深夜2時。東雲家の廊下を、力ない足取りが歩いていた。
絵名は、高校から帰宅した後もずっと、自分の納得のいかないラフを描き直し、SNSの反応を気にして、張り詰めた糸のような精神状態で自室にこもっていた。
「……もう、無理。……描けない……」
ペンを置き、フラフラとした足取りで向かったのは、隣の星名の部屋だった。
1. 姉の甘え:『私も癒やしてよ!』
静かにドアを開けると、星名はベッドの上で小さな読書灯をつけ、明日のためのスケッチを眺めていた。
「……あ、姉さん。…どうしたの?」
星名が顔を上げた瞬間、絵名は無言で星名のベッドにダイブし、妹の腰のあたりに顔を埋めた。
「……ちょっと、姉さん? びっくりするよ」
「……うるさい。……星名、あんた最近、彰人とか奏とか、他の人ばっかり癒やしてるじゃない。……私だって、あんたの姉(あね)なんだから。……私も、癒やしてよっ!」
絵名の声は、少しだけ震えていた。
外では「えななん」として、あるいは「気が強い東雲家の長女」として振る舞っている彼女が、唯一、剥き出しの子供のように甘えられるのが、星名の腕の中だった。
2. 妹の包容:『風景の中の眠り』
星名は困ったように、けれど愛おしそうに笑って、スケッチブックを脇に置いた。
そして、絵名の頭を優しく撫で、そのまま自分の布団の中に引き入れる。
「……よしよし。絵名、今日も頑張ったね。……絵、描くの大変だった?」
「……。……みんな、才能あっていいわよね。星名も、彰人も、お父さんも。……私だけ、ずっと暗いところにいる気がするの」
「そんなことないよ。絵名の絵は、私には出せない『叫び』がある。……私は、それがすごく好きだよ」
星名が絵名を後ろからぎゅっと抱き締めると、星名の体温と共に、彼女特有の「清潔なシーツと少しの絵の具、そして陽だまりの匂い」が絵名を包み込んだ。
それは、どんな高級なアロマよりも、絵名の神経を鎮めていく。
「(……。……あったかい。……星名の腕の中にいると、……世界のノイズが、全部消える……)」
3. 夜明け:解ける孤独
星名は、絵名の背中を一定のリズムでトントンと叩きながら、小さな声で子守唄を歌い始めた。
それは、志歩が「魂の共鳴」を感じ、奏が「命の灯火」を見た、あの透明な歌声。
絵名は、その歌声の中に、自分が描きたかった理想の風景を見たような気がした。
自分を否定するコメントも、数字への執着も、全てがどうでも良くなるような、圧倒的な肯定。
数分もしないうちに、絵名の規則正しい寝息が聞こえ始めた。
翌朝、彰人が「おい、朝飯……」とドアを開けた時。
そこには、絡まり合うようにして、お互いの腕の中で泥のように眠る姉妹の姿があった。
「……。……。……ったく。……いい年して、仲良すぎだろ」
彰人は、文句を言いながらも、二人にそっと毛布をかけ直し、物音を立てないように部屋を後にした。
その日、目覚めた絵名の瞳には、昨日までの曇りはなく、澄み渡った朝焼けのような決意が宿っていた。
東雲姉妹の「癒やし」メモ
• 絵名の変化: 星名に抱きついて眠った翌日は、自撮りの表情が驚くほど柔らかくなるため、フォロワーから「今日のえななん、なんか神々しい……」とコメントが殺到する。
• 星名の想い: 絵名が自分を頼ってくれるのが、実は一番嬉しい。
• 彰人の苦悩: 姉妹が仲良く寝ているのを見ると、「俺も混ぜろ」とは口が裂けても言えず、一人でリビングのソファに顔を埋めて「セナ不足……」と呟いている。