コンテナの影は、思ったよりもずっと狭く、そして孤独だった。
背中に伝わる大型コンテナの金属壁は、氷のように冷え切っている。太陽が照りつけるリゾート地だというのに、鉄の箱が作り出す死角には、冬のような拒絶の冷たさが満ちていた。
じっとしているだけで、体内の熱がじわじわと奪われ、代わりに指先から痺れるような麻痺が這い上がってくる。私は荒くなった呼吸を必死に押し殺し、通路を徘徊する敵の足音に神経を研ぎ澄ませながら、ゆっくりと、毒を吐き出すように熱い息を吐いた。
「……っ、つ……。あはは、笑えないねぇ……」
足に走る鈍い痛みは、時間が経過するにつれて、その自己主張を確実に強めていた。
最初はただ熱い塊を押し当てられているような感覚だったものが、次第に心臓の鼓動に合わせて「ジン、ジン」と脈打つ激痛へと変わり、今ではずしりと重い鉛を流し込まれたような、逃げ場のない重苦しさが支配している。
その時、重い静寂を切り裂いて、胸元に固定した無線機が「チッ」という硬質な電子音を立てた。
『――ホシノ先輩! 聞こえますか!? ホシノ先輩!』
アヤネの声だ。いつもは冷静な彼女の声が、今は裏返り、泣き出しそうなほどに震えている。
私は反射的に、震える指を無線機のスイッチに伸ばしかけて――止めた。
今、この通信に出れば、彼女は私の荒い呼吸音だけで全てを察するだろう。アヤネのことだ。私のバイタルが異常値を示していることにも、とっくに気づいているはずだ。
『先輩……お願いです、応答してください! 今、敵の反応が消えました。掃討が終わったのなら、すぐに現在地を……!』
スピーカーから漏れる声が、狭いコンテナの影に空虚に響く。
出たい。大丈夫だよと笑って、いつものように「おじさん、ちょっと疲れちゃった」とはぐらかしたい。けれど、今の私の喉は、そんな嘘をつけるほど器用に動いてはくれない。何より、今ここで私が「助けて」と言えば、彼女たちは防衛ラインを捨てて、この地獄のような激戦区に飛び込んでくる。
(ダメだよ、アヤネちゃん。……こっちは、まだ安全じゃない)
私は無線機のボリュームを最小まで絞り込んだ。
通信を切る勇気も、出る勇気もないまま、ただ無機質に点滅するインジケーターの光を眺める。それはまるで、遠く離れた場所で懸命に私の名前を呼ぶ、彼女たちの祈りの残火のように見えた。
『……ホシノ先輩、嘘ですよね……? 応答がないなんて……そんな……』
通信の向こうでアヤネが息を呑む音が聞こえた。
ごめんね。そう心の中で繰り返しながら、私は制服の裾を伝い、床のコンクリートに不自然な文様を描いて広がる血の感触を確かめた。自分の生命が砂時計の砂のように少しずつ漏れ出している。
「……まあ、想定内、かな。ちょっと詰めが甘かったけど……私はまだやれる」
誰に聞かせるでもなく、私は小さく呟いた。
先生がいない今、この対策委員会の命運を預かっているのは私だ。
だから私が「先生の代わり」になる。ユメ先輩を、ノノミを、セリカを、シロコを、クロコを、アヤネを。あの子たちに、これ以上「欠けた空席」なんて見せたくない。
「……あはは、これは……さすがに、格好つかないね……」
冷や汗が滝のように流れ落ち、焦点が合わない。ゆっくりと、重い頭を動かして自分の足元に視線を落とすと、そこには目を背けたくなるような現実が横たわっていた。
資材から突き出していた鉄線が、肉を深く割って突き刺さったまま、鈍い銀色の光を放っている。引き抜こうにも、身体が拒絶反応を起こして指先に力が入らない。
その時だった。
「……ホシノ先輩! どこにいるんですか……返事してください……っ!」
無線越しではない。遠く、戦火の静まり返った廊下の先から、直接、肉声が届いた。
「――っ!?」
反射的に体が強張る。
「……そんなわけ……来るわけがない、よ」
すぐに否定する。けれど、足音は確実にこちらへ向かっている。
「ホシノちゃん! どこ!? お願い、無事なら何か音を立てて!」
ユメ先輩の声だ。
胸の奥で、何かがぎゅっと、引きちぎれるように縮んだ。
見られたくない。こんな無様に、血を流して、泥を啜って動けなくなっている姿なんて。
完璧な先輩でいたかった。みんなを導く揺るぎない「盾」でいたかった。
慌てて、這ってでもコンテナのさらに奥へ隠れようとして――その焦りが、手に持っていたショットガンを金属壁に激突させた。乾いた硬質な音が、静寂を切り裂く。
影を照らす懐中電灯の光が、私の青白い顔を捉えた。
コンテナの影の隙間。
銃を構えたクロコとシロコ。顔を真っ青にしたアヤネとセリカ。
そして――絶望に染まった目で私を見つめる、ユメ先輩が立ち尽くしていた。
「あはは……。……みんな、早いね。ちょっと転んじゃってさ。ちょうど今、立ち上がって戻るつもりだったんだよ……?」
いつもの調子。軽い口調。でも、誰も、すぐには言葉を返してくれなかった。
「……立てる?」
ユメ先輩の声が、静かに、重く、地面に落ちた。
その声に促されるように立ち上がろうとして、けれど結局、右足が再び崩れ落ち、私は無様に地面に手をついた。
すぐさま、複数の温かい手が私の肩や背中を支えた。
「……ごめん」
小さく呟いたその謝罪が、無茶をしたことへのものか、みんなを失望させたことへのものか、自分でも分からなかった。
セリカが私の手から無線機を取り上げ、そのボリュームを元に戻す。
そこからは、さっきまで彼女が必死に呼びかけていた、ノイズ混じりの私の名前がまだ微かに聞こえていた。
(……やっぱり、私一人じゃ、無理だったかな)
鼻先をくすぐる潮の香りが、さっきよりもずっと、泣きたくなるほど近くに感じられた。
支えてくれるみんなの体温が痛いほどに伝わってきて、私はようやく、自分を縛っていた強がりの糸を、少しだけ緩めた。