片腕ニーナと戻らぬ日々に。片目のエリカと明日への日々に。 作:furu6272
カツカツカツ
静かな病院の廊下に足音が響く。
足音は地面を叩くように早く、今にも走り出しそうな音を立てていた。実際、場所が病院でなかったら走り出していただろう。
足音の主はプラウダ高校で戦車道の隊長を務めるカチューシャだった。
カチューシャはノンナから、ニーナが病院にいることを知らされて病院まで飛ぶように来たのだった。ニーナの容態を気にしてか、カチューシャの顔には焦りの表情が強く浮かんでいた。
そしてノンナはいつものように無表情のまま、カチューシャを支えるかのように付き従っていたが、その顔は強張っているように見えた。
無言で歩く2人が歩みを止めたのは、通路で2人を待つように立っていた人物を前にしてからだった。
「お待ちしていました。カチューシャ様。」
2人を待っていたのは、ノンナと同様にカチューシャの側近ともいえる存在のクラーラだった。
「えぇ。ありがとうクラーラ。」
カチューシャはクラーラの挨拶にお礼を言う。しかしながら、クラーラに向けてお礼を言ったカチューシャの目はすぐにクラーラから離れ、少し離れた場所にある病室に向けられた。
「それで、その。あそこの病室に、二、ニーナがいるの?」
言葉を詰まらせながらカチューシャが尋ねると、クラーラは静かな口調で
「はい。そのとおりです。」と答えた。
その答えを聞いたカチューシャは両手をぎゅう、と強く握りしめる。
ニーナが病院の一室にいるという事実にショックを受けたのだろう。カチューシャは手を握りしめたまま下を向いて小刻みに震えてしまう。
しかし、プラウダ高校の隊長としての責任感によるものか、少しの時間で震えを止めると、カチューシャは顔を上げて大きく深呼吸をした。
「すぅ、はぁ。わかったわ。ありがとうクラーラ。」
カチューシャは決意を固めた顔をすると再びクラーラにお礼を言い、ニーナのいる病室に向かおうとした。
だが、
「?」
クラーラはカチューシャの前から動かず、まるで先に行くのをを止めるかのようにカチューシャの前に立ち続けていた。
「ちょっとクラーラ?どうしたのよ。」
不思議に感じたカチューシャが上を向いてクラーラに尋ねると、クラーラはカチューシャの顔をまっすぐに見てこたえる。
「カチューシャ様。ニーナの容態についてはご存じですか?」
「えっと、知らないわ。」
カチューシャは素直に言い、そして後ろのノンナに目を向ける。
カチューシャに問いかけるような視線を送られたノンナは、目を閉じて首を横に振った。
「ここに来るまでにカチューシャに話しましたが、私もニーナの詳しい容態については知りません。」
そう、カチューシャに命じられたノンナとクラーラは、無断欠席を続けているニーナとアリーナの行方を捜していた。そして、ニーナが病院に入院しているという情報を知った2人は、ニーナの状況が思ったより深刻かもしれないと考えたのである。
そこで2人は別行動をとることに決め、ノンナはカチューシャに情報を伝えに行き、クラーラは入院している病院へ行き情報を集めることにしたのだ。
このため、ノンナもカチューシャもニーナの容態については知らない状況であった。
カチューシャが再びクラーラの方を向くと、クラーラは目を閉じて無言で頷く素振りを見せた。
「カチューシャ様。ニーナに会う前に、私が集めた情報をお知らせしてもよろしいですか?」
クラーラの問いかけに、カチューシャは頷いて返事をする。
「えぇ、もちろんよ。お願いするわ。」
「かしこまりました。それでは一度、あちらへ行きましょう。」
「あちら?」
カチューシャの疑問に答える間もなく、クラーラはカチューシャとノンナの横を通り過ぎて、ニーナのいる病室とは反対方向へ歩いていく。
「ちょ、ちょっとクラーラ、どこへ行くのよ。」
クラーラは廊下をしばらく歩くと、ある部屋の中に入っていった。
突然の行動にカチューシャは戸惑うが、クラーラの後を追わないわけにはいかない。カチューシャはノンナと目を合わせると、一緒にクラーラの入った部屋に向かった。
クラーラが入った部屋は、患者や家族といった利用者が自由に使えるコミュニケーションスペースとなっているようだった。幸運なことに、部屋にはカチューシャ達以外には誰もいないようだった。
カチューシャの後に部屋に入ったノンナが後ろ手にドアを閉めると、それと同時にカチューシャが口を開く。
「ちょっとクラーラ、一体どうしたのよ?ニーナのところから離れちゃったじゃない。」
カチューシャは説明がないまま部屋に来たことを不思議に思い、怪訝な表情を浮かべてクラーラに問いただす。それに対して、2人の方を向いたクラーラは素直に頭を下げた。
「すいませんカチューシャ様、それにノンナ。廊下でもニーナの病室から離れてはいましたが、人が通る場所で話をするべきではないと思ったのです。」
クラーラの言葉を聞き、カチューシャは怪訝な表情を崩した。それは、クラーラの行動は突然の事ではあったが、その行動の理由はもっともだと感じたからだった。
「あぁ、そういうこと。わかったわ。私は気にしてないから、安心してちょうだい。」
「私もですクラーラ。それよりも話を聞かせてください。」
「はい。わかりました。」
クラーラが頭を上げて返事をする。
そしてクラーラは機械が報告書を読み上げるように話し始めた。
「まず、ニーナが見つかったのは3日ほど前の朝のことだったそうです。犬を飼っていた生徒が朝の散歩をしていたところ、犬が急いだ様子で生徒の事をどこかへ引っ張るようにしはじめたのだとか。」
「いつも大人しい犬が興奮した様子を見せていたので、生徒は何かあったのかもしれないと考え犬の案内する場所へ急ぎ足で向かったそうです。そして、しばらく行くと遠目に木が倒れている場所があり、おそらく誰かが木を切り倒したのだろうと思ったそうです。」
「ですがその生徒には、木を見て犬が興奮している理由はわからなかったそうです。」
「そして、犬が倒れた木の方へ向かっていくので、生徒も一緒に倒れた木に近づいて行くと、生徒はついに悲鳴を上げてしまったのです。なぜなら、倒れた木の下から人の衣服がのぞいていたからです。」
「悲鳴をあげる生徒を置いて、犬はどんどん衣服の上に重なった雪をかくようにして取り除いていき、まもなくして木の下敷きになった人。ニーナが見つかったそうです。」
「さすがに木をどかす事はできませんでしたが。生徒の方は動揺しながらも救急に連絡をしてくれたようで、ニーナの発見と救助につながったようです。」
「ここまでが、ニーナが発見された経緯になります。」
そこまで話すと、カチューシャ達の反応をみるためにクラーラは一度話を止めた。
カチューシャはクラーラの説明を聞いても、何も言うことが出来なかった。
カチューシャは、クラーラが意図的に感情を乗せないようにして語っていることに気づいていた。
それは、感情を込めることで情報が歪んでしまうことを避けたためであり、また、カチューシャを必要以上に刺激しないためでもあったのだろう。
だが、カチューシャはすでに確信してしまっていた。これは自分のせいで起きた事件なのだと。
なぜなら、ニーナに木を切り倒してくるように罰を与えたのはカチューシャであり、罰を与えたまま放置していたのもカチューシャだったからだ。
(だからアリーナは私に怒っていたのね。)
カチューシャの脳内に、自分に怒りを向けるアリーナの顔と、無邪気なニーナの顔が交互にフラッシュバックする。
(せめて、あの時私がニーナの様子を見ていれば。)
そんな考えが頭をよぎるが、その「とき」は過ぎてしまっている。
カチューシャは自分に対する怒りと後悔が止まず、あの時こうしていればよかった。という考えに囚われそうになる。だが、あわてた様子で頭を振ると、カチューシャは悩む思考を振り切った。
(幸いニーナは見つかったのだし、うじうじと悩んではいけないわ。なにより、クラーラの報告はまだ終わっていないのだから。)
頭を振ったカチューシャはあらためてクラーラを見つめた。それを見ていたクラーラは心配そうな口調でカチューシャに尋ねる。
「カチューシャ様、大丈夫ですか?」
クラーラは尋ねながら、カチューシャに近寄り手を伸ばそうとするが、カチューシャはそれを手で制した。
「大丈夫よ、クラーラ。私は大丈夫。話の続きをしてちょうだい。」
「……」
クラーラはそれをカチューシャの強がりだと思ったが、何も言わずに伸ばそうとした手を戻した。そして、顔を無表情に戻す。
「わかりました。ニーナが見つかってからの話をします。」
クラーラが再び説明を始める。
カチューシャは覚悟を決めてクラーラの話を聞いていたが、自然と体の前で、両手の指を組むように握りしめていた。それはまるで、何かに祈るようだった。