前職が死霊術師♂だと言われて魔法少女協会の審査に不合格になりました。しかたないのでヤミ魔法少女になって見返します! 作:黒宮冥
翌朝、目を覚ました冥の気分は、置かれた状況に反して悪くはない。昨日は、疲れていたことに加えて、耀と顔を合わせたくないという理由で、早々に部屋に引き籠って寝てしまった。
「あんまり顔を合わせたくないなぁ……」
昨日のこともあって、顔を合わせたら何を言われるかわからないからだ。早々に寝て回避したとはいえ、それは問題を先送りにしたに過ぎない。
「まだ7時か。この時間なら、まだ寝てるかな」
やっぱり顔を合わせたくない冥は、早々に支度をして家を出ることにした。普段ならノロノロと支度をするところだが、焦りもあって普段の倍以上のスピードで支度を終えて、ダイニングへと向かった。
「げっ……」
冥が1階に下りると、ちょうど耀も朝食をとっているところだった。一瞬だけ目が合ったが、耀が無視してきたため、これ幸いにと冥も椅子に座って朝食をとることにした。
冥としては、このまま終わってくれることを心の中で祈っていたが、そんな甘くはなかった。
「昨日は偶然よ、いい気にならないで」
キッとにらみつけながら、耀がヒステリックに叫ぶ。冥としては耀の言葉通り、たまたま相性が良かっただけで、別にいい気になっているつもりはない。
そう思いながらも、これまでは劣等感から言い返すことができなかったが、昨日の勝利で自信が付いたことで、耀に対する引け目がなくなっていることに気付いた。
「別にいい気にはなっていないし、次が上手くいくとも思っていないよ。でも──勝ちは勝ちだ」
「……ッッ!」
九条が言っていた通り、昨日はたまたま自分のセフィラと相性が良かっただけ。それで次も勝てるなどと楽観的になれるまでの自信はない。しかし、昨日の勝ちは事実で、それを偽るつもりもなかった。
冥がきっぱりと自分の主張を返すと、耀は言葉を詰まらせて赤面していた。これまで一度も言い返されたことのない妹に事実を突きつけられると予想していなかったのだろう。
怒りのあまり唇を震わせ目に涙を浮かべながら、耀は乱暴に席を立った。
「昨日のようなまぐれは二度と起きない。九条さんに相応しいのは私よ!」
耀は言いたいことだけ言って自分の部屋へと戻って行った。冥としても何事もなかったとは言えないものの、思ったよりあっさりと終わったことで、ホッと胸を撫で下ろした。
「ふぅ……もう少し突っかかってくるかと思ったけど、言い返したおかげかな」
実際には、九条が家に来たことが功を奏しているのは分かっている。初対面で不審者を装い、耀だけでなく父と母に瑕疵を作った。明言こそしなかったが、彼の知名度を考えれば素性を隠していたことにも違和感はなく、結果として3人に罪悪感を植え付けることに成功している。
訪ねた理由も、詳しく聞くまでは耀にとってもエサになりうる話だった。それを見越してギリギリまで引っ張って耀の言質を取ることで反論の芽を摘み取る。
「間違っている、とは言わないけど、えげつないやり方だな」
九条の名声を前提としたやり方ゆえ、冥に同じことができるわけではない。しかし、九条本人が冥をサポーターにすると言ったことで、耀はこれまでのように両親を味方に付けることができなくなっているのも事実だった。
「どこまで見越して話をしたのやら──」
「何をボーっとしてるの。早く食べちゃいなさい」
母に言われて、冥は食べる手が止まっていたことに気付く。まだ普段より早い時間だから急いで食べる必要はないはず──そう思いながら冥が顔を上げると、母が生温かい目で見ていた。
「九条さんが迎えにくるんでしょ? のんびり食べてたら、おめかしする時間がなくなっちゃうわよ」
トーストをかじりながら、母の言葉を咀嚼する。しばらく思考を巡らして、ようやく母の言葉の意図に気付いて、冥は赤面しながら勢いよく立ち上がった。
「そ、そんなんじゃないって! あの人を手伝ってあげるだけだから!」
「別に隠さなくてもいいじゃない。耀を言い負かすくらい好きなんだってわかっているから──」
「だから、違うって! 別に九条さんが好きだなんて──」
ピンポーン。
「はーい──あら、やっぱり九条さんじゃない。まだ準備できていないみたいだけど、上がって待ってもらってもいいかしら?」
母が九条を出迎えて冥のいるダイニングへと連れてきた。
「ほら、冥。九条さんが来ちゃったじゃないの。早く食べて準備してらっしゃい」
「あ、お母さん。お構いなく」
「ちょっと、なんで朝っぱらから来てるんだよ」
冥がジト目でにらみつけると、九条は肩をすくめてヘラリと笑った。
「呼び出されて、協会に行かなくちゃいけなくなった。というわけで準備をしたら行くぞ」
「一人で行って来れば?」
いずれにしても協会に門前払いをくらった冥には無関係の話。追い払うように手を振ると、九条がニヤニヤと含みのある笑みを浮かべた。
「すまんが、冥にも来てもらう必要がある。呼び出しというのが、俺のサポーターの件についてだからな」
「それこそ僕は無関係じゃないか」
「えっ、先日、『僕が九条正樹の専属サポーターに任命されたんです。もちろん僕自身の希望で』って言ってたじゃないか」
確かに言っていた。しかし、その場の雰囲気に圧されて言ってしまっただけで、本心とは言いがたい。九条にそう伝えようとしたところ、九条がギルドの公式チャンネルから動画を再生し始める。そこには、先日のセリフがそのまま流れていた。
「おそらく、これを見て連絡してきたのだろう」
「な、なん、なんなんだよ、この動画は!」
「大事な証拠だからな。こうして周知徹底をさせただけだ」
あの時、半ば自棄になって言ったことによって、冥は自らの逃げ道を塞いでいた。もっとも、直接的な原因は動画を撮ってばらまいた九条だが、当の本人はまったく悪気のない様子で協会へと向かっている。
「ま、その件はあくまで口実だろうね」
九条は不吉なことを言いながら、冥を流し見た。
「何しろ、協会のエースである黒宮耀を助けて、厄災を倒したのだからな」
「まさか、僕に難癖をつけるために?」
「明らかにそうだろ。もっとも、動かなかった俺にも何らかの処分はあるかもしれんが」
協会の処分を受けるかもしれない、と言いながら、九条は余裕の表情を崩さなかった。もっとも、公になっていないとはいえ、ギルドのマスターでもある彼にとって、協会での処分など痛くも痒くもないのだろう。
「はあ──何を言われることやら」
「案外、協会が引き抜こうとしてきたりな」
「それこそありえないでしょ。死霊術師云々で僕を門前払いしておいて、どの口が言うのかと」
「ありえなくはないぞ。冥は今、話題の中心にいるからな。金になると分かっていれば、形振り構わないだろうしな」
九条の言葉が事実だという認識は当然ある。その実績を見て協会が引き抜きをしないとは言い切れず、冥は嫌そうに顔をしかめた。
「協会に行きたいなら好きにするがいい」
「冗談はやめて。一度、こっぴどく貶すようなヤツらのいるところに行くわけないでしょ」
「ま、その方がいいだろうな」
そんな話をしているうちに、車は協会へとたどり着いた。地下の駐車場に車を止め。九条の後について受付へと向かう。
先日と同じ受付嬢は、九条の姿を見るとピンと背筋を伸ばして、キレイなお辞儀をして出迎えた。
「九条様。お待ちしておりました」
「ご苦労。問題はないか?」
「はい、それでは社長室へ──」
「いや、ここの応接スペースで話をさせてくれないか」
「えっと──それは──」
九条の申し出に受付嬢があからさまに困惑する。そこに九条は、さらに追い打ちをかけた。
「密室だと、どんな無茶な要求をしてくるかわからないからね。もし、条件が飲めないなら、このまま帰らせてもらうよ」
「それは──わかりました。ではそちらでお待ちください」
先日は嘲るような笑顔で案内をした受付嬢だが、今日は眉間に皺を寄せながら案内をしてくれた。よく見ると、薄っすらと目に涙が浮かんでいるのが見えた。
打ち合わせスペースの椅子に冥は九条と隣り合って座る。しばらくして、受付嬢がお茶を持ってきてくれたが、手が震えていて非常に危なっかしい。
「九条様、もうしばらくお待ちください」
「いいけど、僕も暇じゃないんだ。わかっているよね?」
「は、はいっ! すみません!」
受付嬢がお辞儀をして去っていくのを見て、九条が冥の方をチラリとうかがった。
「どうだい。少しだけスッキリしただろう」
「もしかして、わざと難癖付けたんですか?」
「さっきも言った通り、密室での話し合いを避けただけだ」
しばらく話をしながら、打ち合わせスペースで待っていた。そして、そろそろ帰ろうと思い始めた頃、自分たちの方へと向かってくるコツコツという足音が聞こえてきた。
「さて、どうやらお出ましのようだ」
冥は、緊張のあまり生唾を呑み込んだ。