エルフの義妹とSF研⭐️これは全てのSF愛好者へ捧ぐ文芸ジャンル戦争の物語だ! 作:やまもりやもり
馴染みのない恋愛小説の背表紙が並ぶ、見知らぬ部室。
女の子たちの声がさざめく完全にアウェイの空間で、僕はなんとか心を落ち着かせようと努力する。
「えーっと、実はうちの、えすえふ研の部長のことでお話が……」
「へー君、えすえふ研の子なんだ」
茶髪ポニテの女性の目が、興味を持ったようにキラリと光った。
目の前にいるのはここ異世界恋愛研の部長。一見、そんなに怖そうには見えない。でもこの人がファンタジー研四天王の三人目、通称ピンクの悪役令嬢なんだよな。
「それじゃ君、ちょっとこっちで話そうか」
奥へと連れていかれる。どうにかうちの部長の手助けをできないかと思って来たのだけど、もうすっかり帰りたくなってきた。
「で、かぐちゃんがどうしたって?」
「かぐちゃん??」
あ、うちの部長のことか。
そんなペンネームだった。知り合いって言ってたけど随分親しいんだな。
「あーそうです。うちの部長なんですけど、元気がなくて心配になって」
「なるほどね。話しにいくって言ってたけど、また振られちゃったんだ。いやー青春だねー」
僕の前の茶髪ポニテの先輩は、明るい顔で楽しそうに笑っている。
「よかったら、その辺のことをお聞かせいただけませんか」
「そこは個人情報だからなー」
簡単には話してくれないけど、しつこく食い下がる。
「だったらその、昔にVRMMO研の部長となんで別れたのかだけでも」
「もしかして君、かぐちゃんのこと好きなの?」
「ええぇー!?」
いきなりそんなことを言われて、ビックリしてしまった。
「いや、うちの部長は尊敬の対象というか、いつも慈愛の瞳で私たちを温かく見守って指導していただけているのに、好きとかそんな恐れ多い……」
しどろもどろな僕を、ピンクの悪役令嬢はニヤニヤ顔で見ている。
「まあまあ、いいからいいから。なるほどねー憧れの先輩か。月から来たかぐや姫だもんね。いいねえ、実に推せるシチュエーションだ」
「え、あ、それほどでも……」
「それじゃあ少年のために、ちょっとだけ昔のことを教えてあげよう」
なんだよ少年って。僕と一学年しか違わないのに。
しかしなるほどこれが恋愛脳ってやつか。
「あの二人は恋人っていうより、息の合った同志って感じだったんだけどね」
「はぁ、同志ですか」
個人情報と言っていたのにどうやら話したくてしかたないようなので、ここは素直に聞くことにした。
「そう、同志。でも去年の創文祭の後、方向性の違いで大喧嘩になっちゃったのよ」
「インディーズの音楽バンドみたいですね」
なんだそりゃと思いつつ、若干適当な相槌を打つ。
「それで結局、彼が地水院さんに声を掛けられて、そこから今に至るみたいな」
「その方向性の違いって一体なんですか?」
「さあね。それは本人に聞いた方がいいんじゃないかな」
フフフと笑う茶髪ポニテの恋愛脳。
肝心なところが抜けてるんだけど……しょうがない、この辺で切り上げるか。
あ、そうだ。思い出した。
「ところでうちの部長から聞いたんですけど、異世界恋愛研はファンタジー研と合同チームを組まないんですよね」
「そうなのよ。かぐちゃんの勧めもあってね。今回は別のチームで出ることにしたの」
「別のチーム? うちの部長の勧め?」
僕の心に胸騒ぎが沸き起こってくる。
「うち異世界恋愛研に恋愛ラブロマンス研。それとラブコメ研でしょ。あとライト文芸部も合わせて共同チームを作るの。他の部活にも声を掛けているわ。BL研とか。もう全校生徒の三割近くは確保したから。名付けて、チーム恋愛脳」
目の前に座る茶髪ポニテがニヤリとする。
「だからね、うちのチームが一位になったらごめんなさいね。その時はかぐちゃんには異世界恋愛小説を書いてもらう約束だから。きっと素晴らしい小説になるわ。うふふ」
その声を耳にしながら、僕は部室で会った部長の様子を思い返し、そして理解した。
なるほど、そうか。これが、うちの部長の策略……
天下三分の計だったのか!
絶対勝てないファンタジー研の一強体制から、部長は三つ巴の三国鼎立の状態へと持ち込んだのだ。
しかし確かに勝ちの目は出てきたものの、潜在的な味方も減ってしまった。
「でも、なんでです? ファンタジー研と離れるなら、うちと組んでも……」
「少年は、小説で一番大事なのは何だと思う?」
突然、不思議なことを聞かれてしまった。
「いや、なんだろう。あっと驚くアイデアとか? 起承転結とか?」
「教えてあげる。それは愛なのよ、愛。わかる? 小説で一番大事なのは人と人との関係性なの。男と女の、まあBLでも百合でもいいんだけど、二人の関係性と気持ちの移り変わり、それこそが小説なのよ。わかる?」
恋愛、溺愛、婚約というタイトルで埋め尽くされた本棚が並ぶ部室には、女子の匂いが色濃く漂い、推しについて語る女の子の声がさざめいている。
「ええ、まあ」
僕のあいまいな答えに、ピンクの悪役令嬢は軽い微笑みを見せる。
「無理しなくていいのよ。かぐちゃんはそう思ってないみたいだし、あなたもそうなんでしょ。だから私はえすえふ研とは組まない。でも地水院さんだって一緒よね」
「そうなんですか?」
「結局、あなた達は同じ穴の狢なのよ。だから私は恋愛を軸とした第三極を作ることにしたの。きっかけをくれたかぐちゃんには感謝してるわよ」
「えーと、分かりました……」
なんだか分かるようで全然分からないけど、僕はなんとなくうなずいた。
・・・
それにしてもここで第三勢力の登場か。
全校生徒の三割は確保したとか言ってたけど、実際どうなんだろう。でも考えてみると確かに僕の持ってるラノベの半分はラブコメなんだよな。
しかしうちの部長も空手形を乱発したと言ってたし、うっかり三位になろうものなら部室はおろか部が存在できなくなる可能性すらある。
もう四の五の言っている場合ではない。
文化系部室棟の廊下を足早に歩き、僕はもう一つの部室の扉を叩く。
そこにかかる表札の文字はそう、VRMMO研だ。