貞操逆転世界で、守られるはずの男が前線に行くのは異常らしい   作:ゆるふわり

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第六話 守られるはずの俺、うっかり部下を助けて懐かれる

 基地を抜け出した俺は、月明かりを頼りに夜の森を深く進んでいた。

 

 深夜の森は、基地の中とは比較にならないほど濃密な殺気に満ちてないる。

 だが俺にとっては、こここそが待ちに待った楽園だ。

 

「は~……、久々だなぁ」

 

 肌を撫でる湿った風、どこからか聞こえる獣の息遣い。

 思い出すのは遥か昔、モンスターの出る野山をリィンと一緒に駆け回っていた頃の記憶だ。

 初めてモンスターを倒したワクワクは、今になっても忘れられない大切な思い出だ。

 

(今、思えば随分な無茶をしたもんだよな)

(ちょっとした怪我だけで、外出を禁止されて……。リィンと気まずくなったとも、あれからだったっけ──)

 

 剣を握って無邪気に駆け回っていた日々は、前世で憧れたファンタジーそのものだった。

 学園では男子らしくお淑やかであることを求められ、気がつけばモンスターとの戦いは遥か彼方。

 

(これだけのことが、こんなに大変なんだもんなぁ)

 

 たかが散歩、されど散歩。

 

 だが、ここからだ。

 ようやく、このファンタジー世界を満喫できる。

 

 

 俺は足音を殺し、意識を研ぎ澄ませながら闇の中を歩む。

 できれば剣の威力を試すのに都合のよさそうな、硬くてデカい獲物がいい。

 そんな俺の願いに応えるように前方の茂みが大きくうねり、月光の下に巨大な影が躍り出た。

 

 ――鋼鉄甲の魔熊(アイアン・ベア)。

 全身を鈍色の硬質な毛に覆われた、巨躯の化け物だ。

 

 

(ちょうどいい。こいつで斬れ味を試してみるか)

 

「……グルゥ」

 

 地響きのような唸り。

 俺は剣の柄に手をかけ、魔熊が踏み込んでくる刹那を待つ。

 

「カイルさまっ! お逃げくださいッ!!」

 

 ──その時だった。

 突如、横合から絶叫と共に影が飛び出してきた。セーラだ。

 

 彼女は俺を庇うように立ち塞がる。

 そして何を思ったのか武器を構えることさえせず、ただその身を盾にして魔熊の突進を受け止めようとした。

 

(おいおい、何してんだ!)

 

 まさか「男子を守って死ぬのが名誉」なんていう軍人としての誇りだとでもいうのだろうか。

 俺は即座に踏み込み、無防備なセーラの腰を片腕で抱き寄せた。

 

「な……!? カイル、さま……っ?」

 

 驚愕に目を見開くセーラ。

 俺は彼女を引き寄せたまま、真正面から迫る巨大な鉤爪を紙一重でかわす。

 巨大な牙が、鋭い爪が、俺の喉元を数ミリの差で通り過ぎていく。

 

 だが、これこそが俺の戦い方だ。

 

 魔力をケチるため、無駄な強化は一切しない。

 衝突するその直前、刃が魔熊の硬質な皮膚に触れる瞬間にだけ極限まで圧縮した魔力を注ぎ込む。

 

 パキ、と。

 乾いた音が一度だけ響いた。

 次の瞬間、魔熊の丸太のような右腕が、自重に耐えかねたように音もなく滑り落ちた。

 

「ガ……、ア……?」

 

 自らの腕が消えたことに、魔獣が気づくよりも速く。

 俺はセーラを抱えたまま旋回し、その勢いを乗せて魔熊の首筋に刃を添える。

 またしても、接触の瞬間だけ点に魔力を集中。

 

 手応えはない。

 ただ月光を反射する鏡のような断面を晒しながら、魔熊の巨体が二つに分かたれた。

 

「……う~ん、まだまだだなぁ」

 

 悲しいことに魔力が足りん。

 百体も斬れば、それだけでガス欠を起こすだろう。

 もっと工夫が必要だな。

 

 

「セーラ、大丈夫か?」

 

 そう声をかけた俺は、ようやくセーラの様子がおかしいことに気がつく。

 セーラは、死を免れた安堵など微塵も感じていないようだった。

 

「……申し訳ありません、カイルさま」

 

 真っ青な顔で、セーラはその場に力なく膝をついた。

 

「この身を盾にすることさえ叶わず、あまつさえ男子さまである貴方に守られてしまった……。私は、女失格です」

 

 俯いたまま、彼女は震える声で言葉を絞り出す。

 

「やっぱり私には、特攻の命令を……。この命を自爆の魔力に変えるぐらいしか、もう価値がないんです。せめてここで盾となって死ぬことができれば、少しは意味のある死に方だったというのに……」

 

 あまりの思考の飛躍に、俺は思わず天を仰いだ。

 

「なんでそうなる? 男の盾になって死ぬことに、いったい何の意味がある?」

「名誉の戦死です。私のような役立たずには、幸せすぎる最期です」

 

 そう本気で言っていそうなセーラの様子に、俺は剣を納め、呆れたように彼女を見下ろした。

 

「だいたい目の前で、女の子が自分を庇って死んでいくのをヨシとする男が、いったいどこに居る?」

「…………」

 

 ……この世界の男が、全部そうだわ。

 やっぱり、この世界、クソやな。

 

 俺は少しだけ遠い目になりつつ、言葉を継いだ。

 

 

「もっと意味のある価値の示し方があるだろう」

「……そ、それは?」

「簡単なことだ。強くなればいい。今の俺の動きについて来られるくらいにな」

 

 俺の言葉に、セーラは呆けた顔をした。

 口から出まかせであるが、目を離した隙に死なれたらあまりに後味が悪すぎるというもの。

 

 

「とにかく俺の指揮下で無駄に命を落とすことは許さん。そんな無駄なことを考える暇があるなら、少しでも強くなって俺を助けるほうが有意義だと思わないか?」

「カイルさまを……、助ける……?」

 

 セーラが、きょとんとした顔で顔を上げた。

 

「……もし私が強くなれば、貴方は嬉しいですか?」

「ああ、俺がもっと楽に戦えるようになるからな。期待してるぞ」

 

 俺がそう告げるとセーラは胸に手を当て、何か尊い誓いでも立てたかのような表情で深く首を垂れた。

 

「かしこまりました。……この命に代えても、必ず」

 

(だから重いって!?)

 

 ひとまず、無駄に命を散らすことをやめてくれるならヨシとしよう。

 願わくは一週間、しっかり隊員を休ませて、立派に任務失敗に導いてくれよ?

 

 

「どうする? もう少しだけモンスター狩りを見ていくか?」

「御冗談を。今すぐ基地に戻ってください」

「も、もうちょっとだけ! まだ試したいことが──」

 

 俺がこの場に残るのは既定路線のように話をしてみたが、あっさりと失敗した。

 スンとした顔で、セーラは基地に戻れと正論を突きつけてくるばかりか、

 

「次にモンスターと交戦したら、すぐに私は敵に向かって飛び込みますよ?」

「いや、なんでやねん。だから命を無駄にする必要は──」

「この命で男の子さま──いいえ、カイルさまの身の安全を確保できるなら安いものですからね」

 

 ︎︎セーラはペロリと舌を出し、悪戯が成功した子供のような顔をした。

 それは先程までが嘘のように、確かなしたたかさすら感じさせ……、

 

「おまえなぁ──」

 

 ︎︎俺は軽く溜息をつき、

 

「まあ、そういうことなら大人しく戻るよ。だから今日のことは秘密で──」

「……はい。カイルさまとの、秘密……」

 

 顔を赤らめるセーラ。

 そんな反応をされると、なんだかこちらが悪いことをしている気分になる。

 

 

 闇に紛れ、俺たちは物音を立てないよう慎重に兵舎へと近づいた。

 横を歩くセーラが何度もチラチラとこちらを見てくるのが気になったが、今はそれよりも明日のサボり計画をどうするかに頭を使い切っていた。

 

 だが、そんな平和なやり取りも、基地の裏口に着いた瞬間に終わりを迎えた。

 

「――おかえりなさい。……ずいぶんと、遅かったじゃない?」

 

 そこには般若のような顔をしたリィンが、腕を組んで待ち構えていた。

 その背後に立ち昇るドス黒い空気に、俺とセーラは同時に蛇に睨まれた蛙のように硬直するのだった。

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