【書籍化】自分をSSS級だと思い込んでいるC級魔術学生 作:nkmr@C級魔術学生③
……シオンが無言で夜空を見つめ始めて五分程経過し、ようやく女性は立ち上がった。
そしてローブに付いた砂埃を手で払い、どこか呆れたような、澄ました態度でシオンに言った。
「何をアホ面で突っ立っているのかしら? さっさと市場まで案内して欲しいのだわ。私は別に構わないのだけれど、あなたがどうしても私をエスコートしたいって言うからさせてあげるのよ? 感謝の気持ちを忘れないで欲しいのだわっ」
「……ああ、行くか」
もはや何を言っても無駄だと悟ったシオンは特に抗弁することも無く歩き出した。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ、ひょっとして、怒った……、かしら? あの、その……」
淡々と歩き出したシオンに対して小走りで近づきながら、少し焦ったような、不安そうな様子で話しかけてくる女性。
「別に怒ってないよ。ただ、あんたがすっかり立ち直ってくれたようで安心してる」
「と、当然ね! あんなこと、私にとっては何でもないのだわ! というか、怒ってないなら怒ってないって最初から言いなさい!」
直前まで一瞬萎らしい口調になっていた彼女は、一気に元の高慢さを取り戻した。
「あぁ、悪いな。気を付ける」
「それで良いのだわ。ふふん」
と、女性は大変満足気に笑った。
「案外、悪い奴じゃないかも知れないな」と、シオンは思うのであった。
……その後、シオンがやや先導する形で二人は夜道を歩いて進んだ。
「まだ着かないのかしら?」
「本当に道は合っているのかしら?」
「暇なのだわ。何か面白い話でもしてみなさいよ。全く気の利かない男なのだわ」
「……もうやめて。これ以上〝漆黒〟だの〝闇〟だの〝罪〟とかいう単語の出てくる話をしないで。なんだか頭が痛くなってきたのだわ……」
そんな会話をしながら二人が歩いていると、薄暗い道の先に街の明かりと人々の行き交う音が聞こえてきた。
「ほら、もう着くぞ」
「そんなの見れば分かるわよ‼ 馬鹿にしてるのかしら⁉」
「……そりゃそうか」
二人は十五分程雑談を交えながら歩いてきたのだが、結局女性の態度は最後までこの有様であった。
「あっ、そう言えば」
と、ローブの女性はふと立ち止まった。
「一応助けられた形になったのだけれど、お礼がまだだったのだわ。一応、だけれど」
「なんだよ急に。別に気にしなくて良いよ」
「そういう訳にはいかないのだわ。別に頼んでもなければ必要だった訳でもなかったけれど、何のお礼もしないなんてこの私の沽券に関わるのだわ」
「……?」
堂々と言い放たれた「沽券に関わる」と言った部分が、シオンの中で少し引っ掛かった。
──わざとらしいとも感じられる、妙にお嬢様っぽい口調、やたらめったらに偉そうな態度、お礼をしないことが沽券に関わるという発言。
そして、まるで自分の正体が知られたらまずいかのように、顔を隠す程深く被ったローブのフード。
「(この女まさか……)」
シオンは、一つの答えに辿りついた。
「(自分の事を『城から抜け出して庶民の街を見学に来たおてんばなお姫様』風に装っているのか……? なんて奇妙な奴だ……)」
……と、シオンは少し引いていた。
「何かお礼に渡せるものが無かったかしら……」
「……何もないなら無理しなくて良い。別に見返りが欲しくて助けた訳でもないから気にするな」
自身のローブの下をまさぐる女性に対して、シオンは彼女に気を遣わせまいと返事をした。
「だからそれでは私の威信が……、あっ! そうだわ!」
何かを思い出したかの様に言うと、女性は自身の頭に被せていたフードを捲り上げた。
「───」
……一瞬、時が止まったかと錯覚するような幻想的な画。
月明かりに照らされたのは、美しく艶やかな桃色の髪と瞳。
透き通るほど白い肌で、齢十八といったところの絶世の美少女がそこにいた。
街を歩けば誰もが目を惹かれ、すれ違った
「(……?)」
絶世の美少女を前に、シオンは不思議そうにするだけだった。
しかしそれは、思春期に異性を意識する感情が育まれなかった彼には仕方のないことだった。
そしてフードを捲ったあと、少女は自身の首の裏側へ両手を伸ばし首元からペンダントを外してローブの外へと取り出した。
煌びやかなペンダントの先端部分には四センチメートル程の楕円のジュエルが付いた。そのジュエルは暗がりでは漆黒と見紛う程の深い紫色だった。
「お礼として、これを差し上げるのだわ!」
「……いや、悪いよ。何かすげぇ高そうだし、大事な物なんじゃないのか?」
目の前に突き出されたペンダントに対して、シオンはそれを断った。
「確かに高い物でしょうけど、この程度の物なら家にはいくらでもあるのだわ! だから、遠慮する必要なんて無いのだわっ」
「いや、うぅん……」
「この私が差し上げると言っているのよ⁉それを断るなんて、貴方一体何様のつもりなのかしら⁉ それとも、私の首の垢のこびり付いたペンダントなんて汚くて受け取れないとでも言うのかしら⁉ 殺すわよ⁉」
「違う違う違う、落ち着けっ! 殺すなっ」
シオンは少し焦った様に答えた。
「じゃぁ受け取れるわね⁉」
「……ありがたく、頂戴させて頂きます」
観念したようにシオンが言うと「それで良いのだわ」と、少女は大変満足そうにシオンにペンダントを手渡した。
「貴方はペンダントなんて身に付けないでしょうけれど、多分高く売れるはずだから、売って貧しい生活の足しにでもしたら良いのだわ」
「──いや、これは俺があんたから受け取った気持ちだからな。ちゃんと大切にするよ」
時々正気を疑うような人間性を垣間見せるシオンだが、何だかんだ人から感謝の気持ちを受け取るのは嬉しいのか、その口元は薄く微笑みを浮かべていた。
「……そ、それは良い心がけなのだわ」
顔が隠れるほど深くフードを再び被り直しながら、心無しか小さな声でそう言うと「ほら、行くわよ」と、再びシオンと共に市場へ向かい歩き出した。
市場に着いて、露店が立ち並ぶ通りの中を暫く歩いていると「知り合いを見つけたのだわ。あなたはもう用済みよ。さっさと失せるが良いのだわ」
と、少女はシオンに言った。
「そりゃ良かったな。今度からははぐれないよう気をつけろよ」
「余計なお世話なのだわ‼」
ムキーッと言いながら、少女は通りの奥へ向かって歩き出した。しかし、直ぐ立ち止まり、シオンの方へ振り返った。
「そっ、そう言えば、貴方名前は何て言うのかしら?」
「ん? ああ、シオンだ。一之瀬シオン」
「シオン……シオンね。どうでもいいけど、本当にどうでもいいけど、気が向いたら覚えておいてあげるのだわ」
「……そいつはどうも」
「あと、それと……。シオンは一体、何者なのかしら……? 本当に、レッドなんとか、とか、レブナトとかいう怖い人なのかしら……?」
少し怯えたような顔をする少女に対して「いいや」と、シオンはどこか得意気な笑みを浮かべた。
「俺は、本当はただのC魔術学生だよ」
「へ……? が、学生、なの? ただの……?」
「ああ、そうだ」
「ふ、ふーん……。まぁ、なんでもいいのだけれどね」
シオンの返答に少し困惑していた様子だったが、「そう言うなら、そういうことにしといてあげるのだわ」という風に切り替えた。
「じゃあ……、シオン。今日は有難う。……少しだけ、感謝してあげるのだわ」
そう言った少女は直ぐに踵を返し、今度は振り返らずに通りの奥へと向かって歩いていった。
少女が知り合いらしき人物と合流するのを見届けると、シオンも王都の駅へ向かって歩き出した。
◆
少女と別れた後、シオンは魔力列車に乗車して魔術学園の寮へと戻り、やや遅めの夕食をとった。
そして夕飯を食べ終えて食器を片付けると、彼は自室から魔術本やポーションを抱えて学園の実技訓練場へと向かう。
目的はただ一つ。魔術の鍛錬である。
まるで先程までの出来事など無かったかのように、彼は集中して鍛錬に取り組む。
「今日は疲れたからゆっくり休もう」、などと言う考えは彼には無い。疲弊した身体はポーションを流し込めば動くからだ。
「はぁっ……、はぁ……っ……」
両手を地面に着けながら、険しい表情で激しく息を切らすシオン。
全身の血管が異常に腫れ上がり、夥しい量の汗が地面に流れ落ちる。
二十時過ぎに帰宅した彼は深夜二時まで魔術の鍛錬を行い、もはや立ち上がることさえ困難なほど体が憔悴しきった頃合に夜の鍛錬を切り上げた。
風呂に入り鍛錬でかいた汗を洗い流すと、「回復促進」の魔術を自身に施して眠りについた。
そして一時間後に起床し、彼は再び魔術の鍛錬を始める。
放たれた矢の如く、止まることなく最強へ至るための鍛錬と妄想に己の全てを捧げる……これが一之瀬シオンの日常である。
◆
……王都の中心部からやや離れた街の中で、大変苛立った様子の侍女が一人。
彼女は、自身が仕えている雇い主たっての希望でその主と共に街の指圧屋に来ていた。
彼女は侍女という立場であったため「指圧マッサージを受けることは業務に差し支える」と断ったのだが、主があまりにも一緒にマッサージを受けようとしつこく、押しに負けてつい自身もマッサージを受けてしまった。
それこそが彼女の大失敗であった。
彼女の仕える主は、そもそも指圧マッサージなど受けるつもりはなかったのだ。
侍女がうつ伏せになって長時間の指圧マッサージを受けている間に、こっそり指圧屋から抜け出して街を出歩くことこそが侍女の主の目的であったのだ。
そのことに気付いた時には、もう既に遅かった。
侍女が約四十五分間の指圧マッサージを受け終えうつ伏せの状態から上体を起こすと、隣の寝台で施術を受けていたはずの主の姿はすっかりなくなっていた。
「あのクソボケ娘がああああああああああああ‼」
侍女は大急ぎで指圧屋を飛び出し、街で主の姿を探した。自身が指圧屋でマッサージを受けていたばかりに主の身に危険が及んだとなれば、彼女の首が飛んでしまう。
それは侍女という役職を解雇される、と言う意味ではない。文字通り、侍女の頭部が胴体を離れて宙に舞ってしまう、という意味である。
侍女は懸命に主を探した。
街の露店が立ち並ぶ市場を何度も往復し、主が興味を持ちそうな所は徹底的に探した。
しかし、いくら探しても侍女の主は見つからなかった。
「(クソッ‼ まずい、これは本当にマズい‼)」
「(もしかして市場よりも遠くに?)」「(だとしたらどこに?)」「(もしもあのクソ馬鹿に危険が迫っていたとしたら……‼)」」
焦燥と激しい緊張感の中、彼女の中をグルグルと思考が回る。
「チィッ‼ あの馬鹿娘‼ 一体どこに……っ‼」
人々が行き交う市場の通りで人目も憚らず憤る侍女。
……丁度その時、彼女に声を掛ける人物が一人現れた。
「馬鹿娘って、一体誰の事かしら。ねぇ、ちょっと」
侍女が声を掛けられた方へ振り向くと、そこにはローブのフードを目元が隠れる程深く被った女性が立っていた。
「
侍女に声を掛けたローブの女性こそ、彼女が必死に探していた主その人であった。
「本当に張っ倒すわよあなた……」
「心配していたんですよ‼ どこへ行かれていたんですか⁉」
「どこにって、街の
詰め寄ってくる侍女に対して、少女はまるで悪びれもせずにそう言い放った。
「街の探索って、……探索てっ‼ もし危ない目に遭ったらどうするんですか‼」
「危ない目なら、もう遇ってきたのだわ」
「遭ってきたぁ⁉」
ふふん、と得意気にとんでもないことをいう少女に、侍女は目を見開いた。
「ええ。でも、何か変な人に助けられたから、安心すると良いのだわ」
「変な人に助けられてても安心出来ませんが⁉」
「あら、失礼な言い草なのだわ。もし彼がいなかったら、あなた打ち首ものだったのよ?あなたは彼に感謝した方が良いのだわ」
「えぇ……。まぁ、それはそうかもしれませんが……」
「(ならば、ご自身も恩人に対して〝変な人〟なんて言わない方が……)」などとは、思っても決して言葉にはしない。そんな正論が通じる相手ではない事など、十分に理解しているからだ。
「そうでしょ、ふふん」と、侍女を言いくるめて満足気にする少女。
自分から勝手に侍女の元を離れて街に繰り出しておいて、偉そうな態度を取る少女。
……しかし、こんな横暴が許されてしまう程、この少女は実際に偉い立場にある。
少女の名はルーナ・リンデザ・ギルバート。ギルバート王国第三王女、ルーナ・リンデザ・ギルバートその人だ。
世界各国の要人から絶世の美少女としての常に絶賛の声を集める、鮮やかな桃色の髪を持つ王女。
しかしその実態は王宮での窮屈な暮らしに鬱憤が溜り、庶民の暮らしを見物する為に侍女を無理やり王宮から連れ出し、街を徘徊するおてんば王女であった。
「ほら、さっさと帰るわよアイリーン」
「……分かりました、お嬢様」
アイリーンと呼ばれた侍女は、さっさと王宮へ帰るべく歩き出したルーナ王女の後を追う。
「全く、アイリーンがちゃんと私の側にいないから、今日はとんだ目に遭ったのだわ」
「指圧屋を勝手に抜け出して私から離れたのはお嬢様でしょうっ‼」
「そんな事知らないのだわ。アイリーンはとんだポンコツなのだわ」
「はぁ……。そうです私はポンコツです。大変申し訳ありませんでした。」
アイリーンは、まるで機械のように感情のこもっていない返事をする。この王女の言葉など、真に受けても意味が無いことだと理解しているのだ。
「まぁ今回は許してあげるのだわ。次からはちゃんとしなさいよね」
「はい、承知致しました。お嬢様の寛大なお心に感謝いたします。」
酷く棒読みで返事をするアイリーン。しかし、侍女であるにも関わらず主から目を離してしまった事は事実なので、それに関しては反省し、「次からは二度とこの女から目を離さない」と誓うアイリーンであった。
「分かれば良いのだわ、ふふん」
「……?」
満足気に微笑むルーナ王女に対して、アイリーンは違和感を覚えた。
いつもならこの理不尽な小言が王宮に着くまでの間延々と続くはずだが、今日は妙にあっさりと済んだ。
「……お嬢様、今日は何だか随分と機嫌が良くないですか?」
「……そ、そんなこと、ないのだわ」
アイリーンの問いかけに対して随分と間を開けながら、ルーナはそっぽを向きながらそう返した。
「……?」
随分と普段と違う反応にアイリーンは更に不思議に思うが、「(まぁ、このアホアホお姫様の情緒などこんなものか)」と、すぐに切り替えた。
……そして、彼女らが歩く王都から離れた王国西部の魔術学園に戻った一之瀬シオンという男は、自身が一国の王女の危機を救ったなどとは知る由も無いのであった。