【書籍化】自分をSSS級だと思い込んでいるC級魔術学生   作:nkmr@C級魔術学生③

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1. 実技試験

 

 ギルバート王国立クロフォード魔術学園の演習ルームにて、教員であるリナ・レスティアは一人の男子生徒の所作を凝然と見つめていた。 

 

 生徒の名は一之瀬(いちのせ)シオン。レスティアの担当する二年Cクラスの生徒だ。

 

 彼はゆっくりとした動作で右手を上げると、十八・四メートル先にある(まと)に向けて真っすぐに(てのひら)を向けた。

 

 すると、前方へ向けた掌から白い(もや)のような光が漂い始めた。漂うように集まった光は徐々に輪郭がハッキリとしていき、最終的に直径三十センチメートル弱の大きさの魔法陣を形成した。

 

火球(ファイアボール)

 

 そのように彼が呪文を唱えると、赤橙色に煌めく魔法陣から三十センチメートル程のサイズの火の玉が的に向かって放たれた。

 

 真っすぐゆるやか飛んでいく火の玉はそのまま(まと)に直撃し、ボウッと音を立てて周囲に分散した(あと)、静かに消滅した。

 

 一連の現象を確認したレスティアは手元にある用紙の「炎属性魔術」の項目に「C」と記入した。

 

 魔術の評価は上からS、A、B、C、Dとなっており、シオンの炎属性魔術に与えられたCという評価は「初歩的な魔術が扱える」というレベルに値する。

 

 彼は続けて水属性、土属性、風属性、雷属性の魔術を繰り出す。

 レスティアはそれらの魔術を確認後、C、C、C、Bと記入していく。

 

 全ての魔術の試験を終えたシオンに下された総合評価はC。

 

 レスティアが彼にその結果を伝えると、彼は何食わぬ顔で「分かりました。有難う御座います」と言って頭を下げると、(きびす)を返してそのまま演習ルームの出口へと向かった。

 

「……」

 

 嬉しいとも悔しいとも感じられない、まるで自分の試験結果に興味がないかのような様子で演習ルームを後にする彼を、レスティアは物言いたげな視線を向けながら見送った。

 

 ──「一之瀬シオンには何かある」、レスティアはそう確信していた。

 

 まだ十七歳になったばかりの少年とは思えない落ち着いた物静かな雰囲気。黒髪黒目で一見(いっけん)地味なようでありながら、よくよく見ると整っている端正な顔立ち。そして、時折こちらの内面を全て見透かすような視線と、どこか底の見えない内面。

 

 レスティアはこの二年間交流を重ねていく中で、一之瀬シオンという生徒から漂う空気は明らかに他の生徒のそれとは異なって感じ取られた。

 

 どんなときも冷静で何事にも動じず、明らかに年不相応に落ち着いた彼の態度とクールな顔立ちは彼のミステリアスな雰囲気を助長していた。

 

 そして何より、レスティアがシオンには何かあると疑う最大の要因は彼の実技試験の内容である。

 

 今回の試験で彼の扱った魔術や試験結果自体にはなんら不自然な点は無い。

 

 しかし、これまで多くの魔術や魔術師を見て来たレスティアにはほとんど確信に近い疑念があった。

 

 ──彼は魔術の実技試験で手を抜いているのではないか、と。

 

 彼が魔術を繰り出す際の表情や力み加減は、明らかに全力を出している人間のそれではない。

 

 きっと、魔術に馴染のない一般の人間にさえ「手を抜いているのでは?」と思わせるだろう。

 

 しかし、もし仮に本当に彼が魔術の試験で手を抜いているのだとすれば、それは極めて不自然なことである。

 

 何故ならば、魔術の実力至上主義の魔術学園において在学生徒がわざと低い評価を得ようとするなど本来は絶対にあり得ない行動だからである。

 

 同一学年で上からA、B、C、D、と四クラスある内、試験での評価が上がれば所属するクラスも変わって校舎や寮の設備も良くなり、最終的な成績次第で卒業後の進路にも大きく影響する。

 

 何より、プライドの高い者の多い魔術学園においてランクの低い魔術学生に対する蔑みや(あざけ)りも激しい。

 

 そういった事情もあり、上のクラスを目指そうとする者こそ多かれど、わざと低いクラスに在籍しようとするなど本来は絶対にあり得ない。

 

 学園内の全ての生徒がより上のクラスに昇格するため、あるいは今いるクラスから降格しないため、各々が自身の持てる限りの力をもって実技試験に(のぞ)むのだ。

 

 試験でわざと低い評価を受けることに一切のメリットは無く、わざと試験で手を抜くなど不自然極まりないことなのだ。

 

 だとういうのに一体何故、シオンは実技試験でわざと手を抜いているのだろうか。

 

 もしかすると……。

 

「(ただの私の勘違い、でしょうか……)」

 

 シオンが退出した演習ルームの出口を(しばら)く見つめた後、レスティアは緊張した様子で次に試験を控えている生徒の試験の準備を始めた。

 

 

 ◆

 

 

「雷属性はBか……。やはり力加減が少し難しいな」

 

 演習ルームを退出したシオンは、廊下で一人ぽつりと呟いた。

 

 それはまるで「本来もっとセーブするはずの力をコントロールしきれず、不本意にBランク相当の魔術を繰り出してしまった」かのような物言いだった。

 

 レスティアが彼の今の呟きをが聞けば、「やはり彼は本当の実力を隠して試験を受けていたんだな!」と思うに違いない。

 

 ……しかし、それは全くの勘違いである。

 

 彼はただ、、そう見えるように振舞っているだけ(・・・・・・・・・・・・・・・・)に過ぎないからだ。

 

 そう見えるように、とはどういう事か。

 

 要するに彼は、あたかも「真の実力を隠しているかのように振舞っているだけ」でしかない。

 

 彼の今の呟きは、「他の属性の魔術と比べて僅かに雷属性の魔術の評価が高かった」という試験結果を受け、まさに「本来の力を隠すために試験で力を抜くことが難しく、一つだけB以上の評価を出してしまった」かのように演じただけである。

 

 この一連の意味不明な行動について彼に何か特別な意図や理由がある、という事は決してない。

 

 結論から言ってしまえば、彼の行動は全てただの趣味だ。

 

 彼にとって「本当はSSS級の実力者であるが、その事実を周りには隠している」という妄想と演技をしながら学園生活を送ることは最高の快感であり、ただその快感を得るために一連の言動を取っているのだ。

 

 演習ルームから退室し、わざわざ誰も見ていない場所で先ほどの独り言を漏らしたのも演技を徹底し妄想の中で悦に浸りたかっただけである。

 

 端的に言い表すならば、彼は重度の妄想癖を持つ奇妙な変人でしかない。

 

 しかしそれでも、思惑通りに担任教師のレスティアを勘違いさせることに成功しているのは偶然ではなく、彼の努力の賜物と言えるだろう。

 

 先ほどの実技試験においても、彼は演技に全力だった。

 

 彼は本当にC級学生程度の魔術しか扱えないが、あたかも本当の実力を隠し試験で手を抜いているように見せるために、本当は必死で力みながらも、それを悟られないよう表情を一切変えずに精一杯の魔術を繰り出していたのだ。

 

 もし仮に彼が先ほどの試験で本当に手を抜いていたならば、彼は現在のCクラスからDクラスに降格してしまうような悲惨な試験結果を軽々と叩き出したであろう。

 

 そのように実際に手を抜いて「俺は手を抜いているだけで、本気を出せばもっと凄いんですよ」というように振舞ってしまえば、正真正銘の小者に成り下がってしまう。

 

 実際に手を抜いて虚勢を張ることと、本気を出したうえで手を抜いているように振舞うことは彼にとっては大きく違うことだった。

 

 そんな彼は実力の上限いっぱいの成績を出しつつ、「本当はもっと実力があるのでは」と担任教師のレスティアを勘違いさせる事に成功したのだった。

 

「ふぅ……ふぅ……! ふうぅぅ……っ」

 

 ……そして現在、彼が本当に精一杯の魔術を繰り出していた証拠に、彼は試験を終えて演習ルームから退出した後に一気に全身から汗を噴出し、現在は顔を歪ませながら肩で息をしている。

 

 ひどく無様な体たらくでありながらも、多くの魔術や魔術師を見てきたレスティアの目を欺いた点に関しては見事なものだった。

 

 あたかも「自分にはSSS級の実力があるにも(かかわ)らず、それを隠してC級学生のフリをしている」かのように振舞う事で悦に浸る珍妙な魔術学生。

 

 それが、一之瀬シオンという男である──。

 

 

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