貞操逆転世界で、守られるはずの男が前線に行くのは異常らしい   作:ゆるふわり

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第八話 戦果はゼロ。……のはずが、なぜか英雄に祭り上げられた件

 運命の査定日、当日。

 俺はこれまでにないほど爽やかな気分で、司令官室へと続く廊下を歩いていた。

 

(勝った。……いやあ、本当に完璧な一週間だったな)

 

 思い返せば、初日の「指揮権よこせ」というハッタリから始まり、部下たちには「寝てろ」と命令しながら俺自身は夜遊びに励む日々。

 驚くことに戦果はゼロ! 何の成果もあげられませんでした!!!

 そう報告すればバルカス戦術顧問は、狂喜乱舞して俺を前線送りにするだろう。

 

(おっと、顔がにやけてるな。ここは殊勝に、責任を感じているフリをしないと……)

 

 俺はわざとらしく肩を落とし、沈痛な面持ちを装って司令官室の重厚なドアを叩いた。

 

「失礼します。特攻隊、指揮官カイル。一週間の任務終了に伴う報告に参りました」

 

 部屋の中には、豪華な椅子にふんぞり返ったバルカスの姿。

 その傍らには、俺より先に呼び出されていたらしいリィンの姿があった。

 

(リィンには、また心配かけちゃうな……)

(でも許せ。これしか俺が前線に行く方法は無いんだよ)

 

 そう思いつつ、俺はリィンの様子をこっそりと伺う。

 不思議とリィンは落ち着いた様子で、じっと俺の出方を伺っているようだった。

 

「……ほう、来たか。命乞いの準備は済んでいるだろうな?」

 

 司令官は、獲物を前にした爬虫類のような笑みを浮かべる。

 

「さあ、聞かせてもらおうか。貴様の指揮とやらで、あの出来損ないどもにどんな成果を上げさせたのかをな!」

 

 俺は深く頭を下げ、消え入りそうな声を装った熱演で口を開いた。

 

「はい。……残念ながら、報告すべき戦果は、何一つとしてありません」

 

 一瞬、部屋が静まり返る。

 司令官の顔が、待ってましたと言わんばかりの愉悦に歪んだ。

 

「はっ、ははは! ゼロ! 清々しいほどのゼロか!」

「言い訳のしようもございません」

「リィン、聞いたか? 君が守ろうとした男は、君たちをただの居眠り部隊に変え、全軍の笑いものにしたのだ!」

 

 一方、リィンは驚きに目を見開いていた。

 

(……え? なんでリィンがそんなに驚いてるんだ?)

 

 一週間、休んでいただけなのを知ってるだろうに。

 

「学生の分際で、こうしてしゃしゃり出た結果がこれだ!」

 

 バルカスが、バァンと机を叩く。

 そして勝ち誇ったように立ち上がると、

 

「だがこちらも鬼ではない。『どうしても』と貴様が過ちを認めて無様に命乞いをするのなら──」

「いいえ、甘んじてその罰を受け入れます。この命尽きるまで、これからは特攻隊で国のために尽力する所存です!」

「……ッ! カイル。あんた、まさか最初からそのつもりで……!」

 

(はっはっは! リィン、悪いな!)

(今さら気がついても、もう遅いってもんさ!)

 

 バルカスに、強引の俺への罰則を宣告させようとした──その時だった。

 

 

 ――ドォォォォォン!!

 

 地響きのような音が基地を揺らし、窓ガラスがガタガタと悲鳴を上げた。

 司令官が狼狽し、窓際へと駆け寄る。

 

 ──広場を見下ろした瞬間、俺の頭は真っ白になった。

 そこには、鈍く輝く魔核(コア)の山があった。

 拳大以上の魔核が、それこそ数百、数千という単位で積み上げられているのだ。

 その頂点には、鏡面のように滑らかに切断されたアイアン・ベア変異種の巨大な頭部が突き刺さっている。

 

(は、はぁぁああああ!?)

 

 絶句するのは俺だけでなく、

 

「あ、ありえん。あんな化け物、この基地の全戦力をぶつけても倒せるかどうかだぞ!?」

 

 バルカスが、震える声でそう言った。

 広場の中央で返り血を浴びたセーラがこちらを見上げ、深々と、まるで神に捧げる礼拝のように恭しく一礼した。

 

「――報告します! カイルさまのご指導の通り、魔力の運用方法を意識した結果──我々だけで、これだけのゴミを片付けることができました!」

 

 誇らしげなセーラの表情。

 指導って……、なんのことだ?

 

「残念だったわね、カイル。あなたの部隊、誰にも文句の付けようのない完璧な戦果をあげたわよ」

 

 俺が呆然としていると、横から冷たい声が聞こえてきた。

 リィンが、じとーっとした目でこちらを見ている。

 

「い、いや。戦果なんて……、そんな馬鹿な!?」

「何を考えてるのかと思ったら──まさか前線に行くためだけに、こんな騒ぎを起こすとはね」

「ご、誤解だぞ……?」

「どうだか」

 

(アカン、完璧にバレてる!)

 

 静かなリィンの怒りにあてられ、俺は冷や汗をダラダラと流す。

 

(ええい、リィンのことは後! 今、大事なのは無事に戦果ゼロの栄誉を勝ち取ることだ!)

 

 俺は気持ちを切り替え、必死に抵抗を試みる。

 

「あ~。え~っとだな、これはあくまで部下が勝手にやったことだ。俺は知らん……。だから、これは俺の戦果だとは言えないわけで──」

「カイルさまは、謙虚で決して功を誇らない高潔な方なんです。どうか、公平な評価をお願いします!」

 

 俺の言葉を遮り、リィンがそう言い切る。

 

(おいぃぃいいいいい! リィンめ、なんてこと言ってくれやがるんだ……!)

 

 気がつけば罰則(ご褒美)は遥か彼方。

 司令室にいる軍人たちは、感嘆すら混じった目で俺を見ていた。

 

「……素晴らしい。これほどのことを成し遂げておきながら、まだ不服として高みを目指そうとは」

「ふむ、やりおるな。自らの高度な技術を部下に継承させ、自分は一切手を下さずに戦局を覆してみせるか」

「なるほど──見事な手腕だな。それに比べてバルカス顧問の作戦の無謀さと来たら……」

 

 興奮したささやきは、さざ波のように基地中に広がっていく。

 

 広場には、モンスターの返り血を浴びながらも、誇らしげに敬礼するセーラと隊員たちの姿があった。

 やりきったという満足げな顔を見て、一度セーラを焚き付けた俺としては、その努力を否定することもできず……。

 

(お前ら……。寝てろって言ったじゃねーかよ!!)

 

 俺は、そのまま膝から崩れ落ちるのだった。

 

 

 後日。

 

「貴公の功績を称え……。特別独立特務小隊の隊長に任命する!」

 

 めでたく俺は、昇進した。

 特別独立特務小隊──それは旧・特攻隊のメンバーを中心に、俺の直轄部隊として編成された新たな精鋭ユニットである。

 

 総勢・五十人。

 この若さで特定の命令系統に縛られない独立権限を持つ小隊を率いるというのは、王国軍の歴史を紐解いても類を見ない事態であった。

 

(……待てよ? これ、俺の隊だよな!)

(それなら俺が最前線に突っ込むのも、何らおかしいことはないはず!)

 

 そんな淡い期待は、翌朝のミーティングで粉々に打ち砕かれた。

 

「「「カイルさまは、後方の安全な司令室でドッシリ構えていてください。現場の雑事は、我々五十人が命に代えて片付けますので!」」」

「そ、それは──」

 

(アカン、なんかものすごく過保護になってる!)

(セーラ! この部隊に戦力を遊ばせておく余裕なんてない──そう思うよな!!)

 

 俺が、セーラに縋るような視線を送ると、

 

「カイルさまには、モンスター共には指一本触れさせません。どうか私たちにおまかせください」

 

 セーラは、恭しく跪きながらそう宣告した。

 うんうんと満足そうにリィンが頷く。

 

 その二人のあまりにスムーズな意思疎通を見て、俺は絶望する。

 

 

(俺にも、戦わせろ~!!!?)

 

 内心での絶叫。 

 ──前途は、多難であった。

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