アビドス対策委員会(IN梔子ユメ)、夏の大騒動!   作:気弱

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先生不在、単独行、負傷。――アビドスの盾、孤立す

管理センターのロビーは、不気味なほど冷たい電子機器の排気音に満ちていた。アヤネが端末を叩く指の音が、沈黙を刻む秒針のように響く。

 

「念のため、私が先に様子を見てくるよ。みんなはここでバックアップをお願い」

 

私は、愛用のショットガンを肩に担ぎ直し、意識して口角を上げた。いつもの、やる気のない「おじさん」の仮面を被って。

 

その言葉が終わるか終わらないかのうちに、セリカが弾かれたように声を上げた。

 

「ちょっと待ってよ!? 一人で行くつもり!? 危なすぎるわよ! これは私たち全員の任務なんだから足並み揃えて行った方が――」

 

セリカの瞳には、真っ直ぐな怒りと、それ以上に隠しきれない不安が揺れていた。先生がいないこの島で、彼女たちは無意識に「確かなもの」を求めている。私はそれをいなすように、ひらひらと手を振った。

 

「大丈夫だって~。私を誰だと思ってるのさ。こう見えても修羅場は人一倍くぐってるんだよ? 何かあったら、しっぽ巻いてすぐに逃げてくる。約束するよ」

 

「でも……!」

 

食い下がるセリカを制するように、私は管理センターの奥へと続く、闇の深い廊下を振り返った。

 

「こんな大事な場所、無人のまま放置して行くわけにもいかないでしょ? 先生が来るまでに、せめてこのエリアの安全くらいは確定させておきたいんだよね。…それに…仕事が一段落して駆けつけた時に、ここが火の海だったら悲しむだろうし」

 

「先生」という名前を出せば、彼女たちの反対が弱まることを私は知っていた。狡い先輩だと自分でも思う。納得のいかない表情は、セリカだけでなく、常に冷静なシロコや、どこか影を持つクロコの瞳にも宿っていた。

 

扉に手をかけた、その時。

 

「ホシノちゃん」

 

背後から、いつになく真剣な、芯の通った声が私を引き止めた。ユメ先輩だ。

 

振り返ると、彼女は微笑んでいなかった。かつて、私が一人で無茶をするたびに彼女が見せた、あの「守る側の目」をしていた。

 

「無理だけは、絶対にだめだよ。ホシノちゃんが傷つくのが、私は一番怖いんだから」

 

その言葉は、私の胸の奥に澱んでいた古い記憶をかき乱す。かつて一人でカイザーの所に乗り込もうとしてみんなを心配させた記憶。だからこそ、今度は私が。

 

私は肩越しに、最高の「いつも通り」を装って笑ってみせた。

 

「分かってますって。私だって痛いのも無理も大嫌いなんだから」

 

――分かっているつもりだった。

 

私は、過去の自分に決別するように、重い防火扉を押し開けた。

 

ひんやりとした空気が流れる通路を、一歩ずつ進む。

 

足音を消し、呼吸を整える。廊下を曲がるたびに、鼻をつくのは新品の油と火薬の匂い。

 

やがて辿り着いた広大な中央ドック。そこは、本来ならリゾートの資材が整然と並ぶはずの場所だったが、今は「異物」に埋め尽くされていた。

 

「……うわぁ、これはまた。随分と賑やかだね」

 

中央には無機質な駆動音を立て、巡回を繰り返す無人のロボット兵。そしてその隙間を縫うように、武装したヘルメット団の連中が陣取っている。略奪目的か、あるいは何者かに雇われたのか。

 

数は、推定で三十、いや五十。

 

(これを一人でやるのは……少し骨が折れるかな)

 

けれど、私の脳内の計算機は「可能である」と弾き出した。

 

わざわざみんなを呼んで、こんな埃っぽい場所で銃火に晒す必要はない。私一人が少し汗をかけば、あの子たちは明日、青い海を見て笑っていられる。

 

先生が到着した時に、「お疲れ様」と笑って出迎えることができる。

 

(早く片付けて……みんなに合図を送らないと)

 

私は安全装置を解除し、光を遮るようにシールドを構えた。

 

そのまま、死の旋風となって戦場へと踏み込んだ。

 

銃声が轟き、火花が散る。ショットガンの咆哮がコンクリートの壁に反響し、ロボットの装甲を紙細工のように引き裂いていく。

 

「な、なんだ!? 敵襲だ!」

 

「チビ一人だ! 囲め、撃ち殺せ!」

 

怒号が飛び交うが、私の意識は極限まで冴え渡っていた。

 

弾道の先読み、遮蔽物の利用、リロードのタイミング。全てが完璧だった。

 

敵の弾丸はシールドに火花を散らすだけで、私の肌をかすめることすら許さない。

 

いつも通りだ。私が「アビドスの盾」として立っている限り、敵は崩れ、味方は守られる。

 

「ほらね」

 

戦火の中で、不敵な独り言が漏れた。

 

視界の端でロボットが爆発し、黒煙が上がる。

 

「これなら、私一人がちょっと疲れるだけで――」

 

その先の言葉は、心の中で静かに、けれど熱く結ばれた。

 

(みんな、楽しく遊べる。砂漠の熱風を忘れて、この夏を笑っていられる。ユメ先輩も、セリカちゃんたちも。……そして、先生も)

 

その一瞬の、傲慢なまでの「安心」が、死角を作った。

 

――カチリ、と。

 

戦闘の喧騒の中でもはっきりと聞こえた、金属が噛み合う低い電子音。

 

(……しまった)

 

感知式の指向性地雷。

 

回避する時間はなかった。

 

凄まじい衝撃が私の体を突き上げ、視界が真っ白に染まった。鼓膜が破れるような轟音のあと、世界から音が消えた。

 

「っ――!」

 

重力から解き放たれ、壁に激突する。

 

衝撃で肺から空気が押し出され、視界がチカチカと明滅した。

 

すぐに立ち上がろうとした。反撃の体勢を取らなければ、追撃が来る。

 

だが、着地の感覚が決定的に「おかしい」ことに気づいた。

 

右足に、力が入らない。

 

熱い。焼けるような熱さのあと、氷を押し当てられたようなひどい冷たさが這い上がってくる。

 

視線を落として、私は自分の目を疑った。

 

吹き飛ばされた拍子に、倒壊した資材置き場から突き出していた太い鉄線――建設用の補強材だろうか。鋭利な先端が、私の右太腿を深く貫通していた。

 

「……あちゃ、これは……さすがに」

 

視界が歪む。冷や汗が滝のように流れ落ちる。

 

本来なら、致命傷ではない。

 

いつもなら、この程度の痛みなど精神力で遮断して、戦闘を続行していたはずだ。

 

でも――どうしてか。

 

思うように力が、入らない。指先が震え、銃の重みが数倍にも感じられる。

 

出血が激しい。床のコンクリートが、私の血で黒く染まっていく。

 

「……これは、ちょっと……格好悪いね、おじさん」

 

敵の足音が近づいてくる。

 

「やったか!?」

 

「仕留めたぞ、あいつ動けねえ!」

 

私は歯を食いしばり、痛みに悲鳴を上げそうになる喉を抑え込んで、最後の気力を振り絞って手榴弾型の煙幕を足元に投げた。

 

シュゥゥゥッという音と共に白い煙が急速に広がり、敵の視線を遮断する。

 

その隙に、私は壁を伝い、引きずる足を無理やり動かして、近くのコンテナの影へと這うようにして身を潜めた。

 

外では、混乱したヘルメット団の足音が忙しなく行き交い、無機質なロボットのセンサー音が空気を撫でていく。

 

貫通した足を見下ろし、私は荒い息を整えながら、自嘲気味に呟いた。

 

「……これは、無理に抜かない方がいいかもね。止血が間に合わなくなっちゃう」

 

ポケットの中のスマホを思い出す。

 

先生に連絡するべきか。

 

アヤネちゃんたちに助けを呼ぶべきか。

 

……いや、だめだ。今、私が通信を入れれば、みんなは必死になってここへ駆けつけるだろう。

 

この無数の敵のまっただ中に。

 

そんなことは、させられない。

 

「……みんなに、無理したのバレたら……特にセリカちゃんには、めちゃくちゃ怒られるよね。……アヤネちゃんには、一週間は小言を言われそうかな」

 

誰にともなく言って、私はそっと目を閉じた。

 

瞼の裏に浮かぶのは、アビドスの荒野。

 

そして、あの日に守りたかった、ユメ先輩の笑顔。

 

先生がいれば、もっと違うやり方があったのかもしれない。

 

でも、今はいない。

 

だから、私が代わりにならなきゃいけなかった。

 

みんなの、先生の、代わりになって。

 

(……これ、無事に帰れるかな)

 

遠くで響く潮の音が、外の喧騒を消し去るほどに、やけに近く聞こえた。

 

 

 




PMCすら手に負えなかったはずのホシノが怪我をするなんて…油断って凄いですね
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