俺たちの所長 IN 俺らの世界   作:暇人

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袖すり合うも他生の縁って言うけどさ

 

 

 

 新鮮な牛乳と、冷蔵庫から適当に拝借した野菜の盛り合わせ。そしてコンビニで買ってきたばかりのおにぎりとあんパン、さらにはファミチキ──あらためて素晴らしいランチである。一歩間違えば路上生活者だったことを考えると尚更だ。

 

 

「──いただきます」

 

 

 ちなみにこの挨拶は、日本人なら誰でも持つ食材への感謝を言語化したものよ。

 

 なんでもこの国の人間は、子供のときから当たり前のようにこの概念を仕込まれるのだとか。

 

 

「食べ物を粗末にすなんて論外であり、食材そのものに感謝するのは勿論、それを育み、加工し、流通させた人々にも感謝する気持ちを忘れてはいけない、か……」

 

 

 私もこの話をあの子たちに聞いたときは、日本人ってやたら勤勉って言うけど、食事時ぐらい頭を空っぽにして楽になりなさいよって思ったけども……実際にやってみると、自然と背筋があらたまるから馬鹿にできない。

 

 

 生きるという事は綺麗事では済まない。文明の庇護下にある人類が自然の生存競争から解放されて久しいが、その原罪から解き放たれたわけではないのだ。

 

 草木にも命はある。このファミチキも、どこかの鶏さんが命を散らした結果であり、それがあるからこそ私は活力を得られた。

 

 ならば素直に感謝しよう。全国の農家に、そして食肉となってくれた動物たちに。

 

 それが自然とできる日本人を、私は好きになりつつあった。

 

 

「ハッハッ」

 

 

 って、私ってばかなりいいコトを言ってると思うんだから、もうちょっと落ち着きなさいよこの駄犬は。

 

 まったく、何なのかしらね……この柴犬って犬種は。

 

 居候の私だけじゃなく、飼い主であるあの子たちにもあまり関心がなく、我関せずとばかりに寝てるだけなのに、お散歩を匂わせたり台所でなんかしていると、途端に自己主張を始めるのよね。

 

 

「ダメダメ、人間の食事は貴方たちには合わないんだから……仕方ないわね。追加のジャーキーをあげるからそれで我慢しなさい」

 

「ワンッ」

 

 

 はいはい、おやつさえ貰えればもう用はないのね。すこぶる現金な生き物だけどなんでか憎めない。

 

 不思議な距離感を厳守する柴犬との生活は、私に孤独を忘れさせた……。

 

 

「って、感傷に浸ってる場合じゃないわね。もう1時になるじゃない。掃除掃除、と」

 

 

 この家は結構な広さがあるので、あの子たちもロボット掃除機を2台導入しているが、それで万事オッケーとならないのが日本家屋の奥深いところである。

 

 まずはダスキンのハンディクリーナーを片手に、箪笥や家具類の埃を落としてやる。もちろん花瓶などの設置物があるなら横着せずにどかしてやり、丁寧やるのがポイントだ。

 

 で、埃を落としたらロボット掃除機に任せてもいいが、何しろバリアフリーの概念が生まれる以前の家だからね。彼らが侵入できない段差の内側はこちらで掃除機、ないし雑巾掛けが必要となる。

 

 いや、分かってたけど、結構重労働よね。まだまだ暑い季節だし、午前中の涼しいうちに水回りの掃除をしておいて良かったわ。

 

 

 そんなこんなで2時間ほど掃除に費やし、休憩前に洗濯物を取り込んでおく。ちなみに私のおやつはガリガリくんね。

 

 あずきバーもあるけど、あれは私じゃ歯が立たなかったわ……。

 

 

 

 

 ちなみにこの間、例の柴犬が何をしていたかというと、私の移動に合わせて寝る場所を変えてたんだけど、これ、何か意味があるの?

 

 いっつも私にお尻を向けて寝てくるし、撫でようとしたら威嚇してくるクセに、何故だか付かず離れずの距離を維持するとか、柴犬って気難しい犬種なのかしら……本気で謎だわ。

 

 

「さ、て……とっ。そろそろいい感じに日差しが弱くなってきたから、午後の散歩に連れてってやろうかしら」

 

「クゥーン」

 

 

 だっていうのに散歩のワードに速攻で反応して尻尾を振ってくるんだから、まったく、孤高を気取るのは10年早いわね。

 

 私もね、似たような事をして空回りした記憶があるから分かるわ。自分は特別なんだから察しなさい、なんてオーラを出しても損するだけよ。

 

 

 未だに他者と触れ合う経験をしたことのない私が言っても説得力がないけど……そうね、以前から誘われてたし、今日はメカクレ後輩ネキとお風呂に入ってみようかしら。

 

 きっと恥ずかしいだろうけど楽しいはずよ。だってあの子たちに見せられたアニメだと大抵そうだったもの。

 

 

 そんな空想をしながらの散歩は中々に楽しかった。ワンコもいつになく満足した様子で、帰宅後はやたら距離が近くて困惑したほどだった。

 

 

「……柴犬って結構体温が高いのね」

 

 

 冬場は有り難いかもしれないが、今は夏だ。当然のごとく膝枕を要求されても暑苦しいだけ。

 

 そんなふうに頭の中で悪態をつきながらも、この図々しい生き物の毛皮を撫でる手は何故だか止まらない。

 

 

 ……これは懐かれた? というかむしろ絆された。

 

 そうかもしれない。アニムスフィアの当主に課せられた絶対厳守の血の縛り。西暦以前からの冠位指定(グランド・オーダー)が私を苛む気配はなく、お父様の積み上げた負債が私の小市民的な良心を押しつぶす事もない。

 

 つまり今の私は隙だらけだ。ならば柴犬の気紛れな愛嬌にコロッといってもおかしくない。

 

 

「もうすぐ5時かぁ……。それじゃ、そろそろ夕食の準備に取り掛って、また貴方は興奮して! ダメダメ、ダメよ。貴方の食事は飼い主から……きゃあ!? 馬鹿馬鹿、私を押し倒して顔を舐めるな、顔を……!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

「ふわ、ぁ……」

 

 

 藤丸立香は特異点Fの再調査中にまたしても欠伸をした。顎が外れるのではないかという大きな欠伸だった。

 

 

「弛んでんなぁ。退屈なのは分かるが気張れよ坊主、すぐ帰れるからよ。寝るならカルデアに帰ってそっちの嬢ちゃんと同衾してからにしろや」

 

「なっ、何を仰るんですかキャスターさん! 私と先輩はそんな間柄じゃ……先輩もキャスターさんに何か言ってやってください!!」

 

「あ、ごめんマシュ、キャスターの兄貴も……なんか妙に眠くて……」

 

「……なぁ嬢ちゃん。他のマスターが全滅して坊主の負担が甚大なのはわかるが、カルデアの連中もコイツに無理だけはさせてねぇんだろ?」

 

「はい、先輩のバイタルの管理はドクターが毎日……。レイシフト前の検査でも正常だったそうですが、やはり疲労が残ってるのでしょうか……」

 

 

 藤丸立香はカルデアに残された人類最後のマスターであり、その人的価値はどこまでも高い。

 

 その事を誰よりも承知している現カルデアの首脳たちが、藤丸の不調を見落とす事はあり得ないが……ここは彼にとっても色々あった場所だ。精神面の不調が肉体に現れないとも限らないのだ。

 

 

「チッ、まだかアーチャー。チンタラやってないでさっさとしろや。それで最後なんだろ」

 

「……やれやれ。そちらの都合は承知してるがね。こちらで扱っているのは精密機器だ。急かすのは辞めてもらおう」

 

 

 青い魔術師に応戦するは赤い弓兵──数多のサーヴァントと契約したカルデアでも希少な現代以降の英霊であり、当然のようにハイテク機器の扱い長け、何より『投影の魔術』という反則じみた彼の技能がなければ、今回のミッションは成立しなかった。

 

 

「ふむ、発電機オーケー。配線オーケー。各種観測機器も正常に起動しているな……こちらエミヤ。応答願う」

 

「──やぁお疲れさん。こちらでも確認したよ。これにて特異点Fにおける監視体制、ならびに送受信体制の構築は完了した。

 みんな、困難な任務だったが良くやってくれた。特にエミヤ。君の反則じみた投影魔術がなければここまでの成果は見込めなかった。カルデアのスタッフとして礼を言わせてほしい」

 

「なに、礼ならマスターにしてくれ。私は彼の命令に従っただけさ」

 

「ケッ、気取りやがって」

 

「おや、気のせいかな? 何やら犬の遠吠えが聞こえるな。それも似合もしない魔術師に扮したものの、今回の任務で何一つとして働きどころの無かった負け犬の遠吠えがね」

 

「──犬と抜かしたか、テメェ」

 

 

 サーヴァントも聖人君子ではない。この程度の衝突は日常茶飯事だったが、それが決定的な対立を生み出す事もない。

 

 何故ならこんな時、彼らのマスターが仲裁に──。

 

 

「──ぬっ、マスター!!」

 

「おいっ、しっかりしろ坊主!!」

 

「先輩! ドクター! ダヴィチちゃん! 先輩が、先輩が──」

 

「フォウ? フォ〜ウ?」

 

 

 

 

 

◇◇◆

 

 

 

 

 

「先輩? お疲れですか先輩?」

 

 

 ふと目を覚ますと、マシュ・キリエライトの顔が目の前にあった。

 

 いつの間に染めたのか黒髪で、冴えない黒縁の眼鏡も掛けていたが、そんなマシュも可愛かった。

 

 

「あ、ごめん……任務中に寝ちゃったのかな?」

 

「仕事はもう終わりましたよ。もうすぐ家に着きますから、お疲れでしたらそちらでゆっくり休んでくださいね」

 

「家? ああ、(マシュにとってカルデアは)そうなるのか……」

 

 

 ……何だろう。この感覚は。

 

 記憶が正常に辿れない。思考に靄が掛かっている。違和感を覚えるのに何故か指摘できない。

 

 マシュの運転するホンダのワゴンが民家の玄関先に停車する。当然のように外へ出る彼女に倣って車から降り、周囲を見渡す。どこまでも記憶にない、それでいて見覚えのある玄関の引き戸が開き──。

 

 

「ただいま帰りました、所長。留守中にフォウ君がご迷惑をお掛けしませんでしたか?」

 

「ええ、なんだか懐かれちゃったけど……お帰りなさい、マシュ、藤丸。お風呂も沸いてるし、ご飯の用意も出来てるわよ」

 

「────所長?」

 

 

 藤丸立香は愕然とした。

 

 

「はいはい、みんな大好き⭐︎カルデアの所長ことオルガマリー・アニムスフィアよ、藤丸」

 

 

 目の前に所長がいる。やたら芋くさいジャージを愛用している以外は至極正常の。五体満足の、怪我ひとつない、完全無欠に健康なオルガマリー所長が。これまでに見た事もない。あり得ないほど友好的に。しかして少しだけ照れくさそうに微笑している──そう認識した瞬間、彼がこれまで押さえ込んできた感情が堰を切って迸った。

 

 

「所長! 所長ォ!!」

 

「えっ、な、なななななななななな!?」

 

 

 端的に言うと、彼は所長を抱きしめて号泣した。子供のようにギャン泣きした。

 

 

「生きてる! 俺たちの所長が生きてる! 生きてる、生きてるよマシュ……良かったよぉおおおおおお!!」

 

 

 これには所長もマシュも困惑した。二人とも藤丸のセクハラを咎めるどころではなかった。それぐらい、藤丸の様子は尋常ではなかった。

 

 藤丸に何事が生じたのか……それに答えられる人間は、少なくともこの場には存在しなかった。

 

 

 

 

 

 後日、原作者とカルデアのスタッフが頭を抱える──。

 

 

 

 

 

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