【書籍化】自分をSSS級だと思い込んでいるC級魔術学生   作:nkmr@C級魔術学生③

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5. 担任教師

 

 

 一日の全ての授業が終了すると、シオンは本校舎の外れにある教員用の書類庫へ向かった。

 

 

 

 彼はこの日、担任教師であるリナ・レスティアから「いくつか書類を運んで貰いたいから、放課後書類庫に来て欲しい」と頼まれていた。彼女が翌日に行う授業の準備の手伝いだ。

 

 

 

 シオンは普段からレスティアの授業の準備を手伝っているが、彼はクラスの委員長のような役職でもなければ、正式にレスティアのサポート係りを請け負っているわけでもない。

 

 

 

 しかし彼は自ら率先してレスティアに授業の手伝いを申し出ており、今ではレスティアも積極的にシオンに授業の手伝いをお願いしている。

 

 

 

 ……二年前、シオンが魔術学園の入学試験を受ける前日に街で困っていた老人を偶然居合わせたレスティアとシオンが二人で助けたことがあり、元々彼のことを気にかけていたというのはある。しかし、それ以上にレスティアがシオンに惹かれているのには訳があった。

 

 

 

 ──レスティアの教える授業は植物に関連する魔術の授業であり、クロフォード魔術学園において実技試験や学術試験の行われない科目である。

 

 

 

 つまるところ、植物魔術に関しては習得度合いや理解度が学園の成績に反映されることは一切ない。

 

 

 

 また、植物魔術は他の分野と比較して世間的な人気もイマイチで、植物に関連する魔術を扱う職業も少ない。そのため、彼女の授業を真面目に受ける生徒はほとんどいない。

 

 

 

 どの生徒も皆、学園の成績を伸ばすためにレスティアの授業中は他の授業の予習復習を行ったり、他の授業に集中できるように休憩時間変わりにしているというのが現状だ。

 

 

 

 そんな中で、一之瀬シオンは彼女の授業を真剣に受けている。

 

 

 

 彼の魔術に関する知識はそれなりに豊富で、大概の授業は今更真剣に聞く必要が無い。

 

 

 

 しかし、それは彼が今まで興味を持って勉強したことのある魔術の授業に限定される。

 

 

 

 彼はあくまで戦闘に有用だと判断した魔術や、基本属性の魔術、見た目のカッコ良い魔術にしか関心が無く、その他の魔術を自主的に学ぶことはなかった。

 

 

 

 そして、植物に関連する魔術も学園に入学する少し前までは彼の関心の対象外であった。

 

 

 

 理由は単純、あまりカッコ良くないからである。

 

 

 

 しかし、彼は根本的には新しい魔術を学ぶこと自体を好む性格であり、入学してから初めてレスティアによる植物に関連する魔術の授業を受けると、彼は真剣にそれを学ぶようになった。

 

 

 

 レスティアはいつだって誠実に、そしてとても楽しそうに授業を行う。

 

 

 

 授業終りに授業内容について質問されると、自分の授業に興味を持ってくれた事に対してとても嬉しそうにする。

 

 

 

 ほとんどの生徒が授業を聞いていなくとも、彼女は手を抜かず、分かりやすく、生徒が興味を持ちやすいように、そして面白い内容になるよう心掛けて授業を行う。

 

 

 

 教本の内容を読み上げて板書するだけではなく、積極的に実際の植物を使用した実験を授業内に取り入れている。それも、実験の際には生徒全員分の実験材料を事前に用意して。

 

 

 

 それは一人の労力で楽に用意出来るようなものではなく、ときに寝不足になり目の下にクマを作りながら、ほとんどの生徒が真剣に取り組まない中でも彼女はずっと一生懸命に授業を行ってきた。

 

 

 

 一人でも多くの生徒が、自分の教える植物魔術を楽しく学べるように。

 

 

 

 シオンは「何かに対して一生懸命で、例え周りから評価されずとも自分のやっていることに誇りを持っている人間」が好きだった。

 

 

 

 例え世間からあまり評価されずとも、彼女の教える「多様な植物を成長・増殖させる魔術」や、「医療用の薬の原料となる植物の練成術」などは、間違いなく人々の役に立つ魔術だ。

 

 

 

 だからこそ、彼はレスティアの授業を真剣に受ける。レスティアの授業は真剣に受けるべきであると、間違いなくその価値があると彼は考えている。

 

 

 

 あくまで澄ました表情は崩さないが、集中して授業を聞き、ノートをとり、授業が終われば分からないところを尋ねにレスティアの元を訪れる。

 

 

 

 授業についての話をするためにレスティアの元を訪れる生徒はシオンを除けば誰もいないので、彼は必然的にクラスの中で最もレスティアと交流の深い生徒となっていた。

 

 

 

 ……ある時、彼はレスティアに率直に伝えた。

 

 

 

 「他のどの授業よりも、俺は先生の授業が好きです。良かったら、授業の準備を俺に手伝わせて下さい」──と。

 

 どれほど真剣に授業を行っても生徒達にはろくに聞いて貰えず、誰からも評価をされず、何度も挫けそうになりながらも、それでも生徒達の為に一生懸命に授業を続けて来たレスティア。

 

 

 

 そんな彼女にとって、シオンのその一言は一体どれ程の救いになっただろうか。その日、レスティアは家に帰ると思わず嗚咽を漏らしながら泣き出してしまう程だった。

 

 

 

 そういった経緯もあり、Cクラスの中で最もレスティアとの交流が多く、お互いに気心の知れているシオンは度々レスティアから授業の準備の手伝いを依頼されている。そして、シオンは常に彼女からの依頼を快く引き受けるのだった。

 

 

 

「失礼します」

 

 

 

 シオンが教員用の書類庫の扉をノックして中に入ると、中では彼の担任教師であるレスティアが脚立に登り、何冊かの本を本棚から手に取っていた。

 

 

 

「あっ、一之瀬君!」

 

 

 

 シオンが来たことに気付いたレスティアは振り返って、彼に向けて声を掛けた。

 

 

 

「いつもありがとうございます……っ。忙しいときは遠慮しないで断って下さいね……?」

 

 

 

「俺が好きでやってるんで、先生こそ遠慮しないで下さいね」

 

 

 

「……っ⁉」

 

 

 

 シオンがそう言うと、一瞬ギョッと目を見開いたあと急にレスティアの目の焦点が合わなくなった。

 

 

 

「……白いドレス、海の見える教会でお花に囲まれて……、ささやかだけど笑顔の溢れる家庭……」

 

 

 

「……なんですか?」

 

 

 

「はっ! すみません、なんでもないです……っ。つい……」

 

 

 

「(つい……?)」

 

 

 

 彼はいつも、レスティアにとって本当に嬉しいことを言う。

 

 

 

 表情をあまり変えず抑揚の無い口調ではあるが、その言葉が彼の偽らざる本心であることが何故か彼女には良く伝わってきた。

 

 

 

「(す、好きって、好きって言いましたよね⁉ いま、私のこと好きって言いましたよね⁉)」

 

 

 

 プシューっと蒸気が出そうなほどに顔が赤くなっているレスティアだったが、彼女はそれを悟られないように本棚に向き直った。

 

 

 

「というか先生、足元危ないですよ。俺が代わります」

 

 

 

 レスティアは自身の手が届くか届かないかというような高さの位置にある本に手を伸ばしているが、その足元はふらつき、脚立もグラついている。

 

 

 

「大丈夫、大丈夫。あとこれだけですからっ。……もう少し、……んっ」

 

 

 

 見かねたシオンがグラついた脚立を支えようと近づいた時、レスティアは何とか目的の本を手に取ったが、その瞬間レスティアの身体は大きくバランスを崩した。

 

 

 

「きゃっ⁉」

 

 

 

「ッ⁉」

 

 

 

 脚立から転落したレスティアの身体をシオンは咄嗟に両手で抱えたが、彼もまた体勢を崩して地面に倒れこみ、レスティアの抱えていた本は地面に散らばった。

 

 

 

 レスティアはシオンに覆い被さるような形になり、両者の体はそのほとんどが密着状態にある。

 

 

 

 レスティアごと地面に勢いよく衝突したシオンは表情を歪めそうになるが、クールな人物像を崩さないために必死に我慢し、「まるでなんともありませんよ」とでも言いたげな顔を作っていた。

 

 

 

 そんなシオンの眼前には、今にも互いの鼻先が当たりそうな距離にレスティアの顔があった。

 

 

 

「……ぁ」

 

 

 

「……」

 

 

 

 両者の息が互いの顔を微かに撫ぜる。

 

 

 

 ……突然の事態に、レスティアの頭の中は完全に真っ白になっていた。

 

 

 

 バクバクと心臓の音がレスティアの全身に響き、耳まで激しく脈打っているのが感じられた。

 

 

 

 そのままお互いに無言で見つめ合うこと数秒。倒れた衝撃から回復し、ようやく喋る余裕の生まれたシオンが口を開いた。

 

 

 

「……すみません先生、しっかり受け止められなくて。……大丈夫ですか?」

 

 

 

 声を出した時の彼の吐息がレスティアの口元に触れる。

 

 

 

 するとレスティアはその声で我を取り戻し、目を見開いて瞬く間に耳まで顔を紅潮させた。そして、彼女はそのまま大慌てで上体を起こした。

 

 

 

「だだ、だ、だいじょうぶ、大丈夫ですっ‼ ご、ごめんなさい! 思いっきり乗っかっちゃってっ……!」

 

 

 

「それは大丈夫ですよ。俺は結構頑丈なので何ともないです。それよりも先生に怪我がなくで良かったです」

 

 

 

 クールに言ったシオンだったが、勿論その言葉は嘘だった。背中と後頭部を割りと強く打ち付けた彼は、本当は今にも痛がりたい気持ちで一杯だった。

 

 

 

 だがそんな情けない本心は全力で押し隠し、彼はまだ地べたにへたり込んだままのレスティアに手を差し伸べた。

 

 

 

「あ、ありがとうございます……」

 

 

 

 レスティアは俯きながら彼の手を取り、立ち上がった。

 

 

 

「……運ぶ本はこれで全部ですか?」

 

 

 

「……」

 

 

 

 シオンは相変わらずまるで動じた様子も無く地面に散らばった数冊の本を両手で抱えると、レスティアの方を向いて尋ねた。

 

 

 

「……先生?」

 

 

 

「……は、はいっ? い、いま結婚しようって言いましたか⁉」

 

 

 

「言ってませんよ。俺は運ぶ本はこれで全部ですかと聞きました」

 

 

 

「あ、本ですね! そ、そうですっ……! それで全部ですっ。いつもみたいに、それを私の準備室までお願いしますっ。私はこれを持って先に行きますから……!」

 

 

 

「それではっ!」

 

 

 

 そう言うと、レスティアは近くに重ねて置いていた数冊の本を持ってシオンよりも先に書庫を後にした。

 

 

 

「……?」

 

 

 

 急いで逃げ出すように去っていったレスティアの後ろ姿を、シオンは不思議そうに見つめた。

 

 

 

「(様子が変だったけど、ひょっとしてどこか強く打ったのかな……)」

 

 

 

   ◆

 

 

 

 小走りで自身の準備室に戻ったレスティアは、書庫から持ってきた数冊の本をバン!と勢いよく机に置くと、空いた両手で顔を覆った。

 

 

 

「んんーっ! もぅ、心臓に悪すぎます……っ‼!」

 

 

 

 先程の事を思い出し、レスティアはしかめっ面を浮かべながら顔を赤くした。

 

 

 

「(……一之瀬君の吐息が私の口元に当たって、近くで彼の髪の良い匂いがして……。あんな無防備に独身女性の前に顔を晒して、チューされても文句言えませんよ⁉ 今度あんな状況になったら私は迷わずチューしますよ⁉)」

 

 

 

 自分を戒めようとするが、激しく脈打つ胸の鼓動を彼女は止められなかった。

 

 

 

「(というか、どうして年上の私が意味もなくドギマギして、年頃の彼はあんなに涼しい顔をしているんですかっ⁉ 本当に恥ずかしい……! それに、悔しい! もー‼)」

 

 

 

 しかめっ面でほっぺを膨らませながら、レスティアはぶんぶんと両手を曲げて上下に振った。

 

 

 

「……はっ‼ そうでした、もうすぐシオン君もここに来るんでした……! ちょっと落ち着きましょう……」

 

 

 

 レスティアは一通りぷんすかしたあと、気持ちを落ち着かせる為に独自ブレンドの紅茶の用意を始めた。

 

 

 

「(……やっぱり、七歳も年上なんて恋愛対象にもならないんでしょうか……)」

 

 

 

 ……シオンの担任教師であるリナ・レスティアは、まだ二十四歳と若い年齢だ。

 

 

 

 その容姿の若々しさは制服を着たら学園の新入生だと言われても誰も疑わない程で、長く美しい亜麻色の髪に、エメラルド色に輝く翠眼の美人、更にはスタイルまでも抜群である。

 

 

 

 そんな彼女が自身に覆い被さる形で倒れこんで来た際、お互いの吐息が掛かるほどの至近距離で見つめあい、レスティアの柔らかな身体が完全に密着状態になってもまるで表情を変えることのなかったシオン。

 

 

 

 年上のはずのレスティアだけが一方的に異性として意識した反応を見せ、対するシオンは一切そういった反応を見せなかった。

 

 

 

 その事実にレスティアは情けなさを覚え、また自身に女性としての魅力がないかのような態度のシオンを少し恨みそうにもなる。

 

 

 

 だが、決してレスティアに女性としての魅力がないわけではない。ただただ、相手が悪かっただけである。

 

 

 

 一之瀬シオンは皆が十代に入ってから訪れる思春期に本来育まれるはずの異性に対する意識といった感情が一切育まれなかった。

 

 

 

 なぜなら、丁度その時期に彼の感性はおかしな方向へ捻じ曲がり始め、思春期にはその部分のみが極端に影響を生んでしまっていたからだ。

 

 

 

 そのせいで彼には同年代の男子が持ち合わせている「異性への意識」というものが完全に欠落している。

 

 

 

 ……一之瀬シオンという男は、まさに思春期が歪めた悲しき怪物のような男だった。

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