目を覚ました梔子ユメはベッドから起き上がり、部屋から出ると思わぬ出会いがあった。
重い体を起こしてユメは呆然と灰色の天井を見上げる。
〈どれだけ、寝ていたんだろう〉
辺りを見回すが、掛け時計の一つも見当たらず、不親切なものだと思いつつ足元に掛かった掛け布団をひっぺがしてベッドを降りる。
以前ほどの倦怠感も無く、足に力も入る。
「行かなきゃ」
長い時間寝ていたせいか頭がガンガンと痛んで正直もう少し寝ていたいと考えてしまうが、ユメはその心に自分の為すべきことを据えて歩を進める。
扉に手を掛けると、あまりに簡単に開けることができた。
以前、必死になって開けようとした扉が今となっては何の障害にもなりはしなかった。
自分の調子が戻りつつあることに喜びを感じつつ、部屋の外に出る。
「キャッ!?」
ユメの短い悲鳴が上がる。
天性のドジが祟り、見事に扉のレールですっ転んだのだ。
さらに、運の悪いことにその状況を目撃した者がいた。
「梔子、ユメ?」
廊下を渡っていた少女が目を見開いてすっ転んだユメを見る。
その少女は、白いもふもふの長髪に切長な瞳、やけに丈の短いスカート、何より目を引くのは腰あたりから生える巨大な蝙蝠じみた羽である。
「あいたた、ごめんね、怪我は無かったかな?」
テヘヘと照れ臭そうに変な笑みを浮かべて立ち上がるユメは目の前の小柄な少女を見る。
見覚えの無い少女が怪訝な顔を浮かべて自分を見ていることに気づき、ユメは首を傾げた。
「えっと、私のこと知ってるの?」
「ええ、アビドス高校三年生、生徒会長の梔子ユメ、でしょう?」
「その通りだけど、私って有名人?」
「今は没落したとは言え、元は派閥の中でも抜きん出ていたアビドスの生徒会長を知らない人はいないわよ」
学校のネームバリューのおかげで知られていたことと、アビドスの現状を思うと複雑な心境になりつつ、ユメは引き攣った笑みを浮かべる。
「ところで、貴方の名前を聞きたいんだけど。いいかな?」
これ以上は自分の精神面に良くないと考えてユメは話を切り替え、少女に腰を屈めて問いかける。
「挨拶もなしだったわね。ゲヘナの風紀委員会一年生、空崎ヒナ。よろしく」
「うん、よろしくね!」
無愛想な少女、ヒナはユメから差し出された手に応えて自分の手を伸ばす。
思った以上の力で掴まれて体が浮くほどブンブンと腕を上下にさせられてヒナは狼狽えた表情を浮かべる。
「ご、ごめんね。私の後輩に少し似てたから、つい」
「ふふ、人となりは何となく調べて知っていたけれど。お人好しは本当のようね」
口元を押さえて笑んだヒナは後ろから近づく数人の足音に気づいて元の凛々しい顔に戻る。
振り返ると、数人のヒナと同じ風紀委員の服装をした少女たちが歩いて来ていた。
「何をしている、ヒナ。交渉に向かう途中なんだ。道草を食っている場合では無いだろう?」
先頭の少女がヒナに冷徹な視線を向ける。
ヒナは敬礼をすると、背後の風紀委員の同期の中に入る。
「すみません、委員長」
「まあいい、行くぞ」
「はい」
カツカツと音を鳴らしてユメの前を過ぎ去る少女達にユメは気圧されて道を譲る。
先頭の少女は道を逸れるユメを流し目に嫌味な笑みを浮かべてその横を通り過ぎる。
「ああ、君か。存在感が薄いと気づかないものだな、かつての隆盛を失ったとはいえ一学校のトップに挨拶を損なうとは失礼した。それでは、梔子ユメ殿」
通り過ぎてゆく風紀委員の後ろ姿を顔を伏せて見送ったユメは、彼女らの足音が消えた頃にようやく顔を上げる。
「はあ、やっぱり情けないなあ」
先程の彼女の評価はアビドスに対しては妥当だとユメ自身も理解している。
しかし、面と向かって直接言われると心にずしんと重いモノがのし掛かり、悔しさから下唇を噛み締める。
「そんなことより、早くここから出ないと」
ユメは思考を切り替え、施設から出ることを念頭に置いてまずは自分の装備を探しに風紀委員達とは反対の方へと歩き出した。
「よく来てくださいました、ゲヘナ風紀委員長」
排斥者のメンバーの一人、副隊長が会議室の扉を開け、来客に笑みを向けてその手を差し出す。
風紀委員長と呼ばれた先頭の少女はその手を一瞥すると、鼻で笑って跳ね除ける。
「私はお前達と仲良しこよしなぞしに来たのではないぞ?」
その言葉を聞いた副隊長の背後に控えていた他の排斥者のメンバーが立ち上がり武器に手を掛け、風紀委員達もそれに反応して武器を構える。
それを委員長と副団長がそれぞれの仲間を制し、その場を収める。
「すみませんね。ウチは傭兵集団みたいなものなんで、血気盛んなやつが多いんですよ」
申し訳ないと後頭部に手を回して困った顔をする副隊長に風紀委員長は今一度鼻を鳴らして嘲りの目で目の前の男を見る。
「そうか、飼い犬の首輪も絞れぬ飼い主では部隊の質が知れるな」
風紀委員長は副隊長から目線をはずしてその背後で自分を睨む者達に同じ目を向ける。
後ろの仲間に嘲りの目を向けられた副隊長は一瞬動きを止め、瞼をピクリとひくつかせる。
その一瞬の動きを委員長は見逃さず、一層口角を釣り上げる。
「ともあれ、いつまでもここにいるのも疲れるな。話に入ろうか」
「ええ、そうですね。貴方方もゲヘナの治安維持に日頃から尽力されてお疲れでしょうし、さあ、こちらです」
副隊長はすぐに調子を取り戻し、笑みを浮かべて風紀委員の少女達を席に案内する。
副隊長の態度が気に入らなかったのか、こっそりと顔を逸らし、舌打ちをした風紀委員長は案内された席にどかっと体重を落として座る。
副隊長はアカリを隣に、風紀委員長の対面に座る。
会議のメンバー全員が一堂に介し、風紀委員と排斥者の会議が始まった。