本編で、梔子ユメが砂漠で倒れたところから始まります。
酷い砂嵐が視界を阻む。
気づけば足元さえ見えないほどの砂が入り乱れ、気力も体力も消え失せた彼女の歩みを阻むには十分すぎる環境であった。
「わ、たし、は───
少女は次の一歩を踏み出そうとした瞬間、全身から力が抜けて前のめりに倒れ込む。
少女の持っていた大盾は倒れ行く主を支えることなく少女とは反対に静かに倒れる。
彼女の視界は徐々に霞み、瞼を開けているにも関わらず暗闇が広がっていき、体の末端から徐々に感覚が消えて行く。
緑色の髪は荒れる砂漠の砂嵐に靡き、体に積もる砂は指折りで数えるよりも早く少女の体を砂の海に沈めていった。
そのまま少女は死の運命に呑まれるばかりかに思えたその時、砂嵐の中に四人の人影が歩む足音が少女に近づく。
『────!!───!?』
集団の内の一人が奇妙に盛り上がった砂山に緑の髪を見つけ、仲間に声を掛けて少女に駆け寄り、被さった砂を手で払う。
意識の朦朧とした少女を抱き抱えると、その者は防塵マスクの下からでも目に見えてわかる程に動揺する。
それは少女の頭頂部で明滅するヘイローを確認したが故であった。
明滅するヘイローは徐々に光を失っていき、ついには消えてしまう。
少女は残った聴覚に掠れた意識を向けるが、そこから聞こえるのは砂嵐の音のみ。
『ああ、クソ。気を失いやがった』
少女を抱く女性、アカリは目の前でぐったりと彼女の腕に身を預ける少女を揺らすが反応は無い。
どうしようかと彼女が思考を巡らせていたその時、砂嵐とは違う音が耳をつんざく。
ビビ、ピ!───隊長、その子そのままだと死んじゃうぞ?』
耳の無線から仲間のソラの声が聞こえる。
『みんな、アジトに急ぐぞ』
アカリは少女を抱き抱えたまま砂嵐の中を再び歩き出す。
砂嵐は四人の去るその場は再び砂が積もり、あらゆる痕跡を埋めてゆく。
四人が出発して三十分が経った頃、大きな砂丘で立ち止まる。
アカリが砂丘に手をかざすと、青い信号が点滅した後に砂丘が二つに割れ、巨大な鉄の板が砂を分けて開く。
扉の開いた先は暗闇に閉ざされ、底が全く見えない。
四人は穴に設置してある鉄製の梯子を降りる。
穴の最深部に辿り着くと、アカリが仲間の内の一人に命じて天井の鉄扉を閉めさせる。
重い音を響かせて扉が閉まり、天井からの陽光が遮られて完全に暗闇に包まれる。
そこから一拍置いて照明が辺りを照らす。
巨大な地下施設であり、アカリ達がアジトと呼ぶ場所であった。
防塵マスクを外して深く呼吸をし、帰宅の安堵感に包まれていたその時、仲間のソラがアカリの肩を叩く。
「ねえ隊長、早くあの子を助けないと死んじゃうよ」
「ああ、そうだな。アスカ、処置を頼めるか?」
アカリが横に視線を向ける。
視線の先には壁にもたれかかった少女を診断するアスカの姿があった。
「へいへい、分かっているよ。俺としてもこういう子は見捨てられないからね。先に医務室に行かせてもらうよ」
アスカは少女を背負い、先に施設の部屋の一つに入る。
その姿を見届けた後に、残った三人は一番奥のモニター付きの机や巨大スクリーンのあるだだっ広い部屋に入った。部屋に入ったと同時に再びアカリに声が掛かる。
今度は男の声、副隊長であった。
「おい、アカリ。これからどうする?あの少女が何者かは知らんが、俺達の存在は隠匿されるべきなのでは無いのか?」
「ああ、確かにあの少女の正体は彼女が目を覚ますまでは分からない。だが、見捨てることはできない。それだけは決して………」
アカリは真剣な表情で隣にいる副隊長を見る。
副隊長はバツの悪い顔になって目をそらす。
「すまん、野暮なことを聞いた。とはいえ、ヘイロー持ちはただでさえ厄介な連中が多い。妙な真似をするのなら、分かっているよな」
「ああ、分かっている。本当に心配症だなアンタは」
アカリの笑みを浮かべた顔に今度は照れた様子で顔をそらす。
「ねえねえ、二人ともいい雰囲気の所悪いんだけどさ」
「「え、へ!?」」
ソラが冷めた目で二人を見ると、ソラの言葉に二人は真っ赤な顔をしてワタワタと距離を置く。
「はあ、ともかく今回の依頼の報告を依頼主にしないとね」
「そ、そうだな」
ソワソワとした様子でアカリがデジタル画面の付属した机に暗証番号を打ち込むと、幾つかの項目が表示される。
その内の一つを選択し、そこに書かれた依頼主に問い合わせる。
何回かのコール音の後に電子音がして男の声が聞こえた。
『クックックック。おや、早かったですねえ。私が依頼を出してから二日もしないと思いますが?まさか、ギブアップ、というわけではありませんよね?』
男は実に胡散臭い声でその場にいる全員に苛立ちを覚えさせる。
男の煽りにアカリは不敵に笑って答える。
「は、お前の依頼なら達成してやったぞ………ほら、これがお望みの情報だよ」
アカリは机の縁にUSBメモリを差し込み、その中のデータを男に送信する。
データを受け取った男は感心したように声を出す。
『おお、これは驚きました。まさかこれほどの実力とは、ふむふむ、確かに。感謝しますよ。“排斥者”の皆様』
男が言い終えるのと同じくして、机の画面に数字が表示される。
それは依頼報酬の金額であり、その桁は十桁に及ぶほどであった。
「ええ!?なにこの金額!?」
表示された数字にソラが飛び跳ねて驚く。
しかし、ソラとは対照的に副隊長とハルナは怪訝な表情を浮かべる。
アカリはあまりに元の報酬とかけ離れた金額について男に質問する。
「少し多い気がするのだが?」
『いえいえ、妥当ですよ。仕事の丁寧さなど諸々を鑑みての結果です。今後とも良いお付き合いができることを願っていますよ』
男が言い切るや否や通話が一方的に切られる。
「切りやがった。あの野郎、正体も知れぬ間に去りやがって」
副隊長は終始掴みどころの無かった男について考えつつ、近くにあった椅子に腰掛ける。
「とはいえ、だ。怪しい奴だったが金払いはいい。今回の依頼を受けて正解だったな。久々の上客だ」
アカリは渡された金額を均等に配分し、それぞれの携帯端末に送る。
「それにしても凄い人だったね。もしや、どこかの資産家だったりして、おおっと、と、と、と、アイテッ!?」
ソラはキャスターの付いた椅子に乗ってカラカラと移動し、壁際に迫っていることに気付かず頭を打ちつけて涙目になって頭をさする。
「それは無いな。今回みたいな仕事をそこらの普通の金持ちが依頼するか。十中八九裏の人間だろうよ。詮索はしない方が身の為かもしれんな」
ソラの言葉を否定して副隊長が見解を述べる。
思考に疲れ、ため息を吐く副隊長の鼻腔をコーヒーの芳しい香りがくすぐる。
その香りのする先に目を向けるとアカリがマグカップにコーヒーを注いで自分と副隊長の前に置く。
「先の心配はやめておこう。鬱屈な気分になるだけだ。まずは仕事の達成の余韻に浸ろうじゃないか」
「落ち着いているな。さすがは隊長だよ」
「な!?それは関係ないだろう!?大体、君だってな」
「え?もう一回言ってくれるかな?」
「ああ、もう!!」
アカリを揶揄う副隊長は大層楽しそうに笑みを浮かべて、顔を赤くするハルナを見る。
(お腹いっぱいなんですけど。犬も喰わないっての)
ソラは目の前で繰り広げられる二人のやり取りにまた冷え切った目になり、冷蔵庫から取り出した缶ジュースを開けて渇いた喉に流し込む。
疲れた体に糖分が回って体が楽になったように感じた。
その時、部屋に三人以外の声がし、声の先には先ほど少女を医務室に運んだアスカの姿があった。
「おい、あの子の治療を終えたぞ。あと数分もしていたら熱中症と脱水症で死んでいたな」
「それは良かった」
アスカの言葉にハルナが応え、三人はホッとした顔で笑みを浮かべる。
皆一様にあの少女のことを案じていたのだ。
「あの子の身元は分かるか?」
アカリの言葉にアスカは首を横に振る。
「そうだよな、でも、あの子からは強い神秘を感じた。恐らくだが、主神格の神秘持ちだろう。まあ、それだけでは身元なんて分からないがな」
アカリは少女の姿とその頭に浮かんでいたヘイローを思い出してその正体について考える。
そして、周りの三人も思考に耽り会話を忘れて静寂に包まれていた所に一通のメールがアカリの携帯に届いた。
「仕事の依頼か、今度はなんだ?って、あいつかよ次から次に」
見れば、そこには“黒服”と銘打った依頼人の名が表示されていた。
〈排斥者の皆様、お疲れの所大変申し訳ないのですが、依頼をもう一つお願い致したく。
というのも、最近になり活動を始めたとある組織についてその内情を調べ、可能でしたら殲滅をお願いしたいのです。報酬は前金が100万、達成報酬は500万でどうでしょうか〉
アカリは先の声の男からのメールに少し表情を顰めつつも依頼の内容を全員に共有する。
その内容に他の仲間もアカリと同じ表情になり、その男の前回の依頼内容の難易度がその態度から見て取れる。
「コイツの依頼、報酬は旨いがよ。見合わないんだよな」
アスカのボソリと呟いたその感想に一同は賛同の意を首を縦に振って示す。
ある種のトラウマじみた物が込み上げそうになり、アカリは頭を抱える。
「どうする、受けるか?」
報酬は確かに最高だ。
しかし、下手に手を出せば命さえ危ぶまれる状況に首を突っ込みかねない。
だが、今の自分達の組織には資金が必要。
それでも仲間を危ない目に遭わせる訳にはいかない。
堂々巡りの思考に陥って一向に決断ができない。
頭を抱えて机に突っ伏すアカリの肩にポンとアスカが手を置く。
「俺たちのことは心配するなよ隊長。俺たちはアンタの仲間だぞ?守られるだけの存在じゃない」
アスカの自信に満ちたその顔に説得され、アカリは肩を落とす。
「そうか、そうだよな。この依頼、受けよう」
アスカの言葉に決意を固め、アカリは黒服のメールに返信をする。
するとすぐに返信への返信が送られる。
内容はより詳しく依頼についての記載についてであり、前金の振り込み完了のメールも付随して表示された。
「これは、また鬼畜な内容だな」
メールの内容にアカリは引き攣った笑顔を浮かべて若干の現実逃避に浸る。
〈これはこれは、お早い返答大変喜ばしく思います。さて、依頼の詳細ですがゲヘナ自治区の地下にあるカイザーの実験施設を調べて欲しいのです。相手の組織の名は────
黒服のメールを目で追っていたアカリはその途中で止まった。
「────崇拝者、こんな所にいたのか」
憎悪を孕んだ声でアカリはその名を口にする。
副隊長は彼女の雰囲気が急変したことに気がつき、後ろから彼女の持つ携帯の画面を覗く。
「はは、これは、幸運なんだか分からねえな」
排斥者の設立に関わった者ならば知っているその名に副隊長はアカリと同じような表情になる。
排斥者、それは居場所を無くしたりして根無草となった浮浪者が結託した組織だ。
今や、外の世界とキヴォトスの両方を股にかけて依頼をこなす傭兵集団となっている。
中でもアカリの率いる部隊は排斥者の代表とも言える組織であり、排斥者設立当初の目的を追い続ける部隊であった。
その目的というのが、崇拝者の打倒であった。
偶然かそれとも必然なのかは不明なものの、今回の依頼はまさに彼女たち排斥者にとって喉から手が出る程に欲していた崇拝者への手がかりであった。
「まさかの展開だな。俺たちが何年も追い続けて尻尾の毛すら見つからなかったのに。こんな形でアイツの手がかりが得られるとは。アッツ!?」
アスカは皮肉っぽく笑い、自分のコーヒーを作って思いもよらぬ熱さに舌を出して舌に広がる熱さを外気で冷やす。
改めてカップに息を吹きかけて熱さを和らげたコーヒーを胃に収めつつ、余っていた椅子の一つに背中を預ける。
「ともかく、今回の依頼は受けて正解だったな。んで、場所はどこだ?」
副隊長も席につき、四人全員が隊長であるアカリの言葉を待つ。
「ゲヘナのカイザーPMCの子会社だよ」
隊長は携帯端末の画面を机の画面と共有し、全員が見えるようにする。
映ったのはゲヘナ自治区の全体図に依頼の目標地点を記した地図であった。
「ゲヘナか、あそこはほぼ無法地帯だからね。厳しい依頼になるよ」
ソラが苦い顔でその地図を見る。
「そうか、お前キヴォトス出身だからな」
「ええ、あの頃は随分拗らせていたけれど。ヘルメット団なんて、今となってはいい黒歴史だわ。まあ、そんなことはどうでも良くて、風紀委員会の縄張りで仕事をするのは危険すぎる」
ソラの険しい表情にその場にいた全員が黙りこくる。
ゲヘナはキヴォトスの中でも屈指の無法地帯だ。
平気で人は死ぬ上、銃火器の音が昼夜問わず鳴り響く地獄であり、それを鎮圧する風紀委員による厳しい規制が敷かれた地域であった。
故に、依頼であれど、もし戦闘がゲヘナの勢力に見つかれば混戦は避けられない。
「これは、根回しから必要か?」
副隊長は顎に手を当てて、依頼についての算段を考え始める。
「この手の話は俺に任せてくれアカリ。風紀委員に交渉を持ちかけよう」
副隊長の意見にアカリはソラとアスカに視線をやり、二人の了承を確認して副隊長に視線を戻す。
「分かった。頼んだよ副隊長」
「ああ、任された」
隊長の言葉に微笑みを浮かべて快諾した副隊長は善は急げとばかりにそそくさと携帯端末を手に取って部屋を出ていった。
「この件は、副隊長の手腕次第。私達は待つばかり、だね」
ソラはため息を吐いて手持ち無沙汰な現状に虚しさすら覚える。
他二人も現状には不服を覚えているようで天井を見上げたり、カップのコーヒーに映る景色を見つめたりして自分の感情を誤魔化していた。
その後、流れ解散という形で各々の自室に戻っていった。
その頃、医務室のベッドの上では薄緑の髪を広げて横たわる少女の姿があった。
その顔はひどく憔悴しきってはいるものの、砂に埋まっていた時の血色の引いた肌は、元の色を取り戻しつつあった。
そんな少女は深い深い意識の穴の底から這い上がり、目を瞬かせて意識を取り戻す。
死の縁を彷徨っていた彼女は驚くべき速さでの回復を果たし、目を覚ましたその瞬間に全身の不調が瞬く間に修復されてゆくのを感じた。
「ここ、は、どこ?」
少女は目だけを動かして辺りを見回す。
視界に入るのは月光にも満たない薄明るい灯を携える蛍光灯と、それによって照らされる灰色の天井、そして天井と同じ色の壁と床。
特に気に掛かるような発見もできず、未だ鮮明に取り戻せぬ思考を何とか回して現状を把握しようとする。
まずは、なぜこんな所にいるのか、だ。
「あれ?思い、出せない?」
どうやら相当のショックだったようだ。
追い討ちをかけるように、記憶の代わりにやって来たのはひどい頭痛だった。
「ッ!?」
あまりの痛みに頭を抱えて体を縮こまらせる。
腕を一気に動かしたせいか、腕に繋いであった点滴がガシャン!と音を立てて倒れ、その拍子に腕から針が抜ける。
しかし、そんなことを気にしていられるほどの余裕は痛みを堪える彼女にはなかった。
『アナタハ、ダレ?ワタシハ、ダレ?』
「え?」
頭の芯に直接響く声に一瞬呆気に取られて間抜けな顔をする。
その声は困惑に満ち、恐怖にさえ満ちていた。
幼子の見る悪夢のように生命そのものが脅かされたかのような根源的な恐怖を呼び起こされ、体温が一瞬で下がり、冷や汗がドッと溢れる。
半ばヤケクソという精神状態となって少女はその声に応える。
「私は、ユメ、梔子、ユメ」
そうだ、ユメだ。
自分の口からついてでた言葉で己が名を思い出してハッとする。
まるで芋のつたでも引っ張ったかのように頭の痛みが引いて忘れていた記憶が呼び起こされる。
『ワカッタ、ワタシハアナタダカラ、ワタシハナマエガ、マダ、ナイ』
少女の記憶の回復と同時にまた声が頭に響く。
その声は納得感を伴って消えていった。
何が何だか分からないまま、少女、梔子ユメは記憶を回復した。
「かえ、らなくちゃ」
消え入りそうなその声と共に体を起こして少女は医務室の扉へと向かう。
手にかけた扉はひどく冷たく、その冷気に熱を持っていた体が冷やされてゆく。
不整脈のようにバクバクと跳ねる心臓が呼吸を乱して視界が揺れて上下の位置さえあやふやになってくる。
焦燥感に駆られ、扉の取手に手をかける。
力が入らず、腕が震えて扉はカタカタと揺れる。
しばらくして、瞼が徐々に重苦しくなってくる。
「ま、だ。もう、す、こし」
ずるずると扉に寄りかかっていたその時、扉が開いて便りを失った体が部屋の外に倒れる。
「うぎゃ!?」
素っ頓狂な声が部屋に響き、ユメの体が部屋に入ろうとした者の上に覆い被さる。
「あいたた、こんのお。え!?だ、大丈夫かい君!?」
倒れてきたユメを抱き抱えたアカリは、ユメをベッドに戻してその額に冷えたタオルを乗せる。
「肝を冷やしたよ。まさかこんなに早く目を覚ますなんて、さすがはキヴォトスの人間だ」
ユメはスースーと寝息を立てて寝入っている。
その頭を優しく撫でるハルナはその感触の懐かしさに頬に一筋の涙が走った。
「何年ぶりだろうね、こうやって誰かの世話を焼くなんて」
「孤児院以来だったな」
「来てたんだ、先生」
アカリが後ろを見ると、扉の枠に寄りかかる副隊長の姿があった。
「先生か、お前はいつまでその呼び方なんだ?」
「はは、いつまで経っても貴方は私の先生だとも。それで、了承は得られたのか?」
アカリの問いに副隊長は渋い顔になって視線を部屋の外に移す。
「風紀委員の連中が話があるとよ、明日の早朝だそうだ」
「そうか、それじゃあ早めに休まなければな」
アカリが立ちあがろうとした瞬間、右腕の袖を引っ張られて危うく倒れそうになる。
ベッドを見ると、ユメがアカリの右袖を掴んでいた。
「ホシノ、ちゃん」
ユメの眦から一筋の涙が落ちて枕にジワリと溶け込む。
「もうしばらくはここにいるよ、この子も一人だと寂しいだろうしね」
困った顔をしてアカリが副隊長の方を見ると、副隊長は優しい笑みを浮かべて部屋を後にした。
二人だけになった部屋で、アカリは右袖を縋るように掴むユメの手を自分の手で包んでその顔を眺める。
「安心しておやすみ」
子を宥める親のように穏やかな声音でユメに声をかけ、ユメはその声が伝わったのかほくそ笑んだ。
◇
暗い室内には組んだ足をデスクに放る女と、その目の前で冷徹な視線をその女に送る少女が一人、佇んでいた。
場所はゲヘナ、カイザーPMCの子会社のビル。
背景には煌々と照る街明かり、活気あふれる人々の喧騒、欠かせないのが銃撃音と爆撃音。
ゲヘナの日常を背後に感じながら女が少女に目を向ける。
「あいつは何て?」
「好きにしろ、だそうよ」
「そうか、それは上々だ」
少女の答えに満足げに頷いて女は自分の銃を愛おしそうに撫でる。
「アンタ、仕事相手に顔も見せないのか?」
「は?お仲間ごっこなら間に合ってるわよ」
少女が一層厳しい目線を女に向けると、女は両手を胸の前にあげて落ち着くようジェスチャーで伝える。
「アンタを相手したら命が幾つあっても足りないよ」
「懸命ね、時間だわ。それじゃあ健闘を祈っておくわ六号さん?」
皮肉っぽく笑って少女は手を振って部屋の扉から出ていく。
残された女は舌打ちを一度打って窓の方に椅子を回転させる。
「生意気なガキだ。とはいえ、黒見セリカ、あそこまでの化け物とは恐れ入った」
照らす外からの光で女の顔が淡く照らし出され、その傷だらけの顔が顕になる。
「二号、貴様を殺せる日が待ち遠しいよ、フフフ」
不気味な笑みを浮かべる女は徐々に更ける夜の街に相棒の銃を突きつける。