アビドス対策委員会(IN梔子ユメ)、夏の大騒動!   作:気弱

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小鳥遊ホシノの夏休み!砂狼シロコ編

「ホシノ先輩」

 

「んー?」

 

寄せては返す波の音に意識を溶かしながら、私はのんびりとした生返事を返していた。

どこまでも透明な青が広がるリゾートの海。砂浜の熱を背中で感じながら微睡む時間は、何物にも代えがたい贅沢だ。けれど、視界を遮るようにスッと落ちた細長い人影と、肌を刺すような静かで熱い視線が、私の意識を強制的に現実へと引き戻した。

 

(あぁ、そうだった。今日が「誰の番」だったか、思い出したよ……)

 

よっこらしょ、と重い腰を上げて振り返ると、そこには水着の上に薄手のラフなパーカーを羽織り、使い込まれたスポーツバッグを無造作に肩にかけたシロコが立っていた。白銀の髪が海風に揺れ、その隙間から覗く凛とした瞳が私を真っ向から捉える。

 

「今日は、私の日」

 

「だねぇ。今日一日は、おじさんの身も心もシロコちゃんに預けるとするよ」

 

「ん。逃がさない」

 

シロコは淡々と、けれど獲物を追い詰める狼のように、物理的に私の退路を塞ぐ絶妙なポジションへとスッと移動した。その瞳の奥には、雪山で獲物を追うハンターのような、静かだが鋭い意志が冷たく燃え上がっている。

 

「勝負しよう、先輩」

 

「……いきなりだねぇ。今はせっかくのオフだよ? こうして砂浜で、波の音を子守唄にお昼寝とかじゃダメかなぁ?」

 

「オフだから、やる。全力で遊ぶのも、一種のトレーニング。筋肉も精神も、動かさないと鈍る」

 

「うーん、全然理由になってない気がするんだけど……。シロコちゃんの辞書に『休息』の文字はないのかな?」

 

「ん。関係ある。……行こ」

 

有無を言わさない強引さと、どこか子供のような無垢な手つきで腕を引かれ、連れてこられたのは、華やかなリゾートエリアから少し外れた、砂浜の端にポツンと建つプレハブ小屋のような建物だった。

 

「……何、ここ。せっかくのキラキラしたリゾート地に似つかわしくない、随分と無機質な外観だけど……」

 

「ゲームセンター。この島、全体的にはまだ開発途中。宿泊施設以外は、まだ手が回っていない場所が多い」

 

「うん」

 

「でも、なぜかここだけ、設備が完璧に完成してた。最新機種も導入済み。ネットワークも爆速」

 

シロコの言う通り、重い鉄扉を開けて一歩中に入れば、潮風の香りは一瞬で遮断された。外見からは想像もつかないほど最新の筐体がずらりと並び、極彩色のネオンと賑やかな電子音が、冷房の効いた空間を支配している。

 

「……怪しいねぇ。大人の事情というか、エンジニアの執念というか……。誰かの道道ならぬ熱意を感じるよ」

 

「でも、開いてる。電気も通ってる。冷房も最強。快適」

 

「開いてるね。確かにこの涼しさは、砂浜にいたおじさんには命の恩人並みに助かるけど」

 

「つまり、勝負できる環境。……三本勝負。種目は私が選んだ。異論は認めない」

 

「一本勝負じゃないんだ!? しかも種目まで選定済み! 準備万端だね、シロコちゃん」

 

### ① 第一戦:リズムゲーム(超高難易度)

 

「……ねえ、シロコちゃん。ちょっと待って。この譜面、物理的に人間の指が足りなくない? 画面が光りすぎて、おじさんの目がチカチカして追いつかないよ」

 

「普通。ん、行くよ。……ターゲット確認。全ノーツ、迎撃する」

 

開始の合図と共に、シロコの指先はまるで精密にプログラムされた機械のように正確にパネルを叩き始めた。複雑怪奇なリズムを刻むその集中力は凄まじく、瞬き一つせず画面を見据えている。一方で私は、必死に食らいつき、飛来する光の粒を叩き落とすものの、後半の猛ラッシュに指がもつれて悲鳴を上げた。

 

「……あうぅ……おじさんの指、もう動かないよ……。イタタ……。指先から煙が出そう」

 

「フルコンボ。……ん、私の勝ち。指先の毛細血管まで研ぎ澄ませば、止まって見える」

 

無表情のまま、シロコが小さく、けれど力強く腰の横でガッツポーズを作った。その微かな勝利の余韻が、彼女の頬をわずかに赤らめている。

 

### ② 第二戦:対戦レースゲーム

 

「よーし、次はこれだね。私、これでも昔は結構ハンドルを握って暴れまわ……じゃなくて、運転してたんだよ。これなら負けないよ?」

 

「本気?」

 

「本気。おじさんの華麗なコーナリング、しっかり目に焼き付けてなさいって。ドリフト一発で置き去りにしちゃうから」

 

爆音の実況が響く中、私は完璧なライン取りでシロコのマシンを引き離し、独走態勢に入った。エンジン音を唸らせ、勝利は確実。……のはずだった。

 

「もらった! ゴールは目の前――って、ええっ!? ちょっと待って、何その加速!?」

 

背後から、物理法則をあざ笑うような超絶的な加速で迫ってきたシロコのマシンに、チェッカーフラッグ直前で鮮やかに抜き去られた。

 

「……どうして!? 直線で、あんなロケットみたいな加速ができるの!? インチキだよ!」

 

「ニトロブースト。第ニコーナーで温存して、ゲージを最適値まで溜めてた。逆転の計算、完了してた」

 

「そんなの聞いてないよ! 策士だねぇ……シロコちゃんにハンドルを握らせると怖いよ、本当」

 

「ん。教えてない。勝負は情報戦。勝つためのリソース配分は基本。……私の二勝」

 

またしても、シロコの淡々とした勝利宣言が響いた。

 

### ③ 第三戦:クレーンゲーム

 

「最後はこれ?……って、これ対決じゃなくない? 二人で協力して景品を取るタイプだよね?」

 

「取れなかったら負け。一人一回の交代制。一発勝負」

 

ガラスの向こうには、なんとも言えない絶妙にゆるい、脱力感あふれる表情をしたシャチのぬいぐるみが山積みにされていた。

 

「……シロコちゃん、これ欲しいの?」

 

「……ん。目が合った。助けて、って言ってる」

 

「そっか。じゃあ、おじさんがビシッと取って、シロコちゃんにあげるよ。二敗してるし、最後くらい格好つけさせてよ」

 

「ん、それは勝ってからね。期待してる。……どうぞ」

 

私は慎重にレバーを操作した。アームをシャチの丸い脳天の真上に合わせる。

 

ウィーン、と切ない機械音がしてアームが降りる。……が、あと数センチというところで、アームは無情にも空を切り、シャチのヒレを虚しく撫でただけで上昇していった。

 

「うわぁ……やっぱりこういうの苦手だなぁ。運も実力のうち、って言うけど、おじさんにはその欠片もないみたいだ」

 

「貸して。……座標修正。景品の重心と摩擦係数、予測完了。……風の計算、終了」

 

「風!? 密閉されたケースの中だよ!? 空調の風向きまで計算に入れてるの!?」

 

シロコが静かにコインを投入する。

迷いのない淀みなき動作でアームが動き、シャチの重心を完璧に捉えた。

 

――ストン。

 

取り出し口に、ゆるい顔のシャチが転がり落ちた。

 

「……ん。三連勝。私の完全勝利」

 

「完敗です。……はい、これ、約束の景品だよ。大事にしてね、シャチちゃん」

 

---

 

ゲームセンターを出ると、夕暮れ時の涼やかな潮風が、火照った頬を心地よく撫でた。

シロコは手に入れたシャチのぬいぐるみを、壊れ物を扱うように、そして慈しむように大切に脇に抱えている。

 

「シロコちゃんさ」

 

「ん……どうしたの?」

 

「シロコちゃんって、本当に勝負事が好きだよね。昔からそうだったけど、今日は一段と気合が入ってた気がするよ」

 

「ん。嫌いじゃない。限界まで集中して、ヒリヒリする感じ。生きてるって実感する」

 

「どうして? 負けず嫌いなのは知ってるけど、今日はずいぶん熱心だったよね。おじさんを完膚なきまでに叩きのめして」

 

私の問いに、シロコはふと歩みを止め、夕日に燃える水平線を見つめた。オレンジ色の光が、彼女の横顔を鮮やかに縁取っている。

 

「……ホシノ先輩とだから」

 

「え?」

 

「対策委員会に入る前から、ずっと挑んでた。……覚えてる?」

 

「あはは……そんなに何度もしてたっけ? おじさん、結構しつこく追い回されてた記憶なら、今でも鮮明にあるよ」

 

「してた。私が勝つまで、何回も、何十回も。……その時の先輩、すごく楽しそうだったから」

 

シロコは前を向いたまま、ぽつりぽつりと、心の奥底にある記憶を独白するように続けた。

 

「あの頃の先輩は、いつも何かに飢えてるみたいで。……砂漠の真ん中に一人で立ってるみたいに寂しそうだった。でも、戦ってる時や、こうしてみんなと遊んでる時だけは、全部忘れて笑ってるように見えた。私は不器用だから、言葉をかけるより、勝負を仕掛けることしか方法が思いつかなかったけど……それを、もう一度思い出したかった」

 

しばらく、寄せては返す潮騒の音だけが二人の間に流れた。私の胸の奥に、彼女の不器用で、けれど純粋すぎる優しさが深く突き刺さる。

 

「ねえ、シロコちゃん」

 

「なに」

 

「私は……今も、あの頃みたいに楽しそうかな?」

 

「うん」

 

即答だった。シロコはゆっくりとこちらを向き、夕闇に溶けそうな私の瞳を、射抜くような強さで真っ直ぐに見つめた。

 

「でも、昔よりちゃんと笑ってる。無理して笑ってない。……ん。今の先輩の方が、ずっと好き」

 

胸の奥が、熱いココアを一気に流し込んだ時のように、じんわりと温かくなる。

「……ありがと。最高の褒め言葉だよ、本当に」

 

「どういたしまして。……ん、当然のこと」

 

宿舎へと続く、影が伸び始めた道の途中。シロコがふと立ち止まり、私を振り返った。

 

「明日は、別の子の日。アヤネ、セリカ、ノノミ。……順番だから、我慢する」

 

「おや、物分かりがいいねぇ。明日は誰かな?」

 

「でも……また、勝負しよう」

 

「えー、おじさんもうヘトヘトだよ……勘弁してよ。お昼寝させて」

 

「次は、私に負けないで。……手加減、しないで。全力の先輩を、私が超えたい」

 

シロコは、腕の中のシャチをぎゅっと抱きしめ直した。

 

「私は……“おじさん”っていう盾の後ろに隠れてる先輩じゃなくて、ホシノ先輩に、ちゃんと正面から勝ちたいから。……それが、私の目標」

 

小さく、けれど鋼のような強さを持った言葉。

シロコは、ほんの少しだけ……本当にわずかだけ、愛おしそうに口元を緩めた。

 

その不器用な笑顔は、どんなゲームの勝利報酬よりも、今の私の心に深く、鮮やかに刻み込まれた。

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