前職が死霊術師♂だと言われて魔法少女協会の審査に不合格になりました。しかたないのでヤミ魔法少女になって見返します! 作:黒宮冥
志乃は覚悟を決めてキュッと強く目を瞑った。姉の復讐こそできなかったが、尊敬する姉の下へと行けるのであれば──志乃にとってはそれでもいい。そう自分に言い聞かせながら最期の時を待っていた。
グサッという音を耳元に聞いた志乃の体には不思議と痛みはなかった。しかし、徐々に志乃の体から命が零れ落ちて──いなかった。
「ど、どうして……」
恐る恐る目を開けた志乃の前には振り下ろされた鎌。それが顔のすぐ脇、ほんの数センチのところに先端だけ刺さっていた。
「どうしてもこうしてもないでしょ。勝手に僕を殺人鬼に仕立て上げようとしないでくれる? こっちとしてはいい迷惑だよ」
「そんな、つもりじゃ……」
「それに──僕をスカウトするように命じられてきたんでしょ? こんなことやって怒られるんじゃないか」
「それは……」
志乃は黒宮耀の妹と知って復讐心のあまり頭に血が上っていた。しかし冷静になってみれば、明らかな自分のやらかしを思い返して顔面蒼白になっていた。
「こ、このことは、マスターには……」
「そもそも、いきなり殺そうとしてくるような人がいる組織に行くのは危険じゃないかな?」
「ごごごご、ごめんなさい」
当然のことだが、スカウトしに来た人間がいきなり殺そうとしてきたら、さすがにスカウトを受けようという気にはならない。志乃も冥の言葉の意味を理解して──おそらくマスターに怒られるのを想像して震えていた。
「でででで、でも、冥さんが魔法少女になるにはギルドに入るしか」
「そうだけど、そのために死ぬつもりはないかな」
「でででで、ですよね」
たしかに冥自身、魔法少女になりたいと思っているのは間違いない。でも、それは耀のように活躍して両親に褒めてもらいたいからである。いつ殺されるか分からない状況では意味がない。
取り返しのつかないことをしてしまった焦りからか、志乃は視線を左右に彷徨わせていた。
「その──せめてマスターに会ってから決めてもらえると」
「そのマスターも危ない人なんじゃないの?」
「い、いえ、マスターはホントにいい人」
見たところ嘘をついているようにも見えないし、平然と嘘をつけるような人間ではなさそうだ──これまでのやり取りで冥は、そう感じていた。
「分かった。でも、会うだけだぞ。少しでも変だと思ったら帰るから」
「それだけでいい。あとはマスターの責任」
「それじゃあ、ギルドまで案内して」
冥は志乃の後について、ギルドの建物へと向かった。
◇
とあるビルの前で志乃が足を止め、そちらの方を指差した。
「えっ、ここ?」
「そんな言い方しない。協会みたいな悪趣味な建物とは違うから」
別にオンボロ、というわけではない。しかし、協会の真新しいオフィスビルのような外観をイメージしていた冥は、あまりの格差に不安を感じて思わず声を上げてしまった。バカにしたと感じたのか、志乃がジッと見つめて抗議する。
「それじゃあ、マスターのところまで案内する」
「ホントに行くの?」
「会うって約束した」
「言っとくけど、ホントに変だと思ったら帰るからね?!」
冥は土壇場で躊躇して足が止まってしまう。志乃が約束を盾に背中を押してくる。対抗して冥も念を押すが、責任範囲に忠実な志乃には痛くも痒くもないようだった。
建物の中に入り、エレベータで最上階へ向かう。最上階は一見するとガラクタにしか見えない代物が所狭しと展示されていた。
「これは──ずいぶんとお金かけてるんだね」
「マスターがどこからか拾ってきたもの。どれもオンボロなガラクタ」
「確かに古いけど、どれも相当な力を感じる逸品だが」
一見すると、志乃の言うようにオンボロなガラクタにしか見えない。しかし冥の目には、それらのガラクタから不思議な力のようなものが漏れ出しているのが、はっきりと見えていた。そのことを率直に伝えると、志乃の目が大きく見開かれる。
「嘘……マスターと同じこと言ってる」
「逆に志乃は見えていないの?」
「見えるも何も……どうみても、ただのガラクタ」
もしかしたら、前世の経験によって冥には見えてしまうのかもしれない。これまで首をかしげられたり、変な目で見られたりしたのも、これが原因だと思えばしっくりと来る。理解できないうちは厄介なものだったが、そういうものだと理解すれば意外と便利なものだった。
「すごいな、どれもこれも一級品だ」
「こんなガラクタも?」
「そうだね」
普通の人にはガラクタにしか見えないが、見えるものにとは一級品の代物。そんなものばかりを集めてきたマスターに冥は警戒心を抱く。同じように前世が死霊術師ということはないだろうが、特殊な経歴の持ち主だろうと確信する。
「こんな強力なものばかり──只者じゃないな」
冥はマスターに対する警戒心を一段階引き上げた。少しだけ脱線してしまったが、志乃の後について廊下を進んでいき、突き当りの奥の扉の前で立ち止まった。
志乃がノックをして「影羽です。ただいま戻りました」と告げる。しばらくして「どうぞ、入ってくれたまえ」と答えが返ってきた。
初対面のはずなのに、どこか聞き覚えのある声に冥は首をかしげる。もっともすぐに顔を見れるのだから大した問題ではないと、懸念を脇に追いやった。
志乃がゆっくりと扉を開ける。すると、そこには灰色の狐面を被った青年が立っていた。冥はすかさず警戒心を最大まで上げた。
「帰っていい?」
「ちょ、ちょっと、待ったぁぁ! オホン──初めまして。俺が、このギルドのマスターだ。そうだな、グレイフォックスと呼んでくれたまえ」
「は、はあ……グレイフォックスさん、ですか?」
グレイフォックスは帰ろうとする冥を必死で引き留めて自己紹介を始めた。もっとも見たまんまなので、大した意味はなかった。
「ま・す・たー? 苦労して連れてきたのに、そんなふざけたことをしないでください!」
「ひっ、じょ、じょ、冗談、冗談だって!」
底冷えするような志乃の声が部屋の中に響き渡る。もっとも、苦労した原因の大半は志乃のせいである。そこを棚上げしてグレイフォックスに厳しく詰め寄った。焦りのあまり彼の返事が上擦っている。
「冗談では済まないことも、あるんですよ」
「わかったわかった。ちゃんと自己紹介するから!」
両手で志乃をなだめながら、グレイフォックスが狐面を外す。その素顔は冥も良く知っている──否、日本国民なら誰でも知っているであろう顔だった。
「な、なんで……?」
「改めて自己紹介をしよう。俺の名前は九条正樹。男で唯一の魔術師だ」
特徴的な金色の瞳が妖しく輝く。無意識的な恐怖に冥の背筋に鳥肌が立つのを感じると、九条はニヤリと口角を上げた。
「ギルドに入ってくれるか?」
「断ってもいいの?」
「魔法少女としての活躍をあきらめるなら、好きにするといい」
協会から拒絶されて残された道はギルドだけ、ということを頭では理解している。しかし、九条の掴みどころのない性格に不安を感じていた。
「姉を見返したいとは思わないのか?」
「僕なんかが努力してもできるかどうかわからないでしょ」
「いいや、できるさ。間違いなく」
その言葉に冥は戸惑った。何しろ、九条は一切の迷いなく、自信を持って耀を見返せると断言したからだ。これまでの経験から勝てないという思い込み──その心の枷に綻びが生まれる。
冥は九条と目を合わせる。時間にしては、ほんのわずか。しかし、永遠とも呼べるほど長い時間に感じられた。先に目を逸らしたのは九条だった。大きく深呼吸をして笑い出す。
「ははは。なんだ、もう迷っていないじゃないか」
「そうだね。僕は全額ベットするよ。オール・オア・ナッシングだ」
冥と九条はほとんど同時にニヤリと不敵な笑みを浮かべた。