギギギ隆史、お前もファンタジー研に来ないか。俺が幹部に昇格したら手下にしてやる。そうすれば、SFのようなオワコンに付き合う必要もないだろギギギギギ~」

 

 座間はのこぎりのような音を立てた。笑ってるのかもしれないが。

 

「そうかな……SFってそんなオワコンかな?」

「もちろんだともギギ」

 

 吹きすさぶ風の中、奴は変な音を立てて肯定してくる。

 

「あんなマニアックで排他的なジャンルなど、エンタメとして終っているだろギ」

「いやでも、SFにだって、いいところなくない?」

 

 確かにSFって、少しマニアックなところもあるけど。

 

「お前も分かってるだろ。SFにいいところなど既に存在しない。作者も出版社も読者すらも、新しいものを受け入れない上から目線の老害ばかり。形式にだけこだわるわりに、自分たちは自由だとほざくあの姿は、まさに檻を自慢する囚人じゃないかギギギ」

「あ、ちょっと痛い」

 

 なまじっか元えすえふ研だけあって、指摘が的確だなこいつ。

 

「それにだいたい、なんだあのSF警察どもは。正しければそれでいいのかよ、誰が正しいって決めるんだよ、どこの共産主義国家だよKGBかよシュタージかよギギ!!」

 

 それは分からないでもない。

 

「どいつもこいつも、なにかというと昔を懐かしむ老人だけだ。そりゃ昔のSFは楽しかったかもしれないが、今のSFには自由などない。ファンタジーの方がよっぽど自由だギギギー!」

 

 確かにそう感じることもあるんだよな。危うく頷きそうになってしまう。

 

「考えてみろ。SFと違ってファンタジーには変な警察もいない。せいぜいジャガイモぐらいだろ。恋愛だって受け入れてくれる。SFにはない魅力的なキャラクターも大量にある。お前もファンタジー研に来るのだギギギギ~」

 

 怪音を立てて座間が笑う。心に痛みが走る。

 いやでも……

 

「SFにだって魅力的なキャラクターぐらい、ないかな?」

「例えば? ギ?」

「えーっと……」

 

 えーっとなんだろ。必死に考える。

 

「ほら例えば、なんだろう、スターウォーズとか?」

「お前はあれを、心に一片の曇りもなくSFだと言えるのか? ギギ?」

 

 何というか、そう言われると弱いんだよな。

 特にハードSFの人は、あれをSFとは認めなかったりするんだよね。僕的にはエピソードⅣは認めてもいいと思うんだけど……

 ついつい考え込んでしまう僕に、座間は勝ち誇ったように言い募る。

 

「分かったか。結局、科学的だのリアリティだの言いながら、内に籠って粛清を繰り返した結果がSFのあのざまだ。その点ファンタジーはいいぞ。ファンタジーは自由だ! ギギギギギギギ~」

 

 けたたましい笑い声が風に乗って流れてくる。

 

「うぐっ」

 

 その鋭い言葉に秘められた攻撃力に、僕は思わず屋上に膝をついてしまった。

 

「おにいちゃん……大丈夫?」

「……いや、大丈夫だ、萌萌」

 

 こんなところで負けるわけにはいかない。考えるんだ……

 

「……僕もちょっと言いたいことがあるんだけど、いいかな?」

「なんだ、言ってみろギギぃ」

 

 なんとか反撃の糸口を探して必死に考える。そうだ!

 

「ファンタジーは自由だっていうけど、それって、小説投稿サイト見てても言える?」

「ギギ?」

 

 その時、座間の動きが止まった。急所に当たったのかも、いまだ!

 

「異世界ファンタジーなんて、上から下まで転生チートとざまぁ追放ばかりじゃね? それこそ形式的だと思うんだけど」

「ギギっ」

 

 よし、ひるんだぞ。一気に畳みかける。

 

「現代ファンタジーにしたって最近はダンジョン配信ばかり。スローライフは終わりのない尻切れトンボ。女性向けにしたところで婚約破棄は結局ざまぁ、悪役令嬢はどれもみんな一緒じゃないか!」

「ギギギギぃぃ~」

 

 いいぞ、効いてる!

 

「結局のところ、ファンタジーなんてテンプレ頼りでロジックがないから面白いのは最初だけだし、例えてみれば入り口だけ立派で柱がグニャグニャの欠陥住宅みたいなものばかりなんだよ」

「ギィギィギィ」

 

 僕の攻撃は座間に大きなダメージを与えたらしい。奴は胸を押さえて苦しんでいる。

 

「そうだろ、ざまぁーーーーーー!」

「ギギぃぃぃーー」

 

 さあ、ここで最後のしめくくりだ!

 

「その点SFはロジックだけはしっかりしてるし、まあ確かにキャラもあんまり立ってないのが多いけど、むしろそれは設定を楽しむためであって、恋愛要素が薄いのも設定とプロット重視っていうか……うーんなんというか…………」

「ギギ??」

 

 どうやら、さっき奴から食らったダメージが想像以上だったようだ。

 頭が回らない。

 あと一歩だというのに……

 

「おにいちゃん、それに、そこの座間さん」

 

 妹の声が聞こえてきた。

 

「さっきから聞いてると、二人とも大事なことを忘れてるんじゃない?」

「えっ?」

「ギッ?」

 

 脇に立った萌萌が、手を広げ僕らに語りかけてくる。

 

「小説に大事なのは面白いかどうかでしょ。作家や編集者じゃあるまいし、何で読者がそんなこと気にする必要があるの。小説はもっと自由なはずよ!」

「ガーン」

ギぃぃー(ばったり)

 

 そうか萌萌。いつの間にか僕らは大事なことを見失っていたようだ。

 眼鏡を外した妹が座間に近寄る姿が僕の目にぼんやり映る。

 

「萌萌危ない、そいつは……」

 

 屋上に倒れたままの座間に向かって、僕の妹は右手を突き出した。

 そして唱える。

 

「――解呪(ディスエンチャント)♪――」

「ギギィーぃぃぃーぅああ」

 

 座間の姿は白い光に包まれていった。

 

 そして光が消えた時、屋上にはその姿はなかった。

 いつの間にか、雲の切れ間からは青空が覗いて日が差している。

 

「やつはどうした?」

「彼は闇の力に心を蝕まれてしまったの」

 

 萌萌が静かに語る屋上を春の微風が吹き抜けていく。

 

「そうなんだ……おや?」

 

 さっきまで座間君がいたコンクリートの上で、僕は白く光るビー玉のような石を拾い上げた。

 

「なんだろう、これ」

「それはね、闇に屈せず残った心」

「そうか……」

 

 短い間だったけど、去年あいつとはえすえふ研で一緒だったんだよな。

 さっきまで敵だったのに、今は少しだけ寂しさが込み上げてくる。

 

 そう、これは、座間君のSF魂だ。

 

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