エルフの義妹とSF研⭐️これは全てのSF愛好者へ捧ぐ文芸ジャンル戦争の物語だ! 作:やまもりやもり
学校からの帰り道、考え事をしているところを萌萌に声を掛けられて、僕はふと我に返った。
「おにいちゃん、どうかしたの?」
「あ、いや別に。なんでもないよ、萌萌」
実は僕ってずっと萌萌に頼りっぱなしなのでは、そんなことを考えていたのだ。
萌萌はすっかり部活に溶け込んでいて、やる気も成果も出している。
一方、僕はと考えてみると、心の中が少しちくりとしてしまう。
別に妹に嫉妬している訳でもないんだけど。僕もそろそろ先輩として、あるいは、おにいちゃんとして頼りがいのあるところを見せないと、とか、そんな気もしてくるんだよな。
☆ △ □
そして五月も終わりの部活のない日。
「ごめんくださーい! 部長さんはいらっしゃいますか」
この日に僕が訪問したのは、とある文芸系の部活だった。
以前は怖くて入ることすらできなかったのだけれど、いまさらそんなことは言ってられない。
「私が部長の三島だが」
「なるほどですね」
部屋の奥から現れたのは、もっさりとした髪形の着流し姿の男だった。
高校の校内でわざわざ着流しに着替えるところとか、確かにそれっぽいかもしれない。三島というよりどっちかというと太宰か芥川だけど。
そう、今回は純文学部の説得に来たのだ。
もともと純文学といえば文芸界の中でもSFの対極にある。
SFが一般大衆文芸の中でも最下層のオキアミだとすれば、純文学は南極海を悠然と泳ぐ孤高のシロナガスクジラだ。それこそ、息をするように一飲みにされてしまう可能性すらある。
「実はこんどの創文祭小説コンテストの件で、ご相談が……」
それでも僕はきちんと説得を試みることにしたのだ。
「……我々は非道なファンタジー研に対して連帯して戦わねばなりません。いまこそ、一人一人が立ち上がる時です」
着流しの三島部長は僕の拙い説明を腕を組み黙して聴いている。
「えすえふ研と共に戦いましょう。世界は英雄を求めているのです!」
そう演説を締めくくってみたが、純文の男は厳しい顔のままだった。
どうもうちの部長みたいには、うまくいかないもんだな。
「いいかお前、純文学とは等身大で生身の人間を描く文学だ。純文学に分かりやすい英雄など必要ない。そこが大衆文芸との大きな違いだ。SFなど喜んで読んでいる俗物には分からんだろうが」
そう喝破してくる彼に、僕は尋ねる。
「でもメロスは走っただけで英雄になってません?」
「いや、あれは普通の男の英雄的な行為の話であって」
「結果は結果なんだから、英雄としてちゃんと認めてあげましょうよ」
食い下がる僕の顔を、彼は正面から見据えてきた。
「まあいい、ならば問おう。大衆文芸というのは結局は逃避だ、ライトノベルを見ていればわかるだろう」
その言葉を鋭い武器として、着流しの男は語る。
「例えるなら、強い主人公への自己投影、あるいは老いから目を背けること。純文はそこから逃げたりしない。はたしてSFにその覚悟があるのか?」
見定める厳しい顔の問いかけに、僕はうなずいて原稿を取り出した。
「そう思って、短編を書いてきました」
――――
戦乱の平安京に潜む三つの姿。死体から髪を抜く老婆、その衣服を狙う下人、そしてもう一つ、異形の存在であるプレデター。
三つ巴の闘いが、羅城門の上層を舞台に幕を上げる。
――――
「どうでしょう。等身大と老いを正面から描いてみました」
「いや、ちょっと荒唐無稽じゃね?」
ちなみに半分ぐらいは青空文庫のままなので、雰囲気は芥川龍之介だ。
「だって、純文にも荒唐無稽なの多いじゃないですか」
「そんなことないだろ」
「じゃあ猫が喋るのはいいんですか?」
「あの猫は別に喋ってないだろ!」
なかなか聞き分けの悪い先輩だな。では奥の手を使うか。
僕は一冊の本を取り出す。
そのタイトルは、美しい星。
「これなんかどうです?」
「そ、それは……」
実はこれは三島由紀夫の書いたSF長編なのだ。UFOや宇宙人も出てくる。
「これはSFですよね、先輩」
「う、確かに、それは三島先生の……」
純文の男が怯んだ。すかさず間合いに入り、至近距離から畳みかける。
「それに銀河鉄道だって、あんなのもうSFじゃないですか」
「あれは、どちらかというとファンタジーな気が……」
言い淀んだところを攻める。
「朝起きたら虫になっているのは?」
「それはいわゆる不条理系というか」
「そこに蟹光線ビィー!」
「ぐぅぉー」
純文部の部長は、ばったりと倒れた。
「それじゃ先輩、ハンコは押してもらいますね!」
・・・
すごいな僕、やればできるじゃん…。
純文学部の部長印が押された申請書を眺めながら、達成感で胸がいっぱいになってくる。不安だった部活回りも少しだけ光が見えてきた。
「おにーちゃん!」
「ん? あぁ、萌萌!」
廊下を歩いていて振り返ると、そこには眼鏡を掛けた妹の姿があった。
「おにいちゃんも、部活を回ってたの?」
「うん。ほらこれ」
僕は萌萌に、純文学部の部長印が押された合流申請書を見せる。
「すごい、おにいちゃん! 見て、私も」
彼女も僕に、軟式テニス部と書かれた部長印を見せてくる。
「やるじゃん萌萌」
「おにいちゃんこそ」
妹が微笑んで立つ学校の廊下を五月の爽やかな風が吹き抜ける。
紺色をした制服のスカートがふわりと揺れる。
「それじゃ萌萌、そろそろ帰って買い物に行くか」
「ねえねえ、私、世界樹に会いに行きたい」
「いいよ、そうするか」
「うん。早く行こうよ! Θ£ĸ¢¡∫µ……♪♪」
不思議な歌を口ずさむ少女の後に続いて、僕は胸を張って大温室へと歩き始めた。