俺たちの所長 IN 俺らの世界 作:暇人
……ここで話を整理しよう。
人理継続保証機関フィニス・カルデアの所長であるオルガマリー・アニムスフィアは如何にしてこの世界に現界せしめたのか。それも彼女らの物語が創作として語られるこの世界に、だ……。
その答えの大半はすでに語られた。
カルデアの善性を代表するような二人の科学者により、彼らの所長はレフ・ライノールが画策したカルデアスではなく、冬木の大聖杯──正確には、その機構により穿たれた“世界の外側に繋がる孔”──を経由して、無関係の第三世界に墜落した事が判明している。
だが、依然として彼女が何故存在できるかの謎は残されたままだ。
ここがカルデアスの内部ならばまだ説明がつく。
オルガマリー・アニムスフィアはカルデアスを完成させる最後の部品だ。彼女が燃え尽きないように ・カルデアスが配慮するのはむしろ当然か。
だがそんな機構などないこの世界で、魔法使いでもない彼女が、単独での世界離脱と次元渡りに成功するのは
……この点を見落とさなかった原作者は
彼は、夜半まで及んだオルガマリーとの会談の中でその件をこう語った。
「たぶんね。君、大聖杯の“孔”を通過したとき、付近にいる筈の
さすがに息を飲むオルガマリーを何度か見返して、傍らの藤丸立香がおずおずと訊ねる。
「アンリ・マユって、俺がうっかり起動しちゃった召喚機から出てきたサーヴァントに、ですか……?」
「違います。俺が言ってるのはアイツの本体ね。メカクレ後輩ネキならなんでそうなるのか理解できるよね?」
「は、はい……特異点Fが本当に2004年の冬木なら、大聖杯の中にまだ“この世すべての悪たれ”と願われたアンリ・マユの本体が残っているはずですから……」
「そうなんだよ。実際にはマリスビリーが好き勝手に上書きしちゃったけど、元のデータが消されたワケじゃないからね。出ては来れないけど、孔の向こうにはいる筈なんだよ。どのルートでもセイバーの剣で消される前のアイツが」
「まったく気づかなかった……なんていうのは、否定の根拠になりもしないわね……。それで、危険なサーヴァントなの?」
「うんにゃ。どうせ魔改造されたガワも消え去る運命だし、中の人もとある正義の味方に汚染される結末が確定してるからね、アイツも……」
「あー、アンタのネタ帳のこの部分ね」
「……ま、まあ特異点Fにはそういったデータも残ってるからね。所長がピーピー泣いてるだけならウゼェとしか思わないけど、せっかく男を見せたのにしくじったんだったら、色々と見てらんなくって、余計なお節介をかましたってのは如何にもありそうな話でしょ? アイツ、自分より不憫なヤツを放置できない性質だし」
「私をとことん不憫に仕立て上げたのはアンタだけどね。……それより、具体的に何をされたか予想できてるの?」
「うん、最低でも
「霊基って、まさか私──」
「うん、そのまさか。こちらの物理法則がサーヴァントの存在を“まだ”許容してないから肉体に変化してるけど、君という存在はサーヴァントのように人々の信仰によって生かされています」
「っ、……」
「不安になるのは分かるけど、よく聞いてね。英霊っていうのは、人々に認知され、信仰される事によって初めて再生されるものであり、君がその資格を備えつつあるって事をね」
「資格を備えつつある、ですか……? マシュのように、サーヴァントから霊基をもらったら即サーヴァントになるワケじゃ?」
「うん。マシュも厳密には一代限りのデミ・サーヴァントだから、カルデアの召喚機を使っても呼べないでしょ?」
「それは……そうですね……」
「まあ、少し話が逸れちゃったけど……これは決して悪い話じゃないよ。今の所長は間違いなく生きた存在だから、このままカルデアの世界情報の流入を待って、レイシフトで帰還するってのも一つの手だけど……可能性としては半々かな? なんせ、カルデアの記録ではもう所長の肉体は爆裂四散しちゃってるから、コフィンを開けたらオルガマリー・アニムスフィアだったモノが散らばってる可能性も大いにありけりだ」
「私はシュレディンガーの猫になる気はないわよ……。それで次のプランが生きてくるのね。どう考えてもトンチキだけど……」
「トンチキ言うなし。……いや、俺だってトンチキだと思うけどさ。仕方ないでしょ? これが一番確実なんだから」
「はいはい、それでそっちの準備はいつ終わるの? 世界の更新なんてそう容易く進行するとは思えないけど、何しろ前代未聞だもんね……あまり悠長にはしてられないんじゃない?」
「うん、だから例の件は予定を変更して来月にはブチ込みます」
「……できるのね?」
「ま、納期を考えるとギリギリだけど頑張るよ。幸いこの件に関しちゃ
最後にそう言って原作者は退去した。
晴れやかに、とまでは行かないものの、屈託のない笑顔を記憶に残して。
自身の創作が世界崩壊の要因となったと理解しなお、彼はしぶとく
そして翌朝に迎えた別離の
どんな経緯か知らないが、うっかりこちらの夢を見てしまった藤丸立香が目覚めの刻を迎える。
彼は何か言いたそうだった。もう会えないと思っていた所長に。この肉体の持ち主だというそっくりさんの幼馴染に相当する娘に。
しかし、上手く言葉が出てこない。そんな不出来な部下を弟のように見つめて、オルガマリー・アニムスフィアはクスリと喉を鳴らした。
「帰りたくない? ずっとこっちに居たいって思ってるでしょ、藤丸……」
その言葉に何度か瞬いた少年は、やがて素直に認めた。
「……はい。所長には叱られるかもだけど、なんで俺なんだろうってずっと思ってました」
「やっぱり辛いわよね。人類最後のマスターとして、世界を背負って戦うのは」
「はい。ずっと辛くって、逃げ出したくて……でもここに来て分かったんです」
そこで藤丸は堪えきれなくなった。大きな瞳から涙がこぼれる。
「…………俺だけじゃない。人間は、みんな頑張ってるって。所長も、マシュも、ドクターも、ダヴィンチちゃんも、いつも励ましてくれるカルデアのスタッフも……茄子さんも、みんな、みんな、生きるために頑張ってるんだって……だから、だから俺は逃げません! 俺も、俺もみんなのように頑張りましゅ……」
そう、思いの丈をぶち撒ける少年を彼女は抱きしめた。
それは母親が自分の子供にするような慈愛に満ちた抱擁だった。
言葉もなく見守る少女が感涙に震える──。
「私もこっちで出来るだけの事をしてみるわ。カルデアの所長として、貴方を決して孤独に闘わせはしない」
「はいっ、はいっ……!!」
「辛くなったら何時でもこっちにいらっしゃい。慰めてあげる。挫けそうになった時もこっちにいらっしゃい。励ましてあげる。仕事をサボりたくなった時もそうよ。遠慮なく叱り飛ばしてあげるから──」
そこでオルガマリー・アニムスフィアの激励は途絶えた。藤丸立香が見つめ合う彼女の唇を奪ったからだ。
推しカプの成立にメカクレ後輩ネキが渾身のガッツポーズを炸裂させる。
「────」
乙女(20ウン歳)の唇を無断で奪われたが、力なく自分を抱きしめる少年から邪念は感じられない。
だから彼女は別にいいかと思った。もう裸も見せちゃったし……っていうかこれ、邪念どころか意識そのものがなくない?
慌てて確認すると、どうやら今のは会話中に刻限が来て、藤丸は退去してしまったようだ。
なんだ、ただの事故か……。
少しだけ雰囲気に流されかけた所長が、崩れ落ちる男の体を支えて忌々しげに舌打ちする。
「おのれ藤丸のヤツ。今度会ったら覚えてなさいよ……」
照れ隠しに吐き捨てるも、具体的な報復プランはなく、それどころかこの場は敵しかいないと覚悟する。
今さら誤魔化しようがないほど赤くなった所長が、チラリと視線を横に移す。もちろん今の光景を見守っていたであろう同居人に言い訳するためだ。
だが、なんか様子がおかしかった。
グイッと親指を立てる今のメカクレ後輩ネキは明らかに異常だった。鼻血を出しそうな興奮ぶりを目にした彼女はその事実にゲンナリするしかなかったし、藤丸という中身の抜けた先輩スタッフニキはと言うと……。
「──ハッ!? す、すみません所長! なんか俺、どさくさに紛れて所長にとんでもないプレイ、じゃない無礼を……!!」
「……はいはい。そんな台詞が出てくるってコトは、藤丸と記憶を共有してるって事でいいのよね?」
「あ、はい。全部覚えてます。でも説明の前にちょっといいですか?」
なによ、と身構える所長の前で、彼はクルリと背中を向けて駆け出した。
ああ、トイレね、と一度は納得するも、ピシャリと襖の閉じる音に嫌な予感を覚える。
すぐさま行動に移した彼女はそこで予想通りのモノを見つける。
自室で性別を変更して、鏡に写った自分の顔をニヤニヤ見つめる藤丸立香の後頭部に張り手をくれてやらない理由は、所長にはなかったのである。
◇◇◇◆◇
2025年9月12日金曜午後2時に、都内某所でスマホアプリFate/Grand Orderを運営する会社が大規模な会見を行った。
会場にはメディアだけではなく、厳正なる抽選によって選ばれた熱心なファンも詰めかけて騒然としたが……定刻になり、会場に一人の女性が姿を現すと不気味なほどの静寂に包まれた。
「みなさん、本日はようこそお越しくださいました。私の名前はオルガマリー・アニムスフィア。レフ・ライノールの暗躍でカルデアを追われ、先月の上旬にこの世界へと迷い込んできた事はみなさんの記憶に新しいと思いますが、私の口からあらためて経緯を説明いたします」
そうして彼女は語った。自分は正真正銘オルガマリー・アニムスフィアである、と。
先月のイベントに乱入したのもあくまで事故であり、緊急避難であったと。
損壊した施設の補償問題が、自身の生みの親であり法的な代理人でもある茄子シイタケ氏の手で解決済みである事にも触れ、あらためて謝意を表明する女性に何と言おうか。
「そうして私はTYPE-MOON社の善き人々に救われて、お仕事も頂戴しました。我らがカルデアの親善大使。FGO専属専任広報室長という役職がそれです。
そして、その立場から、私はこの場を借りて宣言いたします。みなさんの愛するFGOは生まれ変わるのです」
「…………具体的にはどのように?」
「すでにみなさんから指摘されてると思いますが、序章で醜態の限りを晒した私の描写が若干マシになり、本日18時より『とある所長の異世界奮闘記』という記念クエストも配信されます。
これは他人の人生だと思って好き勝手にしてくれた原作者の茄子さんに、被害者である私が抗議した結果ですね。
まったく、アンタね……何が大統領よ。そのうち現役の大統領諸氏からせめて違う役職にしてくれないって抗議が来るわよ!?」
そのユーモアたっぷりのやり取りに会場が笑いに包まれる。
なるほど、FGOの運営が所長のそっくりさんを見つけて仕事を頼んだ。そしたら所長のそっくりさんに作中での扱いに抗議された。だから問題となる箇所を修正して、所長のIF話も盛り込んだ。これはそういう流れであり、冗談であると解釈した。
……それに、元気な所長を見れるのは喜ばしい。序章での悲惨な退場以降、所長の救済を願う声は常にあった。
第二部こそ、所長が救われる話なのか──そう期待を持たせて蓋を開けたら大統領で、しかも彼女は見えないところで悲惨な扱いを受けていた事を匂わせて玉砕した。
もう所長を虐げるのは勘弁してほしい。
それが多くのファンの本音であっただけに、所長救済の運びになった事は素直に喜ばしく、壇上の元気なそっくりさんも含めてファンに歓迎された。
だが、次の瞬間──会場のファンたちは勿論、この放送を視聴する世界中のコミュニティーに激震が駆け抜ける。
「ま、どうせ二部終章の扱いはお察しだし、私のおざなりのフォロー話はこれぐらいにして、と……いーい? 次の発表はガチャの廃止よ! 世界一残酷だって言われるFGOの課金システムを粉砕してやるわ!!」
「なっ……が、ガチャの廃止って、今後はどうやってサーヴァントを入手したら……?」
「今後は全サーヴァント、全礼装、ともに引換制にね。今のところ⭐︎5は聖晶石30個。星4は10個。⭐︎3は5個のレートで考えてるわ」
突然の発表にファンが騒然とする。
もしこの案が通ったら、だ……500連⭐︎5無しの大爆死という悲劇は起こらなくなる。
誰でも欲しいサーヴァントを自由に入手できるようになり──FGOは入手してからも地獄なのだが──なんなら推しサーヴァントの完凸や、新規プレイヤーには不可能とされる完凸カレイドスコープや黒聖杯の入手も容易だ。
これはすごい事になるぞ……無課金や微課金ほど恩恵を受けるこのシステムに、多くのファンが興奮する中、怒りの声をあげる者が現れた。
「戯けるなよ、この小娘が……そんなふざけた仕儀、この
パイプ椅子を蹴倒して立ち上がったその男の名は、人呼んで人類最古の型月厨──記念すべき同人版月姫を初めて手にした男であり、菌糸類の度重なるちゃぶ台返しにもめげず設定至上主義を掲げる傍ら、ファンとして多額のお布施も忘れぬ人物として有名であり、もちろんFGOの廃課金者としても有名だった。
「貴様は我たちファンの心理をなんと心得る。この我ですらサポートを全鯖完凸レベル120で埋め尽くすのに苦労しているというのに、その価値に足を向けるが如き無礼、許されると思っておるのか……?」
「いいえ、ですから特別な補償を考えています。通常サーヴァントの霊基を冠位相当まで底上げする、新たな強化システム。グランドグラフを開放したサーヴァント使用できる『冠位の霊素』──聖石180個購入時の特典として1個付ける予定のそれを、これまでの課金学に応じて個別配布する補償を」
その言葉に怒れる男が停止する。
彼は、しげしげとあごに手をやり、勿体ぶって確認した。
「ようは名実ともに冠位のサーヴァントを実装する試みか。ちなみに強化の仕様はどうなってる?」
「冠位の霊素五つで冠位級の霊基になりますが、使用上限はありません。さすがに強化曲線は鈍化しますが……それと冠位級の霊基に到達すると、新たな再臨画像も開放予定です」
「……型月にしては悪くない仕事をしたな。今後もその姿勢を忘れぬがいい」
そしてあっさりと退きさがった。
おそらく彼の頭の中はもう、世界最強の騎士王を爆誕させる事で一杯だろう。
「ありがとうございます。冠位の霊素に関しては、一般ユーザーのみなさんへの補償も考えています。それと本日18時より公開の記念クエストをクリアしても入手できます。みなさん、どうか私どもカルデアの新しい物語ともどもお楽しみに」
──そうしてオルガマリー・アニムスフィアは伝説となった。
記念クエストのクリア報酬が大盤振る舞いだったのもあるだろう。迅速な補償もあっただろう。翌日に実装された冠位強化が予想以上だったのもあるだろう。当日のインタビューで、原作者の茄子シイタケ氏が今回の改革は所長(本物)の強い働きかけによるものだと明かしたこともあるだろう。
だがそれ以上に、自身が本物の所長であるかのように振る舞う娘は美しかった。作中の傲慢ちきでヒステリックな描写から好きになれないというファンもいたものの、現実の彼女は凛々しく、愛嬌もあってとても魅力的であり──何より、おっぱいが大きかった。
原作者に終章終了後の衣装にと注文された社長が一晩でデザインを完成させ、とある小さな仕立て屋さんが苦労してこの日に間に合わせた所長の新衣装は、とにかくおっぱいがいやらしかったのである。
これには所長に批判的なファンも骨抜きにされ、恋する者も続出した。自暴自棄の精神ですべてを飲み込んだ所長は帰ったら泣いていい。
『つまり英霊っていうのは、誰かの為に何かをしたという記録と、人々の信仰さえあれば成立するんだよ。
そして都合がいい事に、君たちカルデアの世界は、このFGOとリンクしてる。
そうなりゃ、あとは適当なところで所長(本物)をサーヴァントとして実装して、だ。指定召喚制にした現実のカルデアに君を召喚してもらう──現状、これが君を送り届けるにあたって一番マシな方法だって』
『だからって大統領はやめなさい、大統領は……伝説とかいう恥ずかしい過去を残すのは仕方ないにしても、せめてもう少しマシなデザインにして頂戴』
鳴り止まぬ大統領コールにアルガマリー・アニムスフィアは心の中で涙する。
ちがう、ちがうの。それ別人。わたしは大統領じゃない。貴方たちと同じ人間なのよ、と──。