【書籍化】自分をSSS級だと思い込んでいるC級魔術学生   作:nkmr@C級魔術学生③

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7. 赫瞳の凶刃

 

 

 ……廃工場の並ぶ闇夜のゴーストタウンの中、息を切らしながら駆ける人影。

 

 それは目元が隠れるほどローブのフードを深く被った一人の女性であった。

 

 何かから逃げるように力いっぱいに手足を振り、一心不乱に前へ前へと駆けていく。

 

「う、嘘……」

 

 背後の視線から逃れるように目の前の角を曲がって路地に入り込んだが、無情にもその先は行き止まりであった。

 目元はフードで隠れて見えないが彼女の顔には多量の汗が浮かび、口元は恐怖に震えている様子だった。

 

「残念だったなぁ。楽しい鬼ごっこはここまでだぜ、お嬢さん。へっへっへ」

 

「……ッ‼」

 

 女性は追跡者である三人組の男達の方に振り返り、睨みつけた。

 

「あ、貴方達、一体誰なのよ!」

 

 女性は男達に向かって威圧的に叫んだが、その声と足は恐怖で震えていた。

 

 それを受けた男達の中の一人は、下卑た表情を浮かべながら答える。

 

「なぁに、俺達はただの善良な労働者さ。これも仕事でさ、お嬢さんに恨みはないが、依頼されちまったんでね。悪いがあんたには死んで貰うぜ」

 

「……っ!」

 

 自身に対する明確な殺意。逃げ場のないリアルな恐怖は更に増し、手や口元もブルブルと震える。

 

「ただまぁ……。──殺す前に、ちょぉっとお嬢さんで楽しませて貰うがな」

 

 男はその下品な視線で女性のローブの上から肢体を舐め回すように見つめると、他の二人と共に下品な笑い声を上げた。

 

「ぜ、全然善良じゃないのだわ‼」

 

 女性は精一杯強がる。しかし男の言葉により、自分が目の前の男達に弄ばれ、その果てに殺されることを嫌でも想像させられ恐怖は加速する。

 

 目の前にある絶対的な絶望に対する恐怖で女性の足が竦む。

 

 逃げるように下がろうとするが上手く足に力が入らず、女性は腰から地面にへたり込んだ。絶望と恐怖に顔を歪めながら、それでもどうにか男達から逃げようと行き止まりの背後へと後ずさる。

 

 男達はその様を見て楽しむかのように、ゆっくりジワジワと女性に歩み寄る。

 

「や、やめて! 来ないで、来ないでよぅ……! お、お願いだから……っ」

 

「へへへ、そう嫌がるなよ。死ぬ前に、おじさん達がお嬢さんをいっぱい楽しませてあげるからさぁ」

 

 男達は揃って醜悪な笑みを女性に向けて歩み寄る。

 

「い、いやぁ、嫌、いやだよぉ……っ」

 

 もはや、女性に先程までの威勢は無くなっていた。

 

 目の前に迫りくる圧倒的な恐怖に対して、女性はその現実を必死に拒否するかのように首を横に振る。

 

 必死に後ずさろうとするが、後退しようとする身体は背後の壁に阻まれ、もはや女性は男達から距離を取る事さえ出来なかった。

 

 しかし、男達はその歩みを止める事は無い。

 

 ジワジワと込み上げてくる絶対的な絶望の中、もはや声も上げられなくなった女性は縋るように祈った。

 

「(お願い……っ。誰か、誰か助けて……‼)」

 

 

 ──その時だった。

 

 

「よう兄弟、随分楽しそうな事してるじゃねーか」

 

「──……っ‼」

 

 彼女の頭上から誰かの声が聞こえてきた。

 

 その声は物静かだが凛とした響きで、不思議な心強さを感じさせられる声であった。

 

 声の主は女性の頭上、五メートル程の高さの建物の屋根から軽やかに飛び降りると、男達の目の前に立ち塞がり彼等に向けて言い放った。

 

「俺も混ぜてくれよ」

 

 その人物は黒い外套を着込み、手には黒いオープンフィンガーのグローブをはめた黒髪の男であった。

 そして、その男の両の瞳は、──真紅の光を放っていた。

 

 

 

「よう兄弟、随分楽しそうな事してるじゃねーか」

 

 三人組の男達、そしてローブを被った女性は、路地に立ち並ぶ建物の屋根から月影を差して佇む一人の男に目を向ける。

 

 四人の視線を同時に受けるその男の正体は、外套のポケットに片手を突っ込んで立ち、月の光をバックにすることでこれでもかと言うほどカッコをつけ、不敵な笑みを浮かべている一之瀬シオンであった。

 

 今、彼の本来黒いはずの瞳は真紅に染まり、僅かに光を帯びていた。

 

 暗がりの中で光るその両眼は、不気味な威圧感を放っていた。

 

 しかし、彼のその目は発動している何らかの魔術の影響で副作用的にそうなっているわけではない。

 

 彼は現在「眼の色を変えて光らせる」という、ただそれだけの魔術を使用している。

 

 この状況でその魔術に一体何の意味があるのか──言うまでもなく、意味などない。

 

 彼はただ、カッコつけるため(・・・・・・・・)にそうしているのである。

 

 人の気配のない夜の街。

 

 そこで悪漢達を瞬殺し、襲われていた人を颯爽と助ける。そんな妄想をシオンは一体何度してきただろうか。

 

 今この瞬間こそ、妄想を現実にする絶好のシチュエーションだった。

 

 先ほどまで獲物を追い詰めて舌なめずりをしていたような男達の気分を一瞬で破壊し、彼らからの動揺した視線がシオンに向けられる。

 

 完璧と言えるほど、理想的な妄想の再現の中にいるシオンは興奮の絶頂に至っていた。

 

 そして、彼は更なるエクスタシーを求めてそのまま屋根から颯爽と飛び降りた。

 

 ただ、彼が飛び降りた高さは約五メートル。飛び降りた際に脚に強い衝撃を受け、今にも転げまわってしまいたくなるような痛みに襲われたが、彼はそれをおくびにも出さない。今の彼には貫かなければならない理想の自分があるからだ。

 

 彼はそのまま両眼に真紅の光を滲ませながら不敵な笑みを浮かべ、目の前で愕然とした表情を浮かべる三人の男達に向けて言い放った。

 

「俺も混ぜてくれよ」、と。

 

「(──決まった)」

 

 状況、間、声色、全てが完璧だった。

 

 まさにこの瞬間こそ、彼の妄想したシチュエーションそのもの。

 

 日頃から何度も妄想しているシチュエーションを実現し、彼は過去最高に酔い痴れていた。

 

「なっ、何だてめぇ‼」

 

「俺達に邪魔立てする気か⁉」

 

 男達の中で、中央に立つリーダーと思わしき男と、その右隣の男が声を張り上げてシオンに敵意を向ける。

 

 ここまではシオンの日頃の妄想と同じ展開。

 

 ……しかし、ここからは違う。

 

 妄想の中の彼はいつだって最強。妄想の中では、彼はこのまま三人の男たちを瞬殺しクールな決め台詞を放つ。

 

 だが、ここは妄想の中ではなく現実。彼には最強の力などなく、それどころかC級程度の魔術しか使えないただの学生である。

 

 それでも──。

 

「そうだと言ったら、……どうする?」

 

「な、何者だテメェ……っ」

 

 警戒心と敵意を剝き出しにする男達に対して彼は余裕を崩さない。

 

 まだ、妄想の再現をしていたいから。まだ、この時間を終わらせたくないから。

 

「あんまりいい気になってんじゃねぇぞ、お前……ッ。カッコつけて余計なことに首突っ込むとどうなるか、教えてやるよっ!」

 

 願わくばこのまま怖気づいた男達が立ち去ってくれることがシオンにとっては理想だったが、現実は甘くなかった。

 

「やれ」とリーダーの男が言うと、左隣に立つ男はすぐさま前方に自身の上半身程の魔法陣を生成した。

 

 柘榴色に光る魔法陣に描かれている術式を見て、それが炎属性魔術の「火炎放射(フレイムシャワー)」であるとシオンは察した。

 

「火炎放射」は一般の魔術師基準でBランク相当の魔術である。

 

 学生基準でCランクレベルのシオンからすれば遥か上級の魔術だ。

 

 しかし、それを向けられてもシオンは微動だにせず不敵な笑みを浮かべたままであった。

 

 一之瀬シオンにとって、目の前の男の魔術など恐れるに足らないのか? ──答えは〝否〟。

 

 彼は現在「あ~、これ不味いなぁ。へへ……。参っちゃったね~……」と、内心では半分現実逃避するほどの動揺を浮かべている。

 

 この状況は完全に彼の想定外。

 

 シオンは、目の前の男たちはただのゴロツキだと思っていた。

 

 もしも相手がただの街のチンピラ程度であれば、彼のそこそこに鍛えられた肉体といくらかの魔術をもってすれば三人相手だろうと勝てるとシオンは見込んでいた。

 

 実際に相手がただのゴロツキであった場合……。

 シオンの実力でも大人三人を片付けるくらいは可能だっただろう。

 もし、仮に三人を打ち倒す事が叶わなくとも、女性を逃がして自身も逃げることくらいは困難ではない。

 

 しかし、三人組の一人はまさかの魔術師。

 更に、その魔術というのもシオンよりも明らかに強力な物であった。

 

 

 目の前の男が展開している魔法陣は推定で七十センチメートル程の大きさ。

 対して、シオンが展開出来る魔法陣の大きさは最大でも四十センチメートルと言ったところである。

 

 魔術の威力は必ずしも魔法陣の大きさに左右される訳ではないが、大きな魔法陣を展開し、その魔術を使用するにはそれだけ大量の魔力を必要とする。

 

 更に言えば、シオンの前に立つ男が発動しようとしている「火炎放射」はシオンが扱える魔術よりも高難易度で強力な魔術。

 

 今ある情報から推察するに、目の前の男が根本的にシオンより多くの魔力を有しており、より強力な魔術師であると言うことは明らかだった。

 

 この大ピンチに、現在のシオンの表情は不敵な笑みを浮かべたまま固まってしまっていた。余裕を浮かべているようで、本質は苦笑いに近い。

 

 魔法陣に魔力が込められ魔術が放たれるまで、もう殆ど猶予はない。その僅かの時間でシオンは思考した。

 

 自身の持てる限りの│全て《・・》の魔術をもってすれば、あるいはこの場から自分だけで脱出する事は可能かも知れない。

 

 ──しかし、シオンの背後には恐怖に怯えた人がいる。彼の背中の奥には、助けが必要な人がいる。

 

 自分が助けなければ、残酷な目に遭い、無惨に殺されてしまう人がいる。

 

「(逃げるのは、──無しだ)」

 

 彼の中には、後ろの女性を見捨てて逃げるという選択肢など初めからなかった。

 

 だが、とはいえ彼には目の前の男達を倒す術はない。

 

 そもそも倒す倒さないの前に、シオンには今にも放たれようとしている「火炎放射」さえ防ぐ術がない。

 

 現在シオンが立つ路地は五メートル程の高さの壁に挟まれており、壁の上へ逃げることは出来ない。

 

 三人の大人が横に並ぶだけでほとんどスペースが無くなっているほどの狭い通路のため、正面から男達の横を通り抜けて脱出することも困難な状況。

 

「(()()を使うか……⁉ いや……)」

 

 とある手段に出れば、シオン一人だけなら目の前の「火炎放射」を凌げる事は出来る可能性があった。

 

 しかしそれでは、自分の背後で未だ立ち上がることも出来ずにいる女性には必ず当たってしまう選択だった。

 

 彼はすぐにそれを選択肢から取り除いた。

 

「(正解以外は一つも許されない……‼ 考えろ……!)」

 

 防御魔術、攻撃魔術、陽動、体術……。

 一瞬の時間の内に自分の持つ手札とそれを用いた打開策をいくつも考えるが、成功の可能性のあるものは一つも思い浮かばない。次から次に作戦を考えるが、強力な「火炎放射」を前にしている今、自分の後ろの女性を守り切る方法は存在しなかった。

 

 ──だが、その時。

 

 リーダーの男が、左隣で魔法陣を展開している男の頭を強く叩いて怒鳴り声を上げた。

 

「馬鹿野郎‼ そんなでけぇ魔術使って、女が丸焦げになっちまったらどうすんだ‼ まだ女で楽しめてねぇんだぞ‼」

 

「! おっと、それもそうだったなぁ……。悪い悪い」

 

 怒鳴られた男はハっとしたように言うと、ニヤニヤとした笑みを浮かべながら魔力の注入を止め、男の手前の魔法陣は消失した。

 

「(──あ、あっぶなぁ……)」

 

 ──間一髪。

 

 完全に九死に一生を得たシオンは内心で胸を撫で下ろした。

 

 しかし、彼はそんな状況でも「ま、どうせそんな魔術効きはしないがな」とでも言いたげな顔をし、鼻で笑うのだった。

 

「もう良い、お前がやれ」

 

 続いてリーダーの男が右隣に居た男に命令すると、その男は頷いて懐から短剣を抜き、シオンににじり寄った。

 

「くだらない正義感で行動するとどういう目に遭うか、教えてやるよ」

 

 相手は若い男一人。対してこちらは得意の刃物を持ち、三対一の状況。

 

 自分が狩る側だと信じて疑っていない男が、構えたシオンに斬り掛かろうとした、──その時だった。

 

「──はあぁ……」

 

「……ッ⁉」

 

 唐突に深い溜息を着いたシオンを前に、短剣を手にした男は思わず足を止めた。

 

 そのままシオンは少し傾けた首元をポリポリと掻き、如何にも呆れていますと言わんばかりの仕草を取った。

 

「この距離でも〝実力の差〟が分からないなんて、随分とめでたい連中だな……」

 

「……何?」と、短剣を持つ男は顔を顰めるが、シオンは構う様子もなく続けた。

 

「今日はあまり人を斬る気分じゃ無かったが、仕方ないか……」

 

 うんざりしたようにそう言ったシオンは、おもむろに自身の胸の前で両の掌を合わせた。

 

 短剣を握る男の視線の先で、シオンの合わせた掌から稲妻が(ほとばし)り強烈なプラズマ音が静寂な夜の路地に鳴り響いた。

 

 稲妻は中心の密度の濃い部分は漆黒に染まり、端の密度の薄い部分は小紫色に光る不気味な光であった。

 

「……っ‼」

 

 その挙動を見た一人の男、先程「火炎放射」を構えていた魔術師の男が慌ててシオンに向けて魔法陣を展開した。

 

 しかし、それを見たリーダーは少し焦った様子で魔術師の男を制した。

 

「よせッ、下手に動くな……‼ お前ら、下がれ……‼」

 

 その異様な稲妻を目にしたリーダーの男は他の二人を咄嗟に下がらせた。

 

 リーダーの男の本能が最大限の危険信号を発していたからだ。

 

 ……思えば、今自分達の目の前に立つ男は初めから普通では無かったと男は振り返った。

 

 人気(ひとけ)の無いこの路地で突如として自分達の目の前に立ち塞がり、三人を前にして一切怯むことも無く、魔術や剣を向けられても不敵な笑みを向けたまま微動だにしない。

 

 何より、この闇夜の中でその輝きが不気味に滲む真紅の両眼。

 

「(この男は、何かやばい……っ)」

 

 目の前の男がただの通り掛かりの人間の行動とは到底思えなかった。

 

 リーダーの男は最大限警戒しながらシオンの手元を凝視する。

 

 その視線の先で、異様な稲妻を迸らせながら合わせている両の掌をシオンは徐々に水平に開き始めた。

 

 よく見ると、その両手の間には十五センチ程の魔法陣が展開されている。

 

 すると、段々と間隔が開いていく両の掌の間には銀色に輝く薄い板のような物が見え始めた。

 

「(これは……、マズい気がする……。何かは分からないが、──止めなければ……っ‼)」

 

 男達のリーダーはそのように警戒するが、シオンの掌から迸る強烈な稲妻が男の警戒心をより強め、その黒い稲妻に近づくことを躊躇わせた。

 

 男の警戒をよそに、自身の胸の前でどんどんと両手を広げていくシオン。

 銀色に輝く薄い板の様なそれは、徐々にその形を(あらわ)していく。

 

 数秒経ってシオンが両手を開き切ると、パチ……、という小さなプラズマ音を鳴らして、稲妻は消失した。

 

 そして同時に、シオンの右手には片刃の刀身に美しい刃紋が波打つ一振りの刀が握られていた。

 

 ゆらりと脱力するように片手で持った刀の切っ先を下げると、シオンは赤く光る両眼を静かに男達へ向けた。

 

「──ッ‼」

 

 その姿を見た時、リーダーの男は眼を見開いた。

 

 ──真紅の瞳を見た時、僅かながらにも〝嫌な予感〟はしていた。

 

 しかしそんなはずは無いと、その可能性は│あり得ない《・・・・・》ものとして無意識に切り捨てていた。

 

 男の本能が、そんな可能性(・・・・・・)を考えたくもなかったのだ。

 

 だが、一振りの刀を手にしたシオンの姿を見て、男の抱いた疑念が正しかった事を嫌が応にも認めざるを得なかった。

 

 目の前の少年の正体が何者であるか悟った男は、その者の通り名を口にした。

 

「れ、〝赫瞳の凶刃(レッドアイズ)〟……ッ‼」

 

「知ってるんですかっ、あの男の事?」

 

 リーダーの男の酷く動揺した声に、短剣を持った男が戸惑いながら尋ねた。

 

「お前ら、聞いたことねぇのか? 俺も見るのは初めてだが、あいつは裏社会最強の剣士とも言われている、(あか)い眼をした刀使いだ……‼」

 

「裏社会最強の剣士……。……ッ‼ それって、確かあの〝忌まわしき亡霊達(レヴナント)〟の……‼」

 

「れ、〝忌まわしき亡霊達〟って言えば、人数は少ないけどその一人ひとりが王国騎士の一旅団に匹敵するっていうあの闇ギルドですか……⁉」

 

 男達は全員、目の前にいる赤い両眼の男に恐怖し、顔を歪めた。

 

「自分達は、何て男に牙を向いてしまったんだ」、と。

 

 ……そう、彼らの目の前に立つ黒づくめの少年。

 

 普段は国内の魔術学園で平凡な学生を演じている彼の正体は、組織の一人ひとりが王国騎士の一旅団に匹敵するとも言われているあの〝忌まわしき亡霊達〟のメンバーで、その実力は裏社会最強の剣士であると恐れられる「赫瞳の凶刃」の名で恐れられている最強の剣士──。

 

 

 ……などといういう事実は、勿論存在しない。

 

 

 全ては男達のただの思い違いや思い込みであった。

 

 彼らは、「何となくそういう話を聞いたことがある気がする」と言う程度の情報を目の前のシオンに照らし合わせ、あろうことか「そう言えばこう言う感じだったはずだ‼」と信じ込んでしまったのだ。

 

 赤い眼をした刀使いも、どこかには居るかも知れない。

 

 その人物は、もしかしたら裏社会最強の剣士と言われているのかも知れない。

 

 もしかしたら、〝忌まわしき亡霊達〟という組織があり、その組織のメンバーは一人ひとりが王国の騎士の一旅団に匹敵する実力があるのかも知れない。

 

 そして赤い眼をした刀使いは、その〝忌まわしき亡霊達〟と呼ばれる組織の一員かも知れない。

 

 三人の男たちの中にそれぞれ何となく、非常に(おぼろ)げにあった情報はもしかしたら正しい情報もあったのかも知れない。

 

 しかし、現在男達の目の前にいる一之瀬シオンという男はそんな人物とは程遠い、正真正銘ただのC級魔術学生であった。

 

 シオンはただ、目の前に迫る男が短剣を構えていたので、剣での戦いならチャンスがあるのでは、と一振りの刀を「武器創造」の魔術で作り出しただけである。

 

 ちなみに、シオンが行った武器創造は同じ系統の魔術の中でも比較的低レベルなものであり、非常に脆弱な強度の剣しか作成出来ない。また、本来先程のような漆黒の稲妻等は出ないが、それはそれでシオンがただカッコ付ける為に別で雷属性の魔術を使っていただけである。

 

 短剣を構えた男を前にシオンが大きな溜息をつき、呆れたような仕草や発言でまるで圧倒的な強者のように振舞っていたのも、相手を警戒させて武器を生成する時間を稼ぎたかったからに過ぎなかった。 

 

 しかしながら、シオンの実力不相応な異常な行動の数々によって男達は判断力を著しく欠き、最終的には勝手な思い込みをどんどんと膨らませて目の前に居るただのC級魔術学生を最強の剣士へと仕立て上げてしまったのだ。

 

 勝手に勘違いし、勝手に恐怖している男達のリーダーは怯えた声色を滲ませながら両隣の男二人に向かって語りかけた。

 

「おい、に、逃げるぞ……」

 

「で、ですが、依頼は? 依頼金は先払いで受け取ってますし……」

 

「馬鹿野郎‼ あれっぽっちの金を貰ったくらいでこの化け物と闘えるか‼」

 

 もっとも、いくら大金を積まれようと死ぬことが分かりきっている依頼など受けはしないがと、良いから逃げるぞとリーダーの男は両隣に促した。

 

 しかし、目の前の少年が発した次の言葉に男達は思わず凍り付いた。

 

「何を言ってるんだ? 俺がお前らみたいな悪党を逃がすと思うのか?」

 

 ……一之瀬シオン、彼は完全に調子に乗っていた。

 

 そのまま放っておけば勝手に去ってくれる脅威に対して、彼は自分の妄想を再現したいがために脅威を引き止めたのだ。もはや彼の異常行動にブレーキは存在していなかった。

 

「あ、悪党って、そんな……、へへへ、〝忌まわしき亡霊達〟の方々だって、お天道様に顔向け出来るような仕事はしちゃいないでしょう……?」

 

「あ?」

 

「ひっ……!」

 

 男達のリーダーは、ついにシオンに対して(へつら)い始めてしまった。

 

 もはや男達の思い違いとシオンの病的な振る舞いを止められるものはその場にいなかった。

 

 精一杯ドスの利かせた声と共に男を睨みつけるシオンに対して、男はと恐怖の声を上げた。

 

「勘違いしてんじゃねぇぞ。確かに〝忌まわしき亡霊達〟の中には依頼されれば人殺しだって何だって平気でする奴もいる」

 

「だがな」と彼は続ける。

 

「お前らみたいに寄って集って女に手ェ上げようとするクズ野郎は、誰一人としていねぇんだよ」

 

 シオンは彼らを強く睨みつける。

 

 その瞳が先程よりも深い紅に染まっているのは、彼が怒りを演出する為に魔術を調整したからか、あるいは彼の沸き立つ怒りの感情に呼応してか。

 

 しかし、彼は先程まで〝忌まわしき亡霊達〟という組織など聞いたことさえ無かったにも関わらず、すっかり自分が〝赫瞳の凶刃〟である気になり、想像上の人物達の人間性までを堂々と語っていた。

 

「ぐっ……‼」

 

 その発言の全てがデタラメであるにも関わらず、リーダーの男は返す言葉も無いかの様に言い詰まる。

 そして男は、自分が勝手に最強の剣士だと思い込んでいる少年から怒りの感情を向けられ、恐怖で足を震えさせてしまっていた。

 

「……もしかしたら、お前らが三手に分かれて全力で逃げたのなら。一人くらいは逃げ切れるかもしれないな? だが、〝忌まわしき亡霊達〟は絶対にその逃げた奴を見つけ出す。地の果てまでも追いかける。この世界中の、どんな所に隠れても、例えドラゴンの口の中にいようと、必ず見つけ出す。そしてお前らが今まで苦しめて来た人々が受けた苦痛を何倍にもして与える。楽には殺さない。だが、絶対に最後は殺す。それが〝忌まわしき亡霊達〟だ」

 

「あ……ぁ……」

 

 シオンはもはやノリノリだった。

 

 ここ数分で人生における高揚感の絶頂を何度も更新しているシオンとは逆に、男達の顔は底知れぬ絶望に染まっていた。

 

 そして、どれ程受け入れたくなくても、自分達は絶対に逃れる事の出来ない死の運命にある事を認めざるを得なかった。

 

 ───下らない金の為に殺しの依頼を受けた事が間違いだった。

 

 ───すぐに仕留めず、まるで狩りでも楽しむかのように女を追い回したのが間違いだった。

 

 ───男が現れた時、その異常性を察知してすぐに退()かなかったのが間違いだった。

 

 ───あの〝忌まわしき亡霊達〟の人間に、刃を向けたのが間違いだった。

 

 ───いや、そもそも裏社会で仕事をやり始めたこと自体が間違いだった。

 

 どれ程後悔しても、もう遅かった。

 

 裏社会に身をおき、少なからず危機を潜り抜けて来た男達。

 

 しかし、今男達の目の前にある()()は、これまで男達が潜り抜けて来た危険などとは比べようもないものであった。

 

 この世界には、常人がどれ程束になって掛かろうと決して勝つことなど出来ない、超常的な個人の力が存在する。

 

 男達は、今自分の目の前にいる少年こそがその超常的な個であると悟ったのだ。

 

 逃げ出す気も、抵抗することもする気が起きず男達は三者三様にその場に崩れ落ちた。

 

 力なく座り込んだ男達の顔には、絶望と恐怖と諦めの感情が浮かんでいた。

 

 ……そのタイミングで、シオンが口を開いた。

 

「なんてな」

 

 急に間の抜けるような声が聞こえてきたため、男達は力なく視線をシオンに向けた。

 

 トン、と右手に携えていた刀の峰を自らの肩に当てると、シオンは男達に向けて話し出した。

 

「別に殺しゃしねーよ。だってお前ら、俺の前では別に悪い事してないしな」

 

「……?」

 

「殺しはしない」、男達にはその言葉の意味が良く理解出来ずにいた。

 

 あるいは、希望を見出し、再びその希望を失った時の悲しみに絶望しないように言葉を理解しようとしていないのかもしれない。

 

 何のリアクションも示さない男達に対して、シオンは「はぁ」と溜息をついて言葉を続けた。

 

「だからよ。俺の前じゃ、お前らはそこの後ろにいる女性を追っかけ回して、多少過激なとこはあったろうが、脅してビビらせたって程度のことしかしてないんだよ」

 

 シオンが敵意の無い砕けた口調で話を続けると、男達は次第にシオンの発言の意味を理解し始めた。

 

「その程度の悪行しかしてないならわざわざ殺すような必要も無いし、そこのお姉さんが感じた恐怖くらいならお前らも今味わっただろ」

 

「……っ。……!」

 

 そこまで聞いてようやく、男達はシオンの発言を完全に理解したようだった。

 

 目の前に照らされたわずかな希望に必死に縋り付く様に首をブンブンと縦に振り、男達はシオンの言葉を肯定した。

 

「じゃあもう良いよ。あんたらが他に悪い事してようが知ったこっちゃない。そんなのを裁くのは〝忌まわしき亡霊達〟じゃなくて、国の保安機関のやる事だ。そうだろ?」

 

 男達は血走った目で更に力強く繰り返し頷いた。その勢いで、男達の顔一杯に浮かんだ脂汗が飛ぶ。

 

「それにさっきも言ったけど、今日は人を斬るような気分じゃないんだ。だから、もう良いよ。どっか行け」

 

「……ッ」

 

 シオンの言葉を受け、戸惑いながら立ち上がる男達。

 

 だが、すぐには移動せず「本当の良いのか……?」と何か伺うような視線をシオンに向けている。

 

「俺の気が変わらねー内に、さっさと失せろ」

 

 背筋が凍りつくような低く鋭い声を受けて、男達は「ひぃ」だ「お助け」だと言いながら全速力で駆け出して行った。

 

「…………」

 

 ……男たちの慌ただしい足音は徐々に遠ざかり、数秒後には完全に聞こえなくなった。それを見送ったシオンは、武器創造の魔術で作った刀に魔力を送るのを止めて刀を消滅させ、赤く光らせていた瞳も元の黒眼に戻した。

 

「……ふぅ」と一息ついたシオン。

 

 いつでも自分の命を脅かせるほどの脅威が目の前から去ったのだが、「安心した」という気持ちは彼にはない。

 

 それは自身に訪れた危機に対して恐怖しているというような事ではなく、むしろ逆に、彼は途中からもはや気持ち良くなり過ぎて恐怖も不安も一切なかったのだ。

 

 自身の先程までの台詞を振り返り、「特に良いな」、と思った台詞を脳内で何度も繰り返す。

 

 そして、脳内で再生している自分の台詞や振る舞いのクールさ、日頃の妄想の再現性に思わず身震いまでしていた。

 

 一之瀬シオン、彼の常軌を逸した行動と日頃の妄想が人を救った瞬間だった。

 

 ……その後、ひとしきり自己陶酔しきったシオンは女性の側に近づいて声を掛けた。

 

「大丈夫ですか?」

 

「大丈夫に決まってるじゃない‼ あなた何かに助けられなくても、あんな男達私一人でどうにか出来たのだわ‼」

 

 恐らく人生において一度あるかどうかの恐怖と絶望を味わったであろう女性に気遣い、努めて優しい声色で話しかけたシオン。

 

 だがそんな彼の気遣いなどおかまいなしに、先程まで恐怖に震えて声も出せていなかった女性であったが、大変に勇ましく返事をした。

 

「そ、そうか……」

 

「というか、何でそんなにやりきった風なのかしら⁉ 気高く戦い抜いたような風にしてるけど、あなた、ただ剣を出して脅かしただけで、何もしていないじゃない‼ 『大丈夫ですか?』じゃないのだわ‼」

 

「お、おぉ……」

 

 ド正論だった。

 

 あまりに核心を突いた女性の指摘にシオンはかなり凹んだが、それは顔に出さないようにしながら女性に言葉を返した。

 

「……そんだけ元気があれば平気そうだな。じゃ、俺はもう行くわ。今度から人気の少ない夜道には気を付けろよ」

 

「ちょっと待ちなさいよ‼ か弱いレディをこんな所に置いて立ち去るなんて、正気を疑うのだわ‼あなたそれでも男なのかしら⁉」

 

「(か弱い……? 今、襲ってきた男達など一人でどうにか出来たって言わなかったか……?)」

 

 ポリポリとシオンは頭を掻いた。

 

「……俺にどうして欲しいんだ、あんたは」

 

「特別に、本当に特別に、この私を街の市場までエスコートさせてあげるのだわ‼ 感謝すると良いのだわ‼」

 

「……そりゃ光栄だ」

 

 先ほどまで声も上げられない程の恐怖に染まり、ひたすらに誰かの助けを願い、そして未だに立ち上がれない程の恐怖が残っている中、自分をその窮地から救ってくれた人物に対して中々の豪胆さだった。

 

「(要するに、街まで送って欲しいってことか……)」と呆れたように腰に手を当てながらシオンは彼女の要望を承諾した。しかし実際のところ、彼に「面倒だ」と言うような感情は一切ない。

 

 目の前の女性は先程の出来事など一見まるで何でも無かったかのように振舞っている。

 

 しかし彼女が先程自分でも言ったように、か弱い女性がそのような目にあって平気であるはずがないのだ。

 

 下手をすれば一生モノのトラウマになっても不思議ではない。下手をすれば、二度と人前に出られなくなるかもしれない。

 

 下手をすれば、決して癒える事の無い心の傷に苦しみ、自ら命を絶ってしまわないとも、言い切れない。

 

 それら全て、想像するのは難しいことではなかった。

 

 だから彼は、目の前の女性を安心させるため、そして安全を守る為に街までエスコートすることに対して一切の抵抗はなかった。

 

 目の前の困っている人を助けられる存在が自分しかいないのであれば、自分の身など省みずにその人物を助ける。それは彼にとっては至極当然の判断だった。

 

 それが一之瀬シオンの根底に存在する、確固たる正義感であり、良心であり、信念であった。

 

「……じゃあ、行くか。街まで案内するよ」

 

「あなた正気なのかしら⁉ この私を見て分からない⁉ 私はまだ足に力が入らなくて立ち上がる事も出来ないのよ⁉ 少しはモノを考えて言って欲しいのだわ‼ 全く呆れた男ね、あなたは私が立ち上がれるようになるまでそこでアホ面晒して突っ立ってると良いのだわ‼」

 

「(……やっぱりこいつ置いて今すぐ帰ろうかな)」

 

 一之瀬シオン、彼の中に確かにあったはずの信念がブレそうになった瞬間だった。

 

 

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