ギャンブラー勇者の鉄壁なる「棺桶」管理術 作:ドラクエ風短編小説
旅の疲れを癒やすために立ち寄った夜の街。その街の一角には、男たちの欲望と期待値が渦巻く伝説の聖域――「ぱふぱふ屋」が存在していた。 俺の心臓が高鳴る。これは魔王との決戦を前にした武者震いではない。煩悩という名の確変モードに突入した証拠だ。
「勇者様、あのような如何わしい看板の店に、一体何の用があるのですか?」 セーラが不信感に満ちた視線を向けてくる。リンも腰の剣に手をかけ、「悪しき気配を感じます」と警戒を強めていた。
だが、ここで引き下がる俺ではない。俺は足元に転がっている、もはや旅の景色の一部と化したジェニーの棺桶を愛おしそうに撫でた。 「……二人は、ジェニーの顔色が少し悪くなっていることに気づかなかったか?」 「えっ? 顔色って……ジェニーさんは、その、箱の中ですよね?」 リンが困惑して聞き返す。当然だ。蓋は閉まっているし、そもそも彼は死んでいる。
「そうだ。だが、俺には聞こえるんだ。彼の魂が『俗世の癒やしが足りない……。このままでは精神が枯渇してしまう』と泣いているのが」 俺はもっともらしい溜息をつき、教会の聖者のような悲しげな表情を作った。 「このぱふぱふ屋は、古の伝承によれば『生命のエネルギーを循環させる聖域』だ。特に修行中の魂にとって、女性の柔らかな気……いわゆる『癒やしの波動』を浴びることは、何よりの薬になる。……そう、すべてはジェニーの修行を完遂させるためなんだ」
棺桶の中から(兄貴! それボクじゃなくて兄貴がやりたいだけでしょ! ズルいよ! ボクも生きてる時に行きたかったよぉ!)と絶叫が聞こえたが、俺はそれを華麗にスルーした。
「そ、そうなのですか……。ジェニーさんのためなら、仕方ありませんね」 純粋なリンは、あっさりと騙された。
「……勇者、今の言葉、論理的に破綻しているわ」 セーラが瞳を冷たく光らせ、一歩前に出る。 「修行とは本来、感覚を研ぎ澄まし、雑念を払うもの。それなのに、なぜ『肉体的な快楽』の象徴である場所で、死者の魂が癒やされるというの? むしろ、煩悩に触れることは彼の『魂の忍耐修行』を根底から台無しにする行為ではないかしら」
(……っ! さすが賢者、期待値の計算が早い!) 俺の背中に冷や汗が流れる。 ここで論破されれば、俺の至福の時間は消え、ただの「死体愛好家(棺桶マニア)」という汚名だけが残る。 俺は脳細胞をフル回転させ、ギャンブラー特有の「ブラフ」を上乗せした。
「セーラ……君は『毒をもって毒を制す』という言葉を知っているか?」 「ええ、知っているけれど、それがこの店とどう関係するの?」
「いいか、ジェニーは生前、救いようのない遊び人だった。 そんな彼がいきなりストイックな瞑想修行に入った反動は計り知れない。 潜水病と同じだ。急激に浮上すれば体が壊れるように、彼の魂も『俗世の気』を適度に補給しなければ、禁断症状で霧散してしまうんだよ! 俺は今、あえて煩悩の泥沼に足を踏み入れることで、彼の魂を現世に繋ぎ止める『命の錨(いかり)』になろうとしているんだ!」
俺は必死に、教会の聖者のような悲しげな表情を作った。 セーラは数秒間、俺の瞳をじっと見つめていたが、やがてその知的な眉根を緩めた。
「……なるほど。精神の急激な減圧を防ぐための『緩衝材』としての儀式、というわけね。貴方の自己犠牲、そこまで深い計算に基づいたものだったなんて……。疑って悪かったわ、勇者」
危機一髪。なんとかごまかし、俺は鼻歌を歌い出しそうになるのを必死にこらえ、二人を店先で待たせると、勇み足でカーテンの向こう側へと消えた。
――至福の時間だった。 柔らかい感触。漂う甘い香り。俺のHP(精神的な意味で)が全回復していく。これこそが旅の真の報酬だ。魔王討伐などという期待値の低い仕事の合間に、こうした確定演出を挟むことこそが、ギャンブラーの嗜みというものだ。
一時間後。俺は賢者のような悟りきった顔(賢者タイムとも言う)で、店から出てきた。 「……ふぅ。これでジェニーの魂も、しばらくは安定するだろう」 「お疲れ様です、勇者様! ジェニーさんのために、そんなに体力を消耗されるなんて……」 リンが駆け寄り、汗(冷や汗)を拭いてくれる。「……悪いな、助かるよ……」俺はぐったりした表情を作り、リンに寄りかかった。
(兄貴ィィ! いい匂いさせて戻ってこないでよ! ボク、箱の中でムラムラして成仏しそうだよぉ!!)
ジェニーの怒りの振動でガタガタと鳴る棺桶を、俺は「おっと、喜びが抑えきれないようだな」と笑って受け流した。 美女二人の尊敬を勝ち取り、自分は極上の快楽を味わい、今までの冒険で得たゴールドを使い果たした。
「さあ、次の村へ急ごう。ジェニーの修行はまだ始まったばかりだからな」 俺は軽やかな足取りで、重たい棺桶を引きずり始めた。