一陣の風となってソーマ・ファミリアの追手から逃げ切ったシュタルクは、西通りの静かな路地裏でリリをそっと下ろした。
「……ふぅ。驚かせてごめん、リリ。でも、あいつらと関わるとろくなことにならなそうだったから」
シュタルクはいつものように優しく笑ったが、リリは俯いたまま肩を震わせていた。
「……どうして、逃げるんですか。シュタルク様のあんなデタラメな強さがあれば、あんな奴ら……」
「え? いや、むやみに人を殴っちゃダメだって流石に思うし。それに、あいつらリリの仲間なんだろ?」
その言葉が引き金だった。リリは堰を切ったように、溜め込んでいた毒を吐き出した。
「仲間なわけないでしょう!? リリは、あの人たちに、ファミリアに……ずっと搾取されてきたんです! シュタルク様に近づいたのも、あなたをカモにして、お金を騙し取るためだったんです!」
リリは泣きながら、自分が魔法で姿を変えて盗みや詐欺に手を染めてきたこと、シュタルクのことも利用しようとしていたことをすべて白状した。
「……最低でしょう? リリは、犯罪者なんです。なのに、あなたは『半分あげる』なんてバカな条件を出して……。そんなの、信じられるわけないじゃないですか! 何か裏があるんじゃないかって、ずっと疑ってたんです!」
沈黙が流れる。シュタルクは困ったように頭を掻くと、ボソリと呟いた。
「……あー、そっか。犯罪かぁ。……まぁ、うんとりあえず俺も利用してたんだしそこは別にいいよ」
「えっ?」
「こう言っちゃなんだけど俺は被害にあったわけじゃないし、やらなきゃどうしようもなかったわけだから…やってしまったことは反省しなきゃだけど……。まあ、姿を変えてやってたことなら、もうやらないって決めて、今は黙っておこうぜ。俺も黙ってるし。お互い様だ」
リリは呆然とシュタルクを見上げた。自分の罪を、この男はあまりにもあっさりと「お互い様」で済ませてしまった。
「……それに、もう一つ。白状します」
リリは震える声で続けた。
「リリは、冒険者が嫌いです。……そして、シュタルク様、あなたのことも、怖かった。その、理解不能で、人間離れした強さが、恐ろしかったんです……!」
それを聞いたシュタルクは、一瞬きょとんとした後、お腹を抱えて笑い出した。
「ははは! 怖いか! まあそうだよな、俺も師匠の修行はハード過ぎて怖くて逃げ出したくなったことあったもん!」
「笑い事じゃありません!」
「ごめんごめん。でもさ、リリ。俺はリリがいてくれて助かってるんだ。換金もそうだけど、一人じゃ寂しいしな」
シュタルクはリリの目線に合わせて腰を落とし、大きな手を差し出した。
「なあ、リリ。もう一度、俺と一緒に冒険に行ってくれないか? 怖いこともあるだろうし、ムカつくこともあるだろうけど……。いつかさ、なんだかんだ言って『楽しい冒険だったな』って、二人で笑って言えるような、そんな時間を目標に冒険しようぜ」
夕日に照らされたシュタルクの笑顔は、あまりにも真っ直ぐで、濁りがなかった。
(……なんなんですか、この人は。本当に、どうしようもないくらい……バカで、お人好しで……)
リリの胸の奥で、氷のように固まっていた何かが、音を立てて溶けていく。
(……ズルいですよ。そんな顔で笑われたら、断れるわけないじゃないですか)
「……分かりましたよ。そこまで言うなら、お供します。……『楽しい冒険』なんて、リリには無理だと思いますけどね…」
リリは顔を赤くしながら、差し出されたその大きな、温かい手をギュッと握り返した。
(……ああ。リリ、この人に惚れちゃったかもしれません)
シュタルクの無自覚な「人たらし」が、一人の少女の運命を決定的に変えた瞬間だった。
誤字の報告してくれてる方はありがとうございます!
気をつけ手はいますがちょくちょくやってしまうのでありがたいです