貞操逆転世界で、守られるはずの男が前線に行くのは異常らしい 作:ゆるふわり
俺が前世の記憶を取り戻したのは、わりと早い段階だった。
たしか、五歳のときだ。
高熱で寝込んで、目が覚めたら――
「あ、これ転生してるやつだ」
って、やけに冷静に理解してしまった。
剣と魔法の世界。
モンスターがうろついて、冒険者がいて、貴族がいて、王様がいて──ザ・テンプレ、みたいな異世界だ。
そこまではいい。
問題は――
男女比がおかしい。
男一人に対して、女が二百人。
最初は統計の誤差かと思ったが、どうやら違うようだ。
この世界では、それが常識だった。
男は希少資源。
大事に保護され、守られ、丁重に扱われる存在。
一方、女は数が多く、働き手で戦う側。
剣を振り、魔法を撃ち、前線に立つのが当たり前。
(……いや、おかしいやろ!)
剣と魔法の世界だぞ?
モンスターとの戦いって、いわば異世界の花形ポジション。
なんでそんな美味しい役割、女が独占してんだよ。
俺だって戦いたい。
モンスターをバチボコに蹴散らして、
「きゃー! すごーい!」って言われたい。
それが男子の本能ってもんだろ。
だというのに、学園にいる男連中はどうだ。
なよなよしたもやし体型。
それなのに妙に偉そう。
女の子を雑用扱いして、パシらせて、それを当然だと思ってる。
しかも女の子側も、それに違和感を持っていない。
男の子は守るべきもの。
敬うべき存在。
多少わがままで横柄でも、それが普通。
そんな価値観が、空気みたいに、この世界には染み込んでいるらしい。
……男女比が逆転してると、こんなことになるのか。
(まるで価値観が合わん)
正直、居心地は最悪だった。
だから俺は、周囲をほぼ無視して、剣を振っていた。
王立学院の訓練場。
朝でも昼でも、時間が空けば木剣を握る。
もっとも――
男だから、魔力は壊滅的に少ない。
女の生徒が軽く魔力を流して剣を強化するのに対して、俺の魔力量は十分の一以下だ。
工夫が必要だった。
魔力を広げるんじゃない。
一点に這わせる。
剣の刃に沿って、薄く、鋭く、まとわりつかせる。
爆発力はないが、切れ味だけは異様に上がる。
我ながら、悪くない。
……評価?
残念ながら、されない。
男からは変わり者扱い。
女の子からは距離を置かれる。
理由は分かっている。
俺は下級貴族で、家柄も微妙。
まあ、相手にされないよなぁ、ってやつだ。
世知辛い世の中である。
……と、思っていたところで。
「カイル、相変わらず変な剣振ってるわね」
背後から、聞き慣れた声がした。
振り返らなくても分かる。
この学院で、俺にそんなことを言えるのは一人しかいない。
「変って言うなよ。工夫だ、工夫」
そう返しながら振り向くと、そこにいたのは――
魔力が、見える。
比喩じゃない。
体の表面を薄く覆うように、淡い光が揺らいでいた。
リィン──同じ故郷の幼なじみだ。
魔力量、学年一位。理論も技術も置き去りにして、量で全部殴り潰すタイプの天才。
魔力で全身を強化し、正面から敵を叩き潰す。
シンプルで、暴力的で、そして強い。
「工夫、ねえ。相変わらずわけの分からないセンスを見せつけちゃって……。本当に男の子でさえなければ」
呆れたような口調で言われる。
幾度となく聞いた言葉だ。
だが俺からしたら、こんな世界でさえなければとしか言えなかった。
「そうだ。昔みたいに魔力還し、やるか?」
他人の魔力を身体に取り込み、その反応で魔力量を高める――この世界ではごく一般的な訓練法である。
「やるわけないでしょ」
即答だった。
「男の子さまを魔力酔いでもさせたら下手したら退学よ。幼なじみに、そんな危ない橋を渡らせるつもり?」
「……それもそうか」
俺がそう返すと、彼女は小さく息を吐いた。
「分かってるならいいわ」
呆れたように肩をすくめ、背を向ける。
どこかぎこちない会話だった。
昔みたいな距離には、戻れない。
それだけは、嫌でも分かっていた。
※
その日の学年集会で、実地演習の告知があった。
王立学院の恒例行事だ。
将来の箔付けのため、生徒たちは実際の戦場に近い前線へ赴くことになる。
例年通りなら、男は後方支援。
司令部補佐や、物資管理、書類仕事。
女は前線。
危険地帯での討伐任務だ。
命を張り、武勲を立てれば、出世のチャンス。
上手く視察に来ていた男に気に入られれば玉の輿──そんな摩訶不思議な制度である。
マッチョな女性教官が淡々と説明を続ける中、俺はふと違和感を覚えた。
「……今年度は、特例として」
退屈そうにアクビをしていた男子生徒が、
「前線演習に、男子枠を一名設ける」
──そんな教官の言葉を聞き、パチクリと目を瞬いた。
ざわり、と空気が揺れた。
教官自身も、明らかに不機嫌そうな顔をしていた。
男を危険にさらすなんて、あり得ない。
そう言いたげな表情だ。
唐突に矛先が向いた男子生徒は、一様に青ざめている。
冗談じゃない、とくっきりその顔に書いてあった。
「無論、希望者のみだ。前線演習では戦闘も発生する──当然、命の保証はできない」
そこまで聞いて。
俺は、反射的に手を挙げていた。
胸の奥が、わずかに熱くなる。
剣と魔法。
本物のモンスター。
前線。ようやく、剣と魔法の世界に来た意味が出てきたというものだ。
教官が、険しい顔で俺を見てきた。
「……本気か? 死の危険もあるんだぞ」
俺は、少しだけ背筋を伸ばして答えた。
「覚悟の上です」
キリっとした声。
理由は単純。
願ってもないチャンスだ。
そもそも何が悲しくて、隣が剣と魔法のファンタジーやってる中、社交と書類整理やらなきゃいけないのか。
これはまさしく渡りに船。
そもそも茶会のマナーとか知らんて。
俺に令嬢趣味はねえ!
……なんて内心をおくびにも出さず、俺は壇上の教官を見上げる。
教官はしばらく俺を見つめてから、深く息を吐いた。
「……分かった」
その一言で、訓練場がさらにざわつく。
「そんな馬鹿な!」
「教官! 我々の役目は、貴重な男子を国の宝として守り抜くことです!」
「そうです、か弱い男子を前線にほっぽりだすなど、命を捨てるようなものです!」
口々に反対の声があがる。
中でも強固に反対したのは、幼なじみのリィンだった。
もともと俺が剣を取ることにも反対していたが、ここまでとは……。
「俺だって戦闘の経験はある。問題ないだろ」
「そんなの──」
俺の言葉に嘘はない。
幼少期の俺とリィンは、森の中をやんちゃに駆け回っていた。そこで遭遇した小型のモンスターをぶっ飛ばした経験もある。
今ほど過保護でなかった時の、楽しい思い出だ。
……まあリィンは、そんな過去を立場が分かってなかったが故の過ち──黒歴史だと切って捨てたけど。
「教官!」
「リィン、これは決定事項だ。カイルは前線基地に配属となる」
「くっ、それならせめて──」
悔しそうに唇を噛むリィンの要求はシンプルなもので。
そうして無事、俺──カイルは、前線基地行きの権利を手にするのだった。