エルフの義妹とSF研⭐️これは全てのSF愛好者へ捧ぐ文芸ジャンル戦争の物語だ! 作:やまもりやもり
「まったくあれだからミステリーオタクってのは……」
しばらくすると、部長がプンスカ言いながら帰ってきた。
「あのミス研の人たち、部長と知り合いだったんですね」
「まあね。ちなみにあのミス研の三人は、部長の明智クリスティさんが本格ミステリーのマニアで、副部長は新本格マニア、そしてもう一人は社会派なの」
うちの部長は嫌そうな早口でそこまで説明した。
「ところでその本格と新本格って何か違うんですか?」
「あーそれ聞いちゃう?」
少しだけ顔をしかめながらも、部長は早口で僕の疑問に答え始める。
「まず本格推理マニアってのは、推理小説界の神、具体的に言うとアガサ・クリスティーや、ポー、カーあたりを崇拝する人たちね」
「コナン・ドイルは違うんですか?」
「ほら、シャーロックホームズってラノベっぽいじゃない」
「はあ」
どうやら、そういう面倒なやつらしい。
「一方で社会派というのは、形而上的というか現実から遊離してきた本格推理に対して、もっと現実社会と向き合うべきという考えの作品ね」
「なるほど。それで、新本格は?」
「本格推理の枠には縛られたくないけど、美味しいところだけ使いたい的な感じ?」
「諸説ありそうですけど、よくありそうな話ですね。だとすると……」
ちょっと今の分類で疑問に思ったんだけど、
「赤川次郎とかどこに入るんですか?」
「あれはラノベだから」
「じゃあ電車に乗るやつは?」
「それはそういうジャンル」
どうもミステリーの人って色々うるさいみたいだ。そんな気はしてたんだけど。
萌萌は説明を聞いて感心した顔をしている。
「部長ってミステリーも詳しいんですね」
「まあね、SFとミステリーって元々は近いジャンルだからね萌萌ちゃん。大昔は区別がなかったぐらい」
「へー、そうだったんですねー」
そして部長は悲し気な表情になる。
「そう、それなのに彼らはある時自分たちに枷を嵌めてしまったの。それが、」
「ノックスの十戒……」
「結局、彼らは十戒に魂を縛られた人たちなのよ。そして一生その鎖を自慢し続けるの。かわいそうな人たち、SFはこんなに自由なのに……」
ため息と共に顔に悲しみを浮かべ、部長は瞼を閉じた。
「それで部長、SFとミステリーが近いってどの辺なんですか?」
「そうね萌萌ちゃん」
再び目を開いた部長は、片手で眼鏡をくいっと上げた。
「文学界全体を大きく見ると、表現技法にこだわって人間の内面をリアルに描くことを良しとする純文学というものがあるわけで、そこから見ると論理的な推論で構築されてるSFやミステリーって反対の端にあるわけじゃない」
純文学と言いながら右手を、反対の端と言いながら左の手のひらを上に向ける。
「だからね、SFもミステリーも人間が書けてないのは当然なのよ。そもそも作者が人間書いてないんだから!」
「でも部長、ミステリーやSFにも登場人物には人間出てきますよね?」
「ほら例えば、探偵が犯人を好きになって職務放棄されても困るじゃない。そういうこと」
「まあ、そうかもですけど……」
妹は怪訝な顔で質問を続ける。
「だとすると、スペオペみたいな冒険ものはどうなるんでしょう?」
「そうね。確かにスペオペはキャラクター要素が強いし、SFじゃなくてキャラ文芸だって言う人も、ハードSF界隈にはいるわね」
暴論を聞かされて、緑の瞳がぐるぐる回っている。
「その、ハードSF、って、なんですか?」
あー萌萌、それ聞いちゃうんだ……
「いい質問ね萌萌ちゃん。ハードSFていうのはね、SFの一つの頂点なの。いうなれば混ざり物のない純粋なセンスオブワンダー、それがハードSFの世界! 設定とギミックと論理性だけで構築されたその世界には、本質的に人間すら不要なのよ!」
両手を振りながら力説する部長に、萌萌が首をひねる。
「えーっと、キャラクターとかロマンスとかは、ないんですか?」
「ないわよ。大事なのはセンスオブワンダーだから」
「ふえぇ」
「そうだ、ちょうどここにあるから読んでみる? 萌萌ちゃん読むの速いから大丈夫よね」
顔に笑みを浮かべた部長は、いつも持っている鞄から水色の背の文庫本を取り出して萌萌に押し付けた。
・・・
「どう面白い?」
「ファンタジーっぽいタイトルだなって思ったけど、メチャSFだった」
「あーそうだね」
就寝前の僕の部屋で、いま萌萌が読んでいる小説は、ロバート・L・フォワードの『竜の卵』というハードSFだ。確かにファンタジーみたいなタイトルかも。
ちなみに内容はこんな感じ。
――――
中性子星の探査で人類が遭遇したのは、その表面に住むまさかの知的生命体だった。
地球の重力の六百七十億倍、原子核すら押しつぶされ高密度に圧縮された物質からなるその世界は、素粒子間の相互作用をベースとする生命体を生み出したのだ。そしてこのファーストコンタクトは、人類と異星人の双方に不可逆な変化を生み出していく……
――――
素足をパタパタさせながら、枕を抱いた妹は隣のベッドにうつ伏せに寝て次々とページを捲っていく。
薄い部屋着に浮き出る腰のラインから、僕はなんとかして目を離す。
紙の擦れるシュッという音が普通より高く聞こえてくる。突き出た耳がいつもより速く上下を繰り返している。
いつもより青みがかった目が、めまぐるしくページの上を動き、手は驚くほどの速さでページを捲っている。
いやでもちょっと、読むの速すぎじゃない? それになんだか萌萌、全体的に青紫っぽく光ってるんだけど……
「読み終わった!」
四百ページを超える字の詰まった文庫本を、僕の妹は一時間足らずで読み終えた。
「どう? 内容分かった?」
「うん。疲れたけど面白かったよ。宇宙人もかわいかったし」
妹はにっこりとほほ笑む。
「あの宇宙人って直径数ミリの平たいやつだよね、まあいいけど。ところで、どうやってそんなに速く読んだの?」
「えっとね、重力が強い場所だと、時間の流れが遅くなるって書いてあったから」
「から?」
「だから風の魔法でマイナスの重力場を形成すれば、時間が速く流れて速く読めるかなって! えへっ」
眠そうな目で語る萌萌。えーと、そうなんだ。
「重力って風魔法なんだ」
「うん!」
まあいいや。さすが僕の妹だけのことはある。
トントン
「あ、はい」
「隆史君、萌萌ちゃんこっち来てる?」
「あ、部長。ファンタジーの話ならしてないですよ。萌萌はここで本読んでます」
「じゃあいいわ。二人ともおやすみ」
「おやすみなさーい」
気が付いたら、妹は部屋着のまま隣のベッドでぐっすり眠りこんでいた。
いまさら起こすのもかわいそうだし、まあいっか。
僕は部屋の電気を消して、自分のベッドにもぐりこんだ。
「おやすみ、萌萌」
「……ん」