アビドス対策委員会(IN梔子ユメ)、夏の大騒動!   作:気弱

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アビドスに海が来るらしい(なお胸部装甲は来ない)

アビドスの照りつける太陽は今日も容赦なく、対策委員会室の古びたエアコンは、断末魔のような悲鳴を上げながら微弱な冷風を吐き出していた。

 

室内を支配しているのは、酷暑による倦怠感だけではない。ある種の異様な熱気が、少女たちの間に渦巻いていた。

 

「えーっと……つまりですね」

 

資料の束を抱えたアヤネが、鼻筋からこぼれ落ちそうな眼鏡を人差し指でクイと直した。彼女の額には薄っすらと汗が滲んでいるが、その瞳には興奮の色が隠しきれていない。アヤネは期待に満ちた眼差しを向けてくる面々を見渡し、意を決したように声を張り上げた。

 

「先生から直々に、シャーレを通じたリゾート開発の協力依頼が届きました。場所は四方を海に囲まれた孤島、現在は地図にも載っていないような名もなき無人島リゾートだそうです」

 

「う、うみ……!?」

 

その言葉に、真っ先に、そして最大の熱量で反応したのはノノミだった。

 

「うわぁ……!」と歓声を上げ、ぱあっとひまわりが咲いたような笑顔で身を乗り出す。彼女の長い髪が、興奮に合わせてふわりと踊った。

 

「海って、あの見渡す限り水がいっぱいあって、太陽の光でキラキラしていて、空と地平線が混ざり合っている……あの、伝説の場所ですよね!?」

 

「……ノノミちゃん、さすがにそこまで詩的に説明しなくても、みんな海がどういうものかは分かってるからね」

 

ソファーの深みに埋もれるように沈んでいたホシノが、いつも通りの気だるげな調子でツッコミを入れた。片目を半分閉じ、まるでやる気のない隠居老人のような体裁を保っているが、その鋭い視線はテーブルに広げられた資料の「無人島」という文字を冷徹に追っていた。

 

「表向きはリゾート開発のコンサルタント及び護衛ですが、実際には島を占拠している旧式の武装ロボットや、不法居住しているならず者を排除しつつ、工事関係者の安全を確保してほしい……という内容です」

 

「ん。つまり何も無ければ、拠点の制圧後はそのまま遊べる。実質的なバカンス」

 

シロコが愛銃のボルトを引き、金属音を室内に響かせながら短く要約した。その瞳には既に、未知の戦場を駆ける狩人の青い光が宿っている。

 

「遊びじゃないわよ! 立派な任務なんだから! シャーレの予算が下りる以上、失敗は許されないわよ、分かってるの!?」

 

即座にセリカが噛みつく。だが、語気とは裏腹に、彼女の頬は心なしか少し赤みを帯びている。猫のようにピンと立った耳が、期待を隠しきれずに微かに動いていた。

 

「でも、開発スケジュールの合間には、完全な自由時間もかなり確保されているみたいですよ。先生も『みんなで夏らしい思い出を作ってほしい』と仰っていましたし」

 

アヤネが手元の資料をめくりながら補足すると、部室の空気は目に見えて一段階パッと明るくなった。砂漠のどん詰まりにあるこの学園にとって、「夏らしい思い出」というフレーズは、どんな宝石よりも価値のある響きを持っていた。

 

「ふふ、海かぁ……。いい響きだね」

 

ユメ先輩が、どこか遠くの地平線を見るような、懐かしくも温かい微笑みを浮かべる。

 

「みんなで遠出するの、本当に久しぶりじゃない? 任務も大事だけど、それ以上に大切なものを見つけに行こう? 夏の思い出、たくさん作ろうね、ホシノちゃん」

 

「……思い出、ねぇ」

 

ホシノは鼻先で小さく笑った。砂漠に囲まれ、砂を噛むような日々を送るアビドスにとって、海なんておとぎ話の世界のようで、正直なところまだ実感が湧かない。だが、その「非日常」への招待状は、避けては通れないある重大かつ致命的な問題を連れてきた。

 

「ただ、出発前にクリアしなければならない大きな問題が一つあります」

 

アヤネが今までにない真剣な、どこか宗教的な使命感すら漂う声で続けた。

 

「任務に際して――“水着”が必要になります。島の一部は浅瀬での作業も想定されていますし、何より自由時間に砂漠の制服のままでは、熱中症の危険もあります!」

 

一瞬の沈黙。開け放たれた窓から、砂漠の熱風がカラカラと乾いた音を立てて吹き込み、部室の沈黙を強調した。

 

「「「水着……!?」」」

 

三者三様の驚きが重なる。

 

「……ん。水着、持ってない」

 

そう淡々と、しかしどこか所在なげに口にしたのはクロコだった。手入れを終えた銃を置き、長いまつ毛を伏せて困ったように眉を寄せる。

 

「え、クロコちゃん、一着も持ってないの?」

 

ホシノが驚いて聞き返すと、クロコは小さく、消え入りそうな動作で首を振った。

 

「戦うことだけを考えて生きてきた。肌を晒す必要も、水辺で寛ぐ時間も、……私には必要、なかったから。無駄な装備は、削ぎ落としてきた」

 

「まあ……そうよね。アビドスに海なんてないし、わざわざ買う機会もないわよね。私だって、最後に買ったのなんて……中学の時のスク水が最後かも」

 

セリカが納得したように頷く。自分自身、最後に水着という単語を意識したのがいつだったか思い出そうとして、彼女もまた少し遠い目になった。

 

「ん。だから、買いに行く。先生に見せるための、最高の一着を」

 

クロコが当然の結論を導き出すと、ユメ先輩がぱん、と景気よく手を叩いた。

 

「うん、決まりだね! 善は急げ、みんなでお買い物に行こー! セール期間中かもしれないし!」

 

……ああ。

 

嫌な予感しかしない。ホシノの脳内シミュレーションでは、この賑やかなメンバーで買い物に行けば、平和に終わるはずがないのだ。特に「自分を棚に上げる」ことに関しては、このメンバーは一級品なのだから。

 

ホシノがそっと深いため息をついた、その時だった。

 

クロコが、ふと射抜くような、絶対零度の鋭い視線をホシノの方へ向けた。

 

「……ホシノ先輩」

 

「な、なにかな? クロコちゃん。そんなにじっと見つめられると照れちゃうなー」

 

嫌な勘が、冷たい氷を押し当てられたように背筋をぴしゃりと叩く。

 

「先輩。全体的に、背、小さいから。……買うのは、子供用? 140センチサイズ?」

 

「は?」

 

あまりにストレートすぎる剛速球、もはやデッドボールに近い言葉に、ホシノの思考が真っ白に停止した。

 

「ちょ、ちょっとクロコ先輩!? 流石に言い方ってものがあるでしょうが! 礼儀! 礼儀をわきまえなさい!」

 

セリカが慌てて止めに入るが、クロコの瞳に悪気は一切ない。むしろ、効率的な購買行動を提案する戦術家のような真面目さで続けた。

 

「ん。客観的な事実。この体格で既製品の大人用……特にノノミのようなサイズを着れば、丈が余る。浮力が邪魔になる。子供用のコーナー、もしくはジュニア向けが、最も身体に適合する」

 

「……っ!! それ、どっちの意味で言ってるのかなぁ!? 純粋な身長の話!? それとも……もっと別の、私が欠落させてしまった起伏の話かな!?」

 

ホシノはガバッとソファから立ち上がった。眠たげな目はどこへやら、二色の瞳がカッと見開かれる。

 

「私だって! 私だってそれなりに牛乳飲んだりして頑張ってるんだよ!? まだ伸び代は、あるはずなんだからね!? 晩成型って言葉、知ってるかな!?」

 

しかし、叫んだ後に気づいた。

 

なぜか、セリカとアヤネが、自分の胸元を静かに押さえながら、石像のように固まって下を向いていることに。

 

「な、なんで二人まで致命傷を負ったような顔してるの!? まるで明日のアビドスの債務額を聞いたみたいな顔して!」

 

「流れ弾です……! その『成長』という言葉は、私たちにも深く深く刺さるんです……っ!」

 

アヤネが血を吐くような悲痛な叫びを上げた。

 

「……ん」

 

そんな混沌とした状況の中、シロコだけが静かに、そして確かな勝利を確信したような誇りを持って、ほんの少しだけ胸を張った。

 

「私は、まだ成長のフロンティアにいる。未来の私(クロコ)という、確実な完成形が目の前に存在している」

 

「ん。でも」

 

そこに、クロコが首を傾げて容赦ない論理的追撃を加える。

 

「過去の私が、今の私のように成長するとは限らない。栄養状態、日照時間、何より並行世界における遺伝的揺らぎ……私がここで育ったとしても、同じ質量を得られるという確証は、無い」

 

「……っ!」

 

今度はシロコが膝をついた。アビドスの戦力が次々と瓦解していく。

 

「追撃やめなさい! 味方を壊滅させてどうするのよ、この馬鹿クロコ先輩!」

 

セリカが絶叫する中、事態を不憫に思ったユメ先輩が、満面の笑みでホシノの肩を優しく、慈しむように叩いた。

 

「だ、大丈夫だよホシノちゃん! 牛乳たくさん飲んで、毎日牛さんみたいに寝てれば、きっといつか……数年後か、十数年後には成長するよ! 諦めたら、そこで女の子は終わりだよ!」

 

……やめて。

 

その、一点の曇りもない慈愛に満ちた眼差しと、自分たちには逆立ちしても得られない物理的質量をぶら下げているユメ先輩からの言葉は、今のホシノにとってはどんな毒電波よりも猛毒でしかない。

 

「……もういい、寝る。おじさん、もうこのまま砂になって消えるよ」

 

ホシノは魂が口から抜け出したような顔でソファに崩れ落ちた。

 

「とりあえず……明日はクロコちゃんの水着、買いに行こ……。私のことは、適当なバスタオルでも巻いて海に放り込んでおいていいから……」

 

「ん。ありがとう、先輩。楽しみ。機動性の高い水着を選ぶ」

 

クロコは何事もなかったように、少しだけ期待に満ちた、春の訪れを感じさせるような声を出す。

 

……絶対、後で倍返しにしてやる。寝込みを襲って枕を高くしてやるんだから。

 

こうして、アビドス対策委員会は「水着を買いに行く」という、平和なのか、あるいは血で血を洗う心理戦争の幕開けなのか分からない第一歩を踏み出した。

 

なお――。

 

結局、その後のミーティングでホシノの水着のサイズ感については、誰も、一言も、それ以上触れようとはしなかった。

 

それが「触れてはいけない地雷」という共通認識なのか、それとも「言わずもがな」という残酷な配慮なのか。

 

どちらにせよ、ホシノの胸の奥には、砂漠の凍てつく夜よりも冷たく、そしてドロリとした嫌な予感だけが、重く居座り続けていた。

 

 




シロコもシロコテラーのように大きくなる…のかなぁ?
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