俺たちの所長 IN 俺らの世界 作:暇人
「……ん。ん゛ん゛〜〜ッッ」
アラームの音、ひとり目を覚ます。
木と草の香りがする日本家屋──床の上に布団を敷いて寝る習慣のない私は最初こそかなり戸惑ったが、実際に経験してみると快適そのものだった。
というか、快適すぎて布団の中から出るのが億劫になるあたり、これは人類を堕落させる悪い文明ではなかろうか……?
「よっ、と」
とりあえず、スマホの確認も終わったので起き上がる。お布団もしっかり畳んで押し入れに収納である。
時刻は午前七時。着替えと洗顔を済ませたら同居人に挨拶だ。
「あっ、おはようございます所長。よく眠れましたか」
「所長、おはようございます。今朝も和食なんですけど大丈夫そうですか」
「おはよう、メカクレ後輩ネキ。ええ、朝までぐっすりだったわよ。
先輩スタッフニキもおはよう。もちろん和食でオッケー。納豆も今ではすっかり大好物よ」
あれからおよそ十日ほど経過したが、私は見ての通りこの二人の家に引き取られることになった。
「そりゃ良かった。見ての通り所長のような貴人をお迎えできる家じゃないんで、ちょっと心配だったんですよね。所長にひもじい思いをさせてたらどうしようって」
「そうなんですよね。一時はこの家を諦めて、もっと清潔な家に移ろうかって、先輩が」
若いのに田舎暮らしが好きだという二人組はとにかく私に好意的で、私が不自由しないようにあれこれ世話を焼いてくるのは有り難いんだけど、時にはそれが行き過ぎることもある。
例えば私に一番上等な洋室を与えようとしてきたり、食事を全部洋食にしてきたりね。気持ちは有り難いけど、そこは私の泥臭さを舐めんなって話よ。
「私が貴人ねえ……FGOでは描写されてなかったけれども、私ってば南極基地の建設中はかなり芋くさい生活をしてたわよ。四六時中耐寒礼装のジャージを着用したり、食事も横着してカップ麺を啜ったり、通路で寝袋に包まっていたら産業廃棄物に間違えられたり……」
「うわっ、ホントですか!?」
「ええ、それで現場指揮を取っていたロマニとレフに追い返されてね。未来のカルデア所長として責任感が豊富なのは結構だけど、はっきりと邪魔だから工事が終わるまで出禁だって……」
おのれ、レフ・ライノール。そしてロマニ・アーキマン。なんで私はあの時にこの二人を敵だと認識しなかったのかしらね。
「ま、そんなわけで気に掛けてくれるのは嬉しいけど、あんまり貴人扱いされると私ってば申し訳なくなって、二人の留守中にこの家をピッカピカに磨けあげちゃうわよ。もちろん全身筋肉痛確定の人力でね」
「すごい! この小心者ぶり……正真正銘の所長クオリティだ!!」
「……ホントですね。それでは申し訳ありませんが、留守中のことはお任せします」
「ええ、任せなさい。働かざるもの食うべからずよ」
そんな馬鹿話をしながらの朝食を完食するや、忙しなく出立する二人を玄関先まで見送る。
田舎暮らしが好きすぎて首都圏の郊外に居を構えるのはいいんだけど、あの二人の勤務先は都心なので朝は多忙なのだ。せめて食器の片付けぐらいは請け負いたい。
「あとはアンタの世話ね。かるく掃除をしたら散歩に連れてってあげるから、それまで待ってるのよ」
「クゥン」
おざなりに尻尾を振る柴犬を待たせて、まずは食器を片付け、回してあった洗濯機の中身も庭の物干しに掛ける。
ただし女性物の下着だけは、屋内の日当たりの良い場所に退避……これは単純に下着ドロを警戒してるだけじゃなく、ちょっと、いやかなり人目を憚るシロモノなのよね。
あんなに大人しそうな見た目なのに、メカクレ後輩ネキってばデンジャラスな下着を揃えちゃって……まあ、男と同居してるんだからこれぐらい普通なのかしら?
「待たせたわね。買い物がてら散歩に行くわよ」
「ワン」
そうしてわんこ専用エチケット装備を手に近所をぶらつく。
この辺は緑豊かな田舎だが、腐っても首都圏である。ものの数分も歩けばコンビニやらスーパーが見えてくる。
「……買い物は、そうね。私のお昼と、アンタのおやつ……あとは鶏卵と牛乳の補充くらいかしら」
適度に不便で、適度に快適。ここでの暮らしはそれに尽きる。
怠惰に漫然と生きていけるわけではないが、時間に追われるほど多忙ではない。
予想された官憲の襲来もなく、ここの人たちは私に好奇の視線を向けるでもなくそっとしてくれる。
「うーん、わんこのおやつはペット用のジャーキーでいいんだけど、私のお昼はどうしようかしら。居候の分際で贅沢するのは気が引けるけど……ここは奮発してファミチキもいっとく?」
そんな暮らしをしていると否応なしに考えさせられる。
私は恵まれている。おそらくは人理焼却を解決するため、キツい闘いをしているであろうカルデアの仲間たちよりずっと……。
私だけが結果として安全圏に避難させられ、暢気に暮らしているのかと思うと忸怩たるものがある。
今の私は名ばかりの所長でもない。買い物やわんこの散歩中に何度も確認したが、やはり私のスマホにカルデアからの連絡はない。
気が急いても仕方ないのは理解しているが、こればかりはどうにもならない。
あの『原作者』も、私たち魔術以上の魔術的見地からカルデアとの通信が成功する可能性を否定したが、こんなことも言っていた──。
『仮定の話だけども、もし君が本当に自分のことをカルデアの所長と思い込んでいる狂人じゃなく、俺らの知らない何処かにカルデアが実在するとしたら……ひとつだけ可能性があるよ』
『それってどんなよ』
『ま、実際にはありえないと思うよ。ゲームならともかく、人員もリソースも限られている人理焼却中のカルデアがね。解決したと思い込んでいる特異点Fを再調査して、君がこっちの世界に来ることになった経路を発見するなんて、ご都合主義もいいところだよ。そもそも君がいなくなって悲しんでるのはマシュと藤丸くらいだろ? いくらロマニとダヴィンチちゃんがあの二人を気に掛けてるからって、あの子たちを立ち直らせるために君の足跡を辿ったりするかなぁ……そんな労力を掛けるぐらいなら安上がりなメンタルケアに落ち着くと思うんだけど?』
『……私もそう思うわ。もしそんなことに無駄な労力を費やしてるんだったら、カルデアの所長として叱ってやらなきゃだわ』
……ま、とどのつまりはあり得ないという結論だ。
それは正しい。私が人理修復の切り札となるならともかく、残念ながら私は大した価値もないただの小娘だもんね。莫大なリソースと引き換えにするには見合わないわ。
だからわんこの散歩が終わっても、お掃除に区切りをつけて昼食を頂いても、私のスマホは鳴らないままだ。
まあ、私も一応ね。自分の価値を高める努力くらいはしているつもりなのよ。
あの『原作者』がスマホの中に再現した私たちの世界──Fate/Grand Orderに描かれているカルデアの戦いがどこまで参考になるか疑念は尽きないが、判断材料のひとつくらいにはなるだろう。
そう思って隙間時間にプレイしてるんだけど、何なのこれ?
とにかくね、媒体がゲームだから仕方ない部分もあるんだろうけど、プレイすればするほど無駄な時間を過ごしてる気がするわ。
藤丸とマシュの行く先々で都合よく得られるサーヴァントの助力。英霊は人理の守護者だからカルデアに味方してくれるのは分かるが、何なのアンタら、出待ちしてるのって言いたくなるくらいあの子たちのピンチに颯爽と現れるのだ。まるで少年漫画よ。
あとはガチャね。シナリオクリア等で入手できる聖晶石なる謎のリソースと引き換えに英霊召喚。大抵はワカメとかマーボーの礼装しか出ないけど、カルデアの召喚システムってこんなんだったっけ?
おかげで大した成果もなくスッカランね。私のカルデアはフレンドさんのアルジュナ・オルタ頼み……こんなの仮に連絡がついても何の参考にもならないわよ。
その割に山の翁が呼び符でポロッと出てきたけど、何か縁があるのかしら……まあ、おかげでワイバーン戦が楽ちんだったけども。
それと全体的に馬鹿やってるわね、この世界のカルデアって……夏イベ? 水着サーヴァント? サバフェスとかさすがにトンチキすぎない?
しかも女性サーヴァントの水着が際どすぎるわよね。同性なのに何度赤面させられたことか。
これが作品全体のデザインを統括する社長の趣味? 原作者が危険だから絶対二人きりになるなと警告するのも理解できるわ。社長がモデルになってくれって何度も土下座してきたけど、受けちゃだめよ、わたし……。
「……しかしずいぶん平和ね。人理焼却とかこの世界のカルデアにとってどうでもいいことなのかしら」
さすがにそれは無いだろうし、息抜きも重要だ。
でも、もし本当にこんなコトをしていたら愚痴るわよ。悪いんだけどもう少し真面目にやってもらえるって……。
とりあえずツッコミたいのを我慢して第二特異点までクリアしたが、私が向こうのカルデアに助言できるとしたら、藤丸には女難の相があるから気をつけろくらいのものだ。
八方美人も結構だけど、アレはそのうち清姫あたりに刺されるわね。もしくはジャンヌ・オルタ辺りに……マシュはよく嫉妬しないものだと感心しちゃうわ。
そんなワケで大きな流れこそ掴めるものの、細部に関しては当てにならない。それがFate/Grand Orderと私たちのカルデアとの類似性に関する結論だ。
ええ、こんなのをドヤ顔で報告したら恥を掻くどころか、私の威厳がますます低下しちゃうわよ。
ロマニとダヴィンチに生温かい視線を向けられるだけならともかく、マシュと藤丸に本気で(頭の)心配をされたら立ち直れないわ……。
「……みんな今頃どうしてるのかな」
願わくば、カルデアの善き人々に安息あれ。
人類の未来を背負って闘うのはしんどいでしょうから、無理だけはしないでほしい。
それが嘘偽りのない私の本音だった──。
◇◇◇
南極カルデア基地・某所──。
「──所長が生きてるかもしれないだってェ!?」
「しっ、声が大きい。今は可能性の段階だ。誰にも聞かれたくない」
「あ、ああ、すまなかった。……しかし根拠はあるのかいレオナルド?」
「うーん、私も確信があるわけではないんだが……まずはロマニ、彼の話を聞いておくれよ」
カルデアの技術顧問を務めるレオナルド・ダヴィンチが視線を向けた先にいるのは、この世の闇を凝縮したかのようなサーヴァントだった。
真名はアンリ・マユ──この世すべての悪たれと願われたソレに胡乱な眼を向けるロマニ・アーキマンだったが、彼は構わなかった。
「わかっちゃいたが、やっぱり露骨に警戒してんね。オレの話なんて聞くだけ無駄ってか?」
「それは、聞いてから判断するよ……。ところで、君はどうして所長が生きてると?」
「そりゃ、あるはずのモノがないからさ。アンタたちもあの恥知らずな天球の内側に、100年後の世界がある事は知らされてんだろ?」
「今は人理焼却に否定された世界だけどね……いや、まさか……?」
「ご名答。灼熱地獄だろうが100年後の世界は100年後の世界だ。そこに投げ込まれたんだったら、経路が残ってなきゃおかしいのさ」
「なら所長はどこに消えたんだ。特異点でもない。カルデアスでもない。そうなると一体どこに……」
「さあ? それを特定するのはアンタらの役割だ。オレとしては所長サンはもう存在しないものとして、冥福を祈ってやるのが一番だと思うが……それで済ませるには諦めの悪いヤツらが揃ってるからな。一応警告させてもらった」
「……ひとついいかい? 君は所長と面識はないはずだが、そこまで気にかける理由は何だい?」
「ハッ、そんなのオレがこの世すべての悪だからだよ。オレがいる限り、オレ以外の人間は一切悪を成せない。そういう前提でオレは存在する。だからどんな刑事裁判だろうと、オレを真犯人として突き出せばそれで解決する。
だがな、そんな扱いに納得済みのオレをもってしてもだ……さすがにあんな恥知らずな殺人事件の犯人に仕立て上げられたら堪らねえよ。だからアンタらに協力すると決めたんだぜ」
「それはレフ教授の犯行を言ってるのかい? それとも、あの特異点にはまだ何か残っていると……?」
「さてね。そいつはおいおい解決されるだろうが、どうかなぁ……とりあえず所長サンにメールでもしてみたらいいんじゃね? 何度もしつこく送ってみれば、何かの間違いで受信されるかもだ」
「所長にメール? ふむ、分かった。早速試してみよう」
「ああ。ただしやるならあの特異点の中でな。歪みの発端。最初の特異点。人類史の拭いきれぬ汚点の中でなら、此処ではない何処かに繋がる可能性は無きにしも非ずだ」
この時点では二人の判断は半信半疑にも届いていない。精々が無駄を承知で確認する、その程度の期待しかしていなかった。
……そう。この時はまさか更なる厄介ごと抱える事になるとは夢にも思っていなかったのである。