俺たちの所長 IN 俺らの世界   作:暇人

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誰か藤丸が何者なのか解説してもらえる……?

 

 

 ──気がつくと朝になっていた。

 

 覚醒と同時に知覚する頭痛と、猛烈な尿意。あと顔面を這い回る犬の舌。私を起こしたのはお前か。

 

 でも助かった。さすがにこの年齢で漏らすのは洒落にならない。ご褒美代わりに犬を撫でながら立ち上がるや、脇目も振らずトイレへと向かった。

 

 

 ……そして居間に戻って絶句する。この惨状は何事であろうかと。

 

 畳の上に散らばる酒瓶とビールの空き缶。卓上には片されずに放置された食器とスナックの袋がそのまんまだ。

 

 さらには帰宅直後の服装のまま、スヤスヤと実にだらしない寝顔を公開する同居人の姿が逃れられない現実を突きつけてくる。

 

 もはや一目瞭然……これはアレだ。ロマニ・アーキマン級にまるでダメな大人の姿だった。

 

 

 なんたる不覚。このカルデアの所長ことオルガマリー・アニムスフィアともあろう者が、直前まで似たような醜態を晒していたなんて──。

 

 

「──ま、いいか。別に私の醜態なんて珍しいもんじゃないしね」

 

 

 そう、それに嘆くより先にやる事がある。

 

 ちょっとばかし遅すぎるかもだが、同居人が風邪をひかないようにタオルケットを掛け、それから酒盛りの後片付けをする。

 

 

 何だってこんな事になったのかも分かってる。

 

 私の記憶に欠落はなく、体調も今や万全。あの『原作者』はこの世界に魔術も神秘もないと断言したが、私の体内という独立した世界は話が別だ。

 

 外界に働きかける事こそできないが、私の魔術回路から生成された魔力はアニムスフィアの魔術刻印を正常に稼働させ、私の肉体を正常に維持し続ける。

 

 

 ……もっとも、それらの機構に私の精神まで安定させる働きはない。

 

 だが、こちらも不調には程遠い。照れくさくもあるし、いったいどんな表情で取り繕えばいいのかも分からないが、少なくとも私の足取りは軽い。

 

 っていうか、あまりに絶好調すぎて速攻で犬の散歩を済ませてきたわよ。買い物も済ませたし、朝ごはんは英国風の朝食を用意してあげよう……えっ? やめて差し上げろってなんでよ。

 

 別にいいじゃない。私も自国の料理が世界一マズイって言われてるのは知ってるけど、買ってきたのは日本の食材だから実際に出せるのは日本風の洋食だし。

 

 

 とりあえず帰宅して、飼い主の代わりに腹ペコの柴犬に餌やりして、結局誰も入らなかったお風呂を沸かし直したら朝食の準備だ。

 

 人数分の目玉焼きとカリカリのベーコン。あとはマッシュなポテト。カリカリに焼いた食パンとバター、ジャム、そして美味しい紅茶を用意すると、寝坊助さんたちがモソモソと起き上がってきた。

 

 

「す、すみません所長……何から何までお世話になって……」

 

 

 先にテーブルの下から顔を出したのはメカクレ後輩ネキだった。彼女は自身の醜態をかなり気にしているようだから、ここは笑顔で励ましてやる。

 

 

「はいはい、女の子なんだから次から気をつけなさい。とりあえず朝食を用意したから身嗜みを整えてらっしゃいな」

 

「は、はい……このご恩は必ず……」

 

 

 そう言って何度もペコペコとお辞儀してから退室するメカクレ後輩ネキだったが、大丈夫だろうか……?

 

 なんか普段より表情が固かったし、まさかあの娘までトンチキの犠牲者になっていたりは……。

 

 

「うっ…………、しょ、所長……?」

 

 

 って、ついに出たわね。トンチキ野郎が。

 

 

「……このタオルケット、所長が掛けてくれたんですか? それに朝食の用意も……あれ? 所長ってこんなに優しい人だったっけ!?」

 

 

 …………うん。この時点でほぼ確信はあったわ。

 

 レオナルド・ダヴィンチが「いつでも起こせる」と豪語してたから期待してたんだけど、朝になっても藤丸のままってなると……これは私たちの世界とこの世界の時間流に差異が生じている?

 

 

 …………そうかもしれない。

 

 私が『原作者』にFate/Grand Orderをプレイさせられたとき、序章攻略にかかった時間は2時間ほどになるが……私があの特異点Fで過ごした体感時間はその程度では済まない。

 

 

「あの、所長……?」

 

 

 考え込むあまり怖い顔していたのだろうか。藤丸が正座して顔色を伺ってきたので無理やり笑ってみた。

 

 

「あんまり情けない顔をするもんじゃないわよ。アンタはとりあえず顔でも洗ってきなさい。作戦会議は朝食が終わってからよ」

 

「あ、はい。わかりました」

 

「あとマシュがいるでしょ。黒髪の」

 

「いますね」

 

「あの子は厳密にはマシュじゃなくて、たぶん並行世界における同位体だと思うから、あんまり馴れ馴れしくするんじゃないわよ。いいわね」

 

「えっ? マシュだけどマシュじゃないって、ええっ? えぇーーーと、だったらなんて呼べば?」

 

「その点は本人と本人と話し合って決めなさい。さ、行った行った」

 

 

 シッシッ、と藤丸を追い払ってスマホを取り出す。

 

 昨夜の通信でダ・ヴィンチはこう言っていた。残念ながら通話時間は無限じゃないと。これは明らかに異常な事だ。

 

 カルデアにはレイシフトという超技術がある。指定した時間軸にマスターを送り込む、時間旅行という魔法の領域にある奇跡を再現する超技術が。

 

 そのカルデアが、私との通話を維持するのにそこまで苦労しているというなら、理由はふたつほど考えられる。

 

 

 ひとつは以前の考察通り、この世界が「西暦以降に神秘が完全に衰退した並行世界」であること。

 

 カルデアの時間旅行はあくまで縦の移動だ。同じ魔法の領分であろうとも、畑違いである横の移動に手間取るのは当然である。

 

 この場合、もしかしたらゼルレッチ本人から苦情が来るかもね。時計塔で厄ネタの権化のように扱われている爺さんの相手をする事になるのは億劫だが、こちらは話し合いで解決できるだけまだマシだ。

 

 

 問題はもう一つの可能性──つまり人理焼却を免れた今のカルデアは、通常の時間軸から孤立した座標を漂っている。

 

 

「……それなら色々と説明がつく。藤丸がレイシフトじゃなくて、そっくりさんに憑依してる理由はお手上げだけど、未だに護衛のサーヴァントが派遣されないのも、色々とね」

 

 

 とりあえず、通話はかなりのコストが掛かるだろうから、ダ・ヴィンチのメール宛に最低限の確認だけしよう。

 

 内容は、みっつ。

 

 ひとつは、こちらでは半日ほど経過したがそちらはどうか。

 

 もうひとつは、もし時間が同期していない場合、そちらの猶予はどれほどあるか。

 

 最後に、人理焼却事件の解決に関する進捗確認──。

 

 

 返事はすぐに来た。

 

 ひとつ、カルデアではまだ1時間も経過してない。

 

 ふたつ、カルデアが通常の時間軸から離脱している事は承知しているが、時間的な猶予に関してはなんとも言えないとのこと。

 

 最後に、カルデアは二つ目の特異点を攻略中だが、現在はそちらを中断して特異点Fの再調査と、こちらとの通信体制を確立させるために冬木の大聖杯前に藤丸たちを派遣した直後だと──。

 

 

「……うん?」

 

 

 このメールって、カルデアから直接じゃなくて、間にわざわざあの冬木を噛ませてるの?

 

 

「……ううん、これはむしろ逆よ。今のカルデアよりも、特異点Fの方がこちらに近い。だからあの場所を中継点とすることで、初めて私と接触する事が可能になったんだわ」

 

 

 …………ワケが分からない。

 

 今のカルデアが根源の渦から生じた樹形世界より脱落した枝葉ならば、その座標は汎人類史という並行世界群からどこまでも遠く、孤立しているのは理解できる。

 

 だがそれは、カルデア時空の過去にある特異点Fとて同じこと。だっていうのに中継点として機能し得る何かが冬木にはある……?

 

 

 まさか「オルガマリー・アニムスフィア最後の地」なんて脆弱な縁では並行世界を渡れないだろう。

 

 考えられるとしたら、使われずに残ったままの大聖杯が悪さをしたか、さもなくばその製造に関与したと言われるゼルレッチが何かしたか……まあ、さすがにその系譜である遠坂がハッスルして並行世界に繋がる孔を空けまくったのは無いと思うが。

 

 

「──お待たせしました所長。食べずに待っていてくださったんですね」

 

 

 と、気づいたらメカクレ後輩ネキが戻ってきたわね。

 

 そうなると私の魔術師タイムも一旦終了。今の考察は時間のあるときに纏めてカルデアに送っておきましょう。

 

 

「ううん、ちょっとね。待ち時間に例のカルデアにメールしてただけよ。藤丸が藤丸のままだったからどうなってんのって」

 

「私も驚きましたけど、憧れの先輩に会えてちょっと得した気分です。実は私たち幼馴染なんですけど、子供の頃から似てる似てるって揶揄われて……FGO関連のお仕事を頂けたのも、それが理由で」

 

「それは災難だったわね……もしかして社長にモデルをやれとか言われた?」

 

「言われました。お断りしましたけど……その、所長から見ても、私ってそんなに似てると思いますか?」

 

「……まあ見分けがつかないほどじゃないけど似てるわね。お似合いよ、貴方たち」

 

「良かったぁ……私だけ仲間外れだったらどうしようかと……」

 

「えっ? なになに? なんの話!?」

 

 

 って、女の子同士の会話にコイツはまた……。

 

 

「馬鹿ね。お風呂を沸かし直したから後で一緒に入りましょうって話をしてるの……つまりアンタは仲間外れ。残念でした」

 

「えっ、何それズルい! ちょっと待って、俺、女の子になってきます……!!」

 

「……はあ? アンタ、いま、なんて……」

 

 

 ドタドタと駆け出した藤丸が襖をピシャンッと閉める音を耳にしながら、マシュ似の女の子とまじまじと見つめ合う。

 

 

「あの、所長はご存知ないかもしれませんが、藤丸くんはマイルームで自由に性別が変更できて……」

 

「でもそれ、ゲームの話でしょ? 藤丸がいくらトンチキだって、現実に、そんな、まさか……」

 

 

 私の声がどんどん小さくなる。こちらに戻ってくるテトテトとした足音が不吉極まりない。

 

 

「お待たせ! これで一緒に入れるね!!」

 

 

 なんだ、このトンチキ野郎は──!!

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 ロマニ・アーキマンは自室でキーボードを叩いていた。同僚のレオナルド・ダヴィンチに「難しい考察は任せた⭐︎」と言われたからだ。

 

 これが自分に別の事を考えさせようという配慮である事も知っている。その配慮があの所長から出たと知ったときは驚いたが、まさかすべてを見抜いた上での采配でもあるまい。

 

 とりあえず、人理焼却の黒幕探しは棚上げして、今は所長失踪事件の解決に集中する。

 

 

「……所長が並行世界にいるのは判ったけど、何でそうなったんだ……キシュアが所長を憐れんで救済した? あり得ないとは言わないけども、それなら並行世界に繋がる孔が穿たれたはずなのに、その痕跡がない。大聖杯前の魔力濃度も、セイバー・オルタ戦の直後と変わっていない、が……ひとつ違いがあるとしたら、それはレフ教授が召喚したカルデアスが今は無いことぐらい……?」

 

 

 そこでロマニは口を噤み、何食わぬ顔でコーヒーカップを手に取った。

 

 

「ああ、やっぱり判っちゃう? オレが様子を見にきたこと?」

 

「……僕も、一応魔術師だからね。ただ……君もカルデアの貴重な協力者だから来訪を拒みはしないけども、次からノックをして貰えると助かるかな。そうじゃないとお互いに嫌な思いをする事もあるだろうからね」

 

「あいよ。ヒヒヒ、そうじゃなきゃ秘密を守れないもんな。了解了解、っと」

 

 

 ロマニの背中に冷たい汗が流れる。

 

 この世すべての悪(アンリ・マユ)の名を冠したサーヴァントが、このカルデアを敵視していない事は確認済みだが……これまでに邂逅した多くの英霊がそうであったように、ロマニ・アーキマン個人を敵視、もしくは監視していないとは限らないのだ。

 

 

「で、どうしたのよアーキマンのお兄ちゃんは。まだ所長サンがどうやって並行世界に移動したかってところで詰まってる?」

 

「ああ、君の言うように無いとおかしい経路が見つからないんだよ。痕跡だけでも見つけない事には、所長帰還の道筋がどうしてもね……」

 

「あれ……思ったより頭固いなぁ。それならもうあるじゃん。ほれ」

 

 

 呆れたように頭を掻いたアンリ・マユが指さしたのは、ディスプレイに表示された冬木の大聖杯だったが、アーキマンの反応は鈍かった。

 

 

「うん、起動した大聖杯があるけど……それが何か?」

 

 

 そこでアンリ・マユは自己の錯覚に気づいた。

 

 

「ああ、そうか。この世界の聖杯戦争は解体されてなかったんだったか。それならアンタが気づかないのも無理はねえや。……よし、分かった。助っ人を連れて来てやる。カルデアの誰よりもアイツの仕組みに詳しいオッサンをな」

 

「有り難い話だけど、ちなみに誰を連れて来るつもりかな?」

 

「孔明だよ。正確にはその依代となった時計塔の魔術師だがな。名前は、たしか──」

 

「……ロード・エルメロイⅡ世だね。わかった、お願いしてもいいかな?」

 

「あいよ、すぐ連れて来らぁ」

 

 

 アンリ・マユの退室を見届けたロマニ・アーキマンは人知れず息を吐いた。

 

 

 もちろん彼は知っている。時計塔在籍時に耳にした彼のロードの評判を。

 

 あらゆる魔術を解体する略奪公──隠し事をしながら付き合うにはしんどい相手だが、今は所長の救出が掛かっている。贅沢は言ってられない。

 

 

 それに、それに、だ……彼の君主は中々の名探偵としても評判だった。

 

 人理焼却という殺人事件を解決するにはうってつけの人材かもしれない。

 

 

 いずれにしろ、賽子は振られてしまった。

 

 出目次第で、自分も覚悟を決めなければならない──そう思うロマニ・アーキマンだった。

 

 

 

 

 

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