【書籍化】自分をSSS級だと思い込んでいるC級魔術学生   作:nkmr@C級魔術学生③

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10. 暗黒の破壊神

 

 

 模擬試合を行った同日の放課後、シオンは担任教師であるレスティアの授業の準備を手伝っていた。

 

 その際に「授業の実験で使用する器具を取りに行って欲しい」と頼まれたシオンは現在、器具の収納されている用具倉庫の前まで来ていた。

 

 用意する器具や個数を頭の中で反芻しながらシオンが用具倉庫の中に入ると、ふと倉庫内に人影が有ることに気が付いた。

 

 シオンがその人影の方に目を向けると、そこには一人の女子生徒の姿があった。

 

 より正確な状況を表現すると、着替えている最中(・・・・・・・・)だと思われる下着の覗く女子生徒の姿がそこにはあった。

 

 スカートを履きかけのまま、やや前屈みの姿勢で静止している女子生徒。

 

 同じく、その女子生徒と見つめ合ったまま無言で立ち尽くしているシオン。

 

 ……互いにフリーズしたまま時間が流れる。

 

 しかし直後、その静寂は唐突に終わりを迎えた。

 

「ぐああああああああああああ‼」

 

 先に静寂を切り裂いたのは、シオンであった。

 

 シオンは絶叫しながら制服の左胸の辺りを右手で強く握り締め、その場に蹲った。

 

「クッ‼ 静まれ、静まれ……‼ こんなものに支配されてたまるか‼ 俺は……この世界を、壊したくなんか……ないんだッ‼」

 

 突如として、何かを強く堪えるように悲痛な叫び声を上げるシオン。しかし次第に彼の声は弱弱しくなっていった。

 

「俺は……絶対に闇の力に飲まれたりなんか……ッ‼ くっ……静ま……」

 

 プツリ、とシオンの言葉が途切れると、再び倉庫内に静寂が訪れた。

 

 そして、その直後。

 

「……クックック。……カッカッカ……」

 

 と、小さく不気味な嗤い声が倉庫内に響いた。

 

 他の誰でもない、蹲った姿勢のままのシオンの嗤い声だった。

 

「ハーッハッハッハッハッハッハ‼」

 

 地面に顔を伏せていたシオンは唐突に顔を上げ、高らかな嗤い声を響かせた。

 

 そして、その両の瞳は不気味な紫色に染まっていた。

 

「ついにこの時が来たッ‼ これでこの肉体は私のものだッ‼ フハハハハハハハ‼」

 

 昂奮が収まらないといった様子で、狂気的に嗤うシオン。

 

「……ククッ……フーハッハッハッハッハ‼」

 

 まるで堪えきれないといった様にひとしきり嗤い続けると、やがて、「ハァー」と満足気に息をついた。

 

「この闇黒の破壊神、ヴァサゴ・デウス・グレゴールを一人の人間の中に抑え込もうなどとは、人類も随分と愚かな事をしたものだ……」

 

 ゆらり、とおもむろに立ち上がりながら呟く。

 

「しかし、この忌々しい肉体には思いの外抵抗されたものだ……。復活まで存外時間が掛かってしまったな……」

 

 どこか憎らしげな顔をしながら呟いたシオンであったが、すぐに「まぁ、良いだろう」と表情を切り替えた。

 

「…………」

 

 一連の彼の挙動に対して、同じ空間にいる女子生徒は目立ったリアクションを見せずにいる。

 

 ……先程から、シオンは一体何を言っているのか。

 

 発言から読み取るに、本当に何者かに肉体を乗っ取られてしまったのか。

 

 勿論それは違う。現在の一之瀬シオンの精神は彼自身のままである。

 

 ならば、彼はいよいよ本当に気が狂ってしまったのだろうか。

 

 否、それもまた違う。

 

 何者かに肉体を乗っ取られた訳でも、気が狂った訳でもない。

 

 全てはこの危機的状況を潜り抜けるための演技だった。

 

 故意でないとは言え、「女子生徒の着替えを覗く」という事態を招いてしまったシオン。

 

 その瞬間、何故かは分からないがシオンの中で尋常でない危険信号が発せられた。

 

 この状況を切り抜ける為、咄嗟に彼が選択した行動がこの一連の演技だった。

 

 突発的に叫び声を上げ、苦しそうに蹲り、急に笑い声を上げ、瞳の色を変え、そして意味不明な言動をとる。

 

 それによりこの用具倉庫内に驚異的な混沌を生み出し、女子生徒の情報の処理が追いつけないようにする。

 

 この場から速やかに脱出するにせよ、必死に弁明するにせよ、彼に覗き魔の疑いがかけられる可能性は非常に高い。

 

 だからこそ、この空間の全ての状況を滅茶苦茶にして、着替えを覗いた事実さえも無かったことにして立ち去るという手段をシオンは選んだ。

 

 その作戦を決行するにあたり、「自分という人柱に封印されていた、〝かつて世界を恐怖の底に陥れた闇黒の破壊神〟に抵抗虚しく肉体を乗っ取られてしまった」という設定で妄想上の人格を憑依させた。

 

 そして自身の妄想の設定に忠実に従い、息を飲むほどの怪演技を魅せた一之瀬シオン。

 

 後は、この嵐のような混沌が去らぬ内に用具倉庫から撤退するだけであった。

 

「……何はともあれ、久方ぶりの人間界だ」

 

 完全に闇黒の破壊神になりきり、自然な様子で台詞を続けるシオン。

 

「取り敢えずは破壊だ、殺戮だ。ああ、堪らぬ‼ この高揚感‼ まずは何を破壊してくれようか‼ 誰を殺してくれようか‼」

 

 そう言うと、用具倉庫の扉の方へ振り向くシオン。

 

「そうだな……。手始めに、この私を封印した王族の末裔から殺してやるとしよう。王を殺し、王宮を我が根城にするとしよう。クックック」

 

 笑みを浮かべ、不気味に嗤うシオン。

 

 破壊を想像して悦に浸る闇黒の破壊神を演じているのか、演技をする事自体が楽しくて仕方がないのか、もはや判別が付かない様子だった。

 

「愚かな人類よ、せいぜい残り少ない猶予を楽しむと良い……。この闇黒の破壊神、ヴァサゴ・デウス・グレゴールに蹂躙され、根絶やしにされるその時までな……」

 

「フーッハッハッハッハッハッハ‼」

 

 と嗤い声を上げながら、自然な台詞の流れで倉庫の扉へ向かい歩き出した。

 

 そのまま倉庫から退出することが出来れば、シオンの作戦は完遂する。

 

 ──が、しかし。

 

「フハハハハハハ──ヴェッ‼」

 

 突如、シオンはその場で転倒した。彼は氷結した足元の床で滑ったのだった。

 

 倉庫内の床が元々氷結したいたわけではない。

 

 その氷結は人為的に、たった今魔術によって起こされたものだった。

 

 その魔術を行使した人物は、氷結した床に這い蹲るシオンに対して、背後から声を掛けた。

 

「この私の着替えを覗いておいて、そのまま逃げられるとでも思ってるの?」

 

 ……残念ながら、シオンの考えた作戦は完全に失敗に終わった。

 

 迫真の演技ではあったが、それ以前にこの状況で突然闇黒の破壊神が目覚めたなどという意味不明な言動を真に受けるのは流石に無理があったと言える。

 

 しかしシオンはまだ粘った。「滑って転んだ訳ではなく身体のコントロールに慣れていないせいで転んでしまっただけだ」と言いたげな台詞を口にし、シオンは氷結した床を避けて立ち上がった。

 

「ともあれ、まずは力試しだ。さっさと王宮へ赴き今の私の力がどれ程なのか、王宮騎士で試すとしよう……。クックック」

 

 あくまで闇黒の破壊神のフリを貫き、そのまま用具倉庫の内扉の側まで歩み寄るシオン。もはや彼には強行突破以外の選択肢がなかった。

 

 そして、そのままドアノブに手を掛けようとした、その瞬間。

 

 ────ザグッ!という音を倉庫内に響いた。

 

 三十センチメートル程の氷柱がシオンの後方から勢いよく放たれ、ドアノブの側に突き刺さった音だった。

 

 もしシオンがドアノブに手を掛けていたならば、その手の甲は鋭利な氷柱により貫かれていたであろう。

 

「……」

 

「ちょっと、なに無視してくれてるの?」

 

 未だ真っ白な冷気を放っている氷柱よりも冷ややかな声が、シオンの背後の女子生徒から掛けられた。

 

 闇黒の破壊神は「あくまで倉庫内の女子生徒の存在を気にも留めないまま去っていく」という演技プランで強引に倉庫から撤退しようとしたシオンであったが、流石にもう限界であった。

 

「……何だ、人がいたのか。あまりに魔力量が矮小過ぎた故、気が付かなかったな」

 

 シオンはゆっくりと振り返り紫色の両眼を不気味に滲ませながら呟いた。

 

 それに対して、既にスカートを履いた姿の赤髪の女子生徒はトントンと自分の頭を人差し指で叩いた。

 

「……あんた、頭大丈夫?」

 

 そんな至極真っ当な言葉を掛ける女子生徒に対して、シオンはそんな女子生徒の声は聞こえていないと言わんばかりに言葉を続ける。

 

「この闇黒の破壊神、ヴァサゴ・デウス・グレゴールの道を阻むか、小娘。なんと愚かな。が、しかし、今私は貴様のような虫けら一匹をわざわざ殺すような気分ではないのだ。運が良かったな、今回は特別に見逃してや──」

 

 ──ザンッ、という音がシオンの言葉を遮った。

 

 前方から勢いよく放たれた風の刃がシオンの首筋を掠め、シオンの背後の扉にまるで斧を叩き付けたかの様な跡を刻み込んだ。

 

「次に口を開いた時にその意味不明な演技をやめてなかったら今度は首を刎ね飛ばすわ」

 

「………はぁ。やれやれ。まさかこの完璧な演技がバレるなんてな。恐れ入ったよ、降参だ」

 

「あんた気でも狂ってるわけ?」

 

 シオンはあっさりと女子生徒の言う通りにその演技をやめ、眼の色も元に戻した。

 

 彼の首筋に流れる生温い血が、女子生徒の言うことが決して脅しではないと訴えていたからだ。

 

 しかし、軽く両手を挙げてわざとらしく降参のポーズを取りながら余裕有り気に降伏を宣言するあたり、相変わらずの命知らず加減であった。

 

「とにかく、頭のおかしいフリで誤魔化そうとしたって、そうはいかないわよ」

 

 仕切り直すように一呼吸置くと、女子生徒はキッとシオンを睨みつけた。

 

「この学園序列五位のエリザ・ローレッド様の着替えを覗き見ておいて、まさかただで済むなんて思ってないわよね?」

 

「ただで済んで欲しいとは思ってたけどな。君にそのつもりがないなら俺もただで済ますつもりはないよ」

 

「……むかつくわね、その空かした態度」

 

 ──クロフォード魔術学園の制服は在籍するクラスによって制服に施されているラインの色が異なる。

 

 Aクラスは赤いライン、Bクラスは青いライン、Cクラスは灰色のライン、Dクラスはライン無し。

 

 そして現在、シオンの目の前にいる女子生徒の制服に施されているラインの色は赤。

 

 それはその女子生徒がクロフォード魔術学園内でトップクラスのA級魔術学生であるということを示していた。

 

「(この人が学園序列五位……)」

 

「学園序列」とは、クロフォード魔術学園で学年を問わず抜群に優れた能力を持つ上位十名の生徒にそれぞれ与えられた順位を表す称号であり、彼女が名乗った〝学園序列五位〟とは、約六百四十人の全生徒の中で五番目の実力者である事を表している。

 

「とりあえずさ、一つだけいいかな」

 

「何?」

 

 淡々と会話を進めるシオンに対して、エリザと名乗った少女は苛立たし気に聞き返した。

 

「弁解するつもりなんて無いし、勿論詫びはするけど、君は何で用具倉庫内で着替えなんかしてたんだ?」

 

 本来なら先程の狂気的な演技によって女子生徒が「辱めを受けた」とさえ感じないまま終わるのが理想ではあった。

 

 しかし、自分が着替えを覗いてしまった事に対して実際に女子生徒が憤っているならば、シオンはその罪を然るべき形で清算しなければならないと腹を括ってた。

 

 ただ、それはそれとして何故女子生徒がこんな所で着替えていたのかだけは気になったようだった。

 

「はぁ……。実験室で薬品を生成してたら材料を制服に零しちゃって汚れたから、近くにあった用具倉庫で着替えたのよ。どうせすぐに着替え終わるし誰も来ないと思ってね。悪い?」

 

 エリザは「こんな所で着替えてた私が悪いとでも言いたいの?」という意味をたっぷり込めて威圧的に答えた。

 

「いや、それなら仕方がないな」

 

 とシオンは納得した様子で言った。

 

「じゃあ、俺は君にどう詫びたら良い?」

 

「ふんっ、そんなの決まってるじゃない。あんたに私以上の屈辱を味わって貰うのよ」

 

「そうか、分かった」

 

「……え、分かったって、何を? え?」

 

 シオンは何かを理解して受け入れたかのように言うと、──突然ズボンのベルトを外し始めた(・・・・・・・・・・・・・)

 

「えっ、ちょっと、何をしようとしてんの? ねぇ、ちょっと⁉」

 

「何って、俺が君の下着を見てしまったから、君は俺の下着を見て俺を辱めたいんだろ?」

 

「ちっ、違うわ‼ あんた、馬鹿じゃないの⁉ ちょっ、何考えてんの‼ やめなさいっ‼」

 

 ベルトを外し、躊躇なくズボンのファスナーに指を掛けたシオンの腕を、エリザは顔を赤くしながら掴み、止めようとする。

 

「離してくれないか、これじゃズボンが脱げない」

 

「脱ぐな‼ 馬鹿か‼ やめろ‼」

 

 ズボンを脱ごうとするシオンと、それを必死に食い止めるエリザ。

 

「んぎぎ……」

 

 エリザの必死の抵抗虚しく、シオンはファスナーを降ろし終え、いよいよズボンを下げようとする。

 

 が、しかし、

 

「やめろって……言ってんでしょ‼」

 

「ヴァッ」

 

 直後、自身の下半身を見下ろす形でやや前屈みになっていたシオンの額に対し、エリザは跳躍して頭突きをブチかました。

 

「……ッ」

 

 シオンは仰け反ると、そのまま片膝を地面に着き、右手で額を押さえた。

 

「~~~~ッ‼」

 

 エリザもその場で蹲り、両手で自身の頭頂部を押さえた。

 

「……何をするんだ」

 

 シオンは額を押さえながら、まるで腑に落ちないと言った様子でエリザに問いた。

 

「こっちの台詞よ‼ あんた馬鹿じゃないの⁉ 一体何を考えてんのよっ‼」

 

「何をって……、君は俺のパンツが見たかったんじゃないのか?」

 

 顔を真っ赤にしながら怒号を飛ばすエリザに対して、シオンは何故自分が怒られているのかまるで分からないと言った様子でエリザに疑問を投げかけた。

 

「んなわけないでしょうが‼ アンタほんとっ、馬鹿かっ‼」

 

 更なる怒声を受けたシオンは目を丸くし、驚愕といった様子でエリザに謝罪する。

 

「何てことだ……。すまない、俺はてっきり君が俺のパンツを見たがってるとばかり……」

 

「どういう思考回路してんのよあんた‼ というか、その『私がパンツを見たがってる』って言い方やめなさいよ! 完全に変態扱いじゃない‼」

 

「大丈夫だ、君が変態だなんて思っていない」

 

「当たり前よ‼ ぶち殺すわよ‼ というか、さっさとズボン履きなさい‼」

 

 真っ赤な顔をしたエリザに指摘され、ファスナーが完全に開放され僅かにずり下がっていたズボンを履き直すシオン。

 

「参ったな、これじゃ見せ損じゃないか」

 

「勝手に参ってろ‼」

 

「まぁ、それは別に良いんだが」

 

 と言うと、未だ怒りの冷めやまぬエリザに対し、シオンは尋ねる。

 

「それじゃあ、俺は一体どうしたら詫びになる?」

 

 エリザは座り込んだ姿勢のまま「フーッ、フーッ!」と息を荒げながら、少しずつ冷静さを取り戻して立ち上がった。

 

「土下座して靴の裏でも舐めさせて私以上に尊厳をぐちゃぐちゃにしてやろうと思ったけど、気が変わったわ。あなた、それくらいあっさりやりそうだし、屈辱感も沸かないでしょ」

 

「くっくっく、果たしてどうかな」

 

「黙れ、喋んな。こんだけ舐めた態度取られた、もうただの土下座なんかじゃ私の気は済まないのよ! ぼっこぼこにして、これでもかって程痛めつけて、そして絶対的な力関係を分からせて私の靴の裏を泣きながら舐めさせてやるわ」

 

「(参ったな、もう泣きそうだ)」

 

 エリザはやや上に顔を傾けながら鋭い視線をシオンに向け、同時に狙い定めるように人差し指を向けて宣言した。

 

 

「クロフォード魔術学園序列五位、エリザ・ローレッド。──貴方に決闘を申し込むわ」

 

 

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