エルフの義妹とSF研⭐️これは全てのSF愛好者へ捧ぐ文芸ジャンル戦争の物語だ!   作:やまもりやもり

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第19話 空想と科学の果てに

 唱和の余韻が熱く残る部室で、部長が優しく僕らを見ている。

 その口元は微かに微笑んでいた。

 

「そろそろ、あなた達にもこの言葉の意味を説明する時が来たようですね」

 

 彼女は視線を、扉に貼られたスローガンの張り紙に向ける。

 僕は自然と背筋が伸びてしまう。

 

「ついに……」

 

 隣の萌萌が嬉しそうな声を上げた。

 

「もともとSFは、アメリカという国と切っても切れない関係があるの……」

 

 固唾を呑んで聞く僕たち兄妹の前で、部長が静かに語り始める。

 

「……アメリカが月着陸に挑んだアポロ計画と時を同じくして、SFが小説ジャンルとして確立した事は偶然ではないのよ。人々は科学という新しい神に夢を託して、そこから生まれる豊かさを享受していたの……」

 

 SFの歴史を紐解くその姿は凛とした佇まいをしていて、それはまるで、神話を語る巫女のようですらあった。

 本棚に囲まれた聖域の大きな机を前にして、僕と妹は息を忘れて物語に聴き入っている。

 

「……そしてアポロ計画はアメリカとソ連の冷戦の産物。つまりSFは冷戦の落とし子なのよ。ハインライン、クラーク、アシモフといった巨匠の作品、それにスターウォーズやスタートレックなんかも、この冷戦の時代に生まれてきたのよ」

 

 口元に微笑みを浮かべて、SFの巫女は物語を紡ぐ。

 

「そのころのアメリカには、全土の隅々、それこそどんな小さな町にも、教会のようにSFショップという場所があったのよ」

「SFショップ??」

 

 不思議な顔を浮かべる妹に、部長はまなじりを下げる。

 

「そう、SFショップ。そこには沢山のSFのペーパーバック本、それに映画やテレビのSFグッズが並んでいて、まさにSFファンたちの魂の居場所だった」

「いいなー、なんだか楽しそう」

 

 声を漏らす萌萌に、黒髪の部長は微かにうなずき、そして目を伏せて続きを語っていく。

 

「そんなある日、SFショップの棚の片隅に、一つの赤い箱(D&D)が置かれたの。知らぬ間に人々の心の中に入り込むそれは、指輪物語にインスパイアされて作られたといわれる、テーブルトークRPGというゲームだった」

 

 その声は、徐々に悲しみを帯び、僕らの心を揺さぶってくる。

 

「やがてその箱のまわりには、オークやオーガのフィギュアが並ぶ様になり……SFの棚が静かに削られていき、そんな時、世界のとある場所で、大事件が起きた」

 

 いつしか悲痛な表情を浮かべていた部長は、言い淀みながらも語りを続け、最後に物憂げな溜息を吐いた。

 

「ソ連が……なくなっちゃったの……」

 

 その悲しげな言葉の響きに、僕ら兄妹は思わず声を上げてしまった。

 

「えぇ? ていうか冷戦が終わったんですよね。いいことなんじゃないですか?」

「まあね、そうなんだけどね」

 

 苦笑する部長の声には、深い諦観が感じられる。

 

「結局、アメリカSFにおける『悪い宇宙人』というのは、つまりはソ連という存在をモチーフにしていたのよ。だからこそリアリティを持って社会に受け入れられていたの」

「はぁ……なるほど……でもそのソ連が滅んでしまったと…‥」

 

 うなずく部長の顔には、更なる悲しみが浮かんでいる。

 

「そう。そして冷戦の終結に時を合わせるように、新たな商品が現れたの。それは……」

「それは?」

「ファンタジー世界をテーマとした、世界初のトレーディング(MtG)カードゲーム。資本主義が生んだ怪物よ……」

 

 その眼鏡の奥には、何か思うものがあるのだろう。

 

「その頃にはもう、SFショップは数多くのファンタジー小説に侵食されていたの。そこにダメ押しのように現れたトレーディングカードゲームは、残された棚すら瞬く間に奪い去った」

「ふぇぇ……」

 

 僕の隣から悲鳴のような声が漏れる。

 

「こうやってソ連の崩壊と共にリアリティを失い、RPGとカードゲームに出口を押さえられ、アメリカという国からSFは消えてしまった」

 

 そして部長は目を伏せた。

 

「結局、歴史の流れには逆らえなかったの。ソ連の崩壊も私にはどうすることも出来なくて……」

「でも日本は、日本はどうなったんですか? 日本にもSF作家はいたんですよね?」

 

 希望に縋りつく様に、萌萌が悲痛な声で叫ぶ。

 

「そうね確かに、日本にも小松左京や星新一といった巨匠長老もいたし、銀英伝のように今でも読まれる大河SFも生み出されはしたわ」

「じゃあ……」

 

 部長は目を伏せたまま、軽く首を横に振る。

 

「それでも、アメリカからのSF小説の供給が途絶えたのは、致命的だったの」

「えぇぇ……」

「結局は日本でもSFは縮小の一途をたどったのよ。残されたわずかな利権をめぐって粛清が横行しSF警察がはびこり、最後には誰もいなくなって……」

「ふぁ、そんな!」

 

 萌萌もまた絶句して目を閉じてしまう。

 まるで襲ってくる運命に絶望するかのように。

 

「でもね、」

「でも?」

 

 妹が再び目を開いた。

 すがるような緑色の瞳。

 

「残った数少ないSF者は、新天地を求めてライトノベルへと逃亡したの」

「そうか、つまり、自由への脱出ですね」

 

 僕の言葉に、部長の口元が緩んだ。

 

「そう、SFは自由なの。と、言うか、」

「SFとは、自由であり続けようとする心そのもの、そう言うことですね……」

 

 その言葉を引き取った萌萌は、一語ずつ確認して噛みしめるかのように語る。

 そして決然と首を振り、部室を見渡す。

 

 僕らを囲む本棚に並んでいるのは、過去に出版されてきた、千冊を超えるSFの文庫本たち。

 絶版されてもなお、そこに並ぶ数多くの小説たちは僕らにセンスオブワンダーを語り掛けてくる。

 

「……私は、いま初めて、SFは自由だという意味が分かった気がします」

 

 妹の声は、あたかも遠い異世界に思いを馳せているかのように、僕の耳に響いていた。

 

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