最初は、疲れた時に隣にいてくれるだけでよかった。
けれど、星名の与える無条件の肯定と、静かな体温。それに慣れてしまった彼女たちは、次第に星名のいない時間に、耐え難いほどの空虚を感じるようになっていく。
宵崎 奏の場合:『旋律の空白』
奏にとって、星名はもはや「曲を作るための糧」以上の存在だった。
星名が隣にいない夜、奏の手は動かなくなる。
「……星名さん、行かないで。……。……あなたがいないと、……音が、色のない砂みたいに崩れてしまうんだ……」
帰ろうとする星名の服の裾を、奏は震える指先で強く掴む。その瞳には、かつてないほどの切実な色が宿っていた。
「……あなたの心臓の音が聴こえないと、……私は、自分が何のために生きているのか……分からなくなる。……お願い。……今夜も、ここにいて……」
星名が優しく抱きしめると、奏は安堵で涙を零しながら、星名の腕の中に深く沈み込んでいった。
朝比奈 まふゆの場合:『虚無を埋める唯一』
まふゆにとって、世界は相変わらず色を失ったままだった。
けれど、星名に触れている間だけは、その指先から伝わる熱が「自分が生きている」という事実を辛うじて繋ぎ止めていた。
「……東雲さん。……。……明日も、会えるよね? ……やっぱり、今からずっと一緒にいて。……学校なんて、どうでもいいから」
冷たいはずのまふゆの言葉が、縋るような熱を帯びる。星名の手を自分の頬に押し当て、まふゆは陶酔したように呟く。
「……あなたがいない家は、……息ができないくらい冷たい。……。……私のなかに、もっと入ってきて。……あなたの温かさで、……この空っぽな私を、壊して……」
まふゆの依存は、もはや日常のすべてを浸食し始めていた。
東雲 絵名の場合:『全肯定の毒』
絵名は、星名に褒められることでしか、自分の価値を確認できなくなっていた。
SNSの「いいね」よりも、フォロワーの言葉よりも、星名の「頑張ったね」の一言が、絵名にとっての絶対的な正義になった。
「……ねえ、星名。これ、どう思う? ……。……ダメかな。……あんたが『いい』って言ってくれないと、私、この絵を捨てちゃいそうだよ……」
描きかけのキャンバスを前に、絵名は縋るような目で妹を見つめる。
「……あんただけは、私を嫌いにならないで。……世界中が私を笑っても、星名だけが私の隣で、私の絵を好きだって言ってくれれば……それでいいの。……ねえ、ずっと……ずっと私を『お姉ちゃん』でいさせてくれるでしょ?」
星名に縋り付く絵名の姿は、誇り高い姉ではなく、ただ愛を求める幼子のようだった。
小豆沢 こはねの場合:『止まり木の檻』
こはねは、星名がいないと「勇気」を出せなくなっていた。
マイクを握る時、常に星名の温もりを思い出さなければ、声が震えて出てこなくなる。
「星名ちゃん、……あのね。……。……杏ちゃんたちと練習してても、……気づくと、星名ちゃんのことばかり考えちゃうんだ。……。……星名ちゃんの『大丈夫』がないと、……私、……もう立てないみたい……」
こはねは、星名に抱きしめられながら、その胸に顔を埋めた。
「……こんな私、ダメだよね。……でも、……星名ちゃんが私を甘やかしてくれるから。……。……もっと、私を……離れられないようにして……」
純粋だったはずの憧れは、いつの間にか星名の包容力という名の檻に、自分から閉じ込めてもらうことを望む執着へと変わっていた。
天馬 咲希の場合:『永遠の病室の余熱』
咲希は、かつての孤独な入院生活を思い出すような夜、必ず星名の元へやってくる。
「……ねえ、せーちゃん。……手を離さないで。……。……この手が冷たくなると、……またあの暗い部屋に一人でいるみたいな気持ちになっちゃうの……」
星名の膝の上に頭を乗せ、咲希はすがるようにその手を頬に寄せる。かつての「元気」はどこか危うい光を帯びていた。
「……みんなといるのも、楽しいよ。……でも、……せーちゃんがいないと、私の心臓、……動くのを忘れちゃうみたい。……。……ねえ、明日も、明後日も、……私が死ぬまで、……こうしてて……?」
星名に髪を撫でられるたび、咲希は「一番星」という名の安楽の中に、深く、深く沈んでいった。
青柳 冬弥の場合:『支配という名の安息』
冬弥にとって、星名の隣は「思考を停止してもいい」唯一の場所だった。
厳格な教育と自分への律し。その反動は、星名への全霊の依存となって現れた。
「……星名。……。……君が指示をくれないと、……俺は、次にどの音を選べばいいのかさえ分からなくなるんだ」
冬弥は星名の肩に顔を埋め、陶酔したように呟く。完璧だったはずの青年の理性が、星名の体温に溶かされていく。
「……君の吐息に合わせて歌うときだけ、俺は自由になれる。……。……外の世界は、……うるさすぎる。……。……お願いだ、星名。……俺を君の色彩で塗りつぶして、……外の音を、何も聞こえないようにしてくれ……」
冬弥は、星名の手を自分の首筋に添え、その絶対的な包容力に従属することを自ら望んでいた。
草薙 寧々の場合:『歌姫の静かな窒息』
寧々にとって、星名は「完璧な防音室」だった。
人の視線に怯え、震えていた自分をそのまま受け入れてくれた星名。その優しさは、いつしか寧々の「外の世界」への扉を閉ざしてしまった。
「……星名さん。……。……もう、あんなにたくさんの人の前で歌いたくない。……。……あなたの前で、……あなたのためだけに歌って、……。……そうして、……褒めてもらえるだけでいいの……」
星名の服を掴む寧々の指は、白くなるほど力んでいる。
「……みんな、……私に『頑張れ』って言う。……。……でも、……あなたは何も言わずに、……ただ抱きしめてくれる。……。……私、……もう、あなたの隣から……一歩も動きたくない……」
星名の胸の中で、寧々は世界から自分を切り離し、静かな依存の殻に閉じこもった。
暁山 瑞希の場合:『境界線の崩壊』
瑞希にとって、星名は「本当の自分」を隠さなくていい場所ではなく、「自分そのものを消してもいい」場所になった。
隠し事の疲れも、未来への不安も、星名に抱きしめられる瞬間だけは霧散する。
「……ねえ、星名。……ボクのこと、……『瑞希』っていう概念すら、……忘れさせてよ」
瑞希は笑いながら、けれどその瞳には切実な飢餓感が浮かんでいた。星名の首に腕を回し、その体温を貪るように求める。
「……あんたに甘やかされてると、……ボクが何者かなんて、……どうでもよくなる。……。……最高に心地いいよ。……。……ねえ、……ボクがボクじゃなくなっても、……星名は……この『ガラクタ』を……ずっと可愛がってくれるよね……?」
瑞希の自意識は、星名の圧倒的な肯定という甘い沼の中で、形を失い始めていた。