眩しいほどの陽光が、どこまでも続く白い砂浜に反射して、視界を白く染め上げる。
鼻腔をくすぐるのは、砂漠の乾燥した匂いではなく、どこまでも深く、生命力に満ちた潮の香り。
空は吸い込まれるような蒼を湛え、波が砕ける音は、まるで祝福の拍手のように響いていた。
(よし……今日は、何しよっかな)
私はパラソルの下、デッキチェアに深く腰を下ろして、独りごちた。
死の淵から生還し、身体の傷もすっかり癒えた。あの惨劇が嘘のように、今はアビドス対策委員会の全員が、こうして平和なリゾートの風景の中に溶け込んでいる。
それだけで、重く澱んでいた胸の奥が、氷が溶けるように軽くなっていくのを感じた。
しかし、その穏やかな静寂は、一瞬にして破られることになる。
「ねえ、ホシノちゃん!」
弾んだ声と共に、私の視界を物理的に塞ぐようにドアップで現れたのは、ユメ先輩だった。
「今日は私と遊ぼうよ! 砂のお城を作ってもいいし、私が浮き輪になってホシノちゃんを大海原へ運んであげてもいいよ!」
「……え? いや、先輩が浮き輪になるのは物理的に無理があるんじゃ……」
私がツッコミを入れるよりも早く、背後から冷気を含んだ「黄金のプレッシャー」が襲いかかった。
「いえいえユメ先輩、今日は『私』の番ですよね~?」
ノノミが、いつものおっとりした笑顔を浮かべつつ、背後で**「小鳥遊ホシノ・フルコース・スケジュール表」**という物騒な厚みのバインダーをパチンと鳴らした。
「ホシノ先輩には、あの時いっぱい心配させられましたし、その分……骨の髄まで、たっぷり甘やかして、お世話してあげなきゃいけないんです♪」
「……ん。私も。ホシノ先輩をボートで牽引して、限界までスピードを出す任務がある」
シロコが静かに、しかし目は一切笑っていない「強制連行モード」で主張する。
「ちょ、ちょっと待ってください! 健康管理責任者として、私のバイタルチェック予定も入れてください!」
アヤネが血眼でタブレットを連打し、さらには、
「当然、私のことも忘れてないでしょうね!?」
セリカが腕を組んで、もはや喧嘩を売っているような勢いで睨みつけてくる。
最後に、物陰からぬっと現れたクロコが、低い声でトドメを刺した。
「……先輩に選択権はない。私たちが、先輩をどう使うかを決める」
(え、なにこの、逃げ場のない包囲網は……? 私、もしかしてまだ捕虜かなんかかな?)
冷や汗が流れる。
私が口を開く隙すら与えず、ユメ先輩がさらに一歩踏み出し、年長者の(自称)余裕たっぷりの笑顔を振りまいた。
「ふふ、みんなの気持ちはよく分かるよ。でもね、こういう時は決まりがあるの。……先に遊ぶのは、『先輩』の特権だよ?」
一瞬、波の音だけが虚しく響いた。
数秒の沈黙の後。
「………………は?」
最初にキレたのは、やはりセリカだった。
「ちょっとユメ先輩!!」
前のめりになって、鼻先が触れそうな距離で叫ぶ。
「それ、ただ単に**『留年して学年がダブってる』**だけじゃないですか! 特権でもなんでもない、ただの不名誉です!」
「えっ!?」
ユメ先輩が、全否定されたショックで膝をつく。
「ちょ、ちょっとセリカちゃん!? 留年って言わないで! 『アビドスの永住権を得た』って言って! それに、学年は違えど私の方が人生の経験値は上なんだよ!?」
「先輩面してますけど、ホシノ先輩と学年一緒ですよね!? 同じ教室で授業受けてるのに、何が人生の経験値ですか!?」
「…みんなと違う経験値…あるよ?」
ユメ先輩は即座に立ち直った。その瞳には、往生際の悪い光が宿っている。
「だって付き合いの長さなら負けないもん。ホシノちゃんがまだ『おじさん~』なんて自称を始める前から知ってるし、今の丸っこい性格になる前の……あの、**触れるものすべてを切り裂く『アビドスの狂犬』**だった頃のホシノちゃんだって、私は知ってるんだから!」
「ちょっと待って! その呼び名、今すぐこの海に沈めて! 私の黒歴史をこの青空の下で再放送しないで!」
私は思わず顔を覆った。
「……つまり」
アヤネが、こめかみを指で激しく揉みながら深い溜息をついた。
「年功序列でも、留年歴でも、学年でも、付き合いの長さでも、到底決着がつかない。……というよりも、全員が譲る気が一ミリもない、ということですね」
「そういうことですね~」
ノノミがにこにこと頷きながら、どこからか「くじ引き」の道具を取り出した。
「じゃあ、これしかないわね」
セリカがそれをひったくるように受け取り、私に鼻先まで紙を突きつける。
「くじ引きよ。これが一番公平でしょ? 滞在期間中、一日ずつホシノ先輩と遊ぶ順番を決める。……不満があるやつは、今すぐ砂浜に埋めるわよ!」
「……あの、私に拒否権は?」
「「「「「ありません」」」」」
(ですよねー……)
全員が殺気立った表情で、運命の紙を引いていく。
一枚、また一枚。砂浜に、爆弾の導火線に火がついたような緊張感が走る。
そして、静かに結果が出揃った。
「……っ」
セリカが、自分の紙を見たまま、まるでメドゥーサに睨まれた石像のように固まった。
「………………」
「………………」
「……え」
全員の視線が、カタカタと震えるセリカの手元に集中する。
「ちょ、ちょっと待って……なんで私が……なんでこんな仕打ちを……」
紙には、誰が見ても読み間違えようのない太いマジックでこう書かれていた。
【最後(大トリ)】
「……あ」
誰かが、憐れみを含んだ声を漏らした。
「つまり……」
ノノミが、今日一番の輝かしい、そして少し邪悪な笑顔でまとめる。
「ホシノ先輩を一番最後に、そして**『他の誰の邪魔も入らず独占できる』**のは、セリカちゃんですね♪」
「なっ!? 違う、そういう意味じゃ……!」
セリカの顔が、火を噴きそうなほど真っ赤に染まる。猫耳が激しく左右に揺れた。
「……ん。順番的には、いちばん長い。ラスボス。おめでとう、セリカ」
シロコが淡々と、けれど心なしか楽しそうに追撃する。
「意味が違うでしょ、意味が!! 最後ってことは、みんなが散々遊び倒して、先輩がボロ雑巾みたいに疲れ果てた後じゃないのよ!!」
私はというと、自分の将来(ボロ雑巾確定)に絶望しつつも、激しく動揺するセリカの姿を眺めながら、遠い目をして悟った。
あの日、コンテナの影で「楽しい思い出にしたい」と願ったのは自分だ。
その願いは今、**「対策委員会の情熱という名の暴走」**という形で、過剰なまでに叶えられようとしている。
(……あー……これ、一日目から最終日まで、体力ゲージが常に赤点滅するやつだ)
波の音は変わらず穏やかで、太陽はどこまでも明るい。
けれど、私のリゾート生活は——。
どうやら、平和とは程遠い、とんでもなく賑やかで、筋肉痛不可避の「幸福な争奪戦」になりそうだった。
「よし、決まったわね! 一日目は私よ!」
ユメ先輩が私の腕を強引に引き、ノノミが反対側の腕を固め、シロコが足元でボートの準備を始める。
私はもう一度、深くデッキチェアに沈み込もうとしたが、その隙すら与えられなかった。
耳に届く、仲間たちの絶えない笑い声と、セリカの「ずるいー!」という絶叫を最高のBGMにしながら、私のアビドス流・地獄のリゾート計画が幕を開けた。
ギャグ回へ突入…