貞操逆転世界で、守られるはずの男が前線に行くのは異常らしい   作:ゆるふわり

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第五話 無能な指揮官の俺、なぜか部下のやる気を爆上げさせてしまう

 その後、俺はさっそく特攻隊のメンバーを集めた。

 

 案内された拠点は、基地の最端――隅っこに追いやられた、カビ臭い倉庫同然の古い兵舎だった。

 薄暗い部屋に集まったのは、怪我だらけのリィンを含めてわずか十名ほど。

 

 彼女たちの瞳には、絶望と申し訳なさが複雑にまじりあった色が浮かんでいた。

 どこか空気が重々しい。自分たちのせいで、尊い男子さまを死地へ追いやってしまった──そんな自責の念が、澱んだ空気となって部屋中に充満しているようだった。

 

「……さて」

 

 俺は全員を見渡し、まずは一つ大きく息を吐いた。

 前線行きを確固たるものにするため、真っ先にやるべきことがある。

 

 

「これから一週間の指示を出す。セーラ……、だったな。お前に副官を任せる」

「は、はい……!? 私のような無能が、男子さまの副官だなんて……!」

「いいから聞け。一週間、この隊に課す任務はたった一つだ」

 

 俺は指を一本立て、厳かに宣言した。

 

「――全員、寝てろ。一歩も外に出るな」

 

 沈黙が流れた。

 リィンが、正気を疑うような目で俺を見る。

 

「……カイル、正気なの? 一週間で戦果を出さなきゃ、あんたは――」

「ああ、分かっているさ。すべては覚悟の上だ」

 

 俺は、全てを悟ったような笑みを浮かべながら頷いた。

 

「だいたいリィン、そんなボロボロの身体で戦場に出て何ができる。魔力は空っぽだし、みんな疲弊しきっているだろう」

「でも……、私がもっと頑張れば……!」

「そんな状態で戦果なんて夢のまた夢だ。……いいから、まずは休め。話はそれからだ」

 

(なにせ戦果をゼロにするのが、俺の最初の仕事だからな!)

(罰則すなわち前線送り! 待ってろよ、俺のファンタジーライフ!!)

 

 そんな内心を微塵も出さず、俺は真剣な表情で隊のメンバーに視線を送る。

 

 実際、今のリィンたちが無理に出撃すれば、全滅しかねない。

 ちょっとリィンは、冷静さを失ってるみたいだしな。

 

「ですが……! それではカイルさまのお立場が……!」

「そうよ! こんな理不尽な命令、なんとしてでも撤回させないと!」

 

 セーラとリィンが食い下がってくるが、俺は安心させるように力強く頷いた。

 

「いいから。こっちのことは気にせず、ゆっくり休め。――俺が、どうにかするから」

 

(もちろん、どうにかして失敗するってことだけどな!)

 

 その言葉にリィンは、怒ったように何かを言いかけたが……、

 

「もう……、本当にバカっ!」

 

 最後にはそうぷいっと顔を背けた。

 

 

「カイルさま……。そのお心、一生忘れません」

「必ず、必ずや戦果を上げてみせます。たとえこの命に代えても!」

「いいから寝てろって。な?」

 

(頼むから大人しく一週間、おとなしく休んでてください……!)

 

 跪かんばかりの勢いで感謝を述べる彼女たちをどうにか宥め、俺は兵舎を後にした。

 

 

 

 翌日。

 

(一応、形だけは指揮官っぽいことをしておくかな!)

 

 そう考えた俺は、休んでいる兵たちの様子を見回ることにした。

 

「か、カイルさま!?」

「あ、いや、楽にしてて。身体を休めるのを最優先にしてくれ」

 

 俺は、立ち上がろうとする少女兵を半分力ずくでベッドへ寝かしつけ、丁寧に布団を掛けて回る。

 

「カイルさまが、自ら布団を……!?」

「いいから。……今は、目を閉じることだけ考えろ。いいな?」

 

 そう言って、優しく(威圧的に)寝かしつけて回る。

 

(うんうん、驚くほどに士気が高い部隊だね。……なんで!?)

(そうだ。体調は──)

 

 彼女たちは、俺が近づくたびに感極まったような顔でプルプル震えていた。

 ……解せぬ。

 

 

 ひと通り見回りを終え、俺は作戦室に向かった。

 そこには副官のセーラと、不承不承といった様子で椅子に座るリィンがいた。

 俺は現状を把握するため、二人にこれまでの作戦内容を聞くことにした。

 

「……それが、特攻隊の本来の任務です」

 

 副官のセーラが示したのは、『先発隊特攻作戦指令綴』と題された軍の指令書だった。

 そこに記されていたのは、想像を絶するろくでもない作戦だった。

 

「……リィンさまの魔力をこの石に流し込みます。あとは私たちがこれを抱えて走るだけです。私たちの最期の役目は、とにかくこれを敵陣深くに持っていくこと──簡単な任務でしょう?」

 

 セーラが、そう淡々と口を開く。

 

 ──ターゲットは、西の山奥に巣食うモンスターの集団。

 バルカスが立てた作戦とも呼べないそれは、文字通りの自爆特攻とも言えるものだった。

 

 

(……本当に、ろくでもないな)

 

「リィンは、それを拒んだのか」 

「はい。自分の力は、仲間を殺すためにあるんじゃないって。だからリィンさまは、私たちを後ろに置いて、たった一人で前線を支えていたんです。本部からは、早く使い潰せと叱責され続けながら──」

 

 その言葉を聞き、俺はリィンの横顔を見た。

 

「……なに? 私は、間違ったことはしてない」

 

 なにを言うかと思えば、そんなことを心配してたのか。

 

「当たり前だろう。こんなクソみたいな作戦──素直に従う方がどうかしてる。……一人でよく頑張ったな」

「……っ、だから、あんたを巻き込むのは嫌だったのに」

 

 リィンは弾かれたように視線を逸らす。

 噛み締めた唇から血の気が失せ、膝の上で握り込まれた拳が小刻みに震えている。

 

 

「セーラ、やっぱりどう考えてもおかしいだろ」

 

 セーラの言葉に、俺は言いようのない苛立ちを覚えた。

 

 でっぷり肥え太ったバルカスは、今も椅子にふんぞり返りながら戦果の報告を待っているのだろう。

 そんな戦術顧問はもちろん──セーラたちが「無能な自分たちのせいだ」と当たり前のように受け入れている姿も、どうしようもなく腹立たしかった。

 

「そう言っても……。私たちには、まともな部隊で戦えるほどの魔力量も才能もありません。こうして命を使ってはじめて価値を証明できるんです」

 

 セーラの声には、すでに人生を諦めたような重い疲労が滲んでいた。

 

 俺の持つハナクソのような魔力と比べれば、セーラが持つそれは遥かに多い。

 それなのに活かす術も知らず、どこに行っても役立たずの烙印を押され、挙げ句の果てには死ぬことだけを戦果として期待される。

 

(ああ、本当にろくでもない世界だな──)

 

 

「……それだけの魔力があれば、なんでもできるだろ」

 

 その呟きは、自分でも驚くほどに響いた。

 

 俺は腰の剣を抜き、彼女たちの前でその刃を掲げた。

 集中。刃の表面に、目に見えないほど薄く、だが極限まで密度を高めた魔力の膜を這わせる。

 俺の極少の魔力が、鋭利な力となってパキパキと空気を震わせた。

 

「え……? 何ですか、その魔力操作。そんなに薄く、一点に集中させて……!?」

「魔法なんて使い道次第だ。俺はこれを五分持たせるだけでも限界だが――お前らの魔力量なら、これくらい余裕で維持できるだろうが」

 

 俺はそのまま、部屋の隅に転がっていた廃棄予定の鉄の盾に向かって剣を振り下ろした。

 手応えは、ほとんどなかった。

 ガラン、と乾いた音を立てて、分厚い鉄の塊が斜めに両断され地面に転がる。

 

「……うそ。あんななまくらな剣で、鉄の盾を……?」

 

 啞然とするセーラを余所に、俺は剣を鞘に収める。

 

「やっぱり、あんたのその変な技術……。いつ見てもサッパリ意味が分からないわね」

 

 リィンがいつの間にか背後に立っており、そう呆れたように口にする。

 

「変って言うなよ。工夫だ、工夫」

 

 俺もいつものように軽口を返し、ふと、その瞳に熱がこもっているのに気がつき……、

 

 

「とにかく魔力を絞って密度を一箇所に集めるのがポイントだな。魔力には指向性を持たせて──こうだ」

 

 ついつい、もう一度実演してしまう。

 なにせこの世界に転生してから、ずっと繰り返してきた試行錯誤の結晶なのだ。

 こんな状況でも、興味を持たれるのは嬉しくて……、

 

「「ッ!」」

 

 言葉を失うリィンとセーラ。

 

(あちゃあ、やっちゃった……)

 

 ついつい興味のあることには早口になるのは、前世からの悪い癖だ。

 

「…………じゃあな。しっかり休めよ」

 

 気まずくなった俺は、そう言い残し兵舎を後にするのだった。

 

 

 ──カイルの足音が遠ざかり、部屋に静寂が戻る。

 リィンはしばらくの間、彼が斬った盾の断面を呆然と見つめていた。

 やがて、吸い寄せられるように、その断面に指を這わせる。

 

「工夫──って、何よそれ」

 

 摩擦を一切感じさせないほど滑らかな鉄の肌。

 そこにはカイルの緻密な魔力の残り香が残されていた。

 

「……私が守るって──ずっと、ずっと言ってたのに」

 

 リィンはポツリと独りごちた。

 守られるべき、か弱い男子さまのはずのカイル──それを一度もヨシともせず、どれだけ変わり者として扱われても剣を手放すことはなく。

 そんな幼なじみの背中は、どんな英雄よりも傲慢で、そして頼もしく見えていた。

 

 

 

 その日の深夜。

 俺は、一人でこっそりと基地を抜け出した。

 

 昼間、リィンと話している間に、試してみたい戦法が一つ生まれてしまったのだ。

 今までなら、流石に黙って基地を抜け出すような無茶はしなかったが、

 

(俺、指揮官ぞ?)

(指揮官たるもの、やっぱり現地の視察に行くのも当然だよな!)

 

 当然じゃない? 知らんな、この部隊では俺がルールだ。

 やり方に一切口を出さないという言質は取ったしな。

 

(視察中の不慮の事故で、モンスターと交戦しちゃったなら仕方ないよね!)

(いざ、モンスターとのバトル! 待ってろよ~!)

 

 

 月明かりの下、俺は期待に胸を膨らませ闇の広がる前線へと駆け出した。

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