前職が死霊術師♂だと言われて魔法少女協会の審査に不合格になりました。しかたないのでヤミ魔法少女になって見返します! 作:黒宮冥
もともと魔法少女とは、突如として現れた厄災──ディザスティアと呼ばれる化け物と戦うために現れた聖樹セフィロト、その欠片であるセフィラに認められた少女のことだった。
しかし、しばらくして厄災の脅威が落ち着き始めた頃から、魔法少女は本来の役割に加えてアイドルのように扱われるようになっていく。それを統括しているのが魔法少女協会であり、そこに所属することが魔法少女として活躍するための第一歩となる。
──不合格理由:前職が死霊術師♂のため。
審査結果通知を手に、黒宮冥は魔法少女協会に向かうため電車に乗っていた。車窓に映る銀色の長髪を真っ直ぐに下ろした紅い瞳の美少女──冥が大きくため息を吐く。
「なんなんだよ、このふざけた理由は」
そもそも、魔法少女になろうとしたのも姉がきっかけだった。すでに姉の黒宮耀は魔法少女として第一線で目覚ましい活躍をしていた。昨晩も彼女の活躍がテレビのニュースで流れていて、それを見ながら両親が手放しで喜んでいた。
その光景に苛立った冥が乱暴に食器を置いて席を立つと、両親は一転して押し黙ってしまう。そのまま部屋へと戻る冥を、両親は気まずそうに黙って見送るだっけだった。
「まあ、僕の方が悪いのは分かっているんだけど……」
何度も空回りしてきて卑屈になっているのは自分でも理解していた。両親も冥に酷いことをするどころか、心配しているのも分かっている。
「何かひとつ、自信が付くようなものがあれば、と思ったんだけど」
今度こそは、と選んだのが魔法少女だった。髪や瞳の色こそ違えど、顔の形は耀に似ている冥ならば魔法少女として有名になれるかもしれない。そう思って協会の審査を受けた結果がこのザマだった。
電車を降りて、駅前にある20階建ての高層ビルの前に立つ。このビルが魔法少女協会本部の建物──多くの魔法少女たちがトップを目指して日々研鑽を積んでいる場所。冥は雰囲気に飲み込まれそうになって背筋を伸ばし、生唾を吞み込む。
意を決して中に入ると、そこは広々としたホールが広がっていた。周囲は全てガラス張りで外の植え込みなどが見えるせいか解放感がある。ホールの中にも小さい針葉樹の植木鉢が置かれていて、冥の緊張感が少しだけ和らいだ。
真っ直ぐ前には広々とした机の前には総合受付と書かれた看板が下がっていて、受付嬢が二人並んで座っていた。
冥は強気を装って受付嬢の前に行くと、机の上に審査結果通知を叩きつけ、机に手をかけて身を乗り出して詰め寄る。
「これは一体どういうことですか!」
一瞬、受付嬢は冥の剣幕に圧されたが、すぐに冷静さを取り戻して笑顔を作る。しかし、わずかに口角が上がって嘲笑の色が混じっていた。
「ただいま担当の者に連絡いたしますので、少々お待ちください」
受付嬢は内線の受話器を取って事情を説明する。二度三度、短いやり取りを繰り返して受話器を置いた。
「では、あちらの打ち合わせスペースでお待ちください」
冥は案内に従って打ち合わせスペースで待つ。しばらくして、茶髪の男がやってきて向かいの席に座った。彼はよれよれのスーツを着崩していて、悪趣味なアクセサリをジャラジャラとつけていて、冥は思わず眉をひそめる。
男が差し出した名刺には『シニアプロデューサー瀬久原丸男』と書かれていた。冥が名刺を受け取るのと同時に、机に置かれていた審査結果通知を手に取って目を通す。
「えっと、この件ね。ああ、これじゃあダメだよ。前職が死霊術師なんてマイナスイメージしかないじゃないか。しかも男だし、この業界は男の影があるとスキャンダルになるんだよね。これじゃあ審査が通るはずないよ」
「そんなわけないでしょ! まだ高校生だし、前職とかありえないんですけど! それに、生まれてからずっと女です!」
瀬久原は審査結果通知をパサリとテーブルの上に投げ捨てて肩をすくめる。冥が猛烈に抗議をすると、瀬久原は冥の体を舐めまわすように見てニヤリと不気味に笑った。
「鑑定結果はセフィロトの端末から出たものだからなぁ……簡単には覆らないよ。でもね、魔法少女の奉仕精神を見せてくれるのなら、俺の方から上に話をしてやってもいい」
冥は、瀬久原の表情から何を期待しているのか、とっさに理解した。藁にも縋るような気持ちであれば信じてしまうのかもしれない。しかし、これまで他人を疑ってきた冥には、彼の言葉が空手形であるのが分かってしまう。
魔法少女の道も厳しいという現実を突きつけられ、死霊術師という言葉が冥にはひどく恨めしい。どうして死霊術師なのか──そう思った瞬間、冥の脳裏に見覚えのない光景が次々と蘇ってきた。
複雑怪奇な魔法陣や呪文、そして、彼女の──いや、彼の命令に従う不死の怪物たち。遠くの方からは魔物の群れが怒涛のように押し寄せてくる。
彼が命じると不死の怪物たちが突撃し、魔物の群れに飲み込まれる──否、飲み込まれるより早く、魔物の群れを内側から食い破るように蹂躙していた。
しかし、魔物を撃退した彼に浴びせられるのは称賛でも感謝ではなく恐怖と侮蔑だった。
「そうか、僕は前世で死霊術師だったのか──」
まさか前世の職業まで判断材料にされるのは冥にとって完全に予想外だった。成果を出しても他人から忌み嫌われるのがイヤで転生の秘術を使ったというのに、転生先でも過去の黒歴史がデジタルタトゥーのように刻まれていたなど、分かるわけがなかった。
「あははは、これじゃあ、どうしようもないじゃないか」
虚ろな目で笑う冥の姿が不気味だったのか、瀬久原はひどく怯えていた。これ以上は関わり合いたくないと、追い払うように手を振る
「も、もういい。お前のようなヤツに魔法少女は相応しくない! さっさと帰れ!」
「ふぅん……」
冥は突然真顔になって、スッと立ち上がった。酷薄な笑みを浮かべながら瀬久原を見下ろす。あただそれだけで「ひっ!」という短い悲鳴を上げて瀬久原は震えあがった。
「いいよ、どうせ最初から真面目にやるつもりがなかったんでしょ?」
冥は肩をすくめてクルリと男に背を向けると魔法少女協会を後にした。
◇
「あああ、やってしまった!」
協会を出た冥は街路樹に手をついて項垂れていた。最初からケンカをふっかけるつもりはなかった。瀬久原が不誠実な対応さえしなければ、もう少し穏便に終わっていただろう。
「魔法少女になりたかったなぁ」
セフィラに選ばれた時点で魔法少女として戦うことはできる。しかし、協会が牛耳っているため、所属していない魔法少女には活躍の場がほとんどない。力があっても活かせないのなら、無いのと変わらない。
「言うことを聞いていれば少しは可能性があったのかなぁ」
「いえ、最初からゼロよ」
「ちょっと! なんでそんなことを言うの! って誰?」
背後からトドメを刺すようなことを言われて思わず振り返る。そこには見覚えのない少女が立っていた。クマができた黒い目の片方を伸びた黒い髪が隠している。服装も黒を基調としているが、レースやフリルなどの過剰な装飾が施され、陰鬱な中にも上品な雰囲気をまとっていた。
「私も不合格になって同じことを言われた。その場にもう一人いたけど、あの子は見事に引っ掛かって、『話はしたけどダメだった』と言われたみたい」
「やっぱりそうか」
「そういえば自己紹介を忘れていた。私は影羽志乃。一応、魔法少女やってる」
「魔法少女って、協会には所属できなかったんじゃない?」
冥の問いに志乃は首を振って否定する。
「私は魔法少女ギルドに所属する魔法少女。知名度は低いけど、こっちも正式なもの」
「そうなんだ。それで何の用?」
「マスターに協会の審査に落ちた魔法少女が来るからスカウトしてこいと言われた」
「うーん、ギルドなんて聞いたことないんだけど」
「私も所属しているけど、姉の復讐相手が協会にいるから都合がいい」
復讐などという物騒な言葉が出てきて、冥は眉をひそめる。
「あなたには、どうせ関係ないから気にする必要はない。私の姉が黒宮耀に殺されただけだから」
「えっ、お姉ちゃんに?!」
突然、耀の名前が出てきて冥は思わず大声を上げてしまった。その瞬間、志乃のまとう雰囲気が剣呑なものに変わっていく。
「まさか、あの女の妹だったなんて──なんて都合がいい」
志乃はカラスの姿をしたセフィラを鞭に変えて地面を打つ。すると彼女の影が膨らんで狼のような形に変わった。
「何をするつもり?!」
「私の復讐のために──死んで」
冷たく言い放った志乃が、ふたたび地面を打つ。影の狼が一斉に襲い掛かってきた。
「何をするのさ! 僕は関係ないよね?」
何とか転がって回避した冥は志乃に訴えかける。しかし、復讐に囚われている志乃の耳には届かないようだ。
「あの女が苦しむなら、あなたでも構わない」
「そこまで言うなら、僕も本気で戦うしかないか」
冥も自らのセフィラ──肩に乗ったネズミを巨大な鎌に変えて、飛び掛かってきた影の狼を撃退する。
「そもそも魔法少女同士の私闘は禁止されてるはずでしょ?」
「関係ない。私は復讐ができれば、あとはどうなってもいい」
あまりに身勝手な志乃の主張に、冥は苛立ちを覚える。これまでも耀のせいで割を食ってきた冥だからこそ、耀の尻ぬぐいをするつもりはない。
「そこまで言うなら、どうなっても知らないからね」
「あの女ならともかく、あなたごときに負けるつもりはない」
志乃はさらに影の狼を増やして冥に襲い掛からせる。さすがに鎌だけではさばききるのは難しく、かすり傷程度だが少しずつ生傷が増えていく。
しかし戦っている中で冥は、志乃の作り出した影の狼に死霊術に近い力を感じ取っていた。
「もう終わりにしよう!」
「命乞い?」
「僕には勝てないよ」
「そんな状態で?」
志乃がトドメとばかりに影の狼を増やして一斉攻撃をかける。しかし、冥は鎌を地面に立てて目を瞑っただけだった。
「これで終わり」
「死に依りし者どもよ、土に還れ!」
「えっ?!」
冥が呪文を唱えると、影の獣はタールのようにドロリと溶けて地面へと消えていく。これが冥の魔法少女の力──ではなく死霊術の力の一つ。死者への支配を強制的に解除する力だった。
「なんで……この卑怯者!」
作り出した影の狼が一瞬で全滅させられて呆然とする志乃が、怒りに顔を歪ませる。破れかぶれに鞭を振るって冥を倒そうとする。しかし、武器として使ってこなかった彼女の動きはとても拙いものだった。
「無駄だよ」
「うぐっ!」
鎌の柄で鳩尾を突かれて志乃は地面に崩れ落ちた。仰向けになってうめき声を上げながら悶絶する。冥が彼女の前に立つと、志乃は目に涙を浮かべて憎悪をぶちまけた。
「こ、殺すなら殺せばいい。あの女に見捨てられて、厄災に殺された姉さんと同じように!」
「そう……それじゃあ」
そんな志乃を冷たく見下ろしていた冥は鎌を大きく振りかぶって──思いっきり振り下ろした。