貞操逆転世界で、守られるはずの男が前線に行くのは異常らしい 作:ゆるふわり
翌朝、俺は死んでいた。
物理的にではなく、精神的に。
深夜の説教、一時間。正座、二時間。
リィンは「男子がいかにか弱く、夜歩きなんて命がいくつあっても足りない」と、それはもう涙ながらに訴えてきた。
……耳タコである。正直、魔熊と戦っていたほうが一万倍マシだった。
「いい? もう二度と、あんな危ないことはしないで。分かった?」
「……はい」
魂が抜けたような返事をして、俺はようやく解放された。
だが、俺には秘策がある。
説教なんて一時的なものだ。あと六日、このまま戦果ゼロを貫き通せば、俺は前線という名の自由を手に入れられるのだから。
俺は副官のセーラを呼び出し、念を押すように命じた。
「セーラ、昨日も言ったが、一週間はとにかく休め。外には出るなよ。いいな?」
「……承知いたしました。必ずやカイルさまのお役に立ってみせます」
「ほ、ほどほどにね……?」
昨日までとは打って変わって、セーラの瞳はギラギラしていた。
その十分すぎる気合いにいやな予感を覚えつつ……、
(ま、まあ休むだけで何か起きるはずがないよな?)
俺は深く考えることをやめるのだった。
それから、俺の無能指揮官としての日々が始まった。
二日目。部隊の奴らは驚くほど静かだった。
兵舎からは物音ひとつせず、みんな大人しく寝ているらしい。よしよし。
三日目。たまに様子を見に行くと、セーラを中心に何やら小声で相談していたが、俺の顔を見るとすぐに解散してベッドに潜り込む。
隠れておやつでも食べてるのか? まあ、今のうちにリラックスしておくがよろしい。
四日目。リィンが「いつまで休むつもり?」と、ものすごく心配していた。
とりあえず「まだ万全には程遠い。十分に戦える体制を作るまで、布団から出ることは許さん」と熱く諭しておいた。
五日目。基地内ですれ違う他の部隊から、「あの特攻隊、ついに訓練のし過ぎで頭がおかしくなったらしいぞ?」と失笑を買った。
訓練のし過ぎ? そんなはずはない。毎日、寝てるだけのザ・無能とは俺のことだ。
六日目。今日も今日とて、グッスリだ。
明日の夜は、いよいよ運命の査定日。
前線行きが楽しみだ。
そうして7日目。
──もぬけの殻になった特攻隊の兵舎を見て。
俺は、計画が何一つとして思った通りに進んでいなかったことを思い知らされるのであった。
※
「――一振りに、すべてを乗せなさい」
深夜。カイルが眠る兵舎の地下で、セーラは静かに、だが鋭い声で隊員たちに告げていた。
彼女たちの前には、カイルが真っ二つにしたあの鉄の盾の破片が置かれている。
「カイルさまは、我々に『強くなれ』とおっしゃった。それは、あの方が独りで背負っている孤独な戦いの重荷を、分かち合う権利をくださったということです」
セーラは、カイルが夜の森で見せたあの鬼気迫る戦いを思い出す。
紙一重で攻撃を交わし、絶望の象徴とも言われるアイアン・ベアをバターのように斬り裂いたのだ。
アイアン・ベアの討伐は、凄腕の魔術師が数人がかりで行うのが通例だ。
全方位から魔力波をぶつけ圧殺するのが正攻法──一撃で斬り伏せるなど見たことも聞いたこともない。
セーラの胸には、熱いものが宿っていた。
生まれて初めての心の熱さ──無駄に命を落とすな、と。強くなって貢献しろ、と。
カイルさまは、そう新しい生き方を提示してくださったのだ。
「よい覚悟ね、セーラ。もう二度と、カイルに守られるような無様は許さない」
「はい、この命に誓って」
訓練場には、リィンの姿もあった。
今回の騒動で、誰よりも悔しい思いをしたのはリィンだ。
自分の力不足のせいで、よりにもよってカイルを巻き込んでしまった。
その悔しさは、すべてこの訓練の時間に注ぎ込む──リィンは、文字通り地獄のような訓練に率先して取り組んでいた。
「あの方は、我々に『休め』と命じることで、作戦のこれ以上の進行を遅らせてくださいました。この一週間は、カイルさまが命懸けで作ってくださった最初で最後の修行期間なのです!」
「「「はい……っ!」」」
「あの方の期待に応えるため! 必ずやこの一週間で、誰の目にも見える戦果を上げてみせましょう!」
「「「はい……っ!」」」
少女たちの目に、キラリと熱い涙が光る。
さらには、それ以上の覇気──緻密な魔力制御。
本来であれば、それは一朝一夕で身につくものではない。
けれども特攻隊のカイルへの熱い気持ちと、なにより執念がそれを可能にした。
彼女たちは、この六日間、寝る間を惜しんで魔力操作に没頭していた。
カイルの魔力残滓から正解を導き出し、圧縮した魔力を刃に這わせる。
それはカイルがやっていたものに比べれば、もちろん遥かに拙いものではあったけれど……、
「どうにか形にはなったわね」
「信じられない気持ちです。まさか我々に、こんな力があったなんて」
ただリィンの作る爆弾により、使い捨てにされる運命だった少女兵たち。
んな特攻隊の面々には、たしかな自信と誇りが静かに、だが力強く宿っていた。
その瞳には、もはや数日前までの絶望の色は微塵も残されていない。
「今こそ、カイルさまに恩義を返す時です。夜明けと共に、基地周辺に巣食う大規模な群れを一つ残らず掃除します。カイルさまの手を煩わせるまでもなく、あの方に捧げる戦果を、我々の手で!」
「「「はい……っ!」」」
──そうして、カイルが任務失敗からの前線送りを夢見て爆睡している中。
静かに少女たちは、動き出していたのであった。