貞操逆転世界で、守られるはずの男が前線に行くのは異常らしい 作:ゆるふわり
前線基地と聞いて想像していた光景と、実際に目にしたものは、だいぶ違っていた。
建物はしっかりしているし、通路も広い。
物資は積まれているが、雑然とはしていない。
兵たちは忙しそうに動いているものの、怒鳴り声が飛び交っているわけでもなかった。
……ほんとに前線か、ここ?
そんなことを考えているうちに、学園生は広場に集められた。
この基地の最高責任者──基地司令であるミランダという女性が前に立ち、名簿を開く。
魔力で覆われた武装具を身に纏っており、いかにも屈強な軍人といった装いであった。
「今回、学園から補充される生徒について簡単に紹介する」
名前が呼ばれ、生徒が一人ずつ前に出る。
軽く確認されて、それで終わり。
余計な説明はなし。
最後に、少しだけ間が空いた。
「リィン・エルネスト」
呼ばれて、リィンが一歩前に出る。
らしくもなく緊張した面持ち。
「魔力量については、学園内でも上位と聞いている。期待しているぞ──前線では魔術支援を担当してもらう」
リィンが、わずかに目を見開いた。
声には出していないが、「え?」という反応だった。
ミランダ基地司令が視線を向ける。
「不服か?」
「いえ」
リィンは一瞬だけ口を閉じ、それから首を横に振った。
短い返事だった。
それでも内心では、不満がないはずもない。
配属にあたって準備していたアピール文が、戦闘スタイルの情報まで、すべて無視された形だ。
リィンの戦闘スタイルは、後ろからサポートするより、あきらかに前に出るタイプだ。
魔力量にものを言わせて、まとめて殴って終わらせる。
学園では、だいたいそんな戦い方をしていた。
魔力量を活かした支援などナンセンス。
でも、ここは軍だ。作戦方針の絶対的な決定権を持つのは、本国から派遣された戦術顧問──その多くは男──であり兵はそれを遵守するのみ。
基地を任されているミランダでさえも、安全な後方で茶を啜っているであろう彼らの指示には逆らえないのだ。
「了解しました」
結局、リィンは静かにそう頷くのだった。
そうして顔合わせが終わり、具体的な作戦の説明が始まった。
地図が広げられ、役割が淡々と読み上げられていく。
どこの部隊に配属になるか、どんな役割か──結果を出そうと燃える女の子たちは、やる気に満ち溢れた様子でミランダを見ていた。
無論、俺も同じだ。
「第一小隊、魔術支援二名」
「第二小隊、後方警戒」
「第三小隊――」
名前を呼ばれた生徒は前に出て、指示を受けてグループに分かれていく。
一人、また一人。
リィンも呼ばれた。
宣告どおり、前線寄りの支援担当らしい。
リィンは短く返事をして、指定された隊に移動する。
俺はなんとなく、その背中を目で追っていた。
配属の話が続く。
名前が呼ばれ、前に出て配置につく。
一人、また一人。
残る人数が、だんだん減っていった。
そして最後の一人になった。
俺はポツンと、会議室の端の椅子に座っている。
「以上が、今回の前線配置だ」
話は、そのまま次の確認事項に移っていく。
時刻。
連絡手順。
撤退基準。
俺の名前は、出ない。
少し聞いていて、ようやく分かった。
「……つまり、俺は待機ってことですか?」
ミランダ基地司令が、一度だけこちらを見る。
「無論だ。男子を戦場に立たせるなど、あり得ない」
その毅然とした響きには、尊い男子を戦場から遠ざけることこそ女の誉れである、という揺るぎない自負が宿っていた。
(結局、これかぁ……)
会議はそのまま終わり、部隊ごとに解散となった。
※
それから、一週間が経過した。
リィンたち女子生徒が早朝から装備を整え基地の外へ消えていくのを、俺は二階の窓から見送る。
それが、ここ数日のルーティンになっていた。
俺の仕事といえば、基地内で丁重に、お姫様のように守られることだけ。
最初の二、三日は、なにか手伝おうと基地内を歩き回ってみた。
だが怪我人の治療所に行けば「殿方はこのような血臭い場所へ来てはいけません」と追い出され、武器の整備場へ行けば「火花が散って危ないですから!」と悲鳴を上げられる。
結局、どうぞ部屋でくつろいでいてくださいと、見た目だけは豪華な執務室を与えられ──あっという間にニートと化した。
(完全に厄介者だなあ……)
俺はそう独りごちる。
兵力に、そう余裕があるわけではないはずなのに。
あまりに手持ち無沙汰で、訓練場の端を借りて剣を振り始めた。
一人で、黙々と。
「……器用ですね」
「どうも」
護衛の一人が、そう声をかけてきた。
沈黙が気まずかったのだろう。
俺は軽く会釈し、そう返す。
やるのはいつものルーティンだ。
魔力を薄く這わせ、剣の威力を研ぎ澄ましてから振り抜く──魔力量スズメの涙の俺がやれる工夫だ。
「本当にその剣で戦いを? モンスター相手に?」
「ええ、意外と切れるんですよ」
順調に修行は進んでいたが、やはり実戦に勝るものはない。
「変わってますね。男でありながら、剣に興味あるなんて」
「よく言われますよ。……やっぱり、迷惑ですか?」
「いいえ。少なくとも視察でいらっしゃる他の殿方に比べれば──あれこれ注文つけないだけ助かります」
「というと?」
「やれ護衛が足りない、やれ飯がまずいと本当に色々と──って。……ってすみません、こんな愚痴を男の子さまに」
「いや、いいよ。みんな戦場で戦ってる中、そんなワガママを言うやつの気がしれないと俺も思うしな」
当たり前の話だ。
男とか、女とか関係ない──人間として当たり前のことだ。
にもかかわらず、護衛の兵士は俺の言葉に、
「やっぱりカイルさまは変わってらっしゃるのですね」
そう不思議そうに首を傾げるのだった。
いつものルーティンを終えた頃、
「怪我人、緊急の怪我人です!」
基地の中に数人の女性が駆け込んできた。
その中には、学園から派遣されてきた少女の姿が見える。
そうして血塗れで担ぎ込まれてきたのは……、
「リィン?」
「カイル……」
手足を包帯でぐるぐる巻きにされ、味方に抱えられる痛々しい姿のリィンであった。